オレハ、スマホヲテニイレタ
2-7 ユウシャハ、デバンガナイ
 ウィンブルス王国を出てから数週間。
 俺達がようやく辿り着いたガロティス帝国は殺伐とした空気と不安な空気が入り混じった、異様な雰囲気であった。
「なんだ、何かあったのか?」
「兄ちゃん、何かあった、というよりこれから何かがある感じだぞ?」
「何だか戦争の前の空気みたいで嫌だにゃ。」
「・・・ふむ、少し調べてみるか。ユウト、悪いがその子達を連れて先に酒場に向かっていてくれ。私は知り合いにこの雰囲気の原因に心当たりがないか聞いてくる。」
 ヴィエラさんはそう言うと俺達を置いてそそくさと行ってしまう。
「あれ?何だかヴィエラさんの様子が変じゃなかった?」
「そうだな、その知り合いとやらを兄ちゃんに会わせたく無い感じだったな。元カレじゃね?」
ゴツン
「いった!ニア、なにするんだよ。」
「そんなっこと言っちゃダメにゃ。ユウト兄ちゃんはデリケートなのにゃ。そんなことを言ったら・・・」
「ヴィエラさんの元カレ。
俺たちを置いて行ったヴィエラさん。
元カレと俺を会わせたくない?
なんで?
まだ気がある?
向こうが?ヴィエラさんが?
両方?
別れたのは遠距離恋愛だから?
ならこれは逢引?
俺のヴィエラさんが見ず知らずの男と?
いかん、これはマズイ。
ヴィエラさんを何としても止めなくてはっ!」
 そう言って俺は勝手に自己完結してヴィエラの後を追って行く。
 その場に残されたニアとウルはその後ろ姿を呆気に取られて見つめる。
「ほら、こうなっちゃうにゃ。追いかけるにゃよ!」
「ま、待って、置いて行くなよ。ガロティスには奴らが居るんだから!」
 その光景を睨むように見る人物がいることに気付かずに。
「なにっ!聖人会の本拠地であるガロティスに出来損ないが紛れ込んだだと!?」
 ガロティス帝国の教会。
 その地下に作られた、選ばれし者しか立ち居ることを許されない第二の教会。
 そこでは今朝、このガロティス帝国に訪れた4人組をどうするかで揉めていた。
「はい、出来損ないを見かけた者の話によると、あの憎き兎も混じっているようで。」
「奴が帰って来たのか?昔、その教義から外れた力を持ち主に与えると言われた、この聖人会を壊滅寸前にまで追い込んだ神器、その使い手が。」
 その言葉にこの場に居るすべての者が息を呑む。
 報告した者も苦々しい顔をしていた。
「えぇ。そこで此度の魔物の侵攻に奴を使っては如何かと皇帝に掛け合ってみた所、快く引き受けてもらえました。」
 その言葉に反応したのは別の人物。
「待て待て、そこでもし出来損ないが手柄をあげると我らにとって打撃にならんか?」
 その意見に大多数の人物が同意の意を示す。
 だが、報告を行っている者は相当な切れ者。
 その程度の心配など無用と言いたげな表情を崩さない。
「ごほんっ、確かに出来そこないが魔物を大量に狩り、勝利に多大な貢献をしたのならその地位は確固たる物となり我々が手を出すことなど出来なくなるでしょう。」
「なら何故そのような真似をしたのだっ!」
「しかしっ、これは同時に最大のチャンスでもあるのです。考えてもみてください。今回の防衛戦、攻めて出る英雄級はネロと新参の勇者の二名。戦線は厳しいものとなるでしょう。そんな混戦の中、前線に近い場所で味方の流れ弾が当たったところで咎めるものが、いや、気づくものがいるでしょうか?」
 男の言葉にその場が再び息を呑む。
 だが、息を呑む意味は、同じく驚愕であっても前回と今回で大きく意味が異なる。
「だが、奴は神器の力で我ら人間と同じく"気"も"魔力"も扱える。その上ウィンブルス王国で認められた英雄級だ。そんな奴の息の根を止められるとでも?」
 その意見にまたも報告者に注目が集まる。
「そうですね。確かに奴も仮にも英雄級。致命傷を簡単には与えられないでしょう。ですが最初に言った様に今回奴には3人の同行者が居ます。彼らを捉え、"増強薬"を投与します。」
「増強薬だとっ!?あれはまだ未完。投与すればたちまち"気"と"魔力"の融合体である"聖力"に呑まれ暴徒と・・・そうか。
同行者を暴徒と化し、奴にけしかけるのですな。」
「その通り。ですが所詮は無力な同行者。元の力は非力。暴徒と化したところで奴の足止めで精一杯でしょう。なのでその隙をついて"血塗れの法衣"にトドメをささせます。同行者の内1人は人間ですが仕方ない犠牲でしょう。
奴を、いえ、奴の持つ神器、"帝王の瞳"を我々の手中に収めることができると考えれば、主神、サクラ大神様も許してくださるでしょう。」
 報告者は自分の言葉に部屋に居る全員が納得したことを確認すると椅子から立ち上がる。
「では、我らに聖人の加護があらんことを。」
「「「「我らに聖人の加護があらんことを。」」」」
 聖人会の者達が今後の方針を定めた頃、皇帝に命じられ今回の魔物の侵攻に備え、ヴィエラに協力を取り付けることを命じられたアーノルドは困り果てていた。
 ヴィエラの居場所がわからなくなったからではない。
 ヴィエラの居場所はすでに多数の目撃情報から判明している。
 問題はその場所にあった。
 ガロティス帝国の東側、歓楽街。彼女はそこに構える一つの店にいた。
 店の名は"真夜中のバニー"。
 その名の通りこの店は夜の店だ。
 性的な店では無く店員が各テーブルに何名か付き、話やお酌をしてもらえるタイプの店。いわゆるキャバクラ、ガールズバー。
 それだけならアーノルドが躊躇う理由にはならない。
 そういう類の店には何度か足を運んだことがあるし、アーノルド自身もノーマルなので寧ろ嬉々として通うほどだ。
そう。
 アーノルドはノーマルであるがゆえに踏み込むことを躊躇った。
 "真夜中のバニー"にはそれだけの有名な、それでいて形容し難い何かがあるのだ。
 ヴィエラさんを追いかけて辿り着いたのはこの国の東側の歓楽街。
 まだ昼間だというのに、偶にホクホク顏のお金を持っていそうな 男性が女性を侍らせて歩いている。
 ここは男子達の心のオアシス。
 通りには他にも仕事帰りなのか扇情的な衣装を纏った女性がチラホラといて大変嬉しい、もとい大変けしからん光景が広がっていた。
「兄ちゃん、兄ちゃん。何でこんなに薄着の女の人が多いんだ?ガロティスって特に暑い地域ってわけじゃないだろ?」
「にゃにゃっ!ま、まさかこの辺りって・・・」
「子供は見ちゃいけません。ウル、ニア。二人とも俺と手をつないで目を閉じて着いて来なさい。」
 俺はまだこの街を知るには早いウルと、女の子らしく耳年増なニアに目を閉じさせ、その手を引いて歓楽街を進んで行く。
ピコンッ
 「ご主人様ー、ヴィエラの気配がこの店からするよー?」
「おっ、着い、た、か・・・」
 俺は小躍りしそうな心を抑えてヴィエラさんの居ると思わしき店を見上げる。
 "真夜中のバニー"。何と心踊る名前だろうか。
 バニーか。もしかしてヴィエラさんは昔この店で働いていてその事実を俺に知られたくなかったから一人で来たのかもね。
 ・・・それにしても真夜中のバニーか。
 どんなバニーがどんなサービスを、ごほんっ、んんっ、いや、断じて遊びに来たわけじゃないぞ。
 そうだ、俺はヴィエラさんを迎えに来たんだ。
 遊ぶつもりは毛頭ないぞ?
 ただちょこっと、ホンのちょっぴり店員さんをイヤラシイ目で見ても、いいよね?
「あら、やだぁ。まだ開店前よぉ僕ぅ?」
 店の前で物思いに耽っていると背後からこの店の関係者らしき人物が声をかけてくる。
 振り返った先にいたのは、
 肉!
 そう、紛うことなき立派な筋肉が立っていた。
 その筋肉は身長2メートル近く、髪もツインテールに纏めていた。
 なにより・・・
「ぎゃぁぁぁぁ!!!筋肉ロリータぁぁぁ!!!」
 あまりのショックに俺の意識はそこで途絶えた。
 余談だがガロティス帝国にいる男達の間ではこういう言葉がある。
 "バニー"に気を付けろ。
 寂しがり屋奴らは常に新たな同志を探している。
 見つかったら最後、穴蔵に連れ込まれ、おとめとはなんたるかを身を持って教えてくれる。
 魔物達がガロティス帝国に接触するまであと一時間。
 肉が浮いている。
 いや、肉と言っても牛や豚や鳥の肉では無い。
 それは女性のシンボルであり男性の夢。
 そう、おっぱいだ。
 あぁ、なんて素敵な響きなのだろうか。
 その響きだけで俺は三杯はご飯を食べれる。
 あぁ、夢が迫ってくる。
 あと十歩・・・・五歩・三歩
 一歩ごとに荒れ狂う夢。
 なんて素晴らしいんだっ。
 ここはそう。まさに楽園。
 夢は荒れ狂う。
 まるで俺の欲望のごとく上下にバインバイン、左右にブルンブルン。
ブルンブルンブルンブルンッ
バインバインバインバインッ
 ・・・・・あれ?
 荒れ過ぎじゃね?
 そんなに運動したら脂肪が燃焼して・・・
バインバインッ
プルンプルンッ
 やめろ、もう揺れるんじゃないっ!
プルンプルン
 ・・・・・・・・ムキッ
 そんな効果音と共に、女性のシンボルは男性にシンボルに、男性の夢は漢女の夢に変わった。
「おっぱいはおっぱいのままであってくれぇー!!!」
 拷問、もとい嫌な夢にうなされ目を覚ますと、ヴィエラさんとニアとウルがこちらを見てキョトンとしていた。
「・・・おっぱい?」
 ニアちゃんは語尾を"にゃ"にするのを忘れるほどキョトンとし、
「兄ちゃん・・・」
 ウルは俺をかわいそうな人を見る目で見つめ、
「全く、あれ程ついてくるなと言ったのに、困った奴だ。」
 ヴィエラさんは口元に笑みを浮かべ、愛おしいものを見るような優しい視線を向けている。
 ニアちゃんのちっぱい・・・はまぁいいとして、ヴィエラさんのおっぱいは健在だ。
 まだその膨らみを保っている。
「ヴィエラさん、少し、その、おっぱいを揺らしてみてくれませんか?」
「ばっ、兄ちゃん!なんてことを言い出すんだ。やっぱり打ち所が悪かったのか?」
「いや、ユウト兄ちゃんはこれで正常な気がするにゃ。」
ピコンッ
 「ご主人様はご主人様だよー?」
 周りの声も耳に入らないほど俺は真剣だった。
 もし、考えたくもないがもしヴィエラさんのこのおっぱいが偽物になっていたとしたら俺はどうしたらいいのだろうか?
「はぁ、一回だけだからな?」
ごくりっ
 俺はその瞬間を固唾を飲み見守る。
・・・ぶるんっ
「ぎゃぁぁぁぁ!」
 ニアちゃんの目潰しを食らったウルがのたうち回る。
 あぁ、神よ!
 この世に生を受けたこと、感謝いたします。
「も、もういいか?」
 ヴィエラさんも流石にここまでガン見されるとは思っていなかったのだろう。
 ほんのりと頬を染めていた。
 それもまたイイ。
「ご馳走様でした。」
 俺はヴィエラさんのおっぱい様に深く、深くお辞儀をした。
「うぉぉぉ、目がぁ、目がぁぁぁ!」
 奇しくもウルと俺は同じ体勢であったことを明記しておこう。
「うふふ。ヴィエラちゃんも大人になったのねぇ。嬉しいわぁ、この間まであんなに幼かったのに。」
 そこに響く第三者の声。
 俺が聞き間違うはずもない。
 その正体は、
「出たな!筋肉ロリ「きゃさりん、よ?」きゃさりん!」
 ダメだ。
 勝てない。
 これにはクラトでも勝てないんじゃないだろうか。
 恐ろしく発達した上腕二頭筋と大腿四頭筋。
 鬼のように筋が浮き出るほど発達した首。
 服の上からでもわかる腹筋のシックスパック。
 大胸筋により、はち切れんばかりに引き伸ばされた、フリルがあしらわれたゴスロリドレス。
 「あなた、殺しますよ?」と少し高い声で丁寧にキレる、戦闘力53万の宇宙の帝王と恐れられる宇宙人の第二形態のようなフォルム。
 ・・・ダメだ。
 勝てない。
 戦闘においてもキャラにおいても、笑いにおいても完敗だっ!
「あっ、そうだったわぁ。ヴィエラちゃんにお客さんよぉ?あと十年もすれば私好みになりそうな青年だったわよぅ?」
 俺が謎の敗北感に打ちひしがれていると、きゃさりんはここに来た理由を告げる。
「うん?きゃさりんのお眼鏡に敵う様な男性の知り合いはいないはずなんだが。その人は今店か?」
「えぇ、表で待たせるのも悪いし、私のお得意さんだった新人のしょこらちゃんがお話してると思うわよぉ?」
 そうか、この生き物には仲間が居るのか。
 何だこの魔境は。
 ガロティス帝国の夜蝶は化け物かっ!
ギラッ
「ひぅっ、ごめんなさい。」
 某少佐のようなことを頭の中で考えていると、きゃさりんちゃんの殺気(生物としての死ではなく、男としての死という意味。)を感じ、すぐに土下座の姿勢をとる。
 勿論背後からの不意打ちには備えて。
「しょこらちゃんが相手をしているなら早く行ってやらないとな。あの漢は少々惚れっぽいことだしな。」
 ヴィエラさんはそう言うとスタッフルームと思しき、この部屋を出て店内へと進んで行く。
 店内とスタッフルームを繋ぐ扉が閉まったことを確認し、きゃさりんちゃんは俺に近づいてくる。
「あなたがユウトくんかしらぁ?」
 怖い。
 逃げ出したい。
 そんな思いを精神力でねじ伏せ、きゃさりんちゃんの視線を真正面に受け止める。
「え、えぇ。そうです。」
「そう、ヴィエラちゃんのこと、よろしくね?」
「・・・はい?」
 俺が一瞬何を言われたのか理解できなかった。
 キョトンとしていると、きゃさりんちゃんはニアとウルに聞こえないようにするためか俺の耳に口を寄せる。
「だから、ヴィエラちゃんのこと、・・・泣かせたら承知しないぞ、ごるぁ!」
「は、はぃぃぃ!泣かせません、絶対に!」
 きゃさりんちゃんのドスの聞いた地声に俺は心の底から震え上がる。
 でも、そうか。
 きゃさりんちゃんもヴィエラさんのこと、心配してるんだな。
「さっ、多分ヴィエラちゃんへの用事はみんなにも関わってくることよぉ。私達も行きましょうか。」
 そう言ってきゃさりんちゃんは元の雰囲気を取り戻し、俺たちを先導するように部屋を出て行く。
 かっこいい。
 俺が男なら惚れ・・・・・ないな。
 うん。男ならって、なんだよ。
 そもそも俺、男だし。
 いくら内面がかっこ良くてもその見た目から周囲に撒き散らす威圧感半端ねぇもん。
 惚れねぇわー。
「どうしたんだ?兄ちゃん。」
「行かないのかにゃ?」
「いや、今行くよ。」
 俺はニアとウルと一緒にヴィエラさんの待つ店内へと足を踏み入れた。
 店内は膝ほどの高さのテーブルが複数並んでおり、いかにもな雰囲気をはなっていた。
 そのテーブルの一つにきゃさりんちゃんの部下とヴィエラさん、そして見たことのない男性が座っていた。
 男性の顔は目に見えて引きつっている。
 そりゃそうか。
 自分より身長も高く、ゴツイ漢女に肩にしなだれかかられていたらそりゃ誰だって引くわな。
 三人はテーブルに近づく俺たちをみると少し雰囲気を和らげる。
 なんだ?
 ヴィエラさんの雰囲気が少し怒ってるように見えるんだが?
 あのイケメン顔が何かしたのか?
 ヴィエラさんを不快にさせるとは、無礼千万。
 許せんっ!
 しょこらちゃん!やっておしまいなさい!
「そうだな、今の話、そこの青い首巻きをしたユウトが了承したなら考えてやらないでもない。ユウトはこの中で一番強いからな。」
 あら、やだ。
 ヴィエラさんったら何をおっしゃっているのかしらん?
 俺がこの中で最強?
 既に従魔のクラトにすら負けてますけど?
「・・・わかった。」
 イケメン顔はそういうとしょこらちゃんから離れ、
ひゅっ
ブニッ
 ・・・たと思ったら、何時の間にか腰の剣を抜き俺の首に突き立てていた。
 いや、クラトが反応してくれたから突き立ってはいないんだけれども。
「うぉぅっ!何するんだいきなり!俺じゃなかったら死んでたぞっ!」
「!?今のを受け止めるのか、なるほど。隙だらけに見えるのは演技か、確かに強いな。ユウト君といったか?君にヴィエラ殿の先発部隊への参加をかけて、正式に決闘を申し込む!」
ばばんっ
 と効果音がつきそうな勢いでイケメン顔はそう宣言する。
 えっ!?
 いきなり殺されかけて、無理やり決闘とか。
 このイケメン顔はそこまでして俺を殺したいの?
 俺達がようやく辿り着いたガロティス帝国は殺伐とした空気と不安な空気が入り混じった、異様な雰囲気であった。
「なんだ、何かあったのか?」
「兄ちゃん、何かあった、というよりこれから何かがある感じだぞ?」
「何だか戦争の前の空気みたいで嫌だにゃ。」
「・・・ふむ、少し調べてみるか。ユウト、悪いがその子達を連れて先に酒場に向かっていてくれ。私は知り合いにこの雰囲気の原因に心当たりがないか聞いてくる。」
 ヴィエラさんはそう言うと俺達を置いてそそくさと行ってしまう。
「あれ?何だかヴィエラさんの様子が変じゃなかった?」
「そうだな、その知り合いとやらを兄ちゃんに会わせたく無い感じだったな。元カレじゃね?」
ゴツン
「いった!ニア、なにするんだよ。」
「そんなっこと言っちゃダメにゃ。ユウト兄ちゃんはデリケートなのにゃ。そんなことを言ったら・・・」
「ヴィエラさんの元カレ。
俺たちを置いて行ったヴィエラさん。
元カレと俺を会わせたくない?
なんで?
まだ気がある?
向こうが?ヴィエラさんが?
両方?
別れたのは遠距離恋愛だから?
ならこれは逢引?
俺のヴィエラさんが見ず知らずの男と?
いかん、これはマズイ。
ヴィエラさんを何としても止めなくてはっ!」
 そう言って俺は勝手に自己完結してヴィエラの後を追って行く。
 その場に残されたニアとウルはその後ろ姿を呆気に取られて見つめる。
「ほら、こうなっちゃうにゃ。追いかけるにゃよ!」
「ま、待って、置いて行くなよ。ガロティスには奴らが居るんだから!」
 その光景を睨むように見る人物がいることに気付かずに。
「なにっ!聖人会の本拠地であるガロティスに出来損ないが紛れ込んだだと!?」
 ガロティス帝国の教会。
 その地下に作られた、選ばれし者しか立ち居ることを許されない第二の教会。
 そこでは今朝、このガロティス帝国に訪れた4人組をどうするかで揉めていた。
「はい、出来損ないを見かけた者の話によると、あの憎き兎も混じっているようで。」
「奴が帰って来たのか?昔、その教義から外れた力を持ち主に与えると言われた、この聖人会を壊滅寸前にまで追い込んだ神器、その使い手が。」
 その言葉にこの場に居るすべての者が息を呑む。
 報告した者も苦々しい顔をしていた。
「えぇ。そこで此度の魔物の侵攻に奴を使っては如何かと皇帝に掛け合ってみた所、快く引き受けてもらえました。」
 その言葉に反応したのは別の人物。
「待て待て、そこでもし出来損ないが手柄をあげると我らにとって打撃にならんか?」
 その意見に大多数の人物が同意の意を示す。
 だが、報告を行っている者は相当な切れ者。
 その程度の心配など無用と言いたげな表情を崩さない。
「ごほんっ、確かに出来そこないが魔物を大量に狩り、勝利に多大な貢献をしたのならその地位は確固たる物となり我々が手を出すことなど出来なくなるでしょう。」
「なら何故そのような真似をしたのだっ!」
「しかしっ、これは同時に最大のチャンスでもあるのです。考えてもみてください。今回の防衛戦、攻めて出る英雄級はネロと新参の勇者の二名。戦線は厳しいものとなるでしょう。そんな混戦の中、前線に近い場所で味方の流れ弾が当たったところで咎めるものが、いや、気づくものがいるでしょうか?」
 男の言葉にその場が再び息を呑む。
 だが、息を呑む意味は、同じく驚愕であっても前回と今回で大きく意味が異なる。
「だが、奴は神器の力で我ら人間と同じく"気"も"魔力"も扱える。その上ウィンブルス王国で認められた英雄級だ。そんな奴の息の根を止められるとでも?」
 その意見にまたも報告者に注目が集まる。
「そうですね。確かに奴も仮にも英雄級。致命傷を簡単には与えられないでしょう。ですが最初に言った様に今回奴には3人の同行者が居ます。彼らを捉え、"増強薬"を投与します。」
「増強薬だとっ!?あれはまだ未完。投与すればたちまち"気"と"魔力"の融合体である"聖力"に呑まれ暴徒と・・・そうか。
同行者を暴徒と化し、奴にけしかけるのですな。」
「その通り。ですが所詮は無力な同行者。元の力は非力。暴徒と化したところで奴の足止めで精一杯でしょう。なのでその隙をついて"血塗れの法衣"にトドメをささせます。同行者の内1人は人間ですが仕方ない犠牲でしょう。
奴を、いえ、奴の持つ神器、"帝王の瞳"を我々の手中に収めることができると考えれば、主神、サクラ大神様も許してくださるでしょう。」
 報告者は自分の言葉に部屋に居る全員が納得したことを確認すると椅子から立ち上がる。
「では、我らに聖人の加護があらんことを。」
「「「「我らに聖人の加護があらんことを。」」」」
 聖人会の者達が今後の方針を定めた頃、皇帝に命じられ今回の魔物の侵攻に備え、ヴィエラに協力を取り付けることを命じられたアーノルドは困り果てていた。
 ヴィエラの居場所がわからなくなったからではない。
 ヴィエラの居場所はすでに多数の目撃情報から判明している。
 問題はその場所にあった。
 ガロティス帝国の東側、歓楽街。彼女はそこに構える一つの店にいた。
 店の名は"真夜中のバニー"。
 その名の通りこの店は夜の店だ。
 性的な店では無く店員が各テーブルに何名か付き、話やお酌をしてもらえるタイプの店。いわゆるキャバクラ、ガールズバー。
 それだけならアーノルドが躊躇う理由にはならない。
 そういう類の店には何度か足を運んだことがあるし、アーノルド自身もノーマルなので寧ろ嬉々として通うほどだ。
そう。
 アーノルドはノーマルであるがゆえに踏み込むことを躊躇った。
 "真夜中のバニー"にはそれだけの有名な、それでいて形容し難い何かがあるのだ。
 ヴィエラさんを追いかけて辿り着いたのはこの国の東側の歓楽街。
 まだ昼間だというのに、偶にホクホク顏のお金を持っていそうな 男性が女性を侍らせて歩いている。
 ここは男子達の心のオアシス。
 通りには他にも仕事帰りなのか扇情的な衣装を纏った女性がチラホラといて大変嬉しい、もとい大変けしからん光景が広がっていた。
「兄ちゃん、兄ちゃん。何でこんなに薄着の女の人が多いんだ?ガロティスって特に暑い地域ってわけじゃないだろ?」
「にゃにゃっ!ま、まさかこの辺りって・・・」
「子供は見ちゃいけません。ウル、ニア。二人とも俺と手をつないで目を閉じて着いて来なさい。」
 俺はまだこの街を知るには早いウルと、女の子らしく耳年増なニアに目を閉じさせ、その手を引いて歓楽街を進んで行く。
ピコンッ
 「ご主人様ー、ヴィエラの気配がこの店からするよー?」
「おっ、着い、た、か・・・」
 俺は小躍りしそうな心を抑えてヴィエラさんの居ると思わしき店を見上げる。
 "真夜中のバニー"。何と心踊る名前だろうか。
 バニーか。もしかしてヴィエラさんは昔この店で働いていてその事実を俺に知られたくなかったから一人で来たのかもね。
 ・・・それにしても真夜中のバニーか。
 どんなバニーがどんなサービスを、ごほんっ、んんっ、いや、断じて遊びに来たわけじゃないぞ。
 そうだ、俺はヴィエラさんを迎えに来たんだ。
 遊ぶつもりは毛頭ないぞ?
 ただちょこっと、ホンのちょっぴり店員さんをイヤラシイ目で見ても、いいよね?
「あら、やだぁ。まだ開店前よぉ僕ぅ?」
 店の前で物思いに耽っていると背後からこの店の関係者らしき人物が声をかけてくる。
 振り返った先にいたのは、
 肉!
 そう、紛うことなき立派な筋肉が立っていた。
 その筋肉は身長2メートル近く、髪もツインテールに纏めていた。
 なにより・・・
「ぎゃぁぁぁぁ!!!筋肉ロリータぁぁぁ!!!」
 あまりのショックに俺の意識はそこで途絶えた。
 余談だがガロティス帝国にいる男達の間ではこういう言葉がある。
 "バニー"に気を付けろ。
 寂しがり屋奴らは常に新たな同志を探している。
 見つかったら最後、穴蔵に連れ込まれ、おとめとはなんたるかを身を持って教えてくれる。
 魔物達がガロティス帝国に接触するまであと一時間。
 肉が浮いている。
 いや、肉と言っても牛や豚や鳥の肉では無い。
 それは女性のシンボルであり男性の夢。
 そう、おっぱいだ。
 あぁ、なんて素敵な響きなのだろうか。
 その響きだけで俺は三杯はご飯を食べれる。
 あぁ、夢が迫ってくる。
 あと十歩・・・・五歩・三歩
 一歩ごとに荒れ狂う夢。
 なんて素晴らしいんだっ。
 ここはそう。まさに楽園。
 夢は荒れ狂う。
 まるで俺の欲望のごとく上下にバインバイン、左右にブルンブルン。
ブルンブルンブルンブルンッ
バインバインバインバインッ
 ・・・・・あれ?
 荒れ過ぎじゃね?
 そんなに運動したら脂肪が燃焼して・・・
バインバインッ
プルンプルンッ
 やめろ、もう揺れるんじゃないっ!
プルンプルン
 ・・・・・・・・ムキッ
 そんな効果音と共に、女性のシンボルは男性にシンボルに、男性の夢は漢女の夢に変わった。
「おっぱいはおっぱいのままであってくれぇー!!!」
 拷問、もとい嫌な夢にうなされ目を覚ますと、ヴィエラさんとニアとウルがこちらを見てキョトンとしていた。
「・・・おっぱい?」
 ニアちゃんは語尾を"にゃ"にするのを忘れるほどキョトンとし、
「兄ちゃん・・・」
 ウルは俺をかわいそうな人を見る目で見つめ、
「全く、あれ程ついてくるなと言ったのに、困った奴だ。」
 ヴィエラさんは口元に笑みを浮かべ、愛おしいものを見るような優しい視線を向けている。
 ニアちゃんのちっぱい・・・はまぁいいとして、ヴィエラさんのおっぱいは健在だ。
 まだその膨らみを保っている。
「ヴィエラさん、少し、その、おっぱいを揺らしてみてくれませんか?」
「ばっ、兄ちゃん!なんてことを言い出すんだ。やっぱり打ち所が悪かったのか?」
「いや、ユウト兄ちゃんはこれで正常な気がするにゃ。」
ピコンッ
 「ご主人様はご主人様だよー?」
 周りの声も耳に入らないほど俺は真剣だった。
 もし、考えたくもないがもしヴィエラさんのこのおっぱいが偽物になっていたとしたら俺はどうしたらいいのだろうか?
「はぁ、一回だけだからな?」
ごくりっ
 俺はその瞬間を固唾を飲み見守る。
・・・ぶるんっ
「ぎゃぁぁぁぁ!」
 ニアちゃんの目潰しを食らったウルがのたうち回る。
 あぁ、神よ!
 この世に生を受けたこと、感謝いたします。
「も、もういいか?」
 ヴィエラさんも流石にここまでガン見されるとは思っていなかったのだろう。
 ほんのりと頬を染めていた。
 それもまたイイ。
「ご馳走様でした。」
 俺はヴィエラさんのおっぱい様に深く、深くお辞儀をした。
「うぉぉぉ、目がぁ、目がぁぁぁ!」
 奇しくもウルと俺は同じ体勢であったことを明記しておこう。
「うふふ。ヴィエラちゃんも大人になったのねぇ。嬉しいわぁ、この間まであんなに幼かったのに。」
 そこに響く第三者の声。
 俺が聞き間違うはずもない。
 その正体は、
「出たな!筋肉ロリ「きゃさりん、よ?」きゃさりん!」
 ダメだ。
 勝てない。
 これにはクラトでも勝てないんじゃないだろうか。
 恐ろしく発達した上腕二頭筋と大腿四頭筋。
 鬼のように筋が浮き出るほど発達した首。
 服の上からでもわかる腹筋のシックスパック。
 大胸筋により、はち切れんばかりに引き伸ばされた、フリルがあしらわれたゴスロリドレス。
 「あなた、殺しますよ?」と少し高い声で丁寧にキレる、戦闘力53万の宇宙の帝王と恐れられる宇宙人の第二形態のようなフォルム。
 ・・・ダメだ。
 勝てない。
 戦闘においてもキャラにおいても、笑いにおいても完敗だっ!
「あっ、そうだったわぁ。ヴィエラちゃんにお客さんよぉ?あと十年もすれば私好みになりそうな青年だったわよぅ?」
 俺が謎の敗北感に打ちひしがれていると、きゃさりんはここに来た理由を告げる。
「うん?きゃさりんのお眼鏡に敵う様な男性の知り合いはいないはずなんだが。その人は今店か?」
「えぇ、表で待たせるのも悪いし、私のお得意さんだった新人のしょこらちゃんがお話してると思うわよぉ?」
 そうか、この生き物には仲間が居るのか。
 何だこの魔境は。
 ガロティス帝国の夜蝶は化け物かっ!
ギラッ
「ひぅっ、ごめんなさい。」
 某少佐のようなことを頭の中で考えていると、きゃさりんちゃんの殺気(生物としての死ではなく、男としての死という意味。)を感じ、すぐに土下座の姿勢をとる。
 勿論背後からの不意打ちには備えて。
「しょこらちゃんが相手をしているなら早く行ってやらないとな。あの漢は少々惚れっぽいことだしな。」
 ヴィエラさんはそう言うとスタッフルームと思しき、この部屋を出て店内へと進んで行く。
 店内とスタッフルームを繋ぐ扉が閉まったことを確認し、きゃさりんちゃんは俺に近づいてくる。
「あなたがユウトくんかしらぁ?」
 怖い。
 逃げ出したい。
 そんな思いを精神力でねじ伏せ、きゃさりんちゃんの視線を真正面に受け止める。
「え、えぇ。そうです。」
「そう、ヴィエラちゃんのこと、よろしくね?」
「・・・はい?」
 俺が一瞬何を言われたのか理解できなかった。
 キョトンとしていると、きゃさりんちゃんはニアとウルに聞こえないようにするためか俺の耳に口を寄せる。
「だから、ヴィエラちゃんのこと、・・・泣かせたら承知しないぞ、ごるぁ!」
「は、はぃぃぃ!泣かせません、絶対に!」
 きゃさりんちゃんのドスの聞いた地声に俺は心の底から震え上がる。
 でも、そうか。
 きゃさりんちゃんもヴィエラさんのこと、心配してるんだな。
「さっ、多分ヴィエラちゃんへの用事はみんなにも関わってくることよぉ。私達も行きましょうか。」
 そう言ってきゃさりんちゃんは元の雰囲気を取り戻し、俺たちを先導するように部屋を出て行く。
 かっこいい。
 俺が男なら惚れ・・・・・ないな。
 うん。男ならって、なんだよ。
 そもそも俺、男だし。
 いくら内面がかっこ良くてもその見た目から周囲に撒き散らす威圧感半端ねぇもん。
 惚れねぇわー。
「どうしたんだ?兄ちゃん。」
「行かないのかにゃ?」
「いや、今行くよ。」
 俺はニアとウルと一緒にヴィエラさんの待つ店内へと足を踏み入れた。
 店内は膝ほどの高さのテーブルが複数並んでおり、いかにもな雰囲気をはなっていた。
 そのテーブルの一つにきゃさりんちゃんの部下とヴィエラさん、そして見たことのない男性が座っていた。
 男性の顔は目に見えて引きつっている。
 そりゃそうか。
 自分より身長も高く、ゴツイ漢女に肩にしなだれかかられていたらそりゃ誰だって引くわな。
 三人はテーブルに近づく俺たちをみると少し雰囲気を和らげる。
 なんだ?
 ヴィエラさんの雰囲気が少し怒ってるように見えるんだが?
 あのイケメン顔が何かしたのか?
 ヴィエラさんを不快にさせるとは、無礼千万。
 許せんっ!
 しょこらちゃん!やっておしまいなさい!
「そうだな、今の話、そこの青い首巻きをしたユウトが了承したなら考えてやらないでもない。ユウトはこの中で一番強いからな。」
 あら、やだ。
 ヴィエラさんったら何をおっしゃっているのかしらん?
 俺がこの中で最強?
 既に従魔のクラトにすら負けてますけど?
「・・・わかった。」
 イケメン顔はそういうとしょこらちゃんから離れ、
ひゅっ
ブニッ
 ・・・たと思ったら、何時の間にか腰の剣を抜き俺の首に突き立てていた。
 いや、クラトが反応してくれたから突き立ってはいないんだけれども。
「うぉぅっ!何するんだいきなり!俺じゃなかったら死んでたぞっ!」
「!?今のを受け止めるのか、なるほど。隙だらけに見えるのは演技か、確かに強いな。ユウト君といったか?君にヴィエラ殿の先発部隊への参加をかけて、正式に決闘を申し込む!」
ばばんっ
 と効果音がつきそうな勢いでイケメン顔はそう宣言する。
 えっ!?
 いきなり殺されかけて、無理やり決闘とか。
 このイケメン顔はそこまでして俺を殺したいの?
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