オレハ、スマホヲテニイレタ
2-10 ユウシャハ、センジョウニマイモドル
「きしゃぁぁぁぁ!」
近くに居る魔物や人を手当たり次第飲み込む、太さ数メートル、長さ十数メートルに及ぶ白い大蛇。
「ぎょえぇぇぇぇ!」
上空から強酸らしき唾液を撒き散らし、地上に無差別に死を与える小型機大の青い怪鳥。
「ぶもぉぉぉおお!」
戦場のありとあらゆる場所に突進を繰り返す、2トントラックサイズの赤い猛牛。
「これはひどいな。」
「俺が街の中に居る間に何があったんだ?」
ヴィエラを連れたアキラが、ナダクの能力を用いて戦場へと戻るとそこには夥しい死体の数々。
そしてその惨状を造り出したと思われる三匹の魔物が暴れていた。
「ネロさんっ!」
「っ!?アキラか、良いところに戻ってきましたね。そちらの女性が魔力の?」
「いや、違う。《魔女兎》、と言えばわかるか?ガロティス帝国の英雄級ネロ。」
「《魔女兎》、ウィンブルス王国の英雄級でしたか。なら、魔力の本人は?」
「それは私の連れだ。すまないな、色々あって今は役立たずだから置いてきた。それで、あいつらは?」
ヴィエラはそう言うと戦場で暴れている3匹を示す。
「わかりません。何処からか黒い兎人の魔族が現れて、あの厄介事を残して消えたんです。」
「黒い兎人の魔人?」
「えぇ、彼は自分のことをあの悪神の眷族、五星魔である、と。」
「五星魔か。話がややこしくなってきたな。つまり今回の黒幕は悪神復活を望む奴等か。」
「そうなりますね。あの魔物たちは厄介ですが、其々の強さはAといったところです。丁度三人ですし分担して当たりましょう。私は丑を止めます。」
「なら私は酉だな。勇者は巳を。」
「それはいいんですけど、ヴィエラさんは見たところ丸腰ですけど上空のあれに攻撃する手段が有るんですか?」
そんなアキラの問いに答えたのは、ヴィエラではなくネロであった。
「彼女は大丈夫ですよ。世界でただ一人の"闘力"の使い手ですから。」
「"闘力"?」
バツンッ
ネロとアキラが話していると空気の割れる音を残し、ヴィエラの体が消える。
「っ!消えた!?」
「いえ、あそこですよ。ふふ、相変わらずあの人に常識は通じませんか。」
ヴィエラを見失ったアキラにネロが上空を指し示す。
そこには空気を踏み大空を駆け、空を飛ぶ怪鳥相手に近接戦闘を挑むヴィエラの姿が。
その体には黄金色のオーラを纏っていた。
「あれ?何かヴィエラさん、空を飛ぶんじゃなくて走ってるように見えるんですけど・・・しかも魔力を感じないってことは魔法じゃないですよね?」
ヴィエラのその物理法則無視な姿に、驚愕を通り越し若干引きぎみなアキラがネロに訪ねる。
「あれは純粋な脚力ですよ。"闘力"で強化したね。」
「"闘力"って一体・・・」
「"魔力"と"気力"を同時に使用するそうですよ?昔彼女と同じ戦場に立ち、使用方法を聞いた騎士団長ですら使用できなかったそうですが。」
「あれ?獣人って"魔力"を使えないんじゃ?」
「彼女は神器を持っていますからね。その恩恵だそうです。"闘力"を纏った魔女兎が相手ならそろそろ終わります。こちらも負けてられませんよ?」
ネロとアキラが話している僅かな内にヴィエラと青い怪鳥の戦いとも呼べない一方的な戦闘は終結へと向かう。
ヴィエラは地面がないという翼の無い者にとってはこの上ない程不利な状況をマイナスとするどころか、その脚力で空中を蹴り地上と同じような動きを、いや、むしろ地面という制限が無い分より立体的に怪鳥を翻弄し、怪鳥相手に殴り合い(一方的な)で弱らせていく。
勿論怪鳥も無抵抗でいたわけではないが、その鋭い爪を振り回しても物理法則無視の急停止、急後進で当たらず、その翼で周囲に竜をも一時的に飛行不能にするといわれる暴風を巻き起こしても、ヴィエラの腕の一振りで更なる暴風を巻き起こされ自分が墜落しかける始末。
挙げ句の果てに逃げ出そうとしても常に回り込まれ逃げ出すことすらできず怪鳥は見る見る弱っていく。
「これで、とどめだ!」
ズガァァァン
情け容赦の一切無い、"闘力"を纏った全力の一撃が小型機サイズの怪鳥に降りかかる。
魔王すら凌駕するはずの大空の王鳥、"ヴィゾフニル"は生まれて初めての恐怖と共に遂に天空から墜とされた。
「"闘力"を使うのは数年前の魔王大量発生以来だったが、少し鈍っているな。まさか酉相手にここまで時間がかかるとは。このままだと数ヵ月後、何もできずに死んでしまうな。」
戦場でただ一人、制空権を持つヴィエラの言葉は誰に届くことはなかった。
「ぶもぉぉぉぉ!」
「く、来るなぁぁぁ、ぎゃあっ!」
「くそ!誰も正面には立つな!牽き殺されるぞ!」
「ぶもぉぉぉぉ!」
「避けろっ!」
「道を開けなさい!"斬鉄"!」
ピッ
ヴィエラがヴィゾフニルを墜とした頃、2トントラックサイズの赤い猛牛、"牛鬼"と対峙するネロ。
牛鬼の無差別な突進の軌道を読み、その突進の力をも利用したネロの不意打ちに近い渾身の一撃は残念ながらその厚い皮に阻まれ、数センチも裂かない内に止められる。
ネロはそんな牛鬼の皮膚に自分の持つ技が通じないことを悟る。
「ふぅ、まさか突進の力を利用した斬鉄で斬ることが出来ないとは。魔王であれ何であれこれまで斬ることが出来ない物はなかったのですが、世界は広いですね。さて、速さはそれほどではないのでダメージは受けないでしょうが、いつまで続くやら。
アキラの手前諦めるのも格好悪いですね。では、同じところを斬り続けてみましょうかっ。"斬鉄・乱"」
ピピッビビビッ
「ぶもぉぁぁぁあ!」
ネロの全く同じ場所に斬撃を与えるという、神業ともいえる攻撃に大陸の引牛"牛鬼"は生まれて初めて、一方的な虐殺ではなく戦闘へと頭を切り替える。
牛鬼はこれまでただ一直線に繰り返していた突進では目の前の敵に通じないと感じ、新たな高みへ登るため皮膚を赤熱させる。
その熱は数百メートルは離れた秋風吹くガロティス帝国に夏を感じさせるほど。間違いなくそんな牛鬼を何度も斬れば金属製の武器などすぐに使い物にならなくなってしまう。
「おっ、効果ありですか。ですが、どうしますかね。この熱量は近くに居るだけでも命の危険がありそうですね。剣は一振りだけしかない、と。これはダメかもしれないですねぇ。」
打つ手のなくなったネロは早々に今の自分では勝てない牛鬼を見て諦めの言葉を発する。
・・・その顔には何故か申し訳なさが浮かんでいたことに誰も気づかない。
もし、ガロティス帝国随一の情報網を持つ諜報部隊、第6騎士団団長ナダクに、この世界で最も敵対したくない者は誰かと聞けば神に与えられた武器である神器を持ち、世界で誰一人扱うことが出来ない"闘力"を纏い、複数の魔王クラスの従魔を従えるヴィエラより先にガロティス帝国の英雄級、ノワールの名が上がるだろう。
ここで思い出してほしい。
ガロティス帝国にはナダク、ネロ、レゴールそしてアキラの四人しか英雄級が居ない。では、ノワールとは誰か。
ノワールとは実在するが存在しない。
ガロティス帝国の国民は知らないが、上層部では知られた存在。
"光のネロ。陰のノワール。"
ノワールとはネロであり、ネロとはノワールである。分かりやすく言うとノワールはネロの別人格。彼は元々犯罪者であり、当時の英雄級が三人掛かりでようやく鎮圧し、その内の一人の能力により、ノワールを内に封じるために産み出された人格がネロであった。
それからネロはノワールに負けないよう、0となった力を取り戻すべく努力を重ね、かつての英雄を越えた今、僅かな時間ならばノワールを呼び出すことができるようになっていた。
ネロの申し訳なさそうな顔は過去、彼を封じるために身を投げうった英雄に対するもの。
光は再び陰となる。
「しゃぁぁぁぁ!」
「た、助けてくれぇー!」
白い大蛇"ナーガ"は新手の出現にも、仲間の死にも反応することなく暴食を繰り広げ、次々と目の前の新鮮な餌を追いかけ、捕食していた。
「"隠蛇の鎖"」
「うぐっ」
何処からともなく聞こえる声で餌が転倒し、もう少しで口に出来るというところで突如餌が消える。いや、正確には餌と見ていた兵士はまだそこに居るのだがナーガには視えない。
余談だが、地球の蛇というのは元々あまり視力がよくない。それを補うためにピット器官という熱を感知する器官が鼻先に幾つか付いており、そこから獲物の熱を感じて補食している。
「しゅろろろっ!」
「ひぃっ、魔力がっ、助けっ!・・・えっ、襲われない?」
これまで必死に逃げていた兵士は体に巻き付く蛇を見てナーガの魔法かと死を覚悟するが、ナーガは目前まで来て自分に興味を無くしたことに気付く。
「その蛇を巻き付けたままここを離れて適当なところで外してください。その蛇は巻き付いた相手の気配、魔力を消してくれますが巻き付いてる間は魔法が使えません。」
「へっ?ゆ、勇者様!?」
倒れた兵士に近づくのはガロティス帝国の勇者、本郷暁。アキラは兵士を立たせる。
「お待たせしてすいません。あいつは俺に任せて他を当たってください。魔物が減ったとはいえまだ数万はいます。」
「は、はい!助かりましたっ!」
アキラは兵士が戦場に戻っていくことを確認し、この餌場の主を睨み手首に巻き付く蛇に手をかける。
「さぁ、能力の確認は終った。俺が相手だ白蛇!」
手首の蛇を外した瞬間、ナーガの目に見たことのない大魔力が映る。
「しゃぉぉぉ!」
ナーガは極上の餌が突然目の前に現れたことを燻かしむのではなく食欲のままに喰らい付く。
「ん?もしかしてこの大蛇、知能は低いのか?まぁ、どっちでもいい。士気を上げるために速攻で終わらせる!」
そういいつつアキラは向かってくるナーガの顎を余裕をもって避ける。腰に下げた剣は抜かない。
今回力を借りた相手、ナダクは諜報、暗殺のスペシャリストだ。その性質上、嵩張る剣などの武器類の扱いは不得手であった。ナダクの得意とするものは素手、もしくはナイフのような小物を使っての暗殺。だがアキラはそんなもの所持していない。
では、目の前の十数メートルにも及ぶナーガ相手にどう戦うか。
「しゃぁぁぁぁ!」
「"蛇眼"、発動。」
アキラの声に呼応し、その日本人らしい黒の瞳は金へと変化し、まさにアキラに襲いかからんと顎を開いたナーガの動きが止まる。
蛇眼、ナダクの持つ神の祝福。効果は消費した魔力に応じて目の合った対象へ異常を与える。その強度は対象の数、消費した魔力、対象と術者のレベルの差による。
今回ナーガが被った異常は"停止"。対象はナーガ一匹。レベルの差はナーガとナダクの力を借りたアキラで同程度だが消費した魔力はアキラの持ちえるほぼ全て、この世界の魔法士約50人分。
魔王ですら耐えられない、生命活動をも止め得る"停止"にナーガは移動の停止だけで耐えてみせた。
移動が満足に出来ないナーガ対魔力の尽きたアキラ。勝負は動くことが出来ず、遠距離攻撃の無いナーガの敗北かと思われた。
「ナダクさんは剣は使えないけど、動くことの出来ないお前に止めを差すくらい子供にでも出来る。」
アキラはそう言い、腰の剣を抜きナーガに近づく。
「せめて苦しまないよう一撃で終わらせてやる。ふっ!」
アキラの剣が身動き出来ないナーガの固い鱗を切り裂き、
ジュゥゥゥゥ
「なっ!?」
ナーガの頸を中程まで斬った剣は血液に触れた途端に煙を上げて溶ける。
「しゃぁぁぁぁ!」
ナーガの血液が強い溶解力を持つと知らなかったアキラは剣が溶けことに驚きつつも、己の直感に従いその場を飛び退く。
ごぉっ
それまでアキラがいた空間を薙ぐように通りすぎるナーガの太い尾。
「くそ、一瞬集中が切れたのかっ。魔力も残ってないしもう素手での攻撃しか出来ないんだけど!血液も毒ってズルくない!?これからネロさんの力を借りる?いやダメだ、剣がない。というかまず時間が足りない。ナダクさんが"蛇眼"を持ってたせいで2時間はまだ余裕があったはずなのにもう30分も持ちそうにないし。・・・あれ?」
魔力も剣も無くナーガとの戦闘が圧倒的に不利かと思われたアキラはナーガの傷口から煙が絶えない事に気付く。
「もしかして自分の血で体が溶けてるのか?放っておいてもそんなに長くない?いや、放置して自棄になられたらみんなの被害が増えるか。なら、動きが完全に止まるまで俺が押さえる!」
アキラとナーガ、共にリミットの有る者通しの最終ラウンドの火蓋が切って落とされる。
近くに居る魔物や人を手当たり次第飲み込む、太さ数メートル、長さ十数メートルに及ぶ白い大蛇。
「ぎょえぇぇぇぇ!」
上空から強酸らしき唾液を撒き散らし、地上に無差別に死を与える小型機大の青い怪鳥。
「ぶもぉぉぉおお!」
戦場のありとあらゆる場所に突進を繰り返す、2トントラックサイズの赤い猛牛。
「これはひどいな。」
「俺が街の中に居る間に何があったんだ?」
ヴィエラを連れたアキラが、ナダクの能力を用いて戦場へと戻るとそこには夥しい死体の数々。
そしてその惨状を造り出したと思われる三匹の魔物が暴れていた。
「ネロさんっ!」
「っ!?アキラか、良いところに戻ってきましたね。そちらの女性が魔力の?」
「いや、違う。《魔女兎》、と言えばわかるか?ガロティス帝国の英雄級ネロ。」
「《魔女兎》、ウィンブルス王国の英雄級でしたか。なら、魔力の本人は?」
「それは私の連れだ。すまないな、色々あって今は役立たずだから置いてきた。それで、あいつらは?」
ヴィエラはそう言うと戦場で暴れている3匹を示す。
「わかりません。何処からか黒い兎人の魔族が現れて、あの厄介事を残して消えたんです。」
「黒い兎人の魔人?」
「えぇ、彼は自分のことをあの悪神の眷族、五星魔である、と。」
「五星魔か。話がややこしくなってきたな。つまり今回の黒幕は悪神復活を望む奴等か。」
「そうなりますね。あの魔物たちは厄介ですが、其々の強さはAといったところです。丁度三人ですし分担して当たりましょう。私は丑を止めます。」
「なら私は酉だな。勇者は巳を。」
「それはいいんですけど、ヴィエラさんは見たところ丸腰ですけど上空のあれに攻撃する手段が有るんですか?」
そんなアキラの問いに答えたのは、ヴィエラではなくネロであった。
「彼女は大丈夫ですよ。世界でただ一人の"闘力"の使い手ですから。」
「"闘力"?」
バツンッ
ネロとアキラが話していると空気の割れる音を残し、ヴィエラの体が消える。
「っ!消えた!?」
「いえ、あそこですよ。ふふ、相変わらずあの人に常識は通じませんか。」
ヴィエラを見失ったアキラにネロが上空を指し示す。
そこには空気を踏み大空を駆け、空を飛ぶ怪鳥相手に近接戦闘を挑むヴィエラの姿が。
その体には黄金色のオーラを纏っていた。
「あれ?何かヴィエラさん、空を飛ぶんじゃなくて走ってるように見えるんですけど・・・しかも魔力を感じないってことは魔法じゃないですよね?」
ヴィエラのその物理法則無視な姿に、驚愕を通り越し若干引きぎみなアキラがネロに訪ねる。
「あれは純粋な脚力ですよ。"闘力"で強化したね。」
「"闘力"って一体・・・」
「"魔力"と"気力"を同時に使用するそうですよ?昔彼女と同じ戦場に立ち、使用方法を聞いた騎士団長ですら使用できなかったそうですが。」
「あれ?獣人って"魔力"を使えないんじゃ?」
「彼女は神器を持っていますからね。その恩恵だそうです。"闘力"を纏った魔女兎が相手ならそろそろ終わります。こちらも負けてられませんよ?」
ネロとアキラが話している僅かな内にヴィエラと青い怪鳥の戦いとも呼べない一方的な戦闘は終結へと向かう。
ヴィエラは地面がないという翼の無い者にとってはこの上ない程不利な状況をマイナスとするどころか、その脚力で空中を蹴り地上と同じような動きを、いや、むしろ地面という制限が無い分より立体的に怪鳥を翻弄し、怪鳥相手に殴り合い(一方的な)で弱らせていく。
勿論怪鳥も無抵抗でいたわけではないが、その鋭い爪を振り回しても物理法則無視の急停止、急後進で当たらず、その翼で周囲に竜をも一時的に飛行不能にするといわれる暴風を巻き起こしても、ヴィエラの腕の一振りで更なる暴風を巻き起こされ自分が墜落しかける始末。
挙げ句の果てに逃げ出そうとしても常に回り込まれ逃げ出すことすらできず怪鳥は見る見る弱っていく。
「これで、とどめだ!」
ズガァァァン
情け容赦の一切無い、"闘力"を纏った全力の一撃が小型機サイズの怪鳥に降りかかる。
魔王すら凌駕するはずの大空の王鳥、"ヴィゾフニル"は生まれて初めての恐怖と共に遂に天空から墜とされた。
「"闘力"を使うのは数年前の魔王大量発生以来だったが、少し鈍っているな。まさか酉相手にここまで時間がかかるとは。このままだと数ヵ月後、何もできずに死んでしまうな。」
戦場でただ一人、制空権を持つヴィエラの言葉は誰に届くことはなかった。
「ぶもぉぉぉぉ!」
「く、来るなぁぁぁ、ぎゃあっ!」
「くそ!誰も正面には立つな!牽き殺されるぞ!」
「ぶもぉぉぉぉ!」
「避けろっ!」
「道を開けなさい!"斬鉄"!」
ピッ
ヴィエラがヴィゾフニルを墜とした頃、2トントラックサイズの赤い猛牛、"牛鬼"と対峙するネロ。
牛鬼の無差別な突進の軌道を読み、その突進の力をも利用したネロの不意打ちに近い渾身の一撃は残念ながらその厚い皮に阻まれ、数センチも裂かない内に止められる。
ネロはそんな牛鬼の皮膚に自分の持つ技が通じないことを悟る。
「ふぅ、まさか突進の力を利用した斬鉄で斬ることが出来ないとは。魔王であれ何であれこれまで斬ることが出来ない物はなかったのですが、世界は広いですね。さて、速さはそれほどではないのでダメージは受けないでしょうが、いつまで続くやら。
アキラの手前諦めるのも格好悪いですね。では、同じところを斬り続けてみましょうかっ。"斬鉄・乱"」
ピピッビビビッ
「ぶもぉぁぁぁあ!」
ネロの全く同じ場所に斬撃を与えるという、神業ともいえる攻撃に大陸の引牛"牛鬼"は生まれて初めて、一方的な虐殺ではなく戦闘へと頭を切り替える。
牛鬼はこれまでただ一直線に繰り返していた突進では目の前の敵に通じないと感じ、新たな高みへ登るため皮膚を赤熱させる。
その熱は数百メートルは離れた秋風吹くガロティス帝国に夏を感じさせるほど。間違いなくそんな牛鬼を何度も斬れば金属製の武器などすぐに使い物にならなくなってしまう。
「おっ、効果ありですか。ですが、どうしますかね。この熱量は近くに居るだけでも命の危険がありそうですね。剣は一振りだけしかない、と。これはダメかもしれないですねぇ。」
打つ手のなくなったネロは早々に今の自分では勝てない牛鬼を見て諦めの言葉を発する。
・・・その顔には何故か申し訳なさが浮かんでいたことに誰も気づかない。
もし、ガロティス帝国随一の情報網を持つ諜報部隊、第6騎士団団長ナダクに、この世界で最も敵対したくない者は誰かと聞けば神に与えられた武器である神器を持ち、世界で誰一人扱うことが出来ない"闘力"を纏い、複数の魔王クラスの従魔を従えるヴィエラより先にガロティス帝国の英雄級、ノワールの名が上がるだろう。
ここで思い出してほしい。
ガロティス帝国にはナダク、ネロ、レゴールそしてアキラの四人しか英雄級が居ない。では、ノワールとは誰か。
ノワールとは実在するが存在しない。
ガロティス帝国の国民は知らないが、上層部では知られた存在。
"光のネロ。陰のノワール。"
ノワールとはネロであり、ネロとはノワールである。分かりやすく言うとノワールはネロの別人格。彼は元々犯罪者であり、当時の英雄級が三人掛かりでようやく鎮圧し、その内の一人の能力により、ノワールを内に封じるために産み出された人格がネロであった。
それからネロはノワールに負けないよう、0となった力を取り戻すべく努力を重ね、かつての英雄を越えた今、僅かな時間ならばノワールを呼び出すことができるようになっていた。
ネロの申し訳なさそうな顔は過去、彼を封じるために身を投げうった英雄に対するもの。
光は再び陰となる。
「しゃぁぁぁぁ!」
「た、助けてくれぇー!」
白い大蛇"ナーガ"は新手の出現にも、仲間の死にも反応することなく暴食を繰り広げ、次々と目の前の新鮮な餌を追いかけ、捕食していた。
「"隠蛇の鎖"」
「うぐっ」
何処からともなく聞こえる声で餌が転倒し、もう少しで口に出来るというところで突如餌が消える。いや、正確には餌と見ていた兵士はまだそこに居るのだがナーガには視えない。
余談だが、地球の蛇というのは元々あまり視力がよくない。それを補うためにピット器官という熱を感知する器官が鼻先に幾つか付いており、そこから獲物の熱を感じて補食している。
「しゅろろろっ!」
「ひぃっ、魔力がっ、助けっ!・・・えっ、襲われない?」
これまで必死に逃げていた兵士は体に巻き付く蛇を見てナーガの魔法かと死を覚悟するが、ナーガは目前まで来て自分に興味を無くしたことに気付く。
「その蛇を巻き付けたままここを離れて適当なところで外してください。その蛇は巻き付いた相手の気配、魔力を消してくれますが巻き付いてる間は魔法が使えません。」
「へっ?ゆ、勇者様!?」
倒れた兵士に近づくのはガロティス帝国の勇者、本郷暁。アキラは兵士を立たせる。
「お待たせしてすいません。あいつは俺に任せて他を当たってください。魔物が減ったとはいえまだ数万はいます。」
「は、はい!助かりましたっ!」
アキラは兵士が戦場に戻っていくことを確認し、この餌場の主を睨み手首に巻き付く蛇に手をかける。
「さぁ、能力の確認は終った。俺が相手だ白蛇!」
手首の蛇を外した瞬間、ナーガの目に見たことのない大魔力が映る。
「しゃぉぉぉ!」
ナーガは極上の餌が突然目の前に現れたことを燻かしむのではなく食欲のままに喰らい付く。
「ん?もしかしてこの大蛇、知能は低いのか?まぁ、どっちでもいい。士気を上げるために速攻で終わらせる!」
そういいつつアキラは向かってくるナーガの顎を余裕をもって避ける。腰に下げた剣は抜かない。
今回力を借りた相手、ナダクは諜報、暗殺のスペシャリストだ。その性質上、嵩張る剣などの武器類の扱いは不得手であった。ナダクの得意とするものは素手、もしくはナイフのような小物を使っての暗殺。だがアキラはそんなもの所持していない。
では、目の前の十数メートルにも及ぶナーガ相手にどう戦うか。
「しゃぁぁぁぁ!」
「"蛇眼"、発動。」
アキラの声に呼応し、その日本人らしい黒の瞳は金へと変化し、まさにアキラに襲いかからんと顎を開いたナーガの動きが止まる。
蛇眼、ナダクの持つ神の祝福。効果は消費した魔力に応じて目の合った対象へ異常を与える。その強度は対象の数、消費した魔力、対象と術者のレベルの差による。
今回ナーガが被った異常は"停止"。対象はナーガ一匹。レベルの差はナーガとナダクの力を借りたアキラで同程度だが消費した魔力はアキラの持ちえるほぼ全て、この世界の魔法士約50人分。
魔王ですら耐えられない、生命活動をも止め得る"停止"にナーガは移動の停止だけで耐えてみせた。
移動が満足に出来ないナーガ対魔力の尽きたアキラ。勝負は動くことが出来ず、遠距離攻撃の無いナーガの敗北かと思われた。
「ナダクさんは剣は使えないけど、動くことの出来ないお前に止めを差すくらい子供にでも出来る。」
アキラはそう言い、腰の剣を抜きナーガに近づく。
「せめて苦しまないよう一撃で終わらせてやる。ふっ!」
アキラの剣が身動き出来ないナーガの固い鱗を切り裂き、
ジュゥゥゥゥ
「なっ!?」
ナーガの頸を中程まで斬った剣は血液に触れた途端に煙を上げて溶ける。
「しゃぁぁぁぁ!」
ナーガの血液が強い溶解力を持つと知らなかったアキラは剣が溶けことに驚きつつも、己の直感に従いその場を飛び退く。
ごぉっ
それまでアキラがいた空間を薙ぐように通りすぎるナーガの太い尾。
「くそ、一瞬集中が切れたのかっ。魔力も残ってないしもう素手での攻撃しか出来ないんだけど!血液も毒ってズルくない!?これからネロさんの力を借りる?いやダメだ、剣がない。というかまず時間が足りない。ナダクさんが"蛇眼"を持ってたせいで2時間はまだ余裕があったはずなのにもう30分も持ちそうにないし。・・・あれ?」
魔力も剣も無くナーガとの戦闘が圧倒的に不利かと思われたアキラはナーガの傷口から煙が絶えない事に気付く。
「もしかして自分の血で体が溶けてるのか?放っておいてもそんなに長くない?いや、放置して自棄になられたらみんなの被害が増えるか。なら、動きが完全に止まるまで俺が押さえる!」
アキラとナーガ、共にリミットの有る者通しの最終ラウンドの火蓋が切って落とされる。
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