オレハ、スマホヲテニイレタ

舘伝斗

2-6 ユウシャハ、カイセンニソナエル

「勇者様。こちらはアーモンド伯爵です。」

  アキラの後ろに遣えるメイドが目の前の男性を紹介する。
  目の前の男は地球では見たこともないレベルの巨漢だった。
  鍛えている、という意味ではなく太っている、という意味で。
  身長はアキラより低いの横幅は5倍はある。
  体にうっすら魔力を纏っていることから、身体強化の魔法を常時使用しているのだろう。

  アキラはそこまでするなら痩せればいいのに。
  と思わなくもないが、流石に本人を前にして言うのは憚られたため、ややぎこちなく頭を下げる。

「ど、どうもはじめまして。アキラ・ホンゴウです。」

「うむ、お初に目にかかる。アーモンド・デュークだ。此度の英雄級への認定、誠にめでたく思う。アキラ殿がどうしてもというなら、うちの娘を嫁にやらんでもないぞ。」

  アーモンド伯爵はそういうと手に持った布で額の汗を拭う。

「か、考えておきます。」

「お時間でございます。」

  終始不遜な態度を崩さないアーモンド伯爵の言葉が続く前にメイドが口を挟む。

「ふむ、そうであるか。ではアキラ殿、精進なさいませ。」

  そういうとアーモンドは僅かな地響きをあげながら去っていく。

(流石は魔法の世界。何でもアリだな。)

  アーモンド伯爵が去っていくと次の人が近づいてくる。

「勇者様、こちらは・・・」



  アキラがエンペラーコング討伐からガロティス帝国に帰って来た日の晩。
  アキラの英雄級承認を祝うという名目で開かれた貴族のお偉い方の顔繋ぎの為のパーティー。
  このパーティーが始まってからかれこれ二時間は経つのに、一向に途絶えない貴族からアキラへの挨拶。
  一人2.3分という短い時間であるにも関わらず二時間も初対面の貴族から娘を嫁に、中には妻を愛人に、など老若問わず何人も紹介される。

  アキラはその度に崩れそうになる笑顔を無理矢理引き留める。
  アキラから少し離れた場所ではネロも同じような目に遭っている。
  だが、彼は慣れているのか、笑顔は作り物臭さを感じさせない自然なものであり、しっかりと受け答えもしていた。
  アキラからしたら漫画やアニメでしか見たことのない光景。

「い、居心地が悪い・・・」

  アキラは今、エンペラーコングを討伐する以上に苦痛な貴族を捌く行為を強いられている。





「あぁぁぁぁー。つっかれたぁー!もー、無理。晩餐会なんてもう絶っ対に出たくない。」

  パーティー開始から4時間後。
  ようやくお開きになったパーティー会場から抜け、数多の貴族からの夜食への誘いをはね除け、辿り着いた自室。

  アキラは自分に不似合いな高価な衣装を脱ぎ、後はメイドに全て任せてベットにダイブする。
  エンペラーコングとの戦い物理的
  貴族との戦い精神的を一日で乗り越えたアキラはベットに飛び込んだ瞬間、意識をフェードアウトするのだった。










  みんなが寝静まった頃、ガロティス帝国の地下。
  下水道の中にとある集団が集まっていた。
  その集団の中にはおおよそ下水道に入ってくる様には見えない貴族の姿も見られた。

「では、皆さま。お待たせいたしました。我らの神、マナシア様が封印されて645年。今夜、我らの神、マナシア様の封印が大きく弱まることでしょう。では、皆さまにお配りした秘薬・・をお飲みください。それだけで、我らとマナシア様との繋がりがより強固なものと成るでしょう。

 あぁ、我が神よ。」

「「「「「我が神よ。」」」」」

  男の言葉で次々と集まった人たちが手に持つ瓶の中身を飲み干す。

「うぐっ、ぐ、ぐぁぁぁぁぁ!」

 パリィンッ

「な、何だ!?」

「まさか、毒?おい、コクト!これはどういうことだっ!この秘薬はアキラとかいう勇者の魔力バイパスの解析結果から作り出した、私たちとマナシア様の魔力を繋ぐ薬ではなかったのか!」

  この集団のまとめ役の男に食いかかるのは、体重が目測で500キログラムはありそうな巨漢の貴族。
  そう、アキラに対して終始不遜な態度を崩さなかったアーモンド伯爵である。

  彼もすでに秘薬と言われ、手渡された薬を飲んでしまっているため、倒れた男と同じ運命を辿るのも時間の問題だと考え、最後の抵抗にとまとめ役の男を自分と同じく地獄に送ろうと考えていた。

  アーモンド伯爵は巨漢故に常に魔力で身体強化をしていないと歩くどころか、自重で潰れてしまう。
  だが彼は長年のデブの経験から無意識下に於いても魔力の制御が可能なほどの使い手であった。
  特に彼の持つ魔力量はアキラに届きはしないものの、この世界の平均値の優に20倍は下らない。

  アーモンド伯爵は目の前の丸腰の男くらいなら数秒で物言わぬ肉塊に変えられるだけの力を持っていた。
  その男が普通の人間・・・・・であったならば。

「ひひっ、そんな妄言、信じたのですか?」

「この、愚か者めがぁぁぁ!己の仕出かしたこと、死んでも忘れぬよう痛みと共にその身に刻んでくれるわ!」

  途端、下水道に魔力が吹き荒れる。
  発生源は勿論アーモンド伯爵。
  周りで苦しんでいる者たちもアーモンド伯爵の手により、まとめ役の男、第6騎士団所属の・・・・・・・・兎人の新兵・・・・・、コクトはすぐに殺されると考えていた。だが。

 バキィッ

「ぐぉぉぉ!手、ワシの手がぁ!」

  だが、力比べに勝利したのはコクト。
  常人の20倍近い耐久力を持ち、20倍近い力を発揮できるアーモンド伯爵の腕をこの男は軽く握りつぶす。

「おっと、ひひっ。思ったより力がありますね。思わず本当の姿を《・・・・・》現すところでしたよ。んー、まぁ、これからここに居る皆も同族・・に成ることだし、見せてもいいか。」

 メキッ、バキッ

  異様な音を上げながら体が肥大化していくコクトを前に、これまで苦しんでいた者たちも一様にその光景を見つめる。

 メキッ、ゴキッ

「おぉぉぉぉぉ!」

  人の三倍は優に越えるほど膨らんだコクトの体。
  だがその体はコクトの雄叫びと共にみるみる縮小化していき、再び人間のサイズに戻る。

  だがそこに立つコクトの姿は兎人のそれではなく、真っ黒な肌に所々太い血管が走った姿になっている。
  その姿はまるで、

「ま、魔族!」

「はぁぁぁぁ。この姿も久しぶりだぜ。マナシア様が封印されて645年。兎人の姿は窮屈だったぜ?それもこれもユグドルとかいう馬鹿のせいだ。
 ひひっ、さぁ、そろそろ限界だろ?お前たちに飲ませたのは秘薬じゃなくて"魔薬"だ。あれを飲めばたちまち魔族になれる。まぁ、材料が位の高い魔族、まぁ俺だが、の血なせいで猛毒性を持つから自我の無い出来損ないしか出来ないがな。
 五星魔ペンタプルの俺に仕えられるんだから本望だろう。安心してその絶望に身を委ねろ。」

  コクトの言葉に苦痛に耐えていた者たちが次々と倒れていく。

「くそっ、くそっ!コクトぉぉぉぉ!絶対に殺してやるからなぁぁぁぁ!ぐ、ぐぁぁぁぁぁ!」

 ドサッ

「くくくっ。それだけ魔力があるんだ。精々有能な魔族捨てゴマになってくれよ?ひひっ。」

  ガロティス帝国の下水道にその日、討伐難度A越えの20体近い魔族が生まれる。

  悪神マナシアの復活までそれほど猶予はない・・・










  翌日、ガロティス帝国は嘗て無い不安の渦に飲まれていた。
  原因は帝国を護る兵士からもたらされた報告。

  ガロティス帝国に向けて大量の魔物が進行してきている。

  この報告に皇帝は対応に終われていた。

「皇帝。市民は嘗て無いほどに困惑しております。どうかお早めにご決断を!」

「ならん。情報の少ない今、早計な判断を下して後から変更を重ねてしまうと前線が混乱する。第6騎士団が情報を持ち帰るまで待つのだ。」

「わかりました。では私はギルドにてすぐに進軍できるよう冒険者たちを緊急召集しておきます。」

  そういってガロティス帝国のギルドマスターは去っていく。

「・・・レゴールから連絡は?」

「それが、国境にも魔物の進行があったらしく損害が軽微とは言えないレベルだと。レゴールだけでも帰ってくるよう伝えたのですがそれでも3日は掛かると。」

「・・・そうか。」

「えぇい!魔物の規模はまだわからんのかっ!」

  この場に集まるのは大臣クラスの者ばかり。
  自分は常に上から指示する立場であり命の危機になんてあったことはなかった。
  こうして危機に瀕してみると悪知恵だけ働く無能な大臣と常に物事を客観的に捉えることのできる有能な大臣の対応差は歴然だ。

「お待たせしました。」  

  皇帝が魔物を追い払ったあと、無能な大臣をどうするか考えていると何処からともなく第6騎士団団長のナダクが現れる。

「皆の者静まれ。ナダク、始めろ。」

  皇帝の言葉にザワザワと保身の手段を議論していた大臣たちは口を閉じる。
  静まり返ったタイミングでナダクは決して大きいとは言えない声の大きさで話す。

「魔物の規模は5、6万ほど。討伐難度は殆どがC以下ですが、Bを越える魔物も数百単位で確認しました。S以上は居ないようです。魔物は東から進軍。
 予定では一時間ほどでガロティスに辿り着くかと。飛行型の魔物も百ほど確認しましたのでそちらは第5騎士団に任せるのがいいかと。」

「ふむ、ネロを将として、アキラ、第1、第2、第3、第5騎士団合わせて1万、そして冒険者たち全てを帝国の外に展開。第6騎士団の500名は国内の警戒。第0騎士団は各騎士団の団長のみ不足の事態に備えて待機。副団長は外で指揮を執れ!以上だ!開戦は一時間後。開始のタイミングは各自に任せると伝えろ!」

「「「「「はっ!」」」」」

  皇帝の声に大臣全てが声を揃え、行動に移る。
  大臣全てが部屋を出ていった後、残ったのは皇帝とナダクのみとなる。

「ナダクよ。大臣の中に腰抜けが居ないか監視させろ。そうだな、基準はまかせる。」

「はっ!それと一つお伝えしたいことが。」

「なんだ?」

「魔女兎、以下三名が今朝方、ガロティス帝国に入国したそうです。」

  その報告は皇帝にとってあまり嬉しくないものだった。

「アノールドを呼べ。」

  皇帝の言葉にナダクはすぐに行動に移す。
  ナダクの姿が皇帝の目の前から霞のように消え、数分と経たない内にアノールドが部屋へとやって来る。

「お呼びでしょうか。」

「アノールド、今朝この国に魔女兎たちが入国したようだ。聞くところによると中々出来る・・・そうなんでな。うまく協力を取り付けられるか?無論、無理はしなくていい。」

  皇帝の言葉にアノールドはその幼さの残るイケメン顔を歪ませる。

「勿論可能です。そうですね、数匹ほど国の中に魔物を潜り込ませる許可をいただきたいのですが。」

「うむ、アノールドの手に余らない程度になら許可しよう。」

「ではお任せください。」

  そういい残しアノールドは部屋を出ていく。



  こうしてガロティス帝国に着いたばかりのユウトたちにトラブルが降りかかるのだった。

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