連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜
第15話:たった1人の家族
「ぐにゃーっ……ぐにゃーっ……」
「……寝てしまいましたか」
ひとしきり泣いたミズヤは、そのままクオンの胸で寝てしまった。
まだ発育途中の胸からミズヤを離し、クオンはゆっくりと彼をベッドに寝かせた。
「……ニャーッ」
「ん?」
1つの鳴き声を聞いて、今更ながらサラの存在を認識した。
サラは気を利かせて、ずっと黙っていたのだ。
「……なんですか、サラ? 別に、貴方の主人を取って食おうってんじゃないですよ」
「……にゃー(そんなのわかるわよ)」
サラは早足でクオンの元まで歩き、ベッドに座った彼女の膝に乗った。
そして、一言。
「ニャー…(ありがと……)」
「……?」
その言葉はクオンには伝わらなかったが、自ら近寄ってきたことに、クオンは微笑むのだった。
そしてゆっくり、怯えながらもサラの頭に手を持って行き、クオンは撫でた。
逃げない事を確認すると、クオンは一安心と言わんばかりに息を吐き出す。
「ふぅ……ふふっ。貴方のご主人は、なんでも気に病み過ぎなのですよ。手を焼きますね、サラ」
「ミャーッ(まぁね)」
頭を撫でられるサラも優しく返事を返し、クオンはまた笑うのだった。
◇
ミズヤが起きてすぐに風呂へ行き、その後彼は昨日の事を報告書に書くよう言われ、部屋にこもってペンを握っていた。
なぜか彼の部屋にはクオン、ケイク、ヘリリアが集まり、ベッドの近くで雑談をしている。
「んー……あー、うー、ねこさん……」
「ニャー?」
カリカリと羽ペンを動かしながら適当な事を呟くミズヤに、机に乗ったサラが不思議そうに鳴いた。
そしてなんの前触れもなく、ミズヤは机に突っ伏した。
「ニャーッ!」
バチコーンッ!
「ぐはぁ〜っ」
サラの猫パンチを頬に喰らい、ミズヤの体はズルリと椅子から落ちた。
両手を投げ出して倒れるミズヤの姿に、クオンとその側近達が寄ってくる。
「どうしたんですか?」
率先してクオンが声を掛けるも、ミズヤはふにゃふにゃ言うばかりで返事がない。
ミズヤがダメならとサラを見るが、サラもサラで寝転がっていた。
「……ふむ」
机の上に一枚ある用紙をケイクは手にし、その内容を拝見する。
見出しには、報告書と書かれた、皆に馴染みのある用紙だった。
〈ある所に、3人のねこさんがいました。ねこさん達はにゃーにゃー言い合って幸せに暮らしました。それがこの歌です! にゃー!〉
それ以降は譜面になっており、ケイクには読めなかった。
しかしこの文だけでもふざけているのは丸わかりであり、ケイクはグシャリと紙を握りしめる!
「この腑抜けがぁぁぁあ!!!」
「ひぃぃぃいいい!!?」
「にゃー!!?」
紙くずを顔面に受け、ミズヤは起き上がった。
そして何事かと言わんばかりにキョロキョロと周りを見て、敵が居ないと胸を撫で下ろす。
ついでに、ヘリリアは蹲っていた。
「ふにゃー……。びっくりしたぁ……」
「貴様、報告書もまともに書けんのか!!」
「ごめんなさいごめんなさい〜っ! 私が悪いんですぅうう〜!」
「貴様には言ってない!」
ミズヤよりもヘリリアが謝罪して床にひれ伏し、ケイクがまた怒鳴り散らす。
収集がつかなくなったのがわかると、クオンはため息を吐いてケイクの口を手のひらで塞いだ。
「だから貴様はいつまでも――むぐっ!?」
「ケイク、そのぐらいにしなさい。それよりもミズヤ、何故報告書を書かないのですか?」
一瞬で話を元に戻し、起き上がったミズヤに尋ねた。
しかし、書けない理由は口に出せないのだ。
瑛彦はレジスタンスに召喚された人間であり、ミズヤは転生者で、別世界のミズヤと瑛彦は仲が良い。
こんな、一度に頭で整理しきれない情報をミズヤ本人が整理できてる訳がなく、何を書いて良いのかわからなかった。
それに――
(転生とか、誰も信じないよなぁ……)
この思いが、何よりも強かった。
「……ミズヤ、言わないとわかりませんよっ」
「……クオン、なんかお母さんみたいだよ」
「貴方の母なんて知りませんよ。それより、報告書を早く書いてください。貴方は今回対峙した少年と、何かあったのでしょう?」
「…………」
何かあった、それはもちろんそうだ。
だけどなんて書けば良いかわからず、ミズヤはまた寝転がり、うつ伏せで顎を床に乗せた。
「……不貞腐れないでくださいよ。今書けばヘリリアの胸に飛び込む権利をあげますよ?」
「えぇえっ!!?」
クオンの突拍子もない言葉にヘリリアは驚き、自身の体を抱きしめた。
溢れんばかりの胸の感触は思春期の男子にとって何にも勝る宝、ケイクもヘリリアをチラ見し、その鼻下が少し伸びる。
「いいもんっ、そんなの知らないもんっ」
しかしミズヤに効果は今ひとつであった。
精神年齢が30歳を超えており、それ以前に性格から性欲を感じない男なのだった。
「むぅ……。めんどくさい男ですね」
「…………」
クオンが文句を垂れようとミズヤは微動だにせず、痛い沈黙に包まれた。
これではまた同じ事だとクオンは頭を抱え、ヘリリアも床で頭を抱えている。
(これ以上深入りすべきか――もしくは――)
クオンは考える。
ミズヤは過去に家族を亡くしており、それまでの交友関係を知る者は少ない。
世界をまたにかける郵便屋と故人であるミズヤの事で、また大物と知り合いという事もあり得る。
だがミズヤは今、精神が折れかけているのだ。
無闇に声をかけるに至らない。
「……まぁ、仕方ないですね。ケイク、ヘリリア、行きますよ」
そう言うとともにケイクの口から手を離し、ブーツを踏み鳴らして部屋の外へ出て行った。
その後をケイクが自分の口を触ってニヤけながら、さらに遅れてヘリリアが「待ってぇぇえええ!!」と叫びながら退室していった。
またミズヤは1人になる。
否、1人の方が、今の彼には都合が良かった。
机の上から、ゆっくりとサラが落ちてくる。
ミズヤのお腹の上に落ち、飼い主の少年は小さく呻いた。
「……ねぇ、サラ?」
なんでもないように、いつものように、ミズヤは問うた。
「君は、響川沙羅っていうの――?」
「…………」
その質問に、サラはこくりと頷いた。
ミズヤはその反応だけを見て、次の質問をする。
「じゃあ……僕の恋人、だったの?」
「…………」
サラはまた無言で頷いた。
その動作を見て、もうミズヤは口を閉じた。
ミズヤは一緒に暮らしていてわかる、サラは賢いと。
それは元が人間だというのならば納得できるのだ。
こうして2回連続で頷いたサラに、疑う事はない。
「……ねこさんの体は、辛くない?」
サラはまた頷く。
「……僕の事、好き?」
サラはまた頷く。
「……僕が霧代を見限って、僕が君を愛したのは本当?」
その質問には、サラは首を横に振った。
【ヤプタレア】でミズヤは霧代と既に再会し、苦しみは払拭されていたから。
サラの動作を意外に感じつつも、ミズヤは安堵した。
「……僕が霧代を蔑ろにした……ってわけじゃないんだね?」
「ニャァッ」
サラは頷きながら鳴いた。
こうまでした適切な受け答え、ミズヤはもう笑うしかなかった。
「……そっか。僕がどういった経緯で君と恋人になったかはわからない。でも、僕にとって君は唯一の家族だし、大切な存在だよ……」
「ミャ〜ッ」
甘えるような声でサラは鳴き、ミズヤの頬を舐めた。
家族――そう、ミズヤにとっては唯一の家族である。
【ヤプタレア】のあの頃も――そして今も――。
「……寝てしまいましたか」
ひとしきり泣いたミズヤは、そのままクオンの胸で寝てしまった。
まだ発育途中の胸からミズヤを離し、クオンはゆっくりと彼をベッドに寝かせた。
「……ニャーッ」
「ん?」
1つの鳴き声を聞いて、今更ながらサラの存在を認識した。
サラは気を利かせて、ずっと黙っていたのだ。
「……なんですか、サラ? 別に、貴方の主人を取って食おうってんじゃないですよ」
「……にゃー(そんなのわかるわよ)」
サラは早足でクオンの元まで歩き、ベッドに座った彼女の膝に乗った。
そして、一言。
「ニャー…(ありがと……)」
「……?」
その言葉はクオンには伝わらなかったが、自ら近寄ってきたことに、クオンは微笑むのだった。
そしてゆっくり、怯えながらもサラの頭に手を持って行き、クオンは撫でた。
逃げない事を確認すると、クオンは一安心と言わんばかりに息を吐き出す。
「ふぅ……ふふっ。貴方のご主人は、なんでも気に病み過ぎなのですよ。手を焼きますね、サラ」
「ミャーッ(まぁね)」
頭を撫でられるサラも優しく返事を返し、クオンはまた笑うのだった。
◇
ミズヤが起きてすぐに風呂へ行き、その後彼は昨日の事を報告書に書くよう言われ、部屋にこもってペンを握っていた。
なぜか彼の部屋にはクオン、ケイク、ヘリリアが集まり、ベッドの近くで雑談をしている。
「んー……あー、うー、ねこさん……」
「ニャー?」
カリカリと羽ペンを動かしながら適当な事を呟くミズヤに、机に乗ったサラが不思議そうに鳴いた。
そしてなんの前触れもなく、ミズヤは机に突っ伏した。
「ニャーッ!」
バチコーンッ!
「ぐはぁ〜っ」
サラの猫パンチを頬に喰らい、ミズヤの体はズルリと椅子から落ちた。
両手を投げ出して倒れるミズヤの姿に、クオンとその側近達が寄ってくる。
「どうしたんですか?」
率先してクオンが声を掛けるも、ミズヤはふにゃふにゃ言うばかりで返事がない。
ミズヤがダメならとサラを見るが、サラもサラで寝転がっていた。
「……ふむ」
机の上に一枚ある用紙をケイクは手にし、その内容を拝見する。
見出しには、報告書と書かれた、皆に馴染みのある用紙だった。
〈ある所に、3人のねこさんがいました。ねこさん達はにゃーにゃー言い合って幸せに暮らしました。それがこの歌です! にゃー!〉
それ以降は譜面になっており、ケイクには読めなかった。
しかしこの文だけでもふざけているのは丸わかりであり、ケイクはグシャリと紙を握りしめる!
「この腑抜けがぁぁぁあ!!!」
「ひぃぃぃいいい!!?」
「にゃー!!?」
紙くずを顔面に受け、ミズヤは起き上がった。
そして何事かと言わんばかりにキョロキョロと周りを見て、敵が居ないと胸を撫で下ろす。
ついでに、ヘリリアは蹲っていた。
「ふにゃー……。びっくりしたぁ……」
「貴様、報告書もまともに書けんのか!!」
「ごめんなさいごめんなさい〜っ! 私が悪いんですぅうう〜!」
「貴様には言ってない!」
ミズヤよりもヘリリアが謝罪して床にひれ伏し、ケイクがまた怒鳴り散らす。
収集がつかなくなったのがわかると、クオンはため息を吐いてケイクの口を手のひらで塞いだ。
「だから貴様はいつまでも――むぐっ!?」
「ケイク、そのぐらいにしなさい。それよりもミズヤ、何故報告書を書かないのですか?」
一瞬で話を元に戻し、起き上がったミズヤに尋ねた。
しかし、書けない理由は口に出せないのだ。
瑛彦はレジスタンスに召喚された人間であり、ミズヤは転生者で、別世界のミズヤと瑛彦は仲が良い。
こんな、一度に頭で整理しきれない情報をミズヤ本人が整理できてる訳がなく、何を書いて良いのかわからなかった。
それに――
(転生とか、誰も信じないよなぁ……)
この思いが、何よりも強かった。
「……ミズヤ、言わないとわかりませんよっ」
「……クオン、なんかお母さんみたいだよ」
「貴方の母なんて知りませんよ。それより、報告書を早く書いてください。貴方は今回対峙した少年と、何かあったのでしょう?」
「…………」
何かあった、それはもちろんそうだ。
だけどなんて書けば良いかわからず、ミズヤはまた寝転がり、うつ伏せで顎を床に乗せた。
「……不貞腐れないでくださいよ。今書けばヘリリアの胸に飛び込む権利をあげますよ?」
「えぇえっ!!?」
クオンの突拍子もない言葉にヘリリアは驚き、自身の体を抱きしめた。
溢れんばかりの胸の感触は思春期の男子にとって何にも勝る宝、ケイクもヘリリアをチラ見し、その鼻下が少し伸びる。
「いいもんっ、そんなの知らないもんっ」
しかしミズヤに効果は今ひとつであった。
精神年齢が30歳を超えており、それ以前に性格から性欲を感じない男なのだった。
「むぅ……。めんどくさい男ですね」
「…………」
クオンが文句を垂れようとミズヤは微動だにせず、痛い沈黙に包まれた。
これではまた同じ事だとクオンは頭を抱え、ヘリリアも床で頭を抱えている。
(これ以上深入りすべきか――もしくは――)
クオンは考える。
ミズヤは過去に家族を亡くしており、それまでの交友関係を知る者は少ない。
世界をまたにかける郵便屋と故人であるミズヤの事で、また大物と知り合いという事もあり得る。
だがミズヤは今、精神が折れかけているのだ。
無闇に声をかけるに至らない。
「……まぁ、仕方ないですね。ケイク、ヘリリア、行きますよ」
そう言うとともにケイクの口から手を離し、ブーツを踏み鳴らして部屋の外へ出て行った。
その後をケイクが自分の口を触ってニヤけながら、さらに遅れてヘリリアが「待ってぇぇえええ!!」と叫びながら退室していった。
またミズヤは1人になる。
否、1人の方が、今の彼には都合が良かった。
机の上から、ゆっくりとサラが落ちてくる。
ミズヤのお腹の上に落ち、飼い主の少年は小さく呻いた。
「……ねぇ、サラ?」
なんでもないように、いつものように、ミズヤは問うた。
「君は、響川沙羅っていうの――?」
「…………」
その質問に、サラはこくりと頷いた。
ミズヤはその反応だけを見て、次の質問をする。
「じゃあ……僕の恋人、だったの?」
「…………」
サラはまた無言で頷いた。
その動作を見て、もうミズヤは口を閉じた。
ミズヤは一緒に暮らしていてわかる、サラは賢いと。
それは元が人間だというのならば納得できるのだ。
こうして2回連続で頷いたサラに、疑う事はない。
「……ねこさんの体は、辛くない?」
サラはまた頷く。
「……僕の事、好き?」
サラはまた頷く。
「……僕が霧代を見限って、僕が君を愛したのは本当?」
その質問には、サラは首を横に振った。
【ヤプタレア】でミズヤは霧代と既に再会し、苦しみは払拭されていたから。
サラの動作を意外に感じつつも、ミズヤは安堵した。
「……僕が霧代を蔑ろにした……ってわけじゃないんだね?」
「ニャァッ」
サラは頷きながら鳴いた。
こうまでした適切な受け答え、ミズヤはもう笑うしかなかった。
「……そっか。僕がどういった経緯で君と恋人になったかはわからない。でも、僕にとって君は唯一の家族だし、大切な存在だよ……」
「ミャ〜ッ」
甘えるような声でサラは鳴き、ミズヤの頬を舐めた。
家族――そう、ミズヤにとっては唯一の家族である。
【ヤプタレア】のあの頃も――そして今も――。
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