連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜
第5話:辺境伯邸
昼が過ぎ、夕日が暮れて夜が訪れた。
基本的には雑談や魔法で遊んで時間を潰し、昼食や夕食は保存食でなんとかして、そろそろ到着という頃。
「……ねぇ、ミズヤ? サラってトイレしないんですか?」
「僕の前ではしてるの見たことないよ〜っ。恥ずかしがり屋さんだからかな?」
「……もはや知性があるとしか思えないのですが」
と、猫のサラは終始トイレもせず、といってもトイレ用のトレイも無いのでする訳がなかった。
その分、王女のサラがトイレを催してるのは別の話。
「わーっ、久し振りに豪邸見たよ〜……」
東大陸ガブレイル領、その一部を管理する辺境伯邸に到着した。
3mはある高い塀に囲まれ、その奥には3階建ての四角い建物がある。
部屋の幾つかからは明かりが見えていた。
ミズヤ達は塀の外に降りる。
クオンの方は、やっと帰れると足早に門の方へ向かった。
だがその後ろに少年が続かず、振り返る。
「……来ないのですか?」
「そりゃそうだよ……。僕は身の上がバレたら嫌だし、クオンと約束したのもここまでだよ?」
「……そうでしたっけ?」
「そうだよ……」
クオンは眉をハの字に曲げ、ミズヤが付いてこないのに少し不満があった。
それはこの短い間に友情を育んだから、では断じてない。
彼がそのヴァイオリン――“神楽器”を持っているからだ。
(神楽器を持っていて、しかも7色を使える最強の少年……ここで別れるには惜しいですね)
「あう〜……ねこさん、今日も可愛いなぁ〜っ」
(……性格は残念ですが。とにかくもう少し食い下がりましょう)
腕を組み、クオンはどうしたらミズヤを引き止められるのか考える。
ミズヤは今、安住している。
食うにも寝るにも困らず、猫と団欒と暮らしているという推察はおよそ当たっているだろう。
そして実際、クオンのその推察はほとんど当たっていて、唯一違うのは、彼が森で魔物や動物を倒したり、街で犯罪を咎めて生活しているぐらいであった。
(現状に満足している……ならばそれ以上の待遇を与えるしかない)
「……ミズヤ」
「ん?」
「私の側近になってください」
クオンの発した言葉にミズヤはサラを抱えたまま固まった。
2秒、3秒と時間が経ち、漸くミズヤは意識を取り戻す。
「はっ!? え、え!? クオンは皇族で、僕みたいな犯罪者を近くに置くのはマズイよ!?」
「マズくないです。貴方のように強い魔法使いが今の我が国には必要ですし……それより、私の側近になれば美味しい食事も食べれますし、人との交流も増え、多くの女性と夜を共にすることだってできますよ」
「…………」
クオンが明るく提案するも、ミズヤは最後の部分を聞いて急に魂が抜けたような顔になる。
意気消沈とした様子に、クオンは不思議がって尋ねる。
「どうしました? 何か嫌な事でも、言ったでしょうか……?」
「ああ……いいんだ。……ごめん、僕そういうのいらないからさ……」
「…………」
急に声のトーンが下がるミズヤに、クオンは言葉を渋った。
高待遇を求めている、というわけではないのはわかったが、それ以上に、ミズヤに辛そうな顔をさせてしまったのが嫌だったから。
「……すみません。自分の都合で物を言って」
「いっ、いや……。皇女様が謝るなんてダメだよ。僕の事はいいからさ……」
「…………」
「……。じゃあね……」
無言になると、ミズヤは踵を返した。
乗ってきた龍は消し、歩いていく。
「……待ってください!」
だが、その後ろ姿にクオンが叫んだ。
声に反応してミズヤは振り返り、小首を傾げる。
「……その、そうです。お礼がしたいです! だから来てください!」
「……そんなこと言われても、僕がバスレノスに居たらどうなるか……わかるでしょ?」
「フラクリスラルに敵視されようと、バスレノスの兵力には及びません! 私はあなたを守れます! だから……!」
言葉を詰まらせ、クオンは頭を下げた。
子供とはいえ皇族が頭を下げたことに、ミズヤは驚いて口を開く。
ミズヤとしては、クオンは変な子だと思っていた。
偉い立場だからしっかりしているのはそうだけど、その立場を楯にして権力を振りかざすこともなく、律儀で誠実だったから。
その少女が自分をここまで引き留めるのは、少し気がかりだった。
もちろん、建前の理由ばかり言っているのはミズヤにもわかる。
本音を言われないから、きっと言いたくないんだと聞くことはしない。
そして何より、自分は“悪い奴”だから――ミズヤはそう思っているからこそ、人を困らせたくなくて、
「……そこまで言うなら、クオンについて行くよ」
「! 本当ですか!?」
「うん……。とりあえずついて行って、バスレノスでどうするかは僕が考えるよ」
「ありがとうございます! 貴方みたいな強い人がいてくれると、心強いです!」
「は、はぁ……どうも」
クオンは走ってミズヤに駆け寄り、その両手を取った。
柔らかい手なのに力強く握られ、ミズヤの方は苦笑を浮かべる。
「では早速、この辺境伯邸に入りましょう!」
「うん……」
「私が呼んできますね!」
クオンは銀髪を揺らして門へと走って行き、ミズヤはその後ろ姿を見て笑う。
(口調は硬いのに、こんな子供らしい一面を持つなんて、変な子だなぁ……)
口元にできた僅かな笑みは、こういうのも嫌いじゃないと物語っていた――。
◇
ミズヤ達は訪れた豪邸の主、レネイド辺境伯との面会に成功し、ひとまずは邸内に入れてもらうことになった。
「このような狭い場所で申し訳ございません。なにぶん、まだ仕事が終わらぬものでして」
連れてこられた書斎は15畳ほどの広さで、ソファーが3つ、テーブルが1つに机のセットが1つ。
壁の両側には本棚が立ち並び、メイドが数人居た。
レネイド辺境伯は机でペンを走らせ、彼から見て前方右側のソファーにミズヤとクオンは座る。
(というか僕、クオンと並んで座っていいのかな?)
クオンの言いつけで自己紹介もしてないミズヤはそんな懸念を持つも、クオンはレネイド辺境伯に言葉を返す。
「いえ、お気になさらず。その仕事も国が出したものですからね。私も手伝えれば良いのですが、まだまだ知識がなく……」
「く、クオン様のお手を煩わせたりはしませぬ! 私はまだ仕事をしておりますが、どうぞお話しくだされ。何があったのか……」
「……そうですか」
手伝えなくて残念そうにクオンは俯き、そんなクオンを肘で突っついて話の催促をするミズヤ。
クオンもハッとなり、今までのことを語った。
「私は5日前に、お父様からフラクリスラルの王へ拝謁するよう言いつけられました。当然、レジスタンスにバレないよう密命です。……しかし、やはりバレてしまいました。昨日は拝謁も終わり、最後の宿泊なのでしたが夜襲にあい……」
そこまで聞いて、レネイドはペンを止める。
「……なるほど、事情は理解しました。よくぞ生き延びてくれました、クオン様」
「それも彼のおかげです。捕まった私を助け出してくれましたから」
「ほう……?」
レネイドがミズヤの顔を見ると、ミズヤは緊張のあまりに抱えたサラを勢いよく撫で回す。
撫で心地が悪くてサラはミズヤの手をバシンと叩き、少年の肩がビクリと跳ね上がった。
この様子からはとてもクオンの恩人には見えない。
「……して、少年。貴公の名を聞きたい」
「え……あ〜、その……」
「…………」
名を尋ねられて恐縮してしまい、クオンは彼の様子を見て首をかしげる。
「ミズヤ、ここはもうバスレノスですから。事の経緯を話せば、別に貴方を咎めることもないですよ」
「そ、そう? でも僕が明日の朝、縄でぐるぐる巻きにされて突き出されたら……」
「……もっと私のことを信用してくださってもよろしいのに」
やれやれとクオンが結んだ銀髪を手櫛ですきながら言う。
彼女がネレイドに目配せすると、彼も頷いて返す。
「少年。君がどんな身の上かは知らぬが、我が帝国の皇族を守ってくれたのだ。悪いようにする気はない」
「……そうですか。じゃあ――」
こほんと間を一つおき、ミズヤは自分の名を明かす。
「僕はミズヤ・シュテルロード……フラクリスラルの侯爵家、シュテルロード家の末裔です」
基本的には雑談や魔法で遊んで時間を潰し、昼食や夕食は保存食でなんとかして、そろそろ到着という頃。
「……ねぇ、ミズヤ? サラってトイレしないんですか?」
「僕の前ではしてるの見たことないよ〜っ。恥ずかしがり屋さんだからかな?」
「……もはや知性があるとしか思えないのですが」
と、猫のサラは終始トイレもせず、といってもトイレ用のトレイも無いのでする訳がなかった。
その分、王女のサラがトイレを催してるのは別の話。
「わーっ、久し振りに豪邸見たよ〜……」
東大陸ガブレイル領、その一部を管理する辺境伯邸に到着した。
3mはある高い塀に囲まれ、その奥には3階建ての四角い建物がある。
部屋の幾つかからは明かりが見えていた。
ミズヤ達は塀の外に降りる。
クオンの方は、やっと帰れると足早に門の方へ向かった。
だがその後ろに少年が続かず、振り返る。
「……来ないのですか?」
「そりゃそうだよ……。僕は身の上がバレたら嫌だし、クオンと約束したのもここまでだよ?」
「……そうでしたっけ?」
「そうだよ……」
クオンは眉をハの字に曲げ、ミズヤが付いてこないのに少し不満があった。
それはこの短い間に友情を育んだから、では断じてない。
彼がそのヴァイオリン――“神楽器”を持っているからだ。
(神楽器を持っていて、しかも7色を使える最強の少年……ここで別れるには惜しいですね)
「あう〜……ねこさん、今日も可愛いなぁ〜っ」
(……性格は残念ですが。とにかくもう少し食い下がりましょう)
腕を組み、クオンはどうしたらミズヤを引き止められるのか考える。
ミズヤは今、安住している。
食うにも寝るにも困らず、猫と団欒と暮らしているという推察はおよそ当たっているだろう。
そして実際、クオンのその推察はほとんど当たっていて、唯一違うのは、彼が森で魔物や動物を倒したり、街で犯罪を咎めて生活しているぐらいであった。
(現状に満足している……ならばそれ以上の待遇を与えるしかない)
「……ミズヤ」
「ん?」
「私の側近になってください」
クオンの発した言葉にミズヤはサラを抱えたまま固まった。
2秒、3秒と時間が経ち、漸くミズヤは意識を取り戻す。
「はっ!? え、え!? クオンは皇族で、僕みたいな犯罪者を近くに置くのはマズイよ!?」
「マズくないです。貴方のように強い魔法使いが今の我が国には必要ですし……それより、私の側近になれば美味しい食事も食べれますし、人との交流も増え、多くの女性と夜を共にすることだってできますよ」
「…………」
クオンが明るく提案するも、ミズヤは最後の部分を聞いて急に魂が抜けたような顔になる。
意気消沈とした様子に、クオンは不思議がって尋ねる。
「どうしました? 何か嫌な事でも、言ったでしょうか……?」
「ああ……いいんだ。……ごめん、僕そういうのいらないからさ……」
「…………」
急に声のトーンが下がるミズヤに、クオンは言葉を渋った。
高待遇を求めている、というわけではないのはわかったが、それ以上に、ミズヤに辛そうな顔をさせてしまったのが嫌だったから。
「……すみません。自分の都合で物を言って」
「いっ、いや……。皇女様が謝るなんてダメだよ。僕の事はいいからさ……」
「…………」
「……。じゃあね……」
無言になると、ミズヤは踵を返した。
乗ってきた龍は消し、歩いていく。
「……待ってください!」
だが、その後ろ姿にクオンが叫んだ。
声に反応してミズヤは振り返り、小首を傾げる。
「……その、そうです。お礼がしたいです! だから来てください!」
「……そんなこと言われても、僕がバスレノスに居たらどうなるか……わかるでしょ?」
「フラクリスラルに敵視されようと、バスレノスの兵力には及びません! 私はあなたを守れます! だから……!」
言葉を詰まらせ、クオンは頭を下げた。
子供とはいえ皇族が頭を下げたことに、ミズヤは驚いて口を開く。
ミズヤとしては、クオンは変な子だと思っていた。
偉い立場だからしっかりしているのはそうだけど、その立場を楯にして権力を振りかざすこともなく、律儀で誠実だったから。
その少女が自分をここまで引き留めるのは、少し気がかりだった。
もちろん、建前の理由ばかり言っているのはミズヤにもわかる。
本音を言われないから、きっと言いたくないんだと聞くことはしない。
そして何より、自分は“悪い奴”だから――ミズヤはそう思っているからこそ、人を困らせたくなくて、
「……そこまで言うなら、クオンについて行くよ」
「! 本当ですか!?」
「うん……。とりあえずついて行って、バスレノスでどうするかは僕が考えるよ」
「ありがとうございます! 貴方みたいな強い人がいてくれると、心強いです!」
「は、はぁ……どうも」
クオンは走ってミズヤに駆け寄り、その両手を取った。
柔らかい手なのに力強く握られ、ミズヤの方は苦笑を浮かべる。
「では早速、この辺境伯邸に入りましょう!」
「うん……」
「私が呼んできますね!」
クオンは銀髪を揺らして門へと走って行き、ミズヤはその後ろ姿を見て笑う。
(口調は硬いのに、こんな子供らしい一面を持つなんて、変な子だなぁ……)
口元にできた僅かな笑みは、こういうのも嫌いじゃないと物語っていた――。
◇
ミズヤ達は訪れた豪邸の主、レネイド辺境伯との面会に成功し、ひとまずは邸内に入れてもらうことになった。
「このような狭い場所で申し訳ございません。なにぶん、まだ仕事が終わらぬものでして」
連れてこられた書斎は15畳ほどの広さで、ソファーが3つ、テーブルが1つに机のセットが1つ。
壁の両側には本棚が立ち並び、メイドが数人居た。
レネイド辺境伯は机でペンを走らせ、彼から見て前方右側のソファーにミズヤとクオンは座る。
(というか僕、クオンと並んで座っていいのかな?)
クオンの言いつけで自己紹介もしてないミズヤはそんな懸念を持つも、クオンはレネイド辺境伯に言葉を返す。
「いえ、お気になさらず。その仕事も国が出したものですからね。私も手伝えれば良いのですが、まだまだ知識がなく……」
「く、クオン様のお手を煩わせたりはしませぬ! 私はまだ仕事をしておりますが、どうぞお話しくだされ。何があったのか……」
「……そうですか」
手伝えなくて残念そうにクオンは俯き、そんなクオンを肘で突っついて話の催促をするミズヤ。
クオンもハッとなり、今までのことを語った。
「私は5日前に、お父様からフラクリスラルの王へ拝謁するよう言いつけられました。当然、レジスタンスにバレないよう密命です。……しかし、やはりバレてしまいました。昨日は拝謁も終わり、最後の宿泊なのでしたが夜襲にあい……」
そこまで聞いて、レネイドはペンを止める。
「……なるほど、事情は理解しました。よくぞ生き延びてくれました、クオン様」
「それも彼のおかげです。捕まった私を助け出してくれましたから」
「ほう……?」
レネイドがミズヤの顔を見ると、ミズヤは緊張のあまりに抱えたサラを勢いよく撫で回す。
撫で心地が悪くてサラはミズヤの手をバシンと叩き、少年の肩がビクリと跳ね上がった。
この様子からはとてもクオンの恩人には見えない。
「……して、少年。貴公の名を聞きたい」
「え……あ〜、その……」
「…………」
名を尋ねられて恐縮してしまい、クオンは彼の様子を見て首をかしげる。
「ミズヤ、ここはもうバスレノスですから。事の経緯を話せば、別に貴方を咎めることもないですよ」
「そ、そう? でも僕が明日の朝、縄でぐるぐる巻きにされて突き出されたら……」
「……もっと私のことを信用してくださってもよろしいのに」
やれやれとクオンが結んだ銀髪を手櫛ですきながら言う。
彼女がネレイドに目配せすると、彼も頷いて返す。
「少年。君がどんな身の上かは知らぬが、我が帝国の皇族を守ってくれたのだ。悪いようにする気はない」
「……そうですか。じゃあ――」
こほんと間を一つおき、ミズヤは自分の名を明かす。
「僕はミズヤ・シュテルロード……フラクリスラルの侯爵家、シュテルロード家の末裔です」
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