絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第六十三話 提案

「なんだ、つまりは結局知らないってことじゃないか」

 崇人がマーズの答えを聞いて、ぶつくさ言う。
 しかし、マーズの反応は冷ややかなものだった。

「知らないよ、そりゃ。だって、あの街は言論統制が当たり前の街だ。カーネルに入るにはパスポートで入国審査よろしく入『街』審査を行うからね。まったく、あの街はただのヴァリエイブル帝国領カーネルではない。もはや、『カーネル』という国にすらなっているよ」

 マーズはそう言ってため息をつく。

「カーネルってそこまで権力が一国家ほどに強いんですか?」

 次に訊ねたのはエスティだった。

「だって、そうじゃない。最新鋭のリリーファーを作る唯一の研究所がある都市よ。一国家と対等に対話できるのだから、それなりの権力があっても間違いではないわ」
「一国家と対等な権力を持つ都市……それだけ聞けば恐ろしいですね」

 エスティがマーズの言葉を聞いて、思わず身震いさせた。
 機械都市カーネルという場所の恐ろしさ。
 尊敬と畏怖の念を込めた各国と、ラトロを含むカーネルとのせめぎ合いが最近活発化しているのも目を見張るところだ。
 ふと、崇人は外を眺める。
 外は煙を吐く煙突が犇めきあっていた。煙突を見て、漸く首都とは違った場所に出たのだと、崇人は察する。

「この辺は新興の工業都市だよ。名前はララーニャ。けれど、ここの工場から出る煙がひどいって噂でね。鉱毒もそれなりにあるらしいよ」
「それなり、って……。鉱毒は『それなり』で片付けられるほど曖昧な問題でもないと思うがな」
「そういうもんよ。時に人は人を傷つける。自分の利益のために、他人の利益を平気で奪う人間がいる。世の中ってのはね、奪うものと生み出すものがいるの」

 マーズの言い分も尤もだが、それは少々抽象的な考えだろうと崇人は考える。
 ララーニャについて崇人が昔から知っているわけでもないが、この都市が工業都市になって経済が潤ったのも事実だろう。
 経済が潤うことで、富を得るのもまた真理だ。
 そしてそれを手にするのも道理だ。
 どこだかの経済学者が『人口は幾何級数的に増加するが、富は算術級数的にしか増加しない』などと言っていたのを崇人は思い出す。確かにそうだとするならば、社会制度の改良だけではそれを改善することは出来ないだろう。
 人類みな幸福を提言する宗教のチラシを、この世界に来て見た記憶がある。
 しかし幸福というのは決まっている量であり、それを増やそうとしてもそう簡単には増えない。しかし人間というものはあっという間に増えてしまう。崇人の居た世界の、崇人の住んでいた国では出生率が1.40人を切っていても世界的な出生率は非常に高いから、それでも幸福の平等な分散とは程遠いものになる。
 幸福の平等な分散は、世界にあるいまだ解かれ得ない問題の中の一つに数えられている。その解決方法は経済学者が何度も解こうと努力しているが、いい結果には至っていない。

「……おっと、」

 マーズが不意に立ち上がったので、崇人はふとそちらを見た。
 マーズは失笑しながら、後方へと歩いていく。

「どうやら、鼠が迷い込んでいたようね」

 そして、後方にある運転席の扉を容赦なく開いた。
 そこに居たのは、ひとりの人間だった。そして、その姿は崇人とエスティには見覚えのある人間だった。

「ケイス……!?」

 エスティはそう言ってケイスにゆっくりと近づいていく。

「君たちを騙していたつもりはない。僕は、ケイス・アキュラであるが、君たちに見せているあの姿は仮の姿だよ。この姿こそが……僕の本当の姿だ」
「……どういうことよ」

 エスティの声は無意識のうちに震えていた。
 対して、ケイスはこれ見よがしと言わんばかりの顔をして答える。

「僕はね、『新たなる夜明け』というテロ組織のメンバーだ。おっと、けれど君たちと争う気はない。戦闘経験の豊富な面々が居るのに、僕が単身戦うとなればその結果は戦わずしても解るだろうしね。無駄な戦いは好まないんだ」

 ケイスは呟く。

「……何がのぞみだ?」
「さっすが。騎士団長は、話が早いね」

 崇人の言葉に、ケイスは軽く受け答える。

「じゃあ、単刀直入に言うよ。提案だ。これは、希望ではなくあくまでも提案ということになる。それをキチンと理解していただけると有難い」
「了解した」
「ありがと。それじゃあ、話せてもらうよ。我が『新たなる夜明け』は『ハリー騎士団』と協力関係を結びたい。特に、今回の機械都市カーネルに関連する戦いに関して……という但し書きが必要となるけれど」

 その言葉を聞いて、崇人の顔が強ばった。

「……そもそもの話をしていいか。『新たなる夜明け』とは、一体何者だ? いや、なんの組織だ?」
「僕ら『新たなる夜明け』は君たちがティパモールで戦った『赤い翼』の別組織……大きい捉え方をするならば、残党と言ったほうがいいかもしれないね」
「赤い翼の残党? それでよく俺たちが応じるとでも思ったな」
「残党はあくまでも大きなカテゴリーだと言っただろう。別組織、だ。赤い翼はあれほどの人数がいるが、そもそもひとつの組織として磐石にあったわけではない。赤い翼は幾つかの小さな組織が集まって出来たものだ。ヴァリエイブルと似たようなものだよ。その中でも、ティパモールに強い執着を持ちながら故郷を捨てる計画を立てていたのが、あいつの赤い翼だ。僕たち『新たなる夜明け』はティパモールに執着はしているが、それでもヴァリエイブルとの共存を目指すために何とかしている。強いて言うなら赤い翼とは真逆の立ち位置にある組織だ」
「逆の立ち位置……そう言われて信じるとでも思うのか。まずそちらの手の内を明かしてもらわなくては……。なぜ、ハリー騎士団と組もうと考えた?」

 崇人が訊ねると、ケイスは一枚の紙を取り出した。そこには何か絵が描かれていた。
 それは小さな箱だった。箱は真ん中でセパレートされており、その中には小さなボールが置かれている。

「……これは?」

 崇人はこの不可思議な絵に興味津々となり、訊ねる。

「これはカーネルが開発した最新鋭のリリーファーエンジンだと言われている。このボールと箱の素材は反発係数が弄られており、これによって無限のエネルギーを生み出すことができるという」
「永久機関だと!? 馬鹿な……、そんなものがあるというのか……!?」

 崇人はそれを聞いて、思わず電車の真ん中に置かれている簡易テーブルを叩いた。絵がふわりと浮かんだ。

「ピークス-ループ理論に聞き覚えはないかい?」

 その言葉を崇人とマーズを除くハリー騎士団の面々は聞いたことはなかった。
 そして、その言葉を聞いたことのあるマーズが呟く。

「ピークとなる値をループさせることで、エネルギーを循環させ、かつエネルギーをその循環により増やしていく理論……だったかな。あくまでも人伝えに聞いただけに過ぎないがな」
「そのとおり。そして、ピークス-ループ理論を導入したエンジン、それがこれ。――PR型エンジンだよ」

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