連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜
第9話:ヘリリア
遠征から数週間経ち、サウドラシアも漸く7月半ばになる。
バスレノス南部はいよいよ夏となり、首都の気温も25°cを超え出した。
しかし、兵服のジャージには魔力対抗に続く体温調節の機能があり、城内は様変わりしなかった。
暑い季節が嫌いなのか、レジスタンスによる暴動がここ最近は無くなり、国は安泰で平穏だった。
実際は西軍に何度か攻め入って居るのだが、マナーズ相手に手こずっているのが現状である。
ともあれ、暫くは戦いもなくバスレノス城で武器を持つ必要はない。
ただ、修練を積む者は別である。
「よいしょーっ」
「クッ……!」
ミズヤはやる気の無い声でイグソーブ・ソードを振るい、ケイクの持つ同じ武器を弾いた。
少し離れた場所でザクッと土に刺さる魔法武器は陽光を反射させ、持ち主の歯噛みした顔を映し出した。
「……はぁ、またか」
「左脇が甘いんだよーっ。相手を左正面に立たせない、かつ右側をしっかり見ること」
「昨日も聞いたぜ……ほら、次だ」
「また〜? もーっ……」
プーッと頬を膨らませて拗ねるミズヤだが、土に刺さった剣を引き抜き、ケイクへと投げ渡した。
再び模擬戦を始める前に、クオンが止めに入る。
「待ってください。誰か、ヘリリアと変わってくださいよ……。彼女、私に攻撃してこないんです」
と、頭を抱えてしゃがみこんだヘリリアを指差すクオン。
「ひぃいいいすみませんすみません!! でもクオン様が万が一にも怪我とか、その、しっ、しししししし死しし……!」
「……さすがに、こんなことじゃ死にませんよ。イグソーブ・ソードは、刃もありませんから」
説得するもヘリリアは顔を上げず、どうにもなりそうにない。
この様子を見てケイクは剣を下ろす。
「なるほど……でしたら、私がクオン様と打ち合いましょう。ミズヤは、本気のヘリリアとやってもらうとしましょう」
「……ん? 良いんですか? ヘリリアは……」
「ミズヤも本気ならば、渡り合えるでしょう」
「……にゃ?」
話についていけないミズヤが小首を傾げるも、クオンはそれを無視してヘリリアの元へ。
そして彼女の金髪を無理やり掴み、口の中に何かをふりかけた。
「!!?」
刹那、ヘリリアの瞳が限界まで見開き、身の内に貯める魔力を放出した。
魔力放出――それは何か効果がある行為でもなく、己の魔力が善か悪かの判別に使われる程度のもの。
ただ、ヘリリアのこれは……
「魔力が……紅い……?」
初めての事にミズヤは目を丸くする。
普通なら白か黒しかない魔力の色が、燃えるような紅い光を放っていたから。
光は止み、光の中にいたヘリリアが立ち上がる。
「――ウゥッ!!」
刮目した瞳がその場の全員を支配した。
それはまるで狂犬のように瞳孔の定まらない目で、ヘリリアの優しい瞳ではなかったから。
そして彼女は自らの剣を地にブッ刺し、叫ぶ。
「オラァァアア!!! アタイの相手はどこのどいつだぁあ!!!」
「…………」
キャラが壊れたヘリリアにミズヤは顔が引きつった。
姉貴キャラだった。
いつも内気で、陰気で、弱気で、泣き虫でわんわん泣いてるあのヘリリアが。
「……クオン、何したの?」
「香辛料を少々口に含ませました。彼女、こうすると性格が変わるんです」
「……それ、なんでもっと早く教えてくれないの?」
「聞かれませんでしたから」
「…………」
「オイゴラァ! アタイを無視すんじゃねぇしばくぞ!」
キャラ崩壊したヘリリアに、誰も目を合わせず、苛立ちから彼女はバシバシと剣を地面に叩きつける。
持て余した手でピシッと指差し、問いただした。
「アタイの敵はどいつだぁ!!」
「……ミズヤ」
「えっ…………ううっ、僕です……」
「そーかテメェか。しけたツラしたガキンチョじゃねぇの」
「…………」
なじられるミズヤを捨て置いてクオンとケイクは静かにその場を離れた。
仲間を捨て置くなど以ての外だが、ヘリリア(?)とも仲間であるから、仲良くする機会として2人にしたのだ。
ミズヤからすれば、迷惑極まりない。
「イグソーブ・ソードを構えな。アタイの打ち込みに耐えろよ、小童!」
「ううっ……なんかやる気出ないよぅ……」
ヘリリアが地を蹴り、正面に剣を構えて突進する。
ミズヤは動くこともなく突っ込んで来るのを待ち、刀で受ける。
しかし、その衝撃音は微かなもので、その後にも鉄同士が擦れる音が続く。
ミズヤは、攻撃を受け流したのだった。
「うぉっ!」
力のままに落ちる剣をとっさに拾い上げ、すぐさま2撃目に移るヘリリア。
振り下ろされる一撃を、ミズヤはまたもや受け流す。
しかし、次は刃と刃がぶつかってすぐに刀を引っ込められ、また斬撃が来る。
赤魔法も使わず生身の体で大剣を振り回すヘリリアに対し、ミズヤは最小限の動きで躱しながら後退する一方だった。
彼女の斬撃は、目で追うことができる。
それはミズヤが肉体強化をした時、これ以上のスピードで戦うから慣れているに過ぎない。
動きは見えても鍛えの少ない体は愚鈍で、反撃をする隙はなかった。
ましてや、手に持つ獲物はいつもの刀ではなく、それよりずっと重いイグソーブ・ソード。
このままではジリ貧――そう思った矢先――
「ハッ!」
シュバババと、幾度となく突きの猛攻を繰り出すヘリリア。
「むうっ――!」
全てを避けきれず、幾らかが体に刺さる。
だがミズヤの体からは血が噴出しなかった。
イグソーブ武具は殺傷能力がなく、刺さることはない。
ただ、鉄の重みがそのままダメージになるだけだ。
「オラオラオラァ〜ッ!!」
連撃は止まらず、ミズヤを徐々に後退させていく。
キンッという高い金属のぶつかる音が連なり、旋律と化す。
「やっ――!」
ミズヤは剣を引き、一気に突き出した。
しかし、その一撃はヘリリアの脇を抜ける。
次の瞬間にはヘリリアの突きが迫り、切っ先は小柄なミズヤの頭を正確に捕らえていた。
なのに――
トンッ
ミズヤは刀の側面を、一瞬だけ触れて軌道を逸らした。
それは愛情を持って撫でるように優しいタッチで、ミズヤの顔側面を通過した。
キィィイ――ミズヤの爪が過ぎ行く剣を鳴らしていく。
近付く2人の距離、咄嗟に腕を引こうとするヘリリアだが、ミズヤはまだ剣を突き出したベクトルを失ってなくて――
「ごめんっ、ヘリリアさん」
その一言と共に、彼はその小さな膝を、ヘリリアの鳩尾に叩き込んだ。
「ガッ――!」
短い悲鳴と共にヘリリアの体は地面から少し浮いた。
そしてミズヤが着地すると同時に、体が崩れ落ちるのだった。
口から涎を垂らし、ヘリリアは動けずにお腹を抑えて呻いていた。
ミズヤは疲れを見せながら溜息を吐き、戦いの終わりを感じる。
「ヘリリアさーん……正気に戻った?」
「て、テメェ……やりやがったな……」
「……ダメですにゃーっ」
炎のように揺らめきながらヘリリアが起き上がる。
その顔は怒りで真っ赤に染まり、いつも怯えた様子の彼女にはギャップがあり過ぎた。
「はぁ……わかったよ。元に戻るまで相手になるから――」
「ブッ潰してやる!!!」
「…………」
ミズヤの言葉は、ヘリリアの気迫に満ちた声に掻き消された。
さらに直後、ミズヤ目掛けて放たれた赤い光を、ミズヤはすんでの所で躱した。
「……怒った?」
苦笑しながらミズヤが問う。
しかし、返事は魔法で返ってきた。
ミズヤが飛ぶと、直後に彼が立っていた所は爆発する。
乾いた地面が紅く燃える様子を見て、ミズヤはやれやれと頭をかく。
「殺す気だなぁ……。僕も普通に戦わないと……」
億劫そうに呟いて、彼はイグソーブ・ソードを捨て、柄に鈴のついた真剣を取り出す。
これからが本当の模擬戦だ。
バスレノス南部はいよいよ夏となり、首都の気温も25°cを超え出した。
しかし、兵服のジャージには魔力対抗に続く体温調節の機能があり、城内は様変わりしなかった。
暑い季節が嫌いなのか、レジスタンスによる暴動がここ最近は無くなり、国は安泰で平穏だった。
実際は西軍に何度か攻め入って居るのだが、マナーズ相手に手こずっているのが現状である。
ともあれ、暫くは戦いもなくバスレノス城で武器を持つ必要はない。
ただ、修練を積む者は別である。
「よいしょーっ」
「クッ……!」
ミズヤはやる気の無い声でイグソーブ・ソードを振るい、ケイクの持つ同じ武器を弾いた。
少し離れた場所でザクッと土に刺さる魔法武器は陽光を反射させ、持ち主の歯噛みした顔を映し出した。
「……はぁ、またか」
「左脇が甘いんだよーっ。相手を左正面に立たせない、かつ右側をしっかり見ること」
「昨日も聞いたぜ……ほら、次だ」
「また〜? もーっ……」
プーッと頬を膨らませて拗ねるミズヤだが、土に刺さった剣を引き抜き、ケイクへと投げ渡した。
再び模擬戦を始める前に、クオンが止めに入る。
「待ってください。誰か、ヘリリアと変わってくださいよ……。彼女、私に攻撃してこないんです」
と、頭を抱えてしゃがみこんだヘリリアを指差すクオン。
「ひぃいいいすみませんすみません!! でもクオン様が万が一にも怪我とか、その、しっ、しししししし死しし……!」
「……さすがに、こんなことじゃ死にませんよ。イグソーブ・ソードは、刃もありませんから」
説得するもヘリリアは顔を上げず、どうにもなりそうにない。
この様子を見てケイクは剣を下ろす。
「なるほど……でしたら、私がクオン様と打ち合いましょう。ミズヤは、本気のヘリリアとやってもらうとしましょう」
「……ん? 良いんですか? ヘリリアは……」
「ミズヤも本気ならば、渡り合えるでしょう」
「……にゃ?」
話についていけないミズヤが小首を傾げるも、クオンはそれを無視してヘリリアの元へ。
そして彼女の金髪を無理やり掴み、口の中に何かをふりかけた。
「!!?」
刹那、ヘリリアの瞳が限界まで見開き、身の内に貯める魔力を放出した。
魔力放出――それは何か効果がある行為でもなく、己の魔力が善か悪かの判別に使われる程度のもの。
ただ、ヘリリアのこれは……
「魔力が……紅い……?」
初めての事にミズヤは目を丸くする。
普通なら白か黒しかない魔力の色が、燃えるような紅い光を放っていたから。
光は止み、光の中にいたヘリリアが立ち上がる。
「――ウゥッ!!」
刮目した瞳がその場の全員を支配した。
それはまるで狂犬のように瞳孔の定まらない目で、ヘリリアの優しい瞳ではなかったから。
そして彼女は自らの剣を地にブッ刺し、叫ぶ。
「オラァァアア!!! アタイの相手はどこのどいつだぁあ!!!」
「…………」
キャラが壊れたヘリリアにミズヤは顔が引きつった。
姉貴キャラだった。
いつも内気で、陰気で、弱気で、泣き虫でわんわん泣いてるあのヘリリアが。
「……クオン、何したの?」
「香辛料を少々口に含ませました。彼女、こうすると性格が変わるんです」
「……それ、なんでもっと早く教えてくれないの?」
「聞かれませんでしたから」
「…………」
「オイゴラァ! アタイを無視すんじゃねぇしばくぞ!」
キャラ崩壊したヘリリアに、誰も目を合わせず、苛立ちから彼女はバシバシと剣を地面に叩きつける。
持て余した手でピシッと指差し、問いただした。
「アタイの敵はどいつだぁ!!」
「……ミズヤ」
「えっ…………ううっ、僕です……」
「そーかテメェか。しけたツラしたガキンチョじゃねぇの」
「…………」
なじられるミズヤを捨て置いてクオンとケイクは静かにその場を離れた。
仲間を捨て置くなど以ての外だが、ヘリリア(?)とも仲間であるから、仲良くする機会として2人にしたのだ。
ミズヤからすれば、迷惑極まりない。
「イグソーブ・ソードを構えな。アタイの打ち込みに耐えろよ、小童!」
「ううっ……なんかやる気出ないよぅ……」
ヘリリアが地を蹴り、正面に剣を構えて突進する。
ミズヤは動くこともなく突っ込んで来るのを待ち、刀で受ける。
しかし、その衝撃音は微かなもので、その後にも鉄同士が擦れる音が続く。
ミズヤは、攻撃を受け流したのだった。
「うぉっ!」
力のままに落ちる剣をとっさに拾い上げ、すぐさま2撃目に移るヘリリア。
振り下ろされる一撃を、ミズヤはまたもや受け流す。
しかし、次は刃と刃がぶつかってすぐに刀を引っ込められ、また斬撃が来る。
赤魔法も使わず生身の体で大剣を振り回すヘリリアに対し、ミズヤは最小限の動きで躱しながら後退する一方だった。
彼女の斬撃は、目で追うことができる。
それはミズヤが肉体強化をした時、これ以上のスピードで戦うから慣れているに過ぎない。
動きは見えても鍛えの少ない体は愚鈍で、反撃をする隙はなかった。
ましてや、手に持つ獲物はいつもの刀ではなく、それよりずっと重いイグソーブ・ソード。
このままではジリ貧――そう思った矢先――
「ハッ!」
シュバババと、幾度となく突きの猛攻を繰り出すヘリリア。
「むうっ――!」
全てを避けきれず、幾らかが体に刺さる。
だがミズヤの体からは血が噴出しなかった。
イグソーブ武具は殺傷能力がなく、刺さることはない。
ただ、鉄の重みがそのままダメージになるだけだ。
「オラオラオラァ〜ッ!!」
連撃は止まらず、ミズヤを徐々に後退させていく。
キンッという高い金属のぶつかる音が連なり、旋律と化す。
「やっ――!」
ミズヤは剣を引き、一気に突き出した。
しかし、その一撃はヘリリアの脇を抜ける。
次の瞬間にはヘリリアの突きが迫り、切っ先は小柄なミズヤの頭を正確に捕らえていた。
なのに――
トンッ
ミズヤは刀の側面を、一瞬だけ触れて軌道を逸らした。
それは愛情を持って撫でるように優しいタッチで、ミズヤの顔側面を通過した。
キィィイ――ミズヤの爪が過ぎ行く剣を鳴らしていく。
近付く2人の距離、咄嗟に腕を引こうとするヘリリアだが、ミズヤはまだ剣を突き出したベクトルを失ってなくて――
「ごめんっ、ヘリリアさん」
その一言と共に、彼はその小さな膝を、ヘリリアの鳩尾に叩き込んだ。
「ガッ――!」
短い悲鳴と共にヘリリアの体は地面から少し浮いた。
そしてミズヤが着地すると同時に、体が崩れ落ちるのだった。
口から涎を垂らし、ヘリリアは動けずにお腹を抑えて呻いていた。
ミズヤは疲れを見せながら溜息を吐き、戦いの終わりを感じる。
「ヘリリアさーん……正気に戻った?」
「て、テメェ……やりやがったな……」
「……ダメですにゃーっ」
炎のように揺らめきながらヘリリアが起き上がる。
その顔は怒りで真っ赤に染まり、いつも怯えた様子の彼女にはギャップがあり過ぎた。
「はぁ……わかったよ。元に戻るまで相手になるから――」
「ブッ潰してやる!!!」
「…………」
ミズヤの言葉は、ヘリリアの気迫に満ちた声に掻き消された。
さらに直後、ミズヤ目掛けて放たれた赤い光を、ミズヤはすんでの所で躱した。
「……怒った?」
苦笑しながらミズヤが問う。
しかし、返事は魔法で返ってきた。
ミズヤが飛ぶと、直後に彼が立っていた所は爆発する。
乾いた地面が紅く燃える様子を見て、ミズヤはやれやれと頭をかく。
「殺す気だなぁ……。僕も普通に戦わないと……」
億劫そうに呟いて、彼はイグソーブ・ソードを捨て、柄に鈴のついた真剣を取り出す。
これからが本当の模擬戦だ。
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