絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第十二話 暗転

 その頃マーズはアレスを駆使し、セントラルタワーへとたどり着いていた。セントラルタワーへ可視状態で向かってはあっという間に人質が殺されかねない。勿論のこと、それなりの対策が必要である。そのためにアレスに装備された不可視ポインタが役立つというわけだ。
 不可視ポインタはかの大科学者Oが開発した機能で、それを起動することでリリーファーを不可視状態へと導く。具体的には位相空間をすこしずらした位置へと運び、しかしながらそこでの動作は元いた空間に反映されるようになっている。
 つまりはこれこそ、唯一のセントラルタワーへの進撃方法ということだ。しかしながら、それが確実かといえばそうではない。セントラルタワーへいとも簡単にたどり着いた人間共だ。もしかしたら、共謀者がいる可能性すらある。共謀者によって『アレス』が来たことが解ってしまえばそれはそれでまずい。

「さてどうするか……」

 マーズはコックピットで考える。
 突入するのも、悪くはないだろう。しかしながら、それによって人質が無事でいられるか――保証はできない。
 しかしながら、それでいて躊躇っていては元も子もない。だとするならば、どうすれば良いか――マーズはその対応を考えていた。
 一歩間違えれば、人質の殆どが死ぬ。
 もしそうともなれば声を大にして来るのは他でもない、『リリーファー反対派』だろう。彼らはよくいる戦争反対派と似たような存在で、大型兵器であるリリーファーの稼働を反対している。理由としては起動従士がリリーファーに乗ることにより何らかの感染症にかかっており、それを駆動させるわけにはいかない(これはファーブル会議で提出された報告書によるものである)といったものだ。
 しかしながらこれは逆に起動従士の人権を侵害しているし、医学的証拠が見られないとして、ファーブル会議として全会一致で反対する決議とした。
 それに対して反対派は国の医学省で行われている起動従士の健康診断データが改竄されていると主張、以後現在に至るまでにヴァリエイブル帝国は反対派との長い戦いを要した。
 もしかしたらこれはティパモール独立運動に乗じたリリーファー反対派によるテロなのではないか――マーズはそう結論付けるも、結局は証拠もない持論に過ぎない。そんなことを言えば、反対派からの不信を(仮にそれが演技だとしても)買うことになるだろう。

「あぁ、面倒くさいったらありゃしない」

 しかし、そんな言葉とは裏腹に、マーズはシニカルに微笑む。

「さぁ、さっさと始めましょうか。このくだらないテロリズムを終わらせる『お遊び』を」

 そう呟いて、アレスはセントラルタワー目掛けて走り出した。
 しかしながら、今回のテロは、どのように対処するのだろうか? リリーファーの躯体は確かに巨大だ。しかし、それがそのままの姿であれば、の話である。
 リリーファーは開発目的自体が戦争の復興支援であった。なのに、現在はこうも真逆に使われている。かの大科学者“O”が生きていたら、確実に落胆することだろう。
 しかし、しかしだ。
 おかしな話ではあるが、リリーファーを所持し、戦う国の全てが『世界平和』を願っている。
 『平和の使者』のような存在だったリリーファーが今は、戦争の使い手となっている。それが表立って騒がれると困る人間もいる。だからこそ、表向きでは世界平和を騙っているのであって、それは限りなく間違いだということを、国民は知ってか知らずか生きている。
 そんなことを考えるだけで――特に必要もないことを、結局は戦うことに変わりがないということを、マーズは知っている。
 だからこそ、今回のテロは訳が分からなかった。結局は自分の理論を通そうとしているだけではないか。結局は自分が駄々をこねたいだけではないか、と。
 エゴがエゴらしく生きているからこそ、今回のテロは起きた。
 マーズはそう推測していた。

「……考えればいい話。一先ず……やるっきゃない」

 そして、マーズはコックピットにあるボタンを押した。

『――「アレス」スタイル・ヒューマノイド。起動します』

 なめらかな女性の声がコックピットに響いた。次いでコックピット内部にガシン、ガシンと機械音が響く。
 それは、アレス自身が変形していることを意味していた。
 そして、アレスは。
 二メートル程の小ささにまで変形した。

「……さあ、行きますかっ!!」


 ◇◇◇


 そのころ崇人たちは地下道の最後までたどり着いていた。
 地下道の最後はドアがあった。ドアは開けることが出来、どうやらここから入ることができるようだった。
 中にレイリックとエスティを先にいれ、崇人が最後に入る。
 中は地下鉄の整備用通路になっていて、ゴウゴウと地下鉄が走る音が響いていた。

「……ここなら、連絡が通じる……」

 そう言って崇人は通信端末を起動し、ある番号に電話をかけた。

『――もしもし。こちら「アレス」』
「……タカトです」
『……』

 電話の相手――マーズは崇人の言葉に何も答えなかった。

「先程のことはすいません。ですが、力を貸してください。あいつを、≪インフィニティ≫を僕に載せてください」
『駄目だ。まずは、テロリストたちをなんとかせねばならない。強すぎて未知数であるインフィニティを使って、どうなるか解りもしない。リスクしかないんだ。ここは任せろ』
「それじゃあ……救えないです」
『……なんだと?』

 崇人はもう一度、大きな声で言う。

「今、ある少女と共にいます。彼女は父親とはぐれてしまったようです。俺は……父親と再会させてやりたい」
『それは最終的に助けてからでいいだろう。今はどこにいるのかしらんが、見つかっていないようならさっさと逃げろ。あとは私に任せておけ』
「でも!!」
『でもじゃあない!! ちったあ信じろボケ!!』

 そう言って、マーズは強制的に電話を切った。
 崇人は切られた電話を暫く呆然と眺めていたが、その後それを仕舞い、また歩こうと――した。

「動くな」

 その声はとても、冷たかった。
 はじめは誰の声なのか、何故自分にかけられているのか認識できなかった。認識するまでは、わずかな時間を要した。

「……こっちを向け」

 ゆっくりと崇人はその命令に従う。
 そして、崇人はある風景を目の当たりにした。

「エスティ……!!」

 今まで、一緒にいたレイリックがエスティの首を締めていた。
 しかも、左手には拳銃があった。

「……おい、どういうことだよ!?」
「見たままのとおりだよ」レイリックは嘯く。「いやぁ。よく騙されてくれていたよね。なんで解らなかったんだろーなーってか。馬鹿じゃないのかね? なんで父親が見捨てるって訳の分からねえ供述を鵜呑みしているんだか。ほんとこの国の人間は戦争が続いているってのにもかかわらず、平和ボケしていると言いますか?」

 今までのレイリックのことを考えると、今話している内容はかのじょではないと錯覚してしまうほどの変わりようであった。

「……まさか、お前も」
「んあ? ああ、そうだ。私も、『赤い翼』の一員だ。さて……『インフィニティ』とか言ったな? それはなんだ。さっさとあんたの知ってること洗いざらい話してもらおうか?」
「何故だ」
「質問しているのはこっちだ!!」

 レイリックの持つ拳銃の銃口が、エスティの首筋に突きつけられる。

「……解った。とはいえ、俺も知らないことが多い。強いて言うなら、それはリリーファーであるということくらいだ」
「ほう、リリーファーねえ。そんな名前のリリーファーは聞いたことはないが……まあいい。とりあえず、あんたらには一階の人質共々来てもらおうか。とんずらされる訳にもいかないのでね」

 その言葉に、崇人は素直に頷くしか出来なかった。

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