悪意のTA
面会
平成二十四年七月七日。事件発生から一週間が経過した頃、合田警部は東都中央病院に入院している清水良平の元を訪れる。
個室となっている病室のベッドの上で仰向けの状態で横になる清水良平の顔付きは、絶望感によって曇っている。
「刑事さん。やっぱり美里は……」
天井を見つめる清水良平の瞳から、大粒の涙が零れた。その表情を見て、合田警部は言葉を失う。
「娘さんのことは、申し訳ないと思う。全ての元凶は七年前の事件。あの事件がなかったら、こんなことにはならなかった。今日はあなたに聞きたいことがある。九か月前、あなたはなぜ朝日奈恵子と会っていたんだ?」
「今となってはどうでもいいことだ。美里を守るために、俺はあの女と会った。娘の素行調査を依頼したら、悪い奴と仲良くしていることが分かったからな。そいつの仲間だっていう女を呼び出して、娘に近づくなって言った。だけど、奴は美里と密接に関わる。それが許せなかった俺は、あの女に呼び出された。そして拳銃で撃たれて、殺されそうになった。これが俺の知っていることだ」
淡々とした声遣いで清水良平は、刑事に説明した。
「清水美里と付き合っていたとされる男の顔は分かるか?」
「分からない。探偵に調べさせても、男の身元は分からなかった」
窓の外から暑い日差しが届く中で、清水良平はベッド上で涙を流す。
「無念だよ。美里は好きだった男に裏切られて死んだ。だから許せない。美里の気持ちを犯罪に利用した犯人が」
清水良平の言葉は、合田警部の胸に強く響く。七年前、優秀な新聞記者の汚職を知らされて、酒井忠次は殺人を犯した。現在弟子を交通事故で亡くした朝倉竜彦に、死んだ弟子が助かる方法があったかもしれないと教え、逆恨みという感情を抱かせた。清水美里は、七年前から続く想いを利用され、劇場型犯罪の演出に利用された。彼女はゴミを捨てるのと同じように、用済みと判断されたのか、殺害されてしまった。
七年前から続く一連の事件には、本来ならないはずの殺意を呼び覚ます犯人が潜んでいると合田は思った。
その犯人は、七年前と同様に、未だ逮捕されていない。
合田警部は、ある誓いを抱きながら、病室から静かに立ち去った。一連の事件を引き起こした犯人を絶対に逮捕すると。
同じ頃、菅野聖也は東京拘置所に収監されている朝倉竜彦と面会した。
菅野は囚人服姿の朝倉と視線を合わせ、尋ねる。
「あなたに大森君を殺害するよう唆した人物は、ハッキリと言いましたか? 愛澤葵だけが死ねばいいと」
「そうだよ。それで間違いない」
「愛澤葵さんとは言いませんでしたか?」
「呼び捨てだったよ。ところで、それを聞いてどうするつもりだ? 弁護士さん」
弁護士の意図の分からない質問に、朝倉竜彦は首を傾げる。
「分かりました。それではもう少し詳しく、事件について教えていただけますか?」
朝倉竜彦の弁護士となった菅野聖也は、彼の話を、慎重に聞いていた。
丁度その時、月影管理官は渋谷署に行き、頭頂部が剥げた中肉中背の警察署署長、鈴木鶴吉と署長室で顔を合わせる。
月影は早速頭を下げ、要件を述べた。
「単刀直入に申します。渋谷署の刑事課に勤務する大野達郎警部補を警視庁捜査一課に出向させたいのです。警視庁上層部は、彼がいなかったら、先日の爆弾事件は解決しなかったという結論を導きました。これからの犯罪捜査には、彼のような優秀な警察官が必要となります。いかがですか? 渋谷署の刑事が警視庁捜査一課の刑事になったとなれば、枕を高くして眠れると思いますが」
月影の説得に、鈴木は唸る。数分の沈黙が流れ、所轄署の署長は首を縦に振った。
「分かりました。本人にも話してみます」
月影は鈴木署長に頭を下げ、後方にあるドアを開けた。
          
個室となっている病室のベッドの上で仰向けの状態で横になる清水良平の顔付きは、絶望感によって曇っている。
「刑事さん。やっぱり美里は……」
天井を見つめる清水良平の瞳から、大粒の涙が零れた。その表情を見て、合田警部は言葉を失う。
「娘さんのことは、申し訳ないと思う。全ての元凶は七年前の事件。あの事件がなかったら、こんなことにはならなかった。今日はあなたに聞きたいことがある。九か月前、あなたはなぜ朝日奈恵子と会っていたんだ?」
「今となってはどうでもいいことだ。美里を守るために、俺はあの女と会った。娘の素行調査を依頼したら、悪い奴と仲良くしていることが分かったからな。そいつの仲間だっていう女を呼び出して、娘に近づくなって言った。だけど、奴は美里と密接に関わる。それが許せなかった俺は、あの女に呼び出された。そして拳銃で撃たれて、殺されそうになった。これが俺の知っていることだ」
淡々とした声遣いで清水良平は、刑事に説明した。
「清水美里と付き合っていたとされる男の顔は分かるか?」
「分からない。探偵に調べさせても、男の身元は分からなかった」
窓の外から暑い日差しが届く中で、清水良平はベッド上で涙を流す。
「無念だよ。美里は好きだった男に裏切られて死んだ。だから許せない。美里の気持ちを犯罪に利用した犯人が」
清水良平の言葉は、合田警部の胸に強く響く。七年前、優秀な新聞記者の汚職を知らされて、酒井忠次は殺人を犯した。現在弟子を交通事故で亡くした朝倉竜彦に、死んだ弟子が助かる方法があったかもしれないと教え、逆恨みという感情を抱かせた。清水美里は、七年前から続く想いを利用され、劇場型犯罪の演出に利用された。彼女はゴミを捨てるのと同じように、用済みと判断されたのか、殺害されてしまった。
七年前から続く一連の事件には、本来ならないはずの殺意を呼び覚ます犯人が潜んでいると合田は思った。
その犯人は、七年前と同様に、未だ逮捕されていない。
合田警部は、ある誓いを抱きながら、病室から静かに立ち去った。一連の事件を引き起こした犯人を絶対に逮捕すると。
同じ頃、菅野聖也は東京拘置所に収監されている朝倉竜彦と面会した。
菅野は囚人服姿の朝倉と視線を合わせ、尋ねる。
「あなたに大森君を殺害するよう唆した人物は、ハッキリと言いましたか? 愛澤葵だけが死ねばいいと」
「そうだよ。それで間違いない」
「愛澤葵さんとは言いませんでしたか?」
「呼び捨てだったよ。ところで、それを聞いてどうするつもりだ? 弁護士さん」
弁護士の意図の分からない質問に、朝倉竜彦は首を傾げる。
「分かりました。それではもう少し詳しく、事件について教えていただけますか?」
朝倉竜彦の弁護士となった菅野聖也は、彼の話を、慎重に聞いていた。
丁度その時、月影管理官は渋谷署に行き、頭頂部が剥げた中肉中背の警察署署長、鈴木鶴吉と署長室で顔を合わせる。
月影は早速頭を下げ、要件を述べた。
「単刀直入に申します。渋谷署の刑事課に勤務する大野達郎警部補を警視庁捜査一課に出向させたいのです。警視庁上層部は、彼がいなかったら、先日の爆弾事件は解決しなかったという結論を導きました。これからの犯罪捜査には、彼のような優秀な警察官が必要となります。いかがですか? 渋谷署の刑事が警視庁捜査一課の刑事になったとなれば、枕を高くして眠れると思いますが」
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