Re:勇者召喚
第三十話
『さあ、どうする英雄? 尻尾を巻いて逃げるなら今のうちだぞ?』
「……俺は決めたんだ。絶対に諦めないって。この仲間たちでやっていくって!! だから!!」
震える足を押さえつけながら、勇者は大剣を構え直す。なかなか根性はあるみたいじゃねぇか。五日前とは大違いだな。そこは及第点を与えてやってもいい。
が、問題は実力だ。このままなす術なくやられるようならいくら意志が伴っていても意味はない。自慢じゃないが、俺を倒せなければ魔王など夢のまた夢だ。
『フン、蛮勇を選ぶか。ならば勇者らしく、この場で派手に散るといい!!』
剣を構える事もなく即座に奴の元へと距離を詰める。今度の俺は技ではなく、力で攻める。先ほどの意趣返しということではないがな。
ただ力任せにふるうだけでも強化された体ならば十分に脅威だ。大剣のせいで取り回しが効かない勇者は、剣を盾にすることでなんとか直撃を免れる。
「ぐっ……」
『弱い、弱すぎる!! 先ほどまでの威勢はどこに行った!?』
いかに剣を盾にしようとも、それで衝撃が消える訳ではない。苦悶のうめきを上げる勇者だが、俺はそんな事にも構わずにひたすら剣を振るい続ける。《英雄》と《叛英雄》の対照が際立つ光景だ。
……《叛英雄》なんてスキル無いからちょっと締まらないけど。
『そらっ!!』
連撃に押されジリジリと下がる勇者。その足元が御留守なのを、わざわざ見逃してやる道理もない。即座にしゃがみ込み、水面蹴りを放つと、装備によって重量が増した体が耐えられる筈もなく、体勢を崩した勇者はガシャンと派手な音を立てて倒れこむ。
「がっは……」
『ほら、寝ている場合か?』
追い打ちをかけるように剣を突き刺す。ローリングで避けられたものの、勇者は既に疲労困憊だ。
『その程度で息切れか? お前らの意志とやらはそんなもんだったか?』
「そんなわけ、ないだろ……!!」
『いくら口で言おうと、力が伴わなければ意味は無い』
「くっ……」
わずかに全力を出し、勇者の眼前に肉薄。反応もできない速度で首筋に剣を突き付ける。兜の奥でハッと息を飲む気配がした。
『興も冷めた。この程度に反応できないのなら是非も無い』
ゆらり、と剣を高く振り上げる。
『ここでゲームオーバーだ』
その一言と共に、剣を振り下ろす。
振り下ろされた剣は勇者の体に迫り――
◆◇◆
ゴォン!! と鈍い音を立てて木剣が弾かれる。
「うわっ!! 痛た……」
「ほーら、また油断した」
強い衝撃に倒れこんだ優也を見て、騎士団長のマイルスがため息をつく。二人は戦闘訓練の真っ最中であり、以前城への侵入者になす術なくやられてしまった事に対しての反省の意味も込められたものだ。
「お前、俺が少し体勢を崩したから勝負を付けに焦っただろ?」
「……はい」
「ありゃあフェイントだ。そうすれば引っかかるかと思って誘ってみたんだよ。結果は……言わずともわかるな?」
痛みの残る腕をさすりながら、優也は神妙な顔でマイルスの話を聞いている。あの日の敗北がよっぽど身に染みたのか、戦闘に対する心構えが変わったのが一番大きな変化だろう。
「近接戦闘ってことになると、どうしても一瞬の判断が生死を分けることになる。フェイントか、フェイントで無いか、そういうのをきっちり見分けるのは大事なことだ」
「なるほど……フェイントについても教えて貰えませんか?」
「なんだなんだ、贅沢な奴だなぁ」
まあいいけどよ、と付け加えてマイルスは語り始める。
「フェイントってのはまあ色々あるが……一概に言っちまえば相手を引っかける事だな」
「引っかける……」
「そう。こっちから態と引いて相手を誘ったり、目線の位置で次の攻撃を誤認させたり。極端に言っちまえば死んだふりも立派なフェイントさ」
剣を振るうように熱弁を振るうマイルス。よほど自分の武芸を披露出来るのがうれしいらしい。決していたいけな若い少年に自らの滾った情熱をぶつけられるからとかではない。本当だよ。
「……それを教えて頂く訳には?」
「うーん、本当なら基礎からしっかりやってろ馬鹿、と言いたい所なんだが……確かまた来るんだよな? あいつ」
真剣な顔で頷く優也。
「はあ、なら仕方ない。こんな小手先の技でも生存確率を上げるならやるしかないか」
その言葉を待ってましたとばかりに吹き飛んだ木剣を回収し、正眼に構える優也。
「……ああ、もう一つ」
マイルスが思い出したかのように付け加える。
「相手に隙が出来たって判断出来るようになったのは立派な進歩だと思うぞ」
「へ」
思いもよらなかったほめ言葉に一瞬体が固まる優也。
「隙あり!!」
「あ、ちょ、まって、アーッ!!」
ボグン、と鈍い音が練兵場に響き渡った。
◆◇◆
「はぁぁぁぁぁ!!」
次の瞬間、勇者の大剣が振り抜かれ、俺の剣を吹き飛ばしていた。
決して見えなかったわけではない。剣筋は見えていたし、剣速もそこまで早くは無かった。
ただ、もう反撃されないだろうという慢心、油断。そして勇者の諦めない強い意志が俺の反応を鈍くさせ、この結果に至らせたのだ。俺も落ちた物だと内心一人ごちる。
「はあ……はあ……どうだ、この野郎」
『……ああ、予想以上に効いたよ』
満身創痍には変わりないが、その意志は目を見張るものがある。なるほど、これは評価を改めなければならないようだ。
『だが、それでも俺を倒すには程遠い。その根性だけは褒めてやるが、それもここまでだ』
「はっ。あんたこそ、何か勘違いしてないか?」
兜で表情は隠されている。が、なぜかこのときは勇者の表情を容易に想像することが出来た。
「闘ってるのは、一人じゃないんだぜ!!」
ニヤリ、と勇者が笑う。
次の瞬間、俺の体は激しく吹き飛ばされていた。
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