連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第14話:フォース・コンタクト⑥

 広間は血と死体で蹂躙されていた。
 誰もが狂っていた。
 仲間が死んだ、死にたくないけど自分も行かなければならない――そう同調して突撃を繰り返す。
 炎も、氷も、風も、剣も、人を壊すためだけに空を舞う。
 上がる血飛沫は誰のものかもわからない、悲鳴は止まることなく響き、猛々しい声も止まないように思えた。

「全員下がれ!!!!」

 そして――ヴァムテルは叫んだ。
 死体に埋め尽くされた広間、彼もまた手を赤く染めている。
 彼の怒号に応じ、帝国軍は【無色魔法】とドライブ・イグソーブを使い、天井まで飛んだ。
 天井は人で埋め尽くされ、それでも足りない場合は助け合い、抱き抱え合うなどして場を確保した。

 ヴァムテルが何かを仕掛ける、それを予期したレジスタンスも空へ向かうも、イグソーブ武具の光線が雨のように襲う。
 空を取れば、地に居る者は不利。
 だがそんな事は関係ないのだ。

 ヴァムテル――この男1人いれば――。

(引きながら戦わせたとはいえ、ここまで犠牲者が出たか……。仇は我が取るぞ――!)

「【青魔法】【氷場ジェラーション・フィールド】!!!」

 ヴァムテルは咆哮と共に魔法を発動した。
 その刹那、彼を中心に床が凍りついて行く。
 殆ど一瞬のことだった。
 床に倒れ伏し、動けぬ死体も、レジスタンス達も、全てが凍りつくのに、1秒もかからなかった。
 この速度に反応できるものはいない、多くの氷像が出来上がった。

 誰1人、逃れてはいない。
 一瞬で戦いは終わってしまった。

「はぁ……」

 終幕への安堵から息を吐く。
 だがそこで、何かが近くに落ちるのに気が付いた。

 それは、自身の魔法体質からよく知っているもの。
 砂のようにパラパラと降る、氷だった――。

 天井には仲間がいる、凍らせるわけがない。
 なのになぜこんなものが落ちてくるのか?
 ヴァムテルは驚き、天井を見上げた。

「――ッ!!?」

 見上げた先には、青と白の塊が広がっていた。
 天井に固まる部下は全て氷り、物言わぬ氷像へと成れ変わっていたのだ。
 何故――その正体を天井に見つける。

 氷に刃を突き刺し 、その背にギターを背負ったフィサが、暗く冷たい瞳でヴァムテルを見下ろしていた。

「……これであいこ」
「フィサァァァァアアア!!!!!」

 氷のアーチを生み出し、ヴァムテルはフィサの元へと走った。
 呼応するようにフィサもスケートブーツを生み出して駆ける。
 ヴァムテルは氷の剣で、フィサは壁に刺していた刀で、衝突した――。

 交わる刃は、ヴァムテルが推す。
 筋肉質な巨漢とかよわい少女では力の差があり、当然の事だった。
 なのに何故吹っ飛ばされなかったかといえば、スピードはフィサが上回っていたから。
 しかし、刃は通らなければ意味がない。
 だから――

「【青龍技】【静音吸引】」
「!!!」

 フィサが呟いた魔法名が、ヴァムテルの剣を塵に返した。
 再びフィサの振るう斬撃を躱し、ヴァムテルは一歩退く。

「お前、その技は――!」
「……わからない? 私は今、楽器を身に付けてるんだよ……?」

 フィサは背負うギターケースをバンッと叩き、その存在感をアピールする。
 それはメイラが戦いの時に用いた神楽器――

「……私達は兄妹。使える魔法も大体一緒……だから――魔力量の多い私が勝つ」

 そう宣言して――フィサはゴスロリスカートから足に巻きつけたマフラーを外し、展開する。

「【羽衣天韋】」



 ◇



 ミズヤはプロンの話を聞き終えると、彼女の手足を拘束して拉致した。
 炎の走る城内を青魔法で火消ししながら、クオンのいるであろう食堂を目指した。

 しかしクオンの姿もなく、戦闘民で溢れかえってるのを目の当たりにして――

「【晴天意】」

 彼はその中心に立ち、魔法を使う。
 彼の手が光り、全てを照らす太陽の輝きを放った。

「【黒魔法】【束縛リストレイント】」

 その光が当たる全対象に向けて、漆黒の鉄鎖が飛んだ。

「【空天意からてんい】」

 さらには拘束を阻まれないように、空天意まで用いて拘束を確実にしてから鎖に実体を持たせた。
 拘束され、多くの者が沈んでいく。
 武器を持った兵は両軍共に、機能しなくなった。

「……はいっ! じゃあ僕いくからねっ!」

 それだけやって、ミズヤは食堂を後にした。
 彼にとって、今目指すべきところはここではない。
 とんでもない罪を被った少女、ラナの所だった。

「……ミズヤくんさぁ、クオン様ほっといていいの……?」
「クオンにはサラが付いてるから、だいじょーぶだよ!」
「あの猫? ……猫じゃ守れないでしょ」
「サラはすっごく強いから、心配ないですにゃーっ!」
「へぇ〜」

 先程から見えない猫の姿はクオンに付いている。
 不死のミズヤとしては死なれてはならない存在を守ることが優先であり、万が一のために神楽器もサラもクオンに任せていた。

「……広間かぁ」

 駆けつけたのは広間だった。
 ここまでの道のりで死骸も多く、何より、多くの死臭を感じてここへやって来た。
 しかし血の匂いを感じず、不思議がりながらも広間の中へと入った。

 目の当たりにしたのは氷だった。
 部屋全体を覆う氷のフィールド。
 火の回る城内で、ここだけは寒気を感じた。

「……誰も、居ない?」

 コツコツと氷を踏み鳴らして、中を散策する。
 歩いているのが不便で、ミズヤは広間の中を飛んだ。

 そして見つけた。
 この場の戦いが終わっている証を。

「ヴァムテルさん……」

 彼が見たのは、全身を氷漬けにされ、胸を貫かれた跡のある大将の姿だった。



 ◇



 戦いはすぐに決着がついた。
 いや、そうならざるを得なかった。

 実の妹に本気で戦えるわけがない。
 たとえ世界を敵に回すとしても妹1人を本気で殺し掛かるということは、ヴァムテルにはできなかった。
 尚且つ、彼にはフィサに罪悪感を感じていて、戦いに集中もできず、魔力量でも圧倒され――手足を凍らされ、もはや戦闘不能だった。

「……どうして?」

 フィサは問い掛ける。
 それは何故全力を出さないのかという意味だった。
 前に相対した時もそうだった、ヴァムテルはフィサから逃げるような態度を取っている。
 今回に至ってはどちらが死んでもおかしくない状況、しかもフィサは多くのバスレノス民を殺している。
 本気で戦うには十分な理由なのに、それでも戦えないのは何故か――この一言には、それだけの意味が込められていた。

 しかし、ヴァムテルははっきりと言い切る。
 儚げに笑い、どこでもない遠くを見つめながら。

「どんなに心が離れていても、俺たちは兄妹なんだ……。妹の顔を殴るような兄貴がどこにいるよ……」
「……それは、国より大事な事?」
「元々ここは俺の国じゃない。俺はただの雇われ兵だった。……沢山人が死んだのは悲しいが、それでも、戦争時に守ったつもりだったおまえを殺すなんて、俺には考えられなかった……」
「…………」

 フィサはその言葉を噛み締めて、深く俯いて考え込む。
 きっと、ヴァムテルには妹より大切なものはなかったのだ。
 親が死に、2人で暮らしていた。
 妹に良い暮らしをさせたいがために出稼ぎに行き、そのお金はフィサの養父達に送っていた。
 ヴァムテルにとってかけがえのない存在なのはどうあっても変わらないのだ。

 最も大切な存在だからこそ戦えない。
 しかし、フィサには戦う理由がある。
 彼女には彼女の仲間が居て、国を取り戻すという使命があって――それは兄よりも大切な存在だった。
 ヴァムテルに苦悩しつつも頑張ってきた過去があるように、フィサにもまた辛く苦しい過去がある。
 唯一心の救いだった兄との暮らし、養子として暮らした日々、レジスタンスの一味として暮らした日々、彼女にはそれぞれの家族がある。
 ヴァムテルには感謝する心もあれど――それは心の一部だったのだ。

 だからこそフィサは戦えた。
 そして今から殺す――筈なのに

「そんな事言うの、ズルいよ……」

 フィサはポロポロと泣き始めた。
 幼い頃に一緒に過ごしただけの妹に、どうしてそこまで想ってくれるのか。
 そして、そんな兄を手に掛けようとする自分が正しいのかと、心に激しい葛藤を生んだのだ。

 刀を持つ手が震えた。
 こんな腕では殺せない。
 殺したいと思えない――。

 なのに、彼女の兄はこう諭すのだった。

「フィサ、お前にはお前の居場所と立場があるんだろ。俺を殺せ」
「…………」
「俺を生かしといて得することもないだろう。レジスタンスの敵であり、危険人物の俺が生きていてはいけないんだ」
「…………」
「お前はお前の役目を果たせ、フィサ」

 自らを殺せと命じる兄を前に、フィサの頭は思考停止していた。
 実の兄を殺す、そこに様々な葛藤があるのは必然で、錯乱するのは仕方のないこと。
 だが、自分の役目を果たす――。
 それができるなら、彼女がこれまでレジスタンスで培った努力も結ばれる。

 彼女自身の今のレジスタンスかぞくに、喜ばれる事をするのだ。

 ヴァムテルが自分のために出稼ぎに行き、仕送りをしてきたように。

「……わかった」

 フィサは刀を高く構えた。
 震えは止まり、白銀の刀身は淡く光っている。
 その雄々しい妹の姿を見て、ヴァムテルは笑った。

「最後まで……俺を兄さんと呼んでくれてありがとうな。頑張れよ、フィサ」
「――――」

 それが餞別の言葉となり、フィサは死体をなるべく汚さないようヴァムテルの全身を凍らせ、その身を刀で穿った。
 大将を1人葬る、それはレジスタンス軍にとってこの上ない功績といえよう。
 しかし、そこでフィサが失ったものは、あまりにも多かった。

「……冷たい」

 目の前にあるただの氷の塊に手のひらを合わせると、フィサはポツリと呟いた。
 俯いたまま下唇を噛み締め、激情のままに涙を流すのだった。

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