絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二十六話 胎動

 セレス・スタジアムから少し離れたところにあるティパモールという地区がある。ティパモールには地元で根付いたカミサマとして『ティパ神』が居る。モールとはペイパスの北方訛りで『街』を意味するから、つまりはティパモールとはティパ神が居る街ということになる。
 ティパモールの中心街、ヴァリーは今日も晴天だ。乾燥した気候にあるためか、晴れる日が多い。
 ところで、砂漠の中で一番困るものとは何か。
 雨である。
 雨は、砂漠ではめったに降ることはない。仮に降ったとしてもわずかだ。しかしながら、そのわずかが降るまでにかなりの時間を有する。それがあったとしても砂漠の地面は固く、水を吸い取りづらくなっている。だから、水が吸い取られることなく、高台から低地へと水が流れていくのだ。歩きやすいキャラバンルート(隊商が多く通るためにそう呼ばれている)は砂漠でも一際低い位置にあるため、そこへ水が流れ、それはまるで鉄砲水のようになる。だから、砂漠では低いところに寝てはいけないというのはそのためだ。
 ヴァリーのとある劇場、その奥でひとつのテーブルを中心として、幾人かの青年が会話をしていた。

「――戦いの時は、来た」

 白髪混じりの髪、迷彩服に身を包み、顔には大きい傷がある男は語る。

「リーダー、遂に来ましたね」

 赤い髪に、眼鏡をかけた女はそれに続く。

「先ずはどうするつもりー?」

 飄々とした出で立ちで笑いながら男は語る。

「そうだな……ほかのメンバーは一先ず、既に行動を起こした。しかし、そのどれもが失敗に終わってしまった」

 リーダーは言いながら、今までのことを思い返す。
 数多のテロを行ってきたが、どれもが軍に鎮圧され、失敗している。
 一番の被害を被ったのは、つい先日に起きたセントラルタワーでのテロ事件だろう。最終的にはテロリスト全員が銃殺刑に処され、テロ事件の次の日にはそれが執行された。今までの対処から見ればあまりにも早すぎることだった。

「……ヴァリエイブルにいる内通者とは連絡は取れていない。つまり、裏切った。まあ、もとはといえば『あちら側』の人間だ。我々もそうやすやすとあちらを信じたわけでもないし、次にあったときは処刑すればいいだけのことだ。彼らはわれらがティパ神に逆らった。ただそれだけのことなのだから」

 リーダーの言葉に、残りの二人も頷く。

「しかし……やはり問題となるのは、リリーファーをどのように制圧するか、ですが。リーダー、そのあたりは決めているのですよね?」

 女は告げる。リーダーはその言葉を待っていたかのようにニヒルな笑いを浮かべた。

「当たり前だ。……そのために、彼を呼んだのだから」

 そう言うと、リーダーは左手を差し出す。
 闇の向こうから、男が姿を現した。
 そして、男はニヤリと笑う。

「よろしく頼むぞ、ケイス・アキュラ。君が、リリーファーを制圧するキーパーソンと言っても過言ではないのだからな」
「ええ。解っています」

 リーダーの言葉に、ケイスは丁重に答える。

「では……我々の勝利を願って、乾杯と行こうじゃないか」

 テーブルにはコップが四つそれぞれの前に並べられていた。
 それをそれぞれが持ったのを確認して、リーダーは言った。

「ティパモールの独立達成を願って」

 そして、四人はお互いのコップをぶつけ合った。


 そのころ、マーズ。

「……まったく、お上も面倒くさいことばかりするんだから。これが終わったらほんとうに有給を手に入れるわよ」
「そんなお堅いこと言ってると、また皺が増えるぞー?」
「増えてないし!? まだ一個もない、うら若き乙女に向かってその言葉は!!」
「自分でいうのもどうかと思うがね……」

 マーズの隣にいるのは、マーズよりも背の高い女性だった。薄い金髪に白い肌、女性にしては長身で、しかし男性に比べれば華奢な身体はまさに女性から見れば理想のプロポーションで、世の女性が羨むほどだ。

「……で? 私にそういう話をしに来ただけですか。起動従士のフレイヤ・アンダーバードさん?」

 マーズの言葉ににしし、と笑うフレイヤ・アンダーバード。まるで悪魔のような微笑に、マーズはただため息をつくしかなかった。
 フレイヤ・アンダーバードはマーズの一年先輩だ。マーズのように『大会』で見つけられた――それを『原石』というのだが――のではなく、国に志願したことでなった『輝石』という存在である。そのためか、マーズの方が起動従士としての結びつきが強い(『原石』で入った起動従士が狗と呼ばれるのも、それが所以とされている)。

「……そうそう、一つ気になってだね。ペイパスから来たという起動従士、名前はなんて言ったかな」
「アーデルハイトさんのことかな?」
「そうそう、アーデルハイト。彼女のことだけれど、ほんとうに、信用していいものなのだろうかね?」
「……何を言っているの?」

 マーズははじめ、フレイヤが言っている言葉が理解できなかった。

「だから、アーデルハイトさんはペイパスの起動従士なんでしょ? 今までペイパスと啀み合っていたってのに、どうして急にペイパスと協力しようと思ったのかね、うちのお偉いさんは?」
「それは、ティパモールの紛争を平定するためでしょう。ティパモールの紛争が長引ければ、ヴァリエイブルは勿論のこと、ペイパスまでも被害を被るから」

 マーズの答えに、フレイヤはせせら笑う。

「いやあ、まさかそこまで普通すぎる答えをするだなんて」
「……何がおかしいのか、さっぱり解らないのだけれど」
「『原石』のくせして考えていないのかと言いたいのよ、マーズ。あのアーデルハイトに私も会った。挨拶しに来たからね。それで……確信したよ。あいつは、心が読めやしない」
「心?」

 マーズは、フレイヤの言葉で出てきたその単語をリフレインする。

「そう、心がないというわけではないと思うけれど、心が読めない。つまり、何を考えているのか、さっぱり解らないんだよ。だからこそ、不安で仕方ない。あれを、今は大会警備とか抜かして学生とともに居させているのだろう? もし、それが裏切って学生たちに危害を加え、大会を中止に追い込ませるとかしたらどうするんだ。ヴァリエイブルは世界的に非難され、国が解体されかねない。……もしかしたら、それを狙っているんじゃないか。私はそうも考えられるんだよ」
「……そうかねえ。私はそうも思わないけれど」
「あんたの絶対的自信はどこから来るのか知らないが、少しは余裕をもって行動しろよ? もし何かあったらたまったものじゃないんだから」
「心しておくよ」

 そう言ってマーズとフレイヤの会話は一旦終了した。
 通路を並んで歩くふたりは同僚には見えず、よく言っても姉妹にしか見えなかった。
 マーズはふと思い出して、フレイヤに訊ねる。

「――そういえば、フレイヤもこちらの担当なのか?」
「ああ。ティパモールの平定に、お上は相当力を入れるらしいね。だけど、ここで言う話じゃないかもしれないが、ティパモールにここまで力を入れる理由があるのか?」
「ペイパスと共同で平定し、開拓することで、互いの平和の象徴にでもするんだろう。お笑い草だ」

 マーズは冷たく告げる。

「しかし、本当にそうなのかね。ペイパスはアーデルハイトを遣わせてから、その後は何もない。いったい何を考えているというんだ、ペイパスは?」

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