絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二十九話 利点
アーデルハイトの言うとおり、エスティは勿論ヴィエンスもこれに了承してくれた。
「……確かに、安全性を考えるとチーム貸切の方が一番だろうしな」
というのが、ヴィエンスの結論だったらしい。
「まあ、結論も出たことだし……これでいいかな?」
アーデルハイトがそう言ったことで全員は小さく頷く。それを見て整備リーダーはニッコリと笑みを浮かべた。
「よしっ! それじゃ手続きするから、もうちょっと待っててね。……えーと、書類はどこいったかなあ……」
「しっかりしてくださいよ~」
エスティはそう言いながら、整備リーダーの背中を軽く叩いた。
整備リーダーはそれに気づかないようで、棚の一つ一つを捜索していた。
「……リーダー……、これ」
そこに、薄幸そうな少女が通りかかった。格好が整備士と同じなので、彼女もまた整備士なのだろう。
レモンイエローのポニーテールがキャップからはみ出ていた、少女だった。目はクリッとしていて丸く、色白の肌がその髪と相まっていた。
「……あら、これ」
手に持っていたものをリーダーは見て、言う。
「これ、チーム貸切の許可書じゃない。どうしてあなたが?」
「さっきリーダーが、足りなくなったから大会本部に貰いに行ってと言われましたから」
「ああ、そうだったわね。ありがとう。ご苦労さま」
そう言って少女から書類を受け取る。
少女は小さく頭を下げて、その場から立ち去った。
「……まあ、一先ずいただけたので、これを使ってください。えーと、チームメンバーの名前だけ書けばまったくもって問題はないので」
「ああ。了解です」
そう言って、崇人が代表して受け取る。ペンも受け取り、全員のメンバーの名前を書く。そして、それを整備リーダーに渡した。
「はいはい! これでオッケーだから。私の方で出しておくからね。それじゃ、大会の試合をお楽しみに!」
そう言ってこちらに手を振り、整備リーダーは走ってどこかへ向かっていった。
「……まあ、結局これで決まってしまったということで……。もしかして、ほかの誰かで別のリリーファーにした人がいるかな? いないかな?」
アーデルハイトが訊ねると、ほかのメンバーは特に反応もなかったので、つまりは誰もリリーファーをほかに決めていなかったことになる。ある意味好都合だったわけだ。
それを見て、アーデルハイトはほっと一息つく。
「いやあ、もしこの中に『何か俺は別のリリーファーを見つけたぜ!』って人がいたらどうしようかなあ、とかおもっていたけれど、みんなこのリリーファーが好きになったということで! よかったね、エスティ!」
「え!? え、ええ……」
エスティは自分の名前が突然呼ばれたので驚いていた。無理もない。
「一先ず決まったことだし、一度集まって今後のことを話し合ったほうがいいだろう」
アーデルハイトの言葉に従い、エスティたちは一度部屋へ戻ることとした。
部屋に戻り、崇人は鏡を見る。自分の顔は疲れてはいないようだった。崇人はこの数ヶ月ですっかりこの体に慣れてしまった。それは人間の普通のようにもみえて、恐ろしくも思えた。
もうこのままなのだろうか――崇人は思い、自らの頬を触る。それはつい数ヶ月前ならばありえない感触だった。
だが、生きている。ここがどんな世界なのか漸く理解できた頃だが、それでも生きている。それだけでも、まだ救われているのかもしれないと崇人は思った。
「タカトー? 急がないと会議始まっちゃうよー?」
トントンとノックしたのはエスティだった。
「ああ、わかった。急いでいくよ」
そう言って、崇人は部屋を後にした。
部屋を出て、会議を行うのは各フロアにひとつずつ存在するミーティングルームだった。ミーティングルームには円形のテーブルがあり、そこに並ぶように椅子が置かれていた。すでに崇人とエスティ以外の全員が着席しており、崇人とエスティは隣同士に座った。
「……それじゃ、これから会議を始める。アリシエンス先生はすでに大会側……恐らく『オプティマス』の活動だと思うのだけれど、それに向かった。というわけで、私が指揮をとることにする」
「ちょっと待てよ。どうしてアーデルハイト……あんたが指揮権を握っているんだよ。ここは俺がやるべきだろ」
「ヴィエンスと言ったかしら。どうして、あなたがリーダーになれるのかしら? 私は先生に直々と言われたのよ?」
そうアーデルハイトが言うと、ヴィエンスは舌打ちをする。諦めたらしい。
「……話を戻す。一先ず、リリーファーは先程のことのとおり、『ベスパ』になった。あれはスタンダードであり、あの鶏冠が一番の武器だ。それで各人にはそれを活かす戦い方を推奨する。それが一番戦いやすいだろうからな」
アーデルハイトの言葉に全員が頷く。確かに、彼女の言うことは最もだった。鶏冠は強力な武器になると、あの整備リーダーも言っていた。彼女の言うことを聞くのならば、それを使うのが道理だろう。
「だが、一つだけ問題が発生する」
そう言って、アーデルハイトは話を展開していく。
「鶏冠は確かにいい攻撃のポイントとなる。だが、それは相手にも解りやすい。いや、自明な点だ。それをメインで攻撃していけば、確実に攻撃パターンは読まれるだろう」
「そりゃそうだな。俺が敵ならそうやってる」
そう返したのは、ヴィエンスだった。
「……そうだ。ヴィエンスも言ったとおり、この鶏冠はこのチームにとって利点であり欠点であり弱点である。だから、それをどう乗り越えていくか、考えなくてはならない。……そのためにも、ここで話し合おうではないか」
「それでみんなで仲良く同じ対処法をとろうってか? ふざけてる」
ヴィエンスはそう言って机を叩いた。直ぐにアーデルハイトがそれに応える。
「違う。そう言う意味ではない。ただ、三人揃えば文殊の知恵とも言うだろう」
「なら俺はここには要らないな。なぜならここには俺を含めて五人居る。俺がいなくても四人だ。文殊の知恵は出てくるだろ」
そう言ってヴィエンスは立ち上がり、ミーティングルームを後にした。アーデルハイトは後を追いかけようとしたが、それよりも早かった。
アーデルハイトはしょうがないと一つため息をつき、言った。
「……集まってもらって申し訳ないんだが、明日の対戦相手を君たちに伝えてから、解散としよう。各自、それなりの方法を考えておいてくれ」
そう言ってから、アーデルハイトはそれぞれの対戦相手を言っていく。なぜ知っているのか――と崇人は訊ねたが、「アリシエンス先生から聞いた」の一点張りだった。大方、どこからか圧力があるのだろう。
そして、彼女が言った対戦相手は次のとおりだった。
崇人とは、北ヴァリエイブルのアレクサンダー・ヴェロカーロック。
ヴィーエックとは、西ペイパスのアロイス・ケーヘナ。
アーデルハイトとは南ヴァリエイブルのエリーゼ・ポンラジュア。
エスティとは東ペイパスのバルバラ・ボンターニュ。
そして、ヴィエンスとは北ヴァリエイブルのフランシスカ・リキュファシュアとなった。
どれも崇人たちが知らない名前であった。
それが終わり、アーデルハイトは席を立ち上がり、言った。
「それじゃあ! 明日から大会の予選が始まる! 張り切って行こうではないか!」
その声に、全員は拍手をあげた。
崇人たちがそういうミーティングをしていた頃。
「……マーズ。ちょっとまずい情報が入ってきたわ」
ティパモール近郊にあるとある民家は、カモフラージュしたものとなっており実際には軍の基地となっている。その基地の奥、司令室で指揮を取るマーズにフレイヤが告げる。
「それは私の名前と『まずい』をかけた高度なギャグのつもりかしら」
「そういうわけじゃないわ! ……ったく、ちゃんと聞いてよね」
そう言って、フレイヤは目の前に資料を突きつける。
「……これは?」
「これは『赤い翼』のメンバープロフィール。まあ、詳細な事は書いていないけれど。出動するかもしれないから、顔くらいは覚えておいて」
「……まさか」
漸くマーズも何かに気づいたらしく、顔を青くする。
「そのとおりよ」
対して、フレイヤは真剣な面持ちで言った。
「――『赤い翼』が行動を開始した。恐らく……目的地はセレス・コロシアム」
「……確かに、安全性を考えるとチーム貸切の方が一番だろうしな」
というのが、ヴィエンスの結論だったらしい。
「まあ、結論も出たことだし……これでいいかな?」
アーデルハイトがそう言ったことで全員は小さく頷く。それを見て整備リーダーはニッコリと笑みを浮かべた。
「よしっ! それじゃ手続きするから、もうちょっと待っててね。……えーと、書類はどこいったかなあ……」
「しっかりしてくださいよ~」
エスティはそう言いながら、整備リーダーの背中を軽く叩いた。
整備リーダーはそれに気づかないようで、棚の一つ一つを捜索していた。
「……リーダー……、これ」
そこに、薄幸そうな少女が通りかかった。格好が整備士と同じなので、彼女もまた整備士なのだろう。
レモンイエローのポニーテールがキャップからはみ出ていた、少女だった。目はクリッとしていて丸く、色白の肌がその髪と相まっていた。
「……あら、これ」
手に持っていたものをリーダーは見て、言う。
「これ、チーム貸切の許可書じゃない。どうしてあなたが?」
「さっきリーダーが、足りなくなったから大会本部に貰いに行ってと言われましたから」
「ああ、そうだったわね。ありがとう。ご苦労さま」
そう言って少女から書類を受け取る。
少女は小さく頭を下げて、その場から立ち去った。
「……まあ、一先ずいただけたので、これを使ってください。えーと、チームメンバーの名前だけ書けばまったくもって問題はないので」
「ああ。了解です」
そう言って、崇人が代表して受け取る。ペンも受け取り、全員のメンバーの名前を書く。そして、それを整備リーダーに渡した。
「はいはい! これでオッケーだから。私の方で出しておくからね。それじゃ、大会の試合をお楽しみに!」
そう言ってこちらに手を振り、整備リーダーは走ってどこかへ向かっていった。
「……まあ、結局これで決まってしまったということで……。もしかして、ほかの誰かで別のリリーファーにした人がいるかな? いないかな?」
アーデルハイトが訊ねると、ほかのメンバーは特に反応もなかったので、つまりは誰もリリーファーをほかに決めていなかったことになる。ある意味好都合だったわけだ。
それを見て、アーデルハイトはほっと一息つく。
「いやあ、もしこの中に『何か俺は別のリリーファーを見つけたぜ!』って人がいたらどうしようかなあ、とかおもっていたけれど、みんなこのリリーファーが好きになったということで! よかったね、エスティ!」
「え!? え、ええ……」
エスティは自分の名前が突然呼ばれたので驚いていた。無理もない。
「一先ず決まったことだし、一度集まって今後のことを話し合ったほうがいいだろう」
アーデルハイトの言葉に従い、エスティたちは一度部屋へ戻ることとした。
部屋に戻り、崇人は鏡を見る。自分の顔は疲れてはいないようだった。崇人はこの数ヶ月ですっかりこの体に慣れてしまった。それは人間の普通のようにもみえて、恐ろしくも思えた。
もうこのままなのだろうか――崇人は思い、自らの頬を触る。それはつい数ヶ月前ならばありえない感触だった。
だが、生きている。ここがどんな世界なのか漸く理解できた頃だが、それでも生きている。それだけでも、まだ救われているのかもしれないと崇人は思った。
「タカトー? 急がないと会議始まっちゃうよー?」
トントンとノックしたのはエスティだった。
「ああ、わかった。急いでいくよ」
そう言って、崇人は部屋を後にした。
部屋を出て、会議を行うのは各フロアにひとつずつ存在するミーティングルームだった。ミーティングルームには円形のテーブルがあり、そこに並ぶように椅子が置かれていた。すでに崇人とエスティ以外の全員が着席しており、崇人とエスティは隣同士に座った。
「……それじゃ、これから会議を始める。アリシエンス先生はすでに大会側……恐らく『オプティマス』の活動だと思うのだけれど、それに向かった。というわけで、私が指揮をとることにする」
「ちょっと待てよ。どうしてアーデルハイト……あんたが指揮権を握っているんだよ。ここは俺がやるべきだろ」
「ヴィエンスと言ったかしら。どうして、あなたがリーダーになれるのかしら? 私は先生に直々と言われたのよ?」
そうアーデルハイトが言うと、ヴィエンスは舌打ちをする。諦めたらしい。
「……話を戻す。一先ず、リリーファーは先程のことのとおり、『ベスパ』になった。あれはスタンダードであり、あの鶏冠が一番の武器だ。それで各人にはそれを活かす戦い方を推奨する。それが一番戦いやすいだろうからな」
アーデルハイトの言葉に全員が頷く。確かに、彼女の言うことは最もだった。鶏冠は強力な武器になると、あの整備リーダーも言っていた。彼女の言うことを聞くのならば、それを使うのが道理だろう。
「だが、一つだけ問題が発生する」
そう言って、アーデルハイトは話を展開していく。
「鶏冠は確かにいい攻撃のポイントとなる。だが、それは相手にも解りやすい。いや、自明な点だ。それをメインで攻撃していけば、確実に攻撃パターンは読まれるだろう」
「そりゃそうだな。俺が敵ならそうやってる」
そう返したのは、ヴィエンスだった。
「……そうだ。ヴィエンスも言ったとおり、この鶏冠はこのチームにとって利点であり欠点であり弱点である。だから、それをどう乗り越えていくか、考えなくてはならない。……そのためにも、ここで話し合おうではないか」
「それでみんなで仲良く同じ対処法をとろうってか? ふざけてる」
ヴィエンスはそう言って机を叩いた。直ぐにアーデルハイトがそれに応える。
「違う。そう言う意味ではない。ただ、三人揃えば文殊の知恵とも言うだろう」
「なら俺はここには要らないな。なぜならここには俺を含めて五人居る。俺がいなくても四人だ。文殊の知恵は出てくるだろ」
そう言ってヴィエンスは立ち上がり、ミーティングルームを後にした。アーデルハイトは後を追いかけようとしたが、それよりも早かった。
アーデルハイトはしょうがないと一つため息をつき、言った。
「……集まってもらって申し訳ないんだが、明日の対戦相手を君たちに伝えてから、解散としよう。各自、それなりの方法を考えておいてくれ」
そう言ってから、アーデルハイトはそれぞれの対戦相手を言っていく。なぜ知っているのか――と崇人は訊ねたが、「アリシエンス先生から聞いた」の一点張りだった。大方、どこからか圧力があるのだろう。
そして、彼女が言った対戦相手は次のとおりだった。
崇人とは、北ヴァリエイブルのアレクサンダー・ヴェロカーロック。
ヴィーエックとは、西ペイパスのアロイス・ケーヘナ。
アーデルハイトとは南ヴァリエイブルのエリーゼ・ポンラジュア。
エスティとは東ペイパスのバルバラ・ボンターニュ。
そして、ヴィエンスとは北ヴァリエイブルのフランシスカ・リキュファシュアとなった。
どれも崇人たちが知らない名前であった。
それが終わり、アーデルハイトは席を立ち上がり、言った。
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その声に、全員は拍手をあげた。
崇人たちがそういうミーティングをしていた頃。
「……マーズ。ちょっとまずい情報が入ってきたわ」
ティパモール近郊にあるとある民家は、カモフラージュしたものとなっており実際には軍の基地となっている。その基地の奥、司令室で指揮を取るマーズにフレイヤが告げる。
「それは私の名前と『まずい』をかけた高度なギャグのつもりかしら」
「そういうわけじゃないわ! ……ったく、ちゃんと聞いてよね」
そう言って、フレイヤは目の前に資料を突きつける。
「……これは?」
「これは『赤い翼』のメンバープロフィール。まあ、詳細な事は書いていないけれど。出動するかもしれないから、顔くらいは覚えておいて」
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