絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第五十話 思惑


 アーデルハイトは『アルテミス』の中でひとり考えていた。
 一先ずは、コロシアム内に侵入する手段を考えなければならない。
 そして、国は国民に危険が及んでいたとしても、そんなことはどうだっていい。つまりは、『ドンパチやれ』と言っていたということになる。
 そのことに、アーデルハイトは憤慨していた。
 一人の生命はどんなものよりも重い、と述べた評論家が居る。今、それを考えれば確かにそのとおりであった。
 にもかかわらず、国はその人命を軽視していた。ヴァリエイブルだけではない。ペイパスもおそらくはその意見に同調しているのだろう。でなければ、アーデルハイトをヴァリエイブルへ連れて行くことなど有り得ない。
 アーデルハイトはその政策に、断じて従おうとは思わなかった。
 それを変えようと、彼女は思っていた。
 だが、そう簡単には世界はうまく回ってくれなかった。

「……世界ってのは、どんだけ卑屈に回っているんだ。こんなもの……」

 彼女は、この世界は果たして必要なのかとすら考えてしまうこともあった。
 だが。
 彼女は一線を知っていた。この一線を超えてしまえば、自分は人間として生きていくことは出来ないであろうという境界線を、彼女は知っていたのだ。
 だからこそ。
 彼女はそのときを待っていた。
 そして、彼女は起動従士となり、戦場へと駆り出されるようになった。
 そして、彼女はヴァリエイブルへ出向き、『最強のリリーファー』を操縦できる少年と出会った。


 ――彼を私のもとに置けば、世界を変えることができるかもしれない。


 そんな思惑を、彼女が考えていることは、誰も知らない。


 ◇◇◇


 午前十一時二十七分。
 その日の天気は快晴だった。
 雲一つない、青空だった。
 何かイベントを開催するならば、絶好な日和であるが、セレス・コロシアムにはそのような雰囲気は一切見られていない。
 セレス・コロシアムの中心にある闘技場には、円になって、『大会』を見るために早く来ていた観客が集められていた。 
 そして、その周りには『赤い翼』の面々がそれを監視していた。

「なんか下手な真似してみろ。直ぐさまここに居る全員をこのコイルガンで殺してやる」

 リーダーは強かな口調でそう言った。
 そして、それを聞いて一瞬観客はざわついたが、直ぐに静かになった。コイルガンの砲口を観客に向けられたからである。

「そうだ、静かにしていろ。それならば、いつかはお前らも普通に解放してやる。静かにしていれば、の話だがな」

 そう言って、リーダーはニヒルな笑みをこぼした。


 その頃、崇人はエスティとともに廊下を走っていた。

「もしかして、アーデルハイトとかは倉庫に行ってるんじゃなくて」

 というエスティの言葉を元に、彼らは地下の倉庫へと向かっていた。

「確か地下の倉庫には、アーデルハイトの乗るリリーファーがあったはずだ。もし『赤い翼』に見つかっていないのならば、彼女はそれに乗り込んでいるはずだ」
「そうね。……彼女が無事に乗れていればいいけれど」

 エスティはそんなことを呟きながら、さらに廊下を駆けていった。


 ◇◇◇


 システム・ウィンドウ、オープン。
 キャビネット、『インフィニティ計画プロジェクト』オープン。
 キャビネット、アリス・シリーズ、オープン。
 キャビネット内部の全ファイルを参照。
 ネクスト、ロード。
 ロード。
 ロード。



 反応がありません。時間を少し待ってからもう一度ご利用ください。



 システムから切断しています……
 システムから切断しています……
 システムから切断しました!



 それが表示されたスマートフォンの画面を見て、ケイス・アキュラは舌打ちした。

「やはりセキュリティは固いか……」

 そう言って、スマートフォンをポケットに仕舞った。

「人間を見張っておけとか言われていたけど……、まさかこんなことになっているだなんてなあ。やっぱり人間と協力なんてしちゃダメなのかな?」

 ケイスの背後には、一人の少女が立っていた。
 その少女は目は赤で、それ以外の凡てが白かった。まるで、兎のようだった。

「『白ウサギ』……! お前がどうしてここに!!」
「さっすがに『シリーズ』の名前とかは理解しているか。ならば、能力は……どうかなっ!?」

 そう言うと、白ウサギは小さく何かを呟いた。
 刹那、空間が歪んだ。
 そして、その空間は緑で出来た迷路だった。壁は草木で出来ていて、床も草原となっていた。

「……ここは……?」
『私の能力、「不可思議世界イマジン・ワールド」!』

 ケイスが呟くと、空から声が聞こえてきた。それは白ウサギの声だった。
 白ウサギの話は続く。

『どこから何が飛び出すか、まったくもって解らないよ。あなたはそれでも進むのかな!? ああ、そうだった。この世界を抜け出すには、私が絶対不可欠だから。私を倒すか、私をあなたの仲間にするか、その何れか。まあ、せいぜい頑張ってね』

 そう言って、白ウサギの話は終わった。
 ケイスは小さくため息をついた。

「少し深く追いすぎたかな……」

 ケイスは『シリーズ』に仕えていた、謂わばスパイである。
 しかし、それも彼自身の目的があってこそ、であった。
 だが、それすらも既にバレていたということは、彼も今理解した。

「凡ては……手のひらに踊らされているに過ぎない、ってことか……」

 ケイスはそう呟いて、通路を駆け出した。


 ……と、最初こそは勢いづけたものの、ケイスは今迷子になっていた。どうやら彼は迷路がめっぽう苦手だった。
 迷路というのは、如何に頭を使うかが攻略法などではない。
 既に先人たちが発見している幾つかの攻略法を適用すればいいだけだ。
 例えば、右手法は、壁に右手をついて歩けば、いずれは出口へたどり着くというものである。だが、この場合迷路のスタートが迷路の中に存在しているため、この方法は使えない。
 トレモーのアルゴリズムというのがある。所謂、シラミ潰しというやつだ。チョークなどで目印をつけ、それによってシラミ潰しにゴールを探すという方法だ。手間はかかるが、この方が確実にゴールへたどり着くことができる。
 ケイスは後者の方法を選択し、手に持っていた手頃な大きさの石でガリガリと地面を掘っていった。
 地面を掘り、大きくバツ印をつける。これがスタート地点の目印となる。

「……さて、行くか」

 そして、今度こそ第一歩を踏み出したのであった。
 そして、それを空から見上げる白ウサギはシニカルに微笑んだ。

「なんだかなあ。スタートでもないスタート地点もどきでそんなん描いても迷子になるだけだって。……まあ、本物のスタート地点には何も描いていないし、それだけはいいのかな」

 白ウサギはつぶやくと、手に持っていたクッキーの袋から一つ、チョコチップが入ったクッキーを取り出して、それを口に頬張る。

「……まあ、精々足掻くといいよ。この迷路は、『ぜったいに出口は見つからない』んだから」

 その言葉は、勿論ケイスには届くことはない。


 ◇◇◇


「白ウサギは人間を倒しに行ったらしいね」

 荒野で、帽子屋とハンプティ・ダンプティが会話をしていた。

「そうだね。特に、あの人間は『あいつ』の息子らしいが、どう出るか」
「別に畏怖する対象でもないだろう? 大魔法師ライト・アキュラの息子だなんて、別に才能がそのまま遺伝するわけでもないんだ」
「だが、彼は学校の成績はダントツでトップだ」
「学校という仕組みにちょうどあったスタイルだっただからだろう。それに、人間が決めた基準ってのはどうも胡散臭い。百聞は一見に如かずとも言うじゃないか。そのデータを百回聞くより、実際に見た方がいいんだよ」
「それもそうだな」

 ハンプティ・ダンプティはそう言って、荒野にあったそこにあるのが不自然と思える程の四角い石に腰掛ける。

「……まあ、彼女に任せればいいだろ。彼女の世界から抜け出すことは、シリーズにだって難しい。出れないか、彼女の下僕として一生を終えるか、何れかだよ」
「それもそうだ」
「彼がもし僕らの仲間に正式になれば、それはいいチャンスだ。なにせ、そういう資質がある。魔法を使えるという優れた媒体がある。あとはそれを応用させていけば……最強の魔法師が作れるはずだからね」

 帽子屋が何を考えているのか、たまにハンプティ・ダンプティですら解らない時があった。
 だが、今のところ、彼の行うことは『シリーズ』に利を与えるものだと判断している。だからこそ、彼の意見に賛同し、協力しているのだ。

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