オレハ、スマホヲテニイレタ
2-13 ユウシャハ、アシデマトイニナル
「ぜぃ、ぜぃ、が、んばれ二人とも。もう、魔物も少ないみたいだし、ぜぃ、ぜぃ、ヴィエラさんもすぐに、見つかる、ごほっ、ごほっ!」
「いや、一番頑張らないとダメなのは兄ちゃんだから。」
「ユウトお兄ちゃん、大丈夫にゃ?」
ギルドの訓練場から東門までようやくたどり着いた俺は前を走るウルとニアちゃんに声を掛けるが、どうやら心配要らなかったみたいだ。というかもう無理、俺が限界。マジで。
「あっ、ヴィエラお姉ちゃんにゃ!」
「あ、ホントだ。姉ちゃんも俺たちに気づいてるみたいだな。こっちに来るぞ?ん?何か姉ちゃんの後ろからデカイ魔物も・・・」
いち早くヴィエラさんに気づいたニアちゃんとウルの言葉に俺も苦しいが顔をあげる。
すると前から迫ってくるヴィエラさんと、その後ろから迫ってくる全身が青い狼の魔物がっ!・・・ってよく見たら擬態したクラトか。チビって損した。
「危ないっ!神喰狼に襲われるぞっ!」
「おい、子供たちがフェンリルに向かっていってるぞ!止めるんだっ!」
「だめだ!もう間に合わない!」
周囲の兵士たちはその後すぐに目に飛び込んでくるであろう凄惨な光景に目を閉じる。が、
「ユウト、ウル、ニア、街の中で何があったんだ?」
「ぜぃ、ぜぃ、それが、ぜぃ、ぜぃ、あの、ごほっごほっ!」
「あー、代わりに俺が話すから兄ちゃんは休んでなって。」
「ふわぁー!クラトがフワフワにゃー!!」
聞こえてくるのはフェンリルが肉を噛み砕く音ではなく、何ともほのぼのとした声であった。
恐る恐る兵士たちは目を開けて声の元を見ると、そこには行きも絶え絶えなひ弱そうな少年を愛しそうに見つめるヴィエラと、街中で何があったのかを説明をする犬人の少年。そして何より兵士たちを驚かせたのが、フェンリルに飛び付き頬擦りしてはしゃいでいる猫人の少女の姿であった。
「・・・何が起こってやがる?」
「さ、さぁ?でも、猫人の嬢ちゃんが抱きついてるのって、さっきまで暴れまわってた神喰狼だよな?」
「ははっ、ダメだ。俺はとうとうおかしくなったみたいだ。子供がフェンリルと遊んでるように見える。そうだ、これは俺の脳内があまりに凄惨な光景を勝手に補完してるだけなんだ。実際は無惨な光景が広がっている、そうに違いない。」
兵士たちの混乱の中、ウルの説明はつつがなく終わる。
「なるほどな。街中に五星魔の黒兎か。外に魔物を放ったのもそいつとなれば、何のために?悪神復活に何か関係するのか?」
「ごほっ、げほっ!」
「ん?どうした、ユウト。」
「はぁ、はぁ、いや、何でもないっす。」
やべぇなー、畜生。あの黒兎の魔人が五星魔って・・・個人的な恨み?それとも悪神の命令?だとしたら悪神さん、完全に俺のこと狙いに来てるよね?早くなぁい?ねぇ行動早くなぁい?
俺は行動に移るのが早い悪神に内心突っ込みつつも、とうとう無視しきれなくなった従魔を見上げる。
「・・・なぁ、クラト。お前一体何食ったんだ?」
ピコンッ
「えーとね、何かこんな形した狼さん!強かったんだけど、ご主人様のために頑張って倒したんだよー?ほめてほめてー!」
「お、おう。頑張ったんだな。」
俺はクラトのあまりの忠誠心に考えることを放棄して差し出された狼形態のクラトの頭を撫でる。そりゃもうこれまでに無いくらいワシャワシャと。
って、毛並み柔らけー。何これ。クラトの擬態ってここまで高性能だったっけ??
「お、おい。フェンリルがあの中で一番貧弱そうな少年に頭を下げているように見えるんだが、俺がおかしくなったのか?」
「いや、よく考えるんだ。あれは頭が痒くて仕方がないから一番立場の弱いあの少年に頭を掻かせているんだ。それにあれはフェンリルに見えるが恐らく・・・ガブリンだっ!」
「「「「「なるほどっ!・・・・・・ってなるかぁぁぁぁ!!」」」」」
「あんな強くてデカいガブリンが居てたまるか!」
「そうだぞ!魔物をバッタバッタ薙ぎ倒してたの見てなかったのか!もしガブリンだとしたら危険すぎるわ!」
「おい、それより勇者様のことは放っといていいのか?」
「「「「「忘れてたっ!!!」」」」」
そこでようやく現実に戻ってきた兵士たちは恐る恐る、なるべくフェンリルを回り込むようにしてヴィエラたちに近づく。
「あ、あのー、よろしいでしゅか?」
兵士の中で最も勇気ある猛者が声をかけてくる。・・・10メートルくらい離れて。
「そんな遠くからどうした?」
そう言って俺たちは兵士に近づくが、俺たちが一歩進むと兵士も一歩下がる。
「ヴィエラさん、なんかあの兵士、めっちゃ怯えてません?」
「そうだな・・・。」 
兵士の不可解な行動にヴィエラさんも首を捻り、その反動で視界に入ったのであろうクラトを見上げてから瞑目し、再び見上げる。
「・・・あぁ、そういうことか。クラト、ちょっと周りの魔物狩ってきてくれるか?」
ピコンッ
「わかったー。じゃあまたちっちゃい僕を置いていくねー。」
クラトがそう言うと、ぴょこんっとその体から元のサイズのミニクラトが俺の首に飛んでくる。おぉ、これこれ。なんというか、首がスースーしてて落ち着かなかったんだよね。
ピコンッ
「ご主人様、寂しかったー。」
おぉ、クラトも寂しかったか。俺も寂しかったぞー。まだクラトがウルとニアちゃんの体中に入って一時間くらいだけど。
狼形態のクラトが戦場へ駆け出すと、こちらを見ていた兵士たちは安堵の息を吐く。
あー、クラトが怖かったのね。そりゃそうだ。俺だっていきなりあんな巨大な狼が目の前に現れたらビビるわ。
「す、すいません。どうにもあの神喰狼が恐ろしくて。」
「フェンリル?何言ってんだ?あれは兄ちゃんの従魔のスライムだぞ?おっちゃん。」
「はっは。あれがスライムか。ならこの世界の住民は絶滅するなー。」
兵士の言葉にウルが返すが兵士たちは子供の冗談だと取り合わず受け流す。
「なぁ、兄ちゃん、俺今めちゃくちゃムカついたんだけど。」
「我慢するにゃ。あれがスライムだなんてクラトを知らない人にしてみればあり得ないにゃ。」
「そうだぞ。俺もちょっとチビっちゃったからな。あれは怖いわ。」
「兄ちゃん、少し離れてくれる?」
「何をぅ?」
「あー、ごほん、それで?何か私たちに用事か?これから街中からさっきの魔物と比べ物になら無い敵が出てくるんだが?」
話が脱線した俺たちに代わりヴィエラさんが兵士に続きを促す。
「そ、そんなっ!ってそれはそれで一大事なのですがそれよりもっ!今まさに勇者様が敵の罠に掛かり命の危機なのです!どうかご助力願えませんか?我々ではどうしようもなくて。」
「あのバカ。また肝心なところで油断しやがったな。」
兵士の言葉を聞き、幼馴染みの相変わらずの甘さにから出た俺の小さな呟きを拾った兵士から物凄い睨まれるが、出たものは仕方ない。何せアキラとは幼馴染みな訳だし。
「はぁ、ヴィエラさん、助けてやってくれます?」
俺はいつも通りにヴィエラさんに頼むが返答は予想外なものであった。
「すまない、ユウト。今勇者が陥ってる危機に弱り果てた私では手が出ない。というわけでクラト、任せた。」
今なんと?ヴィエラさんが弱り果てている?
原因は?魔物?
確か魔物を連れてきたのは黒兎の魔人だったよな?
・・・よしっ。殺そう。
ピコンッ
「勇者の手を固定してた蛇を食べたよー。それと魔物も大体倒したよー。」
俺の将来確定事項が定まると同時にクラトのメッセージが届く。
そのメッセージを兵士とヴィエラさんに伝え、辺りを見渡すと確かに魔物一匹残っていなかった。というか魔物の死骸も綺麗さっぱり無くなっており、不自然に血が撒き散っている以外は元通りだと思う。
そして当のクラトは何故か東門の方へと駆け寄り、門の影に身を潜める。
あ、よく見たら体からミニクラトを放ちまくってるな。ってことはあれか?魔王を吸収したときみたいに潜んでるのか?指示もしてないのに?
・・・あれ?クラトってそんな賢かったっけ??
「・・・流石ユウトだな。既に五星魔の相手はクラトに任せていたのか。」
「いやー、まだ何も言ってないんですけど・・・」
「クラトは賢いから言わなくてもわかってるにゃ。」
「兄ちゃんより賢いんじゃね?」
「やかましいわ!」
俺はアプリをスマホにインストールして以来感じる、クラトのインテリジェンスの高まりに謎の敗北感を味わいつつ、東門から黒兎が出てくるのを待つ。
「ユウト、助かった。あの青い神喰狼はお前の従魔なんだろ?」
俺たちが東門の方を見守っていると、魔力の枯渇が近いのか青い唇をしたアキラがフラフラと此方にやって来る。いつの間にか背後に立っている血まみれの兵士と共に。
「アキラ、また油断しただろ。それと、クラトはフェンリルじゃなくてスライムな。あと横の人血塗れだけど大丈夫?」
「あー、ネロさん、じゃなかった。ノワールさんのこれは全部魔物の返り血だから平気だよ。ですよね?」
「あぁ?雑魚が話しかけんじゃねぇよ。」
「・・・・・。」
「職場に上手く馴染めてないなら相談に乗るぞ?」
俺はノワールさんの言葉にうちひしがれるアキラに一言告げて肩をたたく。
「んなことより、化け物。これがお前のフィアンセか?」
今、こいつ、なんて言った!?
ヴィエラさんのフィアンセ?誰が?
視線の先は、俺か?俺なのか?いや、少し下?まさかっ!クラト!?
いやいや、まてまて。そんなはず無いだろう。
・・・いや、確かにヴィエラさんってずっとクラトを抱いてるような。
あ、ダメだ泣きそう。
だってクラトに勝てるとこなくね?
強いし、賢いし、可愛いし。
それに比べて俺の魅力の無さったら・・・ぐすっ
「街からまた誰か出てくるぞ!」
俺が自己嫌悪に浸っていると、ヴィエラさんの言葉で東門を警戒していた兵士から声がかかる。
連れて門を見ると、大通りをゆったりと歩く複数の影。
その先頭を歩くのは、大きな荷物を抱えた黒兎の姿。
「あいつ!きゃさりんを引き摺ってるぞ。」
「なんだとっ!?まさかきゃさりんちゃんですら歯が立たないとはな。敵は・・・5人か。」
「きゃさりんちゃん、生きてるよな?」
「わからないにゃ。5人も魔人を倒したならもかしたら・・・」
そんな最悪の予想が頭をよぎる。
だが、クソ神特製ボディを持つ俺の驚異的な視力がきゃさりんの僅かな身の捩りを見落とさなかった。
「生きてるぞ!まだ微かに息がある。早く治療をしないと!」
俺の言葉にヴィエラさん、ウル、ニアちゃんが喜色ばむ。
「ひひっ、やぁやぁ、待たせな。クソガキ共。おや?横にいるのはあの時の彼氏君かな?これはこれは、数奇な運命だ。まさか俺の人生をどん底に貶めた張本人たちとこのような世界で合間見えるとは。ひひっ、まさにこの世界は理想郷、お前たちには暗黒郷だな。ひっ、ひひっひっ。」
黒兎はアキラの姿を確認すると、狂ったようにその場で顔を抱えて笑い始める。
「あいつ、狂ってるのか?」
「ユウトお兄ちゃん、何かあいつ怖いにゃ。」
「五星魔はそうとうイカれた魔人の集まりだって聞いたことあるが、あいつは特にそうらしいなぁ。」
「ひひっ、イカれてるだなんて、酷いんだなぁ。折角これを生かして持ってきてやったっていうのに、よぉ!」
黒兎はそういうときゃさりんを軽く放り投げる。いや、100kgは優に超えるきゃさりんが地面と水平に飛んできてる時点で軽くではないのか。
「クラトっ!受け止めろ!」
俺はそのままではきゃさりんの命が危ういと感じ、クラトの折角の不意打ちのチャンスを自ら消す。クラトも俺の指示ならばと即座に行動に移し、優しくきゃさりんを受け止め、俺たちの元へと運んでくる。
「ありゃ?折角ボーリング気分でストライク狙ったのに。なんだあれ。ひっ、奇妙な、スライム?おいおい、まさか俺たちを相手にするためにそんな雑魚の代名詞を忍ばせてたってのか?ひひっ、こりゃお笑いだぜ。」
きゃさりんが受け止められ、一度は不機嫌になりつつも、俺の最後の抵抗がスライム頼みであったことを知り、黒兎はまたも腹を抱える。
「ひひっ、はぁー、笑った笑った、笑わせてもらいましたっと。クソガキ、笑わせてくれたお礼にそのスライムで何しようとしたのか試させてやるよ。ほら、もう一回門の側に隠れさせていいぜ?俺は何も知らない振りをしてやり直してやるよ。ひひっ。」
「あいつ、何言ってるんだ?」
「おい、ユウト。騙されるな。そんな馬鹿な話あるわけ無いだろ!」
「もしマジで言ってるなら相当なバカだな。」
黒兎の言葉に俺とウルとニアちゃん以外、等しく信じようとしない。
だが、俺もウルもニアちゃんも一度、黒兎の戯れ言に救われてるのも事実だ。
「クラト、喰らい尽くせ。遠慮は要らないから。」
ピコンッ
「・・・わかったー。」
少し考えた結果、俺の出した答えは黒兎の口車に乗ることだった。
「おいっ、馬鹿か!折角クラトが近くにいたんだ。あんなやつの言葉なんか無視して纏えばよかったんだ!」
「ユウト、お前には感謝してるが、これは悪手だろ!何考えてるんだ!」
「ははっ、向こうもバカならこっちは大バカってか?なぁーんか馬鹿馬鹿しくなってきたぜ。俺は好きにさせてもらうかな、っとぉ!!」
ズガッ
そう言って地面の土を東門に届くほど蹴り飛ばすノワールさん。そして、
「"無刃"」
すひゅんっ
土が落ちきる前に柄だけになった剣を振るうノワールさん。変化はすぐに起こる。
パリィン
ガラスも何もない筈の空間から響く、何かが割れる音。原因不明の音は黒兎の居る場所から聞こえてくる。
僅かな沈黙。兵士たちは黒兎の死を期待して、俺、ウル、ニアちゃん、ヴィエラさん、アキラ、ノワールさんは正体不明の音の原因を見定めようと土が降り注ぎ、視界が悪い東門を見つめる。
「"闘力"が砕かれた!?」
そんな沈黙を破ったのはノワールさん。いや、ヴィエラさんもかなり驚いてるようだ。っていうか"闘力"?
「なぁ、アキラ。"闘力"って何か知ってるか?」
「"魔力"と"気"を合成した力で、この世界で自在に扱えるのはヴィエラさんだけなんだってさ。」
流石ヴィエラさん。"魔力"と"気"の合成か。フムフム。チート主人公みたいな能力だな。
「ひっ、全く。折角楽しい前世の仇討ち中なんだぜ?雑魚が水を差すんじゃねぇよ。クソガキたちもそう思うだろ?ひひっ。」
俺がヴィエラさんを心の中で絶賛していると、水を差されて不機嫌になったのか、鬼の形相でノワールさんを睨んでいた。
「ひひっ、お前たちは俺の下僕ちゃん1号と遊んでな。ひひっ。」
黒兎の言葉に、これまで何の反応を見せずにただ後ろに控えていた魔人の一人が動き出す。
「はっ、そんなデブじゃ俺様の足元にも及ばないぜ。"無刃・対"!」
ノワールさんは一度防がれた技をもう一度、今度は大上段からの振り降ろしに加えて、下段からの斬り上げも行う。
上下から迫る不可視の斬撃に巨漢の魔人は成す術もなく立ち尽くす。
パリンッパリィィィン
巨漢の魔人を飲み込む斬撃が体に触れると同時に響く二度のガラスを割ったような音。
今度は視界が良くなるのを待つまでもなく、土煙の中から巨漢の魔人が単騎飛び出してくる。
「ちっ、俺の拙い"闘力"じゃあ傷一つつけられないってか?自信なくすぜ。これも長いこと封印してくれたネロのせいだな。参ったぜ、ヴィエラ、加勢しろ。」
「私は余力が無いと言ったろう?・・・そうだな。ウル、やってみろ。」
二度も会心の一撃が防がれ、自らの力が通用しないと痛感したノワールさんはプライドで自分を滅ぼすことなくヴィエラさんに助けを求める。
しかしヴィエラさんの返答に絶句してしまう。
「ウル、お前なら出来るだろう?というか、出来ないと今後の旅に連れていくことはできないぞ?」
ヴィエラさんのその一言が決め手となったのか、本能的に、優れた魔人たちに恐れをなしていたウルの瞳に決意の炎が宿る。
「おいおい、まさか俺が敵わない魔人にそんなガキを当てるのか?時間稼ぎにしても無謀だぞ?ついにお前も耄碌した・・・」
「やるよっ!さっき決めたんだ。兄ちゃんや姉ちゃんの足手まといになら無いくらい力を付けるって。そのチャンスがあるなら、俺やるよ!昨日までの俺じゃ無駄死にになっちゃうけど、今の俺にはクラトもついてる!それに力のヒントは兄ちゃんに貰ったんだ。」
そういうとウルは数歩俺たちより前に出て体に"気"を纏う。
「・・・何か既にウルのやつ俺より強い気がするんだけど。」
「そうか?ユウトも"気"を纏えばあのレベルにはまだ負けないと思うぞ?まぁユウトは何故か"魔力"しか使っていないが。」
ポクポクポクチーン
あっ、そうか。俺一応人間だから"気"と"魔力"の両方使えるんだった!異世界といえば"魔力"でしょ!っていう変な先入観で"魔力"しか操作しようとしてなかったよ。てへぺろ。
「なぁ、アキラ。お前も"気"なんて忘れてたよな?」
俺は自分のうっかりを地球で植え付けられた先入観のせいだと断定し、唯一気持ちを共感できそうな親友に話しかける。
「えっ?"気"を纏わないでどうやって戦闘してきたんだ?それこそ生身の肉体ではガブリンにも勝てないだろ?」
・・・何か物凄い覚えのある例えと共にアキラは事も無げに俺の希望を打ち砕きやがった。
それにしても、そうか。俺が初戦闘でガブリンに勝てなかったのは"気"を纏ってなかったからなのか。つまりあれだな、俺はまだガブリンに負けてないってことだ!っていうかそもそも俺はアノールドとかいうそこそこの強敵に"気"を使わずに勝ってるんだから勝ちでいいだろ!
・・・そうなると、おや?俺ってもしかしてめちゃくちゃ強い部類に入る?だって"気"無しで"気"を使ってくる強敵を倒したよね?
「クラト、纏え!」
俺が自画自賛していると物凄く聞き覚えのある台詞をウルが発する。
あ、少し得意気な顔だ。格好良かったのかな?ちょっと照れる。
ウルの命令から数秒、ウルの体を纏う煙のように実体の無かった"気"に青い色が混じり、すぐに"気"がクラトに変化する。
だが、クラトの動きはそこで止まらなかった。
ウルの体の上に満遍なく存在していたクラトは収縮と伸展を繰り返し、徐々に人型から離れていく。
「って、ウル君、前前っ!もうそこまで迫ってるから!」
そこにアキラの忠告が飛び、クラトの動きはさらに加速する。
基本は体を薄く纏い、手足、尻尾、耳に特に厚く纏う。その姿はまさにさっきまでクラトが擬態していたその姿。
「神喰犬"フェンイヌ"・・・」
「兄ちゃんのバカ野郎!神喰狼だよっ!」
ズドッ
俺の言葉に突っ込みつつもウルは目前まで迫っていた巨漢の魔人を掌底で吹き飛ばす。その勢いは黒兎がきゃさりんをぶん投げた時より遥かに速い。
ズドォ!
吹き飛ばされた魔人は盛大に地面を抉りながら明後日の方向へ飛んでいく。
「ひひっ、クソガキは化け物揃いだな。・・・お前たち、ひ弱なクソガキとメッシュのクソガキ以外を止めてろ。好きにして構わねぇ。ひひっ。」
黒兎の言葉で魔人は一斉に飛び出す。狙いはバラバラで、ウルに襲いかかるもの、弱ったノワールさんやヴィエラさんに襲いかかるもの、兵士たちに襲いかかるものと本当に好き勝手に暴れ始める。
「おい、アキラ。兵士たちが心配なのはわかるけど気を抜くとマジで死ぬぞ。」
俺は魔人に狙われる兵士を助けたいが、今黒兎から目を離すことが出来ないと葛藤を続けるアキラに声をかける。
「ユウト、なんであいつはこんなに俺たちに執着するんだ?この世界でまだ敵を作った覚えがないんだけど?」
「・・・後藤だよ。」
「えっ!?」
「あの黒兎は後藤なんだよ。多分俺たちと別口で死刑になった後にこの世界に転生したんじゃないかな?まぁ向こうもさっきまでこの世界に俺が居ることを知らなかったみたいだから偶々だろうけど、運命って残酷だな。」
俺はおどけて見せるがアキラは既に後藤に射殺さんばかりに睨んでいる。
「・・・まぁ、思うことはあるだろうが、地球に居た頃の後藤と同じだと思うなよ?転生してどのくらい経つかわからないけど、かなり力を使いなれてる。」
「・・・わかってる!」
「・・・因みにアキラは強さ的には今どのレベルなんだ?」
俺は一番の疑問をぶつける。快調時ならいいが、アキラはさっきまで死にかけてたらしいからな。もしダメそうなら・・・クラトに任せるか。
「・・・この世界最強と同レベルだよ。」
アキラは事も無げに言い放つ。まぁ勇者ならあり得るか。
「誤魔化すな。俺が聞いたのは今どのレベルなのか、だ。本来の強さを聞いてる訳じゃない。」
俺はそう言って後藤から目を離し、アキラを見る。
「・・・・・・一般兵士レベルだ。さっきの白蛇との戦闘で俺の能力の源である"魔力"を殆ど使い果たした。」
「そうか。回復にはどのくらいかかる?」
「魔人相手なら数分だが、後藤と戦うレベルまで回復するには一時間はかかる。」
「なら、アキラは兵士の方に行け。後藤は俺とクラトでなんとかする。」
「おいっ、後藤は強敵なんだろ?勇者でもないお前に何か出来る?足止めも難しいだろ!」
「アキラ、ウルを見たな?」
「・・あぁ、悔しいけど今、この戦場に居る誰より強いよ。」
「俺はウルより強いんだ。まかせろ。」
「そんなわけっ!いや、これは禅問答だな。わかった、後藤はお前に任せる。でも、無理はするな。」
「まかせとけ。逃げるのは得意だ。」
「ははっ、お前らしいな。」
俺はアキラと軽口を交わし、アキラがこの場を離れてから改めて黒兎と向き合う。
かなり俺の事を舐めているようで黒兎は一歩も動かず今のやり取りを見ていたようだ。
「やぁっと、終わったか?まぁ聞こえてたんだが敢えて聞こう。メッシュのクソガキはビビって逃げたのか?ひひっ。」
「あぁ、そうだよ。余りにビビってたもんだから俺が逃がしたんだよ。」
「ひひっ、友達想いなんだなぁ。ひっ、地球でもそうだったな。あのクソガキ助けるために単身、俺のユートピアに乗り込んできやがって。ひひっ。まずはお前から解体してやるよ。ひひっ、あー、お前たちの悲鳴を聞くのを、ひひっ、どれだけ待ちわびたことか。」
(クラト、合図するまで不意打ちは控えてくれ。まずはクラトを纏った俺があいつと戦ってみるから。)
ピコンッ
「わかったー。じゃあ包むねー。」
「よしっ!やるか!」
俺はスマホを通じてクラトに指示を出し、気合いを入れる。
大丈夫だ。さっきは"気"を使わないでクラトを纏ったから腕が一撃で折れただけだ。"気"の使い方は、わかる。なら、後は思いっきりぶつかるだけだ!
「クラトっ、纏え!」
世界を越えた再戦が始まる。
「いや、一番頑張らないとダメなのは兄ちゃんだから。」
「ユウトお兄ちゃん、大丈夫にゃ?」
ギルドの訓練場から東門までようやくたどり着いた俺は前を走るウルとニアちゃんに声を掛けるが、どうやら心配要らなかったみたいだ。というかもう無理、俺が限界。マジで。
「あっ、ヴィエラお姉ちゃんにゃ!」
「あ、ホントだ。姉ちゃんも俺たちに気づいてるみたいだな。こっちに来るぞ?ん?何か姉ちゃんの後ろからデカイ魔物も・・・」
いち早くヴィエラさんに気づいたニアちゃんとウルの言葉に俺も苦しいが顔をあげる。
すると前から迫ってくるヴィエラさんと、その後ろから迫ってくる全身が青い狼の魔物がっ!・・・ってよく見たら擬態したクラトか。チビって損した。
「危ないっ!神喰狼に襲われるぞっ!」
「おい、子供たちがフェンリルに向かっていってるぞ!止めるんだっ!」
「だめだ!もう間に合わない!」
周囲の兵士たちはその後すぐに目に飛び込んでくるであろう凄惨な光景に目を閉じる。が、
「ユウト、ウル、ニア、街の中で何があったんだ?」
「ぜぃ、ぜぃ、それが、ぜぃ、ぜぃ、あの、ごほっごほっ!」
「あー、代わりに俺が話すから兄ちゃんは休んでなって。」
「ふわぁー!クラトがフワフワにゃー!!」
聞こえてくるのはフェンリルが肉を噛み砕く音ではなく、何ともほのぼのとした声であった。
恐る恐る兵士たちは目を開けて声の元を見ると、そこには行きも絶え絶えなひ弱そうな少年を愛しそうに見つめるヴィエラと、街中で何があったのかを説明をする犬人の少年。そして何より兵士たちを驚かせたのが、フェンリルに飛び付き頬擦りしてはしゃいでいる猫人の少女の姿であった。
「・・・何が起こってやがる?」
「さ、さぁ?でも、猫人の嬢ちゃんが抱きついてるのって、さっきまで暴れまわってた神喰狼だよな?」
「ははっ、ダメだ。俺はとうとうおかしくなったみたいだ。子供がフェンリルと遊んでるように見える。そうだ、これは俺の脳内があまりに凄惨な光景を勝手に補完してるだけなんだ。実際は無惨な光景が広がっている、そうに違いない。」
兵士たちの混乱の中、ウルの説明はつつがなく終わる。
「なるほどな。街中に五星魔の黒兎か。外に魔物を放ったのもそいつとなれば、何のために?悪神復活に何か関係するのか?」
「ごほっ、げほっ!」
「ん?どうした、ユウト。」
「はぁ、はぁ、いや、何でもないっす。」
やべぇなー、畜生。あの黒兎の魔人が五星魔って・・・個人的な恨み?それとも悪神の命令?だとしたら悪神さん、完全に俺のこと狙いに来てるよね?早くなぁい?ねぇ行動早くなぁい?
俺は行動に移るのが早い悪神に内心突っ込みつつも、とうとう無視しきれなくなった従魔を見上げる。
「・・・なぁ、クラト。お前一体何食ったんだ?」
ピコンッ
「えーとね、何かこんな形した狼さん!強かったんだけど、ご主人様のために頑張って倒したんだよー?ほめてほめてー!」
「お、おう。頑張ったんだな。」
俺はクラトのあまりの忠誠心に考えることを放棄して差し出された狼形態のクラトの頭を撫でる。そりゃもうこれまでに無いくらいワシャワシャと。
って、毛並み柔らけー。何これ。クラトの擬態ってここまで高性能だったっけ??
「お、おい。フェンリルがあの中で一番貧弱そうな少年に頭を下げているように見えるんだが、俺がおかしくなったのか?」
「いや、よく考えるんだ。あれは頭が痒くて仕方がないから一番立場の弱いあの少年に頭を掻かせているんだ。それにあれはフェンリルに見えるが恐らく・・・ガブリンだっ!」
「「「「「なるほどっ!・・・・・・ってなるかぁぁぁぁ!!」」」」」
「あんな強くてデカいガブリンが居てたまるか!」
「そうだぞ!魔物をバッタバッタ薙ぎ倒してたの見てなかったのか!もしガブリンだとしたら危険すぎるわ!」
「おい、それより勇者様のことは放っといていいのか?」
「「「「「忘れてたっ!!!」」」」」
そこでようやく現実に戻ってきた兵士たちは恐る恐る、なるべくフェンリルを回り込むようにしてヴィエラたちに近づく。
「あ、あのー、よろしいでしゅか?」
兵士の中で最も勇気ある猛者が声をかけてくる。・・・10メートルくらい離れて。
「そんな遠くからどうした?」
そう言って俺たちは兵士に近づくが、俺たちが一歩進むと兵士も一歩下がる。
「ヴィエラさん、なんかあの兵士、めっちゃ怯えてません?」
「そうだな・・・。」 
兵士の不可解な行動にヴィエラさんも首を捻り、その反動で視界に入ったのであろうクラトを見上げてから瞑目し、再び見上げる。
「・・・あぁ、そういうことか。クラト、ちょっと周りの魔物狩ってきてくれるか?」
ピコンッ
「わかったー。じゃあまたちっちゃい僕を置いていくねー。」
クラトがそう言うと、ぴょこんっとその体から元のサイズのミニクラトが俺の首に飛んでくる。おぉ、これこれ。なんというか、首がスースーしてて落ち着かなかったんだよね。
ピコンッ
「ご主人様、寂しかったー。」
おぉ、クラトも寂しかったか。俺も寂しかったぞー。まだクラトがウルとニアちゃんの体中に入って一時間くらいだけど。
狼形態のクラトが戦場へ駆け出すと、こちらを見ていた兵士たちは安堵の息を吐く。
あー、クラトが怖かったのね。そりゃそうだ。俺だっていきなりあんな巨大な狼が目の前に現れたらビビるわ。
「す、すいません。どうにもあの神喰狼が恐ろしくて。」
「フェンリル?何言ってんだ?あれは兄ちゃんの従魔のスライムだぞ?おっちゃん。」
「はっは。あれがスライムか。ならこの世界の住民は絶滅するなー。」
兵士の言葉にウルが返すが兵士たちは子供の冗談だと取り合わず受け流す。
「なぁ、兄ちゃん、俺今めちゃくちゃムカついたんだけど。」
「我慢するにゃ。あれがスライムだなんてクラトを知らない人にしてみればあり得ないにゃ。」
「そうだぞ。俺もちょっとチビっちゃったからな。あれは怖いわ。」
「兄ちゃん、少し離れてくれる?」
「何をぅ?」
「あー、ごほん、それで?何か私たちに用事か?これから街中からさっきの魔物と比べ物になら無い敵が出てくるんだが?」
話が脱線した俺たちに代わりヴィエラさんが兵士に続きを促す。
「そ、そんなっ!ってそれはそれで一大事なのですがそれよりもっ!今まさに勇者様が敵の罠に掛かり命の危機なのです!どうかご助力願えませんか?我々ではどうしようもなくて。」
「あのバカ。また肝心なところで油断しやがったな。」
兵士の言葉を聞き、幼馴染みの相変わらずの甘さにから出た俺の小さな呟きを拾った兵士から物凄い睨まれるが、出たものは仕方ない。何せアキラとは幼馴染みな訳だし。
「はぁ、ヴィエラさん、助けてやってくれます?」
俺はいつも通りにヴィエラさんに頼むが返答は予想外なものであった。
「すまない、ユウト。今勇者が陥ってる危機に弱り果てた私では手が出ない。というわけでクラト、任せた。」
今なんと?ヴィエラさんが弱り果てている?
原因は?魔物?
確か魔物を連れてきたのは黒兎の魔人だったよな?
・・・よしっ。殺そう。
ピコンッ
「勇者の手を固定してた蛇を食べたよー。それと魔物も大体倒したよー。」
俺の将来確定事項が定まると同時にクラトのメッセージが届く。
そのメッセージを兵士とヴィエラさんに伝え、辺りを見渡すと確かに魔物一匹残っていなかった。というか魔物の死骸も綺麗さっぱり無くなっており、不自然に血が撒き散っている以外は元通りだと思う。
そして当のクラトは何故か東門の方へと駆け寄り、門の影に身を潜める。
あ、よく見たら体からミニクラトを放ちまくってるな。ってことはあれか?魔王を吸収したときみたいに潜んでるのか?指示もしてないのに?
・・・あれ?クラトってそんな賢かったっけ??
「・・・流石ユウトだな。既に五星魔の相手はクラトに任せていたのか。」
「いやー、まだ何も言ってないんですけど・・・」
「クラトは賢いから言わなくてもわかってるにゃ。」
「兄ちゃんより賢いんじゃね?」
「やかましいわ!」
俺はアプリをスマホにインストールして以来感じる、クラトのインテリジェンスの高まりに謎の敗北感を味わいつつ、東門から黒兎が出てくるのを待つ。
「ユウト、助かった。あの青い神喰狼はお前の従魔なんだろ?」
俺たちが東門の方を見守っていると、魔力の枯渇が近いのか青い唇をしたアキラがフラフラと此方にやって来る。いつの間にか背後に立っている血まみれの兵士と共に。
「アキラ、また油断しただろ。それと、クラトはフェンリルじゃなくてスライムな。あと横の人血塗れだけど大丈夫?」
「あー、ネロさん、じゃなかった。ノワールさんのこれは全部魔物の返り血だから平気だよ。ですよね?」
「あぁ?雑魚が話しかけんじゃねぇよ。」
「・・・・・。」
「職場に上手く馴染めてないなら相談に乗るぞ?」
俺はノワールさんの言葉にうちひしがれるアキラに一言告げて肩をたたく。
「んなことより、化け物。これがお前のフィアンセか?」
今、こいつ、なんて言った!?
ヴィエラさんのフィアンセ?誰が?
視線の先は、俺か?俺なのか?いや、少し下?まさかっ!クラト!?
いやいや、まてまて。そんなはず無いだろう。
・・・いや、確かにヴィエラさんってずっとクラトを抱いてるような。
あ、ダメだ泣きそう。
だってクラトに勝てるとこなくね?
強いし、賢いし、可愛いし。
それに比べて俺の魅力の無さったら・・・ぐすっ
「街からまた誰か出てくるぞ!」
俺が自己嫌悪に浸っていると、ヴィエラさんの言葉で東門を警戒していた兵士から声がかかる。
連れて門を見ると、大通りをゆったりと歩く複数の影。
その先頭を歩くのは、大きな荷物を抱えた黒兎の姿。
「あいつ!きゃさりんを引き摺ってるぞ。」
「なんだとっ!?まさかきゃさりんちゃんですら歯が立たないとはな。敵は・・・5人か。」
「きゃさりんちゃん、生きてるよな?」
「わからないにゃ。5人も魔人を倒したならもかしたら・・・」
そんな最悪の予想が頭をよぎる。
だが、クソ神特製ボディを持つ俺の驚異的な視力がきゃさりんの僅かな身の捩りを見落とさなかった。
「生きてるぞ!まだ微かに息がある。早く治療をしないと!」
俺の言葉にヴィエラさん、ウル、ニアちゃんが喜色ばむ。
「ひひっ、やぁやぁ、待たせな。クソガキ共。おや?横にいるのはあの時の彼氏君かな?これはこれは、数奇な運命だ。まさか俺の人生をどん底に貶めた張本人たちとこのような世界で合間見えるとは。ひひっ、まさにこの世界は理想郷、お前たちには暗黒郷だな。ひっ、ひひっひっ。」
黒兎はアキラの姿を確認すると、狂ったようにその場で顔を抱えて笑い始める。
「あいつ、狂ってるのか?」
「ユウトお兄ちゃん、何かあいつ怖いにゃ。」
「五星魔はそうとうイカれた魔人の集まりだって聞いたことあるが、あいつは特にそうらしいなぁ。」
「ひひっ、イカれてるだなんて、酷いんだなぁ。折角これを生かして持ってきてやったっていうのに、よぉ!」
黒兎はそういうときゃさりんを軽く放り投げる。いや、100kgは優に超えるきゃさりんが地面と水平に飛んできてる時点で軽くではないのか。
「クラトっ!受け止めろ!」
俺はそのままではきゃさりんの命が危ういと感じ、クラトの折角の不意打ちのチャンスを自ら消す。クラトも俺の指示ならばと即座に行動に移し、優しくきゃさりんを受け止め、俺たちの元へと運んでくる。
「ありゃ?折角ボーリング気分でストライク狙ったのに。なんだあれ。ひっ、奇妙な、スライム?おいおい、まさか俺たちを相手にするためにそんな雑魚の代名詞を忍ばせてたってのか?ひひっ、こりゃお笑いだぜ。」
きゃさりんが受け止められ、一度は不機嫌になりつつも、俺の最後の抵抗がスライム頼みであったことを知り、黒兎はまたも腹を抱える。
「ひひっ、はぁー、笑った笑った、笑わせてもらいましたっと。クソガキ、笑わせてくれたお礼にそのスライムで何しようとしたのか試させてやるよ。ほら、もう一回門の側に隠れさせていいぜ?俺は何も知らない振りをしてやり直してやるよ。ひひっ。」
「あいつ、何言ってるんだ?」
「おい、ユウト。騙されるな。そんな馬鹿な話あるわけ無いだろ!」
「もしマジで言ってるなら相当なバカだな。」
黒兎の言葉に俺とウルとニアちゃん以外、等しく信じようとしない。
だが、俺もウルもニアちゃんも一度、黒兎の戯れ言に救われてるのも事実だ。
「クラト、喰らい尽くせ。遠慮は要らないから。」
ピコンッ
「・・・わかったー。」
少し考えた結果、俺の出した答えは黒兎の口車に乗ることだった。
「おいっ、馬鹿か!折角クラトが近くにいたんだ。あんなやつの言葉なんか無視して纏えばよかったんだ!」
「ユウト、お前には感謝してるが、これは悪手だろ!何考えてるんだ!」
「ははっ、向こうもバカならこっちは大バカってか?なぁーんか馬鹿馬鹿しくなってきたぜ。俺は好きにさせてもらうかな、っとぉ!!」
ズガッ
そう言って地面の土を東門に届くほど蹴り飛ばすノワールさん。そして、
「"無刃"」
すひゅんっ
土が落ちきる前に柄だけになった剣を振るうノワールさん。変化はすぐに起こる。
パリィン
ガラスも何もない筈の空間から響く、何かが割れる音。原因不明の音は黒兎の居る場所から聞こえてくる。
僅かな沈黙。兵士たちは黒兎の死を期待して、俺、ウル、ニアちゃん、ヴィエラさん、アキラ、ノワールさんは正体不明の音の原因を見定めようと土が降り注ぎ、視界が悪い東門を見つめる。
「"闘力"が砕かれた!?」
そんな沈黙を破ったのはノワールさん。いや、ヴィエラさんもかなり驚いてるようだ。っていうか"闘力"?
「なぁ、アキラ。"闘力"って何か知ってるか?」
「"魔力"と"気"を合成した力で、この世界で自在に扱えるのはヴィエラさんだけなんだってさ。」
流石ヴィエラさん。"魔力"と"気"の合成か。フムフム。チート主人公みたいな能力だな。
「ひっ、全く。折角楽しい前世の仇討ち中なんだぜ?雑魚が水を差すんじゃねぇよ。クソガキたちもそう思うだろ?ひひっ。」
俺がヴィエラさんを心の中で絶賛していると、水を差されて不機嫌になったのか、鬼の形相でノワールさんを睨んでいた。
「ひひっ、お前たちは俺の下僕ちゃん1号と遊んでな。ひひっ。」
黒兎の言葉に、これまで何の反応を見せずにただ後ろに控えていた魔人の一人が動き出す。
「はっ、そんなデブじゃ俺様の足元にも及ばないぜ。"無刃・対"!」
ノワールさんは一度防がれた技をもう一度、今度は大上段からの振り降ろしに加えて、下段からの斬り上げも行う。
上下から迫る不可視の斬撃に巨漢の魔人は成す術もなく立ち尽くす。
パリンッパリィィィン
巨漢の魔人を飲み込む斬撃が体に触れると同時に響く二度のガラスを割ったような音。
今度は視界が良くなるのを待つまでもなく、土煙の中から巨漢の魔人が単騎飛び出してくる。
「ちっ、俺の拙い"闘力"じゃあ傷一つつけられないってか?自信なくすぜ。これも長いこと封印してくれたネロのせいだな。参ったぜ、ヴィエラ、加勢しろ。」
「私は余力が無いと言ったろう?・・・そうだな。ウル、やってみろ。」
二度も会心の一撃が防がれ、自らの力が通用しないと痛感したノワールさんはプライドで自分を滅ぼすことなくヴィエラさんに助けを求める。
しかしヴィエラさんの返答に絶句してしまう。
「ウル、お前なら出来るだろう?というか、出来ないと今後の旅に連れていくことはできないぞ?」
ヴィエラさんのその一言が決め手となったのか、本能的に、優れた魔人たちに恐れをなしていたウルの瞳に決意の炎が宿る。
「おいおい、まさか俺が敵わない魔人にそんなガキを当てるのか?時間稼ぎにしても無謀だぞ?ついにお前も耄碌した・・・」
「やるよっ!さっき決めたんだ。兄ちゃんや姉ちゃんの足手まといになら無いくらい力を付けるって。そのチャンスがあるなら、俺やるよ!昨日までの俺じゃ無駄死にになっちゃうけど、今の俺にはクラトもついてる!それに力のヒントは兄ちゃんに貰ったんだ。」
そういうとウルは数歩俺たちより前に出て体に"気"を纏う。
「・・・何か既にウルのやつ俺より強い気がするんだけど。」
「そうか?ユウトも"気"を纏えばあのレベルにはまだ負けないと思うぞ?まぁユウトは何故か"魔力"しか使っていないが。」
ポクポクポクチーン
あっ、そうか。俺一応人間だから"気"と"魔力"の両方使えるんだった!異世界といえば"魔力"でしょ!っていう変な先入観で"魔力"しか操作しようとしてなかったよ。てへぺろ。
「なぁ、アキラ。お前も"気"なんて忘れてたよな?」
俺は自分のうっかりを地球で植え付けられた先入観のせいだと断定し、唯一気持ちを共感できそうな親友に話しかける。
「えっ?"気"を纏わないでどうやって戦闘してきたんだ?それこそ生身の肉体ではガブリンにも勝てないだろ?」
・・・何か物凄い覚えのある例えと共にアキラは事も無げに俺の希望を打ち砕きやがった。
それにしても、そうか。俺が初戦闘でガブリンに勝てなかったのは"気"を纏ってなかったからなのか。つまりあれだな、俺はまだガブリンに負けてないってことだ!っていうかそもそも俺はアノールドとかいうそこそこの強敵に"気"を使わずに勝ってるんだから勝ちでいいだろ!
・・・そうなると、おや?俺ってもしかしてめちゃくちゃ強い部類に入る?だって"気"無しで"気"を使ってくる強敵を倒したよね?
「クラト、纏え!」
俺が自画自賛していると物凄く聞き覚えのある台詞をウルが発する。
あ、少し得意気な顔だ。格好良かったのかな?ちょっと照れる。
ウルの命令から数秒、ウルの体を纏う煙のように実体の無かった"気"に青い色が混じり、すぐに"気"がクラトに変化する。
だが、クラトの動きはそこで止まらなかった。
ウルの体の上に満遍なく存在していたクラトは収縮と伸展を繰り返し、徐々に人型から離れていく。
「って、ウル君、前前っ!もうそこまで迫ってるから!」
そこにアキラの忠告が飛び、クラトの動きはさらに加速する。
基本は体を薄く纏い、手足、尻尾、耳に特に厚く纏う。その姿はまさにさっきまでクラトが擬態していたその姿。
「神喰犬"フェンイヌ"・・・」
「兄ちゃんのバカ野郎!神喰狼だよっ!」
ズドッ
俺の言葉に突っ込みつつもウルは目前まで迫っていた巨漢の魔人を掌底で吹き飛ばす。その勢いは黒兎がきゃさりんをぶん投げた時より遥かに速い。
ズドォ!
吹き飛ばされた魔人は盛大に地面を抉りながら明後日の方向へ飛んでいく。
「ひひっ、クソガキは化け物揃いだな。・・・お前たち、ひ弱なクソガキとメッシュのクソガキ以外を止めてろ。好きにして構わねぇ。ひひっ。」
黒兎の言葉で魔人は一斉に飛び出す。狙いはバラバラで、ウルに襲いかかるもの、弱ったノワールさんやヴィエラさんに襲いかかるもの、兵士たちに襲いかかるものと本当に好き勝手に暴れ始める。
「おい、アキラ。兵士たちが心配なのはわかるけど気を抜くとマジで死ぬぞ。」
俺は魔人に狙われる兵士を助けたいが、今黒兎から目を離すことが出来ないと葛藤を続けるアキラに声をかける。
「ユウト、なんであいつはこんなに俺たちに執着するんだ?この世界でまだ敵を作った覚えがないんだけど?」
「・・・後藤だよ。」
「えっ!?」
「あの黒兎は後藤なんだよ。多分俺たちと別口で死刑になった後にこの世界に転生したんじゃないかな?まぁ向こうもさっきまでこの世界に俺が居ることを知らなかったみたいだから偶々だろうけど、運命って残酷だな。」
俺はおどけて見せるがアキラは既に後藤に射殺さんばかりに睨んでいる。
「・・・まぁ、思うことはあるだろうが、地球に居た頃の後藤と同じだと思うなよ?転生してどのくらい経つかわからないけど、かなり力を使いなれてる。」
「・・・わかってる!」
「・・・因みにアキラは強さ的には今どのレベルなんだ?」
俺は一番の疑問をぶつける。快調時ならいいが、アキラはさっきまで死にかけてたらしいからな。もしダメそうなら・・・クラトに任せるか。
「・・・この世界最強と同レベルだよ。」
アキラは事も無げに言い放つ。まぁ勇者ならあり得るか。
「誤魔化すな。俺が聞いたのは今どのレベルなのか、だ。本来の強さを聞いてる訳じゃない。」
俺はそう言って後藤から目を離し、アキラを見る。
「・・・・・・一般兵士レベルだ。さっきの白蛇との戦闘で俺の能力の源である"魔力"を殆ど使い果たした。」
「そうか。回復にはどのくらいかかる?」
「魔人相手なら数分だが、後藤と戦うレベルまで回復するには一時間はかかる。」
「なら、アキラは兵士の方に行け。後藤は俺とクラトでなんとかする。」
「おいっ、後藤は強敵なんだろ?勇者でもないお前に何か出来る?足止めも難しいだろ!」
「アキラ、ウルを見たな?」
「・・あぁ、悔しいけど今、この戦場に居る誰より強いよ。」
「俺はウルより強いんだ。まかせろ。」
「そんなわけっ!いや、これは禅問答だな。わかった、後藤はお前に任せる。でも、無理はするな。」
「まかせとけ。逃げるのは得意だ。」
「ははっ、お前らしいな。」
俺はアキラと軽口を交わし、アキラがこの場を離れてから改めて黒兎と向き合う。
かなり俺の事を舐めているようで黒兎は一歩も動かず今のやり取りを見ていたようだ。
「やぁっと、終わったか?まぁ聞こえてたんだが敢えて聞こう。メッシュのクソガキはビビって逃げたのか?ひひっ。」
「あぁ、そうだよ。余りにビビってたもんだから俺が逃がしたんだよ。」
「ひひっ、友達想いなんだなぁ。ひっ、地球でもそうだったな。あのクソガキ助けるために単身、俺のユートピアに乗り込んできやがって。ひひっ。まずはお前から解体してやるよ。ひひっ、あー、お前たちの悲鳴を聞くのを、ひひっ、どれだけ待ちわびたことか。」
(クラト、合図するまで不意打ちは控えてくれ。まずはクラトを纏った俺があいつと戦ってみるから。)
ピコンッ
「わかったー。じゃあ包むねー。」
「よしっ!やるか!」
俺はスマホを通じてクラトに指示を出し、気合いを入れる。
大丈夫だ。さっきは"気"を使わないでクラトを纏ったから腕が一撃で折れただけだ。"気"の使い方は、わかる。なら、後は思いっきりぶつかるだけだ!
「クラトっ、纏え!」
世界を越えた再戦が始まる。
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