絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第十七話 メンバー
オーバー・ベイビーという単語を聞いたことはないだろうか。名前の通り、『増えすぎた子供』という意味を持つ単語であり、それは社会現象にもなりつつある。
オーバー・ベイビーとは、要するに『捨てられた子供』のことである。子供を親が捨ててしまうのだ。しかしながら、理由は数あれどそれは宜しくないのは百も承知であるし、それを親自身も理解している。
だが、だからこそ、自らの現実と比べてみて、その結論を選択することだって、有り得るのだ。
解らなくもない。例えば、考えてみたことはないだろうか? ひどく貧しい家庭に生まれたたくさんの子供たちを、養うのは勿論産んだ親だ。だが、大量に子供を産んだことで家計が圧迫されることとなる。
その場合、OBSS――『過剰増加児童支援機構』によりオーバー・ベイビーと認定され支援されることとなる。しかしながら、その場合、彼ら彼女らの基本的人権はOBSSへと移譲される。
世間的にはOBSSはオーバー・ベイビーの管理・社会復帰に貢献しているため高い評価を得ているが、実際にはOBSSがやっていることは人道的行為とはかけ離れた行為であることは間違っていない。
そして、そんな組織だとは知らずに(もっと言うなら真逆の意味に捉えられているにもかかわらず)、そこに入れられてしまう。悲しいことではあるが、これが今のヴァリエイブル帝国の大きな『必要悪』の一つでもある。
「――というわけで、ヴァリエイブル帝国にはこのような社会問題もある。しかしながら、これが居なければもう一つの社会問題である『オーバー・ベイビー』は解消されなかっただろうし、それらの管理が怠ってしまうこともあっただろう。だが、少なくとも、この時代において、OBSSはオーバー・ベイビーの管理に続けて、仕事も分け与えている。帝国とOBSSはある種持ちつ持たれつの関係にある……ということだ」
黒板の前に立ち、教卓に置かれる教科書を見ながら、一人の男は長々としていた語りを漸く中断させた。
中断した要因は言わなくても解るくらいに簡単な事だった。授業の終了を知らせるチャイムである。
チャイムを聞いた男は小さく舌打ちをして、話を再開させる。
「うむ。もう少し区切りのいいところで終わらせたかったが、次がつっかえてしまうし仕方あるまい。今日はここまでとする。では次回は、『レギオン・ユーモルド』について詳しく行う。よく予習をしておくように」
そう言って男は教科書(といえるか怪しいほど分厚い。まるで、『辞書』だ)を抱えて教室を後にした。男はリリーファー起動従士訓練学校で『国史学』の授業担当をしているアトウェル・クバイドだった。
「だーっ……やっと終わったあ……」
崇人は授業が終わると同時に机に突っ伏した。
「タカトくんずっと寝てたじゃない……」
そう言って笑いながら、エスティはノートと教科書を机の引き出しにしまう。
「だって、歴史って使うか? 今を生きているんだからさ」
「そんなこと言ったらクバイド先生に千本ノックもとい千本ファイアされるよ?」
「そいつはきついっ!!」
崇人はそんな話をしながら、この前のことを考えていた。
自らに目覚めた、パイロット・オプション『満月の夜』。それは、即ちここに居る人間とは確実に別の存在であることが露呈したことを意味している。
「そういえば、タカトくんはちゃんと決めたよね? 大会に出るかどうか。次の授業で決めるんだよ?」
「あー……そうだったっけ。出るよ。それは約束する」
「ほんとうにっ?」
「ああ、ほんとうだ」
国王に頼まれて仕方なくではあるがな――とは言えなかった。それを言おうとしたら今回のことは全て話さなくてはならない。
ああ、スパイってのはこういう大変さがあるんだろうか。崇人はそんなことを思っていたが、スパイってのは少なくとも意味が違うということには崇人は未だに気づいていない。
「ねえねえ、一緒に出れればいいね?」
「……一緒に?」
崇人はその部分が少し突っかかった。
「そうだよ。大会に出れるのは各クラス最低三名で、団体戦とかの関係もあるから、三人固定だけれど……どんなに多くても四人までしか行けないんだよ」
エスティが言ったことは、つまり五人以上希望者が出た場合は何らかの方法で選出されるということだ。
それは困ったことになる。しかし崇人は最初から知っていたはずだった。このクラスは起動従士クラスで、起動従士になるべく入ってきた学生だらけだということを。それならば、優秀な成績を修めれば、一発で起動従士に選ばれるこの大会に出るチャンスを逃すわけがない。つまり――崇人はそこまで考えていなかったということになる。
(そいつは予想外だった。……でも、出れなかったらどうするんだ。まさか、あの国王権力で捩じ伏せて強引にとか……いや、それは流石に有り得ないか)
崇人がそんなことを考えていると、教室の扉が開かれ誰かが入ってきた。余談だが、この学校には『担任』という制度はない。代わりとして各クラスには授業補佐員が分けられており、それが担任としての役割を担っている。どうして、担任という制度が廃止されたかといえば、簡単なことである。現在、学生と学校を結ぶシステム(例えば連絡網など)は、全てスマートフォン等の情報端末にて賄われているからだ。アンケート等もこれによって取られる。しかしながら、ある例外を除いて授業補佐員がホームルーム授業として現れることがある。
それは。
「……はい、おはようございます」
授業補佐員ファーシ・アルバートは手元に持っている情報端末を見ながら、話を進める。
「君たちもここに入ったのだから知っているとは思うけれど、これから『大会』のメンバーを決めます。メンバーは最大五名までです。えーと……今年からしくみがちょっち変わったのかな? というわけでさっさと希望聞いても大丈夫かな?」
ファーシはクラスに向けて訊ねるが、クラス内で特に目立った言動は見られない。
「それじゃ、いいね。えーと、手を挙げてください」
その声と共にエスティと崇人は手を挙げた。
崇人はそれと同時にクラスを見渡す。手を挙げているのは、どうやら崇人とエスティを含め、ちょうど五人だったようだ。
「それじゃ、ちょうど五人なのでこれで確定とします。よろしいですねー?」
その言葉とともに、クラスは拍手で満たされた。
再び、崇人はクラスを見渡し先程手を挙げていた三人(崇人とエスティは除いている)とはどういう人間だったかを思い起こした。
クラスの窓際の席に座っている、金髪の男性がヴィーエック・タランスタッドだ。金髪ということはアースガルズ人の血を引いているということである。アースガルズ人はこの国では差別対象にはなっていない。だが、彼は何度か苦行を味わったらしいことはエスティらと話していてどことなく知っていた。
次に、クラス中程でスマートフォンのシューティングゲームのハイスコア更新に勤しんでいる黒髪の女性はアーデルハイト・ヴェンバックである。彼女はリリーファー実技でエスティと並ぶほどの実力を持っている。崇人は彼女が手を挙げたのを見て頼もしいと思いつつも、少し厄介だとも思っていた。
そして最後の一人が――ヴィエンス・ゲーニックである。彼は確かに実技・学修どちらも優秀ではあるが、性格に問題がある(特に崇人とはそりが合わない)。
「案外いいメンバーになったかもね?」
エスティは崇人の方に身体を寄せて、ひそひそと言った。
確かにそうかもしれない――崇人はそう答えた。
しかしながら、彼にはひとつ疑問があった。
ここまで癖の強いメンバーを、どうまとめ上げ、どう意見を一致させればいいのか――それについて、だ。
「なんとなく大変なことになりそうだけれどな……」
崇人は溜息をついて、独りごちるも、その言葉は誰にも聞こえることはなかった。
オーバー・ベイビーとは、要するに『捨てられた子供』のことである。子供を親が捨ててしまうのだ。しかしながら、理由は数あれどそれは宜しくないのは百も承知であるし、それを親自身も理解している。
だが、だからこそ、自らの現実と比べてみて、その結論を選択することだって、有り得るのだ。
解らなくもない。例えば、考えてみたことはないだろうか? ひどく貧しい家庭に生まれたたくさんの子供たちを、養うのは勿論産んだ親だ。だが、大量に子供を産んだことで家計が圧迫されることとなる。
その場合、OBSS――『過剰増加児童支援機構』によりオーバー・ベイビーと認定され支援されることとなる。しかしながら、その場合、彼ら彼女らの基本的人権はOBSSへと移譲される。
世間的にはOBSSはオーバー・ベイビーの管理・社会復帰に貢献しているため高い評価を得ているが、実際にはOBSSがやっていることは人道的行為とはかけ離れた行為であることは間違っていない。
そして、そんな組織だとは知らずに(もっと言うなら真逆の意味に捉えられているにもかかわらず)、そこに入れられてしまう。悲しいことではあるが、これが今のヴァリエイブル帝国の大きな『必要悪』の一つでもある。
「――というわけで、ヴァリエイブル帝国にはこのような社会問題もある。しかしながら、これが居なければもう一つの社会問題である『オーバー・ベイビー』は解消されなかっただろうし、それらの管理が怠ってしまうこともあっただろう。だが、少なくとも、この時代において、OBSSはオーバー・ベイビーの管理に続けて、仕事も分け与えている。帝国とOBSSはある種持ちつ持たれつの関係にある……ということだ」
黒板の前に立ち、教卓に置かれる教科書を見ながら、一人の男は長々としていた語りを漸く中断させた。
中断した要因は言わなくても解るくらいに簡単な事だった。授業の終了を知らせるチャイムである。
チャイムを聞いた男は小さく舌打ちをして、話を再開させる。
「うむ。もう少し区切りのいいところで終わらせたかったが、次がつっかえてしまうし仕方あるまい。今日はここまでとする。では次回は、『レギオン・ユーモルド』について詳しく行う。よく予習をしておくように」
そう言って男は教科書(といえるか怪しいほど分厚い。まるで、『辞書』だ)を抱えて教室を後にした。男はリリーファー起動従士訓練学校で『国史学』の授業担当をしているアトウェル・クバイドだった。
「だーっ……やっと終わったあ……」
崇人は授業が終わると同時に机に突っ伏した。
「タカトくんずっと寝てたじゃない……」
そう言って笑いながら、エスティはノートと教科書を机の引き出しにしまう。
「だって、歴史って使うか? 今を生きているんだからさ」
「そんなこと言ったらクバイド先生に千本ノックもとい千本ファイアされるよ?」
「そいつはきついっ!!」
崇人はそんな話をしながら、この前のことを考えていた。
自らに目覚めた、パイロット・オプション『満月の夜』。それは、即ちここに居る人間とは確実に別の存在であることが露呈したことを意味している。
「そういえば、タカトくんはちゃんと決めたよね? 大会に出るかどうか。次の授業で決めるんだよ?」
「あー……そうだったっけ。出るよ。それは約束する」
「ほんとうにっ?」
「ああ、ほんとうだ」
国王に頼まれて仕方なくではあるがな――とは言えなかった。それを言おうとしたら今回のことは全て話さなくてはならない。
ああ、スパイってのはこういう大変さがあるんだろうか。崇人はそんなことを思っていたが、スパイってのは少なくとも意味が違うということには崇人は未だに気づいていない。
「ねえねえ、一緒に出れればいいね?」
「……一緒に?」
崇人はその部分が少し突っかかった。
「そうだよ。大会に出れるのは各クラス最低三名で、団体戦とかの関係もあるから、三人固定だけれど……どんなに多くても四人までしか行けないんだよ」
エスティが言ったことは、つまり五人以上希望者が出た場合は何らかの方法で選出されるということだ。
それは困ったことになる。しかし崇人は最初から知っていたはずだった。このクラスは起動従士クラスで、起動従士になるべく入ってきた学生だらけだということを。それならば、優秀な成績を修めれば、一発で起動従士に選ばれるこの大会に出るチャンスを逃すわけがない。つまり――崇人はそこまで考えていなかったということになる。
(そいつは予想外だった。……でも、出れなかったらどうするんだ。まさか、あの国王権力で捩じ伏せて強引にとか……いや、それは流石に有り得ないか)
崇人がそんなことを考えていると、教室の扉が開かれ誰かが入ってきた。余談だが、この学校には『担任』という制度はない。代わりとして各クラスには授業補佐員が分けられており、それが担任としての役割を担っている。どうして、担任という制度が廃止されたかといえば、簡単なことである。現在、学生と学校を結ぶシステム(例えば連絡網など)は、全てスマートフォン等の情報端末にて賄われているからだ。アンケート等もこれによって取られる。しかしながら、ある例外を除いて授業補佐員がホームルーム授業として現れることがある。
それは。
「……はい、おはようございます」
授業補佐員ファーシ・アルバートは手元に持っている情報端末を見ながら、話を進める。
「君たちもここに入ったのだから知っているとは思うけれど、これから『大会』のメンバーを決めます。メンバーは最大五名までです。えーと……今年からしくみがちょっち変わったのかな? というわけでさっさと希望聞いても大丈夫かな?」
ファーシはクラスに向けて訊ねるが、クラス内で特に目立った言動は見られない。
「それじゃ、いいね。えーと、手を挙げてください」
その声と共にエスティと崇人は手を挙げた。
崇人はそれと同時にクラスを見渡す。手を挙げているのは、どうやら崇人とエスティを含め、ちょうど五人だったようだ。
「それじゃ、ちょうど五人なのでこれで確定とします。よろしいですねー?」
その言葉とともに、クラスは拍手で満たされた。
再び、崇人はクラスを見渡し先程手を挙げていた三人(崇人とエスティは除いている)とはどういう人間だったかを思い起こした。
クラスの窓際の席に座っている、金髪の男性がヴィーエック・タランスタッドだ。金髪ということはアースガルズ人の血を引いているということである。アースガルズ人はこの国では差別対象にはなっていない。だが、彼は何度か苦行を味わったらしいことはエスティらと話していてどことなく知っていた。
次に、クラス中程でスマートフォンのシューティングゲームのハイスコア更新に勤しんでいる黒髪の女性はアーデルハイト・ヴェンバックである。彼女はリリーファー実技でエスティと並ぶほどの実力を持っている。崇人は彼女が手を挙げたのを見て頼もしいと思いつつも、少し厄介だとも思っていた。
そして最後の一人が――ヴィエンス・ゲーニックである。彼は確かに実技・学修どちらも優秀ではあるが、性格に問題がある(特に崇人とはそりが合わない)。
「案外いいメンバーになったかもね?」
エスティは崇人の方に身体を寄せて、ひそひそと言った。
確かにそうかもしれない――崇人はそう答えた。
しかしながら、彼にはひとつ疑問があった。
ここまで癖の強いメンバーを、どうまとめ上げ、どう意見を一致させればいいのか――それについて、だ。
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