オレハ、スマホヲテニイレタ

舘伝斗

3-6 オレハ、エントリースル

 ヴィエラさんが俺から離れなくなりました。

 何言ってるかわからない?
 俺もだよ。
 魔物の大群を狩り尽くし、アクアちゃんの諦めない宣言から一週間。
 これまでもヴィエラさんは俺を視界から外すほどは離れなかったが、常に触れられるという距離ではなかった。
 だがここ一週間は常に俺の隣に陣取り、手を伸ばすと触れられる距離を維持していた。

 いや、まぁドラちゃんの背中もそこまで広くないから俺の考えすぎかもしらんけど。
 現にウルとニアちゃんは少し離れているが、これも二歩ほど歩いたら手が届く位の距離しかないしな。
 そして一週間前から二人は俺の真似をしてラジオ体操を始め、合間合間に体内のクラトの纏い方講座なるものをクラト本人から受けていた。

 まぁヴィエラさんから聞いたけど、俺がクラトを纏って魔物を狩ってるところをキラキラした目で見てたらしいしね。
 この世界にも変身ヒーロー物が流行るかもな。

「ん?どうしたんだ、ユウト。」

 そんな俺の疑問を感じたのかヴィエラさんは前に向けた視線をチラリとこちらに向ける。
 顔を完全に向けないのはそろそろ街が近いからなのか、一週間前から何も見落とさないとばかりにウサミミはピンと立っている。

「あ、いや、後どのくらいで着くのかなって。」

「あぁ、そうだな。思ったよりドラちゃんの速度が速かったからな。もう今日中に着くんじゃないか?」

「やっと着くのか!?」

「ニア、そろそろ空の旅も飽きてきたのにゃ。」

 俺たちの会話にウルとニアちゃんも加わり、みんなして下を覗き込む。

 確かに一週間前と比べると追い越す馬車や冒険者のグループらしき影は増えてきた。
 そのみんなが一様に上を飛ぶドラゴンの群れを見ては歓声を上げていたが、催し物の準備か何かかと思ったのかな?



「見えたぞ。」

 そこから更に二時間ほど進んだ頃、ヴィエラさんの言葉に俺はラジオ体操を中断し、ウルとニアちゃんのクラトの纏い方講座を切り上げて前に来る。

「おぉっ!」

「でっけぇー!!」

「きれいにゃー!」

 ドラちゃんから街を見下ろした俺たちは揃ってその光景に目を奪われる。

 眼下に広がるハロルドは8大大会である"ハロルディア"が開催されるからか、ウィンブルス王国やガロティス帝国より遥かに広い。
 現代社会と違い高い建物もないのでかなり遠くまでその様相を見ることが出来るが、それでも全貌は捉えきることが出来ない。

 街の入り口から街の中央に向かう大通りは2車線道路並みに広く、その両サイドにはウィンブルス王国の比にならないほど多くの露店が広がり、大通りから繋がる横道も馬車が悠々と通ることが出来るほど広かった。
 入り口付近の建物は白を基調とした石材で統一され、そこから中央へ向かう毎に石材の色が黒に向かって綺麗なグラデーションを付けている。
 そしてドラちゃんに乗ってやっと見ることができた街の中央には真っ黒で堅牢そうに見える円柱形の建物。
 空から見ると分かるが、街の全ての道がその真っ黒な建物に向かって延びていた。

「ヴィエラさん、あれってもしかして。」

「あぁ、街の中心に建つあの黒い建物こそ、8大大会の一つ、"ハロルディア"が開催される会場。"コロッセオ"だ。」

「「おぉー!!」」

 ヴィエラさんの言葉にウルとニアちゃんは大仰に驚く。

 っていうか、コロッセオって。絶対過去の勇者が名付けたんだろうなー。

 とか、俺はどこかズレた感想を抱きつつ、街の中央、コロッセオから少し横にズレた広大な空き地に向かうドラちゃんの背から街の様子を眺めていた。

「あれ?ヴィエラさん、街の中にドラちゃん乗り付けちゃっていいんですか?」

 と、そこで俺はドラちゃんが悠々と街の中に着地しようとしていることに気づき口を開く。

「ん?あぁ。コロッセオの隣の広場は飛行場だからな。私以外にもドラゴンを従魔にしている者は少なからずいるし、何より各国の王は"飛行船"とかいう勇者の残した空飛ぶ乗り物を持ってる。」

 ヴィエラさんの言葉の間にもどんどん高度は下がる。

 ・・・?

「ヴィエラさん?」

「なんだ?」

 なんだ?と来ましたか。
 ヴィエラさんには地上の光景が見えてないというのか!?

 ドラちゃんの下、飛行場と呼ばれる広場は、ドラゴンズが全て着地しても尚敷地面積の1/4程しか埋めない広さがあり、現に所々で到着したばかりの従魔たちが休んでいる。
 加えて飛行場に降り立った人の知り合いや、従魔を誘導する係員もちらほら居り、飛行場の外周付近にはドラゴンや飛行船を一目見ようと野次馬まで集まっている。

 問題はドラちゃんの真下。
 数人の係員と思わしき蛍光色の制服を着た者と、きらびやかなお揃いの鎧を纏った騎士たち・・・・
 そして何より、ドラゴンズの着地地点を囲うように取り巻く百人は越えそうな野次馬たちがこちらを見上げ、歓声を上げていた。

「いや、なんだ?じゃなくて、めちゃくちゃ歓迎されてるんですけど、もしかして他の国の王さまがそろそろ到着する時間で俺たちをその王様と勘違いしてるんじゃないんですか?ほら、騎士っぽい人たちも居ますし。」

「でも周りの人は「魔女兎様ー。」って叫んでるにゃ。」

 ニアちゃんの言葉に俺は地上の声に耳を傾ける。

「待ってたぞー!!」

「魔女兎さまー!」

「英雄の凱旋だ!」

「ハロルディア応援してるぞー!」

 ・・・うん。
 間違いじゃないわ。下の人たち、間違いなくヴィエラさんを見に来てるわ。
 何なの?ヴィエラさんが救ったのってウィンブルス王国だけじゃないの?

「ヴィエラさん。なんすかこれ?」

「まぁ、色々あってな。」

「きゅぁっ!」

 ドラちゃんが少し照れ臭そうに鳴く。
 そうか。ドラちゃんがやらかしたのか。
 あぁ、地球の芸能人ってこんな気持ちだったのかな。
 ごめんよ。テレビで見て羨ましいとか思って。
 これは、怖いわ。
 顔も知らない人から向けられる無条件の信頼ほど怖いものはないね。

 ・・・よしっ。

「ヴィエラさん、俺、先にコロッセオに・・・」

 がしっ

「うっ。」

 俺が一声掛けてから逃げようとした瞬間、その襟元をがっしりと掴むヴィエラさん。

「な、ないすきゃっち。」

「逃げることは知ってたからな・・・・・・・。まぁその年になってから迷子になるよりはいいだろう?」

 未来の逃げ切れた俺よ。
 高校生にもなって迷子になるのか。

 俺はヴィエラさんに襟元を捕まれたまま、迷子になる未来を止めてくれたことに感謝しつつ次第に大きくなる歓声の中に降りていく。

「「「「救国の英雄、魔女兎ヴィエラ様。貴方のお越し、心よりお待ちしておりました!」」」」

 着地した俺たちを待っていたのは、ガバッという効果音が付きそうなほどの勢いで頭を垂れる騎士たちの敬礼?的な何かだった。

「堅苦しいのは抜きにしてくれ。連れが怯えてる。」

「はっ!かしこまりました。」

 騎士の中から一人歩み出て来たリーダーっぽい人にヴィエラさんが固い態度をやめろと注意するけど、まだ固いよ。
 20代くらいのイケメンだ。

「して、本日の訪問は、その、ようやくアレですか?」

 アレとはなんぞや?

 そんな俺の内心に気づかず、騎士は熱っぽい目をヴィエラさんに向ける。

「そうだが、出るのは私じゃない。彼だ。」

 ヴィエラさんはそう言って俺を少し前に押す。

 あぁ、アレって言うからその熱っぽい視線も相まってイヤらしい何かかと思ったよ。
 ハロルディアのことね。

「この方が、ですか?失礼ですがその、なんといいますか。」

 騎士がヴィエラさんから俺に視線を移し、少し躊躇いがちに苦言を呈そうとしている。

 わかります。
 俺じゃ出るだけ無駄だって言いたいんですよね。
 殴るぞイケメンこの野郎。

「騎士ともあろう者が人を見た目で判断するのか?そんなことじゃ痛い目みると2年前に学ばなかったか?」

「っ、それは、はい。そうですね。申し訳ありませんでした。」

 騎士はヴィエラさんの言葉に心当たりがあるのか渋々納得する。
 いや、正確には一人だけ納得してないのかめっちゃ睨んでくる騎士もいたが。
 いかんいかん。見た目で判断したらダメだな。
 きっと元々あぁいう目付きなんだ。南無。

「さて、では私たちはこれから受け付けに行く。ドラちゃんたちは何時もの宿に預けていてくれ。」

 ヴィエラさんはこれ以上話すことはないとばかりに話を切り上げ、ドラゴンズを係員に任せて歩き出す。

「・・・俺の事は眼中に無しか。くそ。」

 ヴィエラさんに付いて飛行場を離れる後ろからそんな呟きが聞こえた気がした。





 飛行場に面した大通りに出て、俺はまずその活気に驚く。
 ドラちゃんに乗って空から見た熱気より、その中に入って直に感じる熱気はもはや地球のお祭りの比ではなかった。

「ふぉぉぉ!すっげぇ!テンション上がるなぁウル。」

「すんげぇな、兄ちゃん。あ、あっちからめちゃくちゃ旨そうな匂いがするぞ!」

「よし、確保だ!」

「おぉ!」

 俺とウルは大通りに出てすぐのところにある串肉の屋台へと走っていった。
 そこで数本の謎肉の串肉を購入し、ウルとかじりつきながら屋台を転々と冷やかしていく。

「・・・満足したか?」

「二人とも、道もわからないのに先に行っちゃダメにゃ。」

 ・・・そして一時間後、俺とウルはヴィエラさんとニアちゃんのとった宿の部屋で正座して説教を受けていた。

 ま、まぁお祭りだからね。
 多少テンションが上がりすぎるのは仕方ない。
 結局道に迷っちゃったのも仕方ないよ。だって同じような屋台が軒を連ねていて自分がどこから来たのか分からなくなるんだもの。
 だからヴィエラさん、ニアちゃん、そんな目で俺たちを見ないで。
 それとももしかして二人も串肉が欲しかったのかな?
 あ、違うか。
 ごめんなさい、二人とも睨まないで。反省してます。

 俺たちが宿に連行されてから二時間後。
 中天にあった太陽が西に傾きだした頃、ようやく俺たちは説教から解放され、痺れた足に鞭打ちつつコロッセオまで来ていた。

「あ、あの屋台・・・」

 ギロリ

「なんか良い匂いが・・・」

 キロッ

「そろそろお腹・・・」

「ユウト?」

「はい。黙ります。先に受付ですよね。はい。わかりました。我慢します。」

 連行されるようにコロッセオの入り口までやって来た俺たちを待ち受けていたのは、コロッセオの入り口を埋め尽くさんばかりの人だかりだった。

「おぉ、ヴィエラさん。これってもしかして全部参加者ですか?」

「そんな訳無いだろう。よく見ろ。半分くらいがが警備の騎士で四割くらいが賭博屋だ。この中に参加者は一握りしかいない。みんな参加者の顔を見に来てるのさ。」

 ヴィエラさんの言葉でよく見てみると確かに如何にも戦闘をしなさそうなお年寄りや女子供も多数いた。
 この中の一割ほどが参加者だとしても100人は越えてそうだ。

「さて、あんまり見てないで早いところ受付を済ませるぞ。」

「えっ、この中に入って行くんすか?めっちゃ注目されそうなんすけど。」

 俺の反論は聞き入れてもらえず、ヴィエラさんだけでなくウルやニアちゃんまでスタスタと歩いて人だかりの中に入っていく。

「えぇい。男は度胸だ!」

 俺も置いていかれないよう、覚悟を決めて人混みを掻き分けるように歩き出す。

 ドンッ

「あ、すいません。」

 人混みということは勿論人との接触は避けられないわけで、俺は歩き出していきなりガタイのいい男にぶつかる。

「あぁん!?」

 男は振り向くと一瞬威嚇するも俺の姿を見た瞬間、その厳つい形相を潜める。

「なんだ、坊主。こっちは受付で賭け屋は向こうだぞ。もし賭け札買うならこの俺、ドブロイの賭け札を買いな。母ちゃんに上手いもん食わせてやれるぞ。がはは。」

 男は一方的にそれだけ告げると明後日の方向へ歩いていく。

「俺、もしかして今見た目で参加者じゃないと思われた?」

 ピコンッ

「ご主人様は見た目で騙すタイプだもんねー。」

 おい、クラトよ。
 それは俺が貧弱だといっているのかな?

「ユウト、早く来ないとまた迷子になるぞ?」

 俺がクラトを問い詰めようか考えていると、姿が見えないことに気付いたヴィエラさんたちが戻ってくる。

「あ、すぐ行きます。」

 俺は大人しくヴィエラさんについて行くことにした。
 それにしても、俺の見た目ってそんなに貧弱かなぁ?

 俺の中に生まれたそんな気持ちを掻き消すように軽く頭を振ってヴィエラさんの後を追いかける。
 受付の近くは騎士が人を整理しており、参加者以外近づけないようになっていたので、受付(コロッセオの入り口)から半円形に大きな空間ができていた。

 その空間を見つめる人たちは受付に歩いていく男を見ては、あれは駄目だとか、アイツ去年のウルグス拳闘大会で本戦に居なかったか?とかのざわめきが聞こえてくる。

 あぁ、俺はここに入っていくのか。

 俺はその光景を遠い目をしながら見つめる。

「すまない。ここからは参加者だけしか通せないんだ。賭け札は向こうに売り子が居るからある程度目星がついたら買いに行くといい。」

 そんな俺たちを親切な騎士の一人が止める。
 あぁ、やっぱり俺は参加者に見えないのか。これは余計に受付に行きにくいな。夜中にこっそりとか、無理だよなぁ。

「あぁ、すまないが彼を通してやってくれないか?こう見えても参加者だ。」

 ヴィエラさん、そんな殺生な!せめてもう少し猶予を!

 俺の願いは通じず、ヴィエラさんは軽く俺の背中を押して騎士に告げる。

「うん?そうなのか。すまなかった。大会で無理をして怪我はするなよ。」

 騎士はそう言って道を開けてくれる。
 ドラちゃんの上でヴィエラさんが教えてくれたが、ハロルディアは八大会の中でもベストスリーに入るほど大きなもので、その本戦に出たというだけで騎士団に取り立ててもらえる程らしく、貴族の次男以下や働き口を探す平民なんかがよく参加しているらしい。

「なぁ、兄ちゃん。俺も出ていいか?」

 死刑台に向かうような気持ちで居た俺に、ウルが自分も参加したいと言い出す。

「ウルも出たいのか?まだクラトを満足に使えないだろ?」

「へっへー。俺を昨日までの俺と思ってもらっちゃ困るぜ。こう見えて体の一部にクラトを纏うことは出来るんだぜ。」

「まぁ二人して出ればいい。特に参加資格とかは無いしな。何よりユウトたちには力よりも経験が必要だ。これも訓練の一貫だと思えば悪いものでもない。」

 参加したいと言うウルにどうしたものかと考えていると、ヴィエラさんは二人とも出ろと言う。
 そうか。注目されたくない一心で出るか悩んでいたが、そう言えば俺たちはクソ神が封印した悪神の手下に狙われていたんだった。
 まぁ色んな相手と戦えることを考えると悪くないどころか、これはかなり良い大会だな。うん。

「それじゃあウルも申し込むか。」

「おう!」

「ほら、通って良いぞ。」

 話を聞いていた騎士はそう言うと道を開けてくれる。

「よし、行くか。」

 緊張した顔の足取りの重い俺とピクニックにでも行くかのように軽い足取りのウルがとうとう騎士の壁を抜ける。
 その瞬間に感じる無数の視線。

「アイツらも参加者か?」

「まぁ記念か何かだろう。」

「俺はアイツらの本戦出場に賭けてみようかな。」

「出たな。お前そんなことばっかりしてるから宵越しの金も持てないんだよ。」

「いーや。今回はビビッと来たね。」

 受付に向かう者たちを観察していた観客たちは、受付に向かっている俺たちが子供と分かると一部の物好き以外は他の参加者の品定めを再開する。

「何か納得いかないんだけど。」

「奇遇だな。注目されるのも嫌だったが、この無反応は流石に思うところがあるな。」

 ウルの呟きに俺もそう返し、何がなんでも本戦に進んでやろうという気が沸き上がってくる。

「「受付お願いしますっ!」」

「はいはい。受け付けますよー。参加者が多いほど金回りがよくなりますからねー。」

 コロッセオの入り口付近に作られた10棟程あるプレハブ小屋の一つ、ビン底眼鏡をかけたお婆ちゃんの元に俺とウルは向かう。
 お婆ちゃんの給料は参加者が増えるほどよくなるのか、そんなことを言いながら受付に必要な用紙を渡してくる。
 そこには名前、年齢、使用する武器、魔法、従魔の有無の簡単な項目しかなく、字を書けない人には代筆もしてくれるとのことだったが、俺たちは自分でサラサラと記入欄を埋めていく。

「はいはい。受け付けましたよー。ではこれが大きい兄ちゃんの番号札ねー。こっちはちっちゃい兄ちゃんのねー。予選は3日後でー、ここに朝一の鐘が鳴る前に番号札を持ってー、試合に使う格好で来ておくれー。朝一の鐘が鳴っても来なければー、不参加になって私のお給料が減るからー、気を付けとくれー。」

 お婆ちゃんから番号札を受け取り、注意事項を聞いた後、特に従魔がスライムだということを突っ込まれもせずに受付が終わる。





 そして3日後。
 ハロルディア予選が始まる。






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