オレハ、スマホヲテニイレタ

舘伝斗

2-4 ユウシャハ、マオウニタチムカウ

 ヒュオォォォ!

  ガロティス帝国北部の森。
  人の踏み入らないほどの奥地からマナス全土に風が吹き抜ける。
  いや、実際に風など吹いていない。

  では、何故そのような感覚を森の中にいる新兵と熟練の兵士、そしてガロティス帝国の住民やマナスに住む生物が感じたのか。
  それは本能的なものであった。



  すなわち、今、どこかで何かがとても寒いギャグを放った、と。





  まぁそれも全てアキラの思い込みが作り出したものであり、実際に風を感じたのは一人と一匹。
  アキラの突然のギャグに思考停止したネロと、言ってる意味はわからないが目の前のアキラが下らないことを言ったと本能的に察知したエンペラーコングだ。

  その一人と一匹の反応に居たたまれなくなったアキラは顔を伏せる。

「ア、アキラ。能力のカウントはもう始まってるのか?」

「・・・えぇ。」

  あまりに予想外の能力名・・・?に戸惑いを隠せないネロ。
  だが、自分達が無事に逃げ出せるチャンスはあと5分もないのも事実。
  ネロはこれまでの幾多の危機を乗り越えたその胆力により己を奮い立たせる。

「よしっ、いきましょう!」

  アキラの半ばやけくそ気味な叫びにネロとエンペラーコングは動き出す。

「ゴァァア!」

  二人の英雄級と魔王とのタイムリミット5分の戦闘が幕を開ける。



     











  アキラとネロがエンペラーコングと遭遇する半日前。
  まだ夜中の内に誰も知らない内に一匹・・の英雄級が生まれた。
  彼がこの世に生を受けたのは数ヵ月前。
  だが体と知能は既に成人といって差し支えないほど育っている。
  彼は最近主人に拾われた。
  いや、拾われたとは適切な表現ではない。
  一目見ただけで、彼は主人と出会うために生まれてきたのだと理解した。
  生を受けてこれまで、ただだだ無心で森を徘徊し、餌に貪りつくだけの命。
  だが神は彼に生きる意味を与えた。
  名を与えた。

  彼は思う。
  今、体の奥底から沸き上がる力。膨大な知識。
  これは主人が睡眠を削ってまで自分に与えた力だと。
  これは主人からの信頼の証なのだと。
  この世界で最弱だった自分は今、最強の座に大きく近づいたのだと。

  彼は夜中であることを考慮し、主人の元へと駆けつけることはしなかった。
  さっきまでの無知な自分なら喜びのあまり、自分を抱き締めて眠っている女性の睡眠を妨げてまで主人の元へと飛んでいっただろう。
  だが今は違う。
  たった今与えられた膨大な知識により彼は考える力・・・・を身につけ、そして結論を出す。
  この女性は主人の大切な人だ、と。
  この女性をぞんざいに扱えば、それはこの女性から主人へ対する 信頼の低下に繋がる、と。
  だから彼は心の中で主人に感謝する。
  必ず届くと信じて。

  彼、クラト・・・は再び眠りについた。



 ピコンッ

 「ご主人さま、こんなにすごい力をくれてありがとー。」

  
  クラトの感謝は主人へ届いた。
  そして賢い主人は気づく。
  自分を強化するため・・・・・・・・・にインストールしたアプリが自分の下僕を強化したことに。
  いくら新しい力を得ても自分でなく下僕が強化されることに。
  主人、ユウトは手に持つスマホを力なく下げる。

  そして再びスマホの画面を見ると即座にとある操作をする。


 ティトト、ティトト、ティトト、ティン
 ティント、ティトト、ティトト、ティン
 ティトト、ティトト、ティトト、ティン

「もしもし、わs」

「なんでクラトが強くなってるんだよっ!」

  俺はクソ神に電話を掛け、クソ神が出ると同時に挨拶もせず怒鳴る。

「なんじゃいきなり。まったく、最近の若いもんは礼儀も知らんのか。」

「そんなことどうでもいいんだよ。お前に言われた通りスマホのアプリをインストールしたら俺じゃなくてクラトが強くなったんだけど!?」

「あー、それか。お主、何というアプリをインストールしたんじゃ?」

「あ?インストールしたのは"職業メーカー"、"GodEarth"、"鑑定カメラ"、"GodSearch"だよ。"職業メーカー"で職業を勇者に設定したら俺じゃなくてクラトが強くなったらしいんだよ!」

  俺の言葉にクソ神は態とらしく、ふむ、と声をあげる。

「結論から言うと、お主自身を強化するアプリはないぞ?そんな便利なもんあったらスマホとかチートじゃろう。それにお主の職業、無職はアプリじゃ変更できん。お主自身の職業を変えたいのならその世界の神殿にでも赴くことじゃな。あ、そうそう、一つだけお主自身の強化に繋がるアプリがあるぞ?」

  神の言葉に絶句し、最後の一言で何とか持ちこたえる。

「すぐ教えろ。」

「ほんと、お主は偉そうじゃのう。女を前にするとキョドるヘタレなくせに。」

「やかましい。さっさと教えろ。邪神を復活させるぞコラ。」

「わかった、わかった。わかったから邪神の復活だけは止めてくれ。ほんとに。"God式"で調べてみるんじゃ。忙しいから切るぞ?ほんとに邪神だけは復活させるんじゃないぞ?ダメじゃから、」

 プツッ

  俺はクソ神の言葉を最後まで聞かずに電話を切り、すぐにアプリストアを開く。

「God式ー、あった。・・・ん?」

  クソ神に勧められたアプリ。
  みんなは知ってるだろうか。
  ストアのアプリというものはダウンロード前にプレイ画面や紹介文を見ることかできる。
  "God式"のそれらの内容は・・・





  やっててよかった、"God式"
  貴方の能力高めます。

  お腹周り、頬の弛み、お尻のお肉が気になる方必見!

  一日五分で効果あり!
  隙間時間で"God式"

  肉体の全盛期を過ぎたそこの貴方!
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  異世界で力がほしいそこの貴方!

  是非是非ダウンロードを!





 *尚、効果の程は個人差があります。
  お問い合わせはこちら。
  責任者:世界神ユグドル     ○○-○○○○○○○




「って、クソ神の自作アプリの宣伝じゃねぇか!なんだよ"God式"って公文式のパクリか!殆ど年より向けのストレッチ紹介じゃねぇか!」

  俺は紹介文の最終行に書かれた電話番号に覚えがありすぎて電話帳で確認すると案の定、責任者の電話番号とクソ神の電話番号が一緒だった。

  っていうかあのクソ神、名前あったのか。
  世界神ユグドルって、世界樹ユグドラシルからもじってるのか?
  それとも曲がりなりにも神って言うからには世界樹の関係者っていうのもあり得るのか。
  何だかんだ言って同じ神相手に1対4で勝ったそうだし。

「まぁだからなんだって感じだけどな。インストールは・・・容量もったいねぇ。」

  ユウトは他に目ぼしいアプリが無いことを確認後、ストアを閉じ部屋に戻る。



  翌日クラトの内包魔力の増大に気付いたヴィエラさんの驚き顔はこっそりと写メ撮らせてもらいました。















  半日戻ってアキラとネロは、六本の内二本の腕を切り落とされたエンペラーコング相手に有利に戦闘を進めていた。


「ゴァァァア!」

「ネロさん、左の地面から土槍、来ますっ!」

「はぁっ!」

 ザンッ

  アキラの声に反応したネロは寸分の狂いもなく自分を狙ってくるエンペラーコングの土槍を両断する。

「おい猿!隙だらけだ!」

  魔法を避けるでも受け止めるでもなく切り裂かれ、一瞬動きが止まったエンペラーコングとの距離を詰めたアキラはネロからトレースした剣術でエンペラーコングの首を狙う。

 ズバッ

「ガァァァ!ガァッ!」

  だがエンペラーコングは野生の勘とも言うべき恐るべき反応と、それを可能にする見た目以上に俊敏な動きで斬撃の尽くを致命傷にならない範囲で避けている。
  攻撃を避け、カウンターとばかりにアキラに向けて二本の腕が伸ばされる。

  片方の腕はアキラを掴むべく開かれ、逆から迫る腕は殴るべく固く握りしめられている。

「はぁっ!」

  アキラは急激に上昇した反応速度に振り回されることなく、すぐに拳を飛び越えることを決意し、次の瞬間には実行する。
  開かれた手より握られた拳の方が避けやすいとの判断だった。

  その判断は正しかった。
  だが、正しい故にエンペラーコングに読まれていた。

  アキラに向けられた第三の腕・・・・がアキラが飛び越えた腕の後を辿って時間差で伸ばされる。

「っうぉぉぉぉ!"斬て・・・」

  アキラは回避を諦め、整わない体勢ながらも腕を叩き斬るべく剣を握る手に力を込める。
 が、

「俺を忘れてもらっちゃ困るぜ!"斬鉄"」

 ズバッ

  エンペラーコングの意識がアキラに向かった瞬間に動いていたネロが横合いから第三の腕を切り落とす。

「ゴァァァア!」

 ドスンッ

  三本目の腕を落とされ、エンペラーコングは遂に膝をつく。

「アキラっ!決めろ!」

「うぉぉぉぉ!"斬鉄"」

  崩れ掛けた体勢をエンペラーコングの腕を蹴ることで整え、膝をついて動きが鈍ったエンペラーコングの首に剣を叩き込む。

  その一撃はエンペラーコングの首に吸い込まれるように向かい、

 ガクッ

「っ!?」

 バキィン

  アキラの剣がエンペラーコングの首に当たる瞬間に訪れるタイムリミット。
  兵士最弱に近い、元の能力に戻ったアキラはエンペラーコングの命を脅かす"斬鉄"を維持出来ない。
  結果、斜めに当たった刃の耐久力が限界を越え、宙に舞う。

「く、そっ。こんなタイミングで!」

  走馬灯のようにゆっくりになる世界。
  今までの死を覚悟した瞳から一転、好機に歪むエンペラーコングの瞳と目が合う。
  横合いから迫る慎重ほどの大きさを誇る巨腕。

(だめだ!死ぬ。)

「だから俺を忘れるなといっただろうが!うぉぉぉぉ!"斬鉄・飛線"」

 ズバッ

  腕を切り落とした反動で、数メートル離れた場所に着地したネロから放たれる飛ぶ斬撃。
  その斬撃をアキラの命を奪うことだけに集中した、ましてや膝をついた状態のエンペラーコングが避けることが出来る筈もなく、その首が体から落ちる。

 ズズゥンッ

 ドサッ

「はっ、はっ。」

  アキラは恐怖に尻餅を付き、目の前に倒れる首の無い魔王の死体をただ見つめる。

「アキラ!大丈夫か?」

  動かないアキラに心配になったネロが駆け寄る。

「はっ、はっ、ネ、ネロさん。助かりました。もう、死ぬかと・・・」

  アキラはネロの顔を見て安堵の表情を浮かべ、腰を上げようとする。

 ドサッ

「あれ?ははっ、情けない。ネロさんの力を借りたら立ち向かえたのに。俺一人の力じゃ腰が抜けて動けないなんて。はは。

 悠斗ゆうとはあの時、周りに気を配る余裕まであったのに・・・情けない。」

  ポタッポタッとアキラの拳に涙が落ちる。
  ネロはそんなアキラの横に膝を付き、背中に手を回す。

「情けなくなんか無い。アキラ、お前は情けなくなんか無い。力は借り物でも、立ち向かったのはお前自身の精神こころです。お前は自分の意思で国民が逃げ出す、いや、騎士団ですら逃げ出す魔王に立ち向かったんです。それは誉められるべき行為で、誰もお前を情けないとは言わないさ。」

「ネロさん。ありがとうございます。」

  アキラはネロの言葉を噛み締めるように心の中で反芻する。
  次に顔を上げたとき、それは既に情けない兵士のそれではなく、頼れる勇者の顔だった。

「よしっ、みんなが国で私たちの帰りを待っているでしょう。帰りますよ。この朗報を早く知らせて安心させてあげなければ。」

「はいっ!」

  アキラとネロはエンペラーコングの死体を埋め、森を出るべく歩き出す。








  少し離れた木の上。
  そこからアキラ達の戦闘を監視する兎人の男・・・・がいた。

「ひひっ、Sランクの魔王をせっかく作ったのにまさかたった二人に殺されるとは。勇者は訓練の時、手を抜いてたのか?実力はネロと同じレベルか。いや、最後の一撃を見た感じ時間制限のある能力という線が強いな。
 ネロを殺して勇者を拐えればよかったんだが。

 マナシアさま、どうしますか?


 ・・・はい。ではそのように。大丈夫です。まだ誰にもバレていません。このまま騎士団に戻ります。えぇ、お任せください。

 全てはマナシアさま復活のために。」



  男はその耳で集めた情報を整理し、気づかれる前にその場を去る。
  誰にも疑われることがないように。















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