絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第六十九話 現状把握

 スラム街の一つのバラックに、それはあった。
 ビッグサイズの4WD車だ。前は綺麗な赤色だったのだろうが、土埃をきちんと落としていない(もしくはわざと落とさなかった)ためか色は赤茶色になっていた。
 そういえば崇人はこういう車を元の世界でも見たことがあったように思えたが、しかし今はそれを考えている時間などない。
 運転はヴァルトに任せ、崇人は助手席に乗り込む。マーズ、エスティ、ヴィエンスが真ん中、後ろの方にエルフィー、マグラス、ウルが乗り込んだのを確認して、漸く車が発進する。

「しかしまあ……この車は、よく動くな。エンジンが至極調子いいぞ」

 運転席に座るヴァルトはそう言って、鼻歌を歌い始めた。崇人は頷いて、窓から外を眺めた。
 外は、直ぐにスラム街から離れ、徐々に町並みが広がっていく。
 町並みはスラム街と比べれば恐ろしい程違っている。高層ビルが立ち並び、道路には針葉樹が等間隔で植えられている。街を歩く人たちはどれも高級そうな服に身を包んでおり、この都市の格差がひと目で理解できる。

「酷いな」

 ぽつり呟くと、ヴァルトがそちらに目をやる。

「なんだ。今更気がついたのか。ここの酷さに」
「……逆に、気がついていたというのか?」
「当たり前だ。何もこの街凡てが平等的に豊かさを共有しているなんてそんなことは有り得ない。それこそ資本主義から反する。君も勉強を本分としている学生ならば、それくらいは理解していて当然の事であると思うのだがね」
「知っているさ。ああ、勿論知っているよ。人間は幾何級数的に増加するが、食物は算術級数的にしか増加し得ない。まあ、つまり極論をいえば、人間は生活の最低基準の食物しか得ない部分までも増え続けてしまうことを意味している、学説のことだったかな」
「それくらいを知っているなら、君は私の言葉を充分に理解していると、考えていいかな?」
「まあ、いいだろうな。間違えてはいないだろう」

 崇人がそう言って鼻を鳴らす。ヴァルトは目の前にある高い尖塔を指差した。

「あれが見えるかい?」
「ああ」
「あれはこのカーネルを統べている『ラトロ』の中心管理施設だよ。名前はユグドラシルタワー。なんでも世界を分けた樹の名前をいうらしいが……まあ、ああいう高い塔を建てて権力の象徴とすることはよくあることだが、それでも悪趣味であることは、誰がどう見ても百発百中であるよね」

 ヴァルトはそう言って、ポケットから何かを取り出した。

「手、出して」

 その言葉の通り、崇人は両手を出した。それを見て、ヴァルトは崇人の手に何かを落とす。
 それは、紙を折りたたんだ何かだった。
 それを見て崇人は、その紙を開いていく。

「これは……?」

 崇人はそこに書かれている中身を見て、すぐにはっきりとした反応を示すことは出来なかった。
 崇人の反応を見て、後部座席に居たエスティがそれを取る。
 エスティがそれを見て――目を疑った。

「ヴァルト……さん、これって……」
「リリーファーがこの世界で開発されている、凡てをラトロで行っている。では、そのラトロが……もし、開発を中止し、独立するなんて事態に発展したとするなら、それは世界そのものを壊しかねないだろうね」
「ラトロの目的は……そういうことだと、いうのか……!」
「そうだ。そしてそれで困るのは今の時代、それで恩恵を受けている人たちだ。この『新たなる夜明け』のような組織だってそうだ。私たちは表では傭兵派遣サービスを行っているからね。それが貴重な財源ともなっているわけだ。……それはさておき、戦争がなくなる事はないにしろ、急にリリーファーでの戦争が出来なくなれば困る人間は得する人間の比じゃないということだ」
「なのに、彼らはそれを実行しようとしている?」
「ああ。大方、自分たちが時代の革新者にでもなろうと思っているのかもしれないな。そんなことをしたとしても、時代は勝手に変わってくのに、だ。この時代だってそうだぞ? 例えば野菜が今こそは豊富にあるが、これが暫く続けば野菜が無くなってしまうかもしれない。そうなったら、野菜に代わる新たなものを作るか、見つけねばならない。……それがそう簡単には出来ないだろう? つまりはそういうことだよ、彼らは『賭け』に出ている。『世界を変えることができる』という方に、ね」
「世界を変える、ねえ……。なんとも陳腐な考え方だとは思うけれど」

 崇人はまだ、顔を外の方に向けたままだった。
 マーズが小さく顔を顰めて、カバンから何かを取り出した。

「あっ、それって」
「腹が減っては戦は出来ないからな。レーションは常に持っている。だが、このレーションがまったくもって、不味い。一言で言うならば、不味い。どれくらい不味いかっていうと……まったく味の比較が出来ない。そうだな、消しゴムを食っているような感覚だ」
「食べる気失せるわ!」
「ああ、タカト。だが、心配しないでくれ。仮にも私はリリーファー起動従士だ。それなりのレーションをもらっているし食べている。別にグルメな舌ではないが、それなりに舌鼓を打てるようなレーションだよ」
「例えば?」

 崇人の問いに答える代わりに、マーズはカバンから取り出した缶詰を開く。
 そこに入っていたのはチョコレート味のパンだった。

「へえ……今ってレーションにパンとか使うのか」

 崇人はそれを見て、呟く。

「美味いぞ。食うかい?」
「頂こうかな」

 そう言って、缶詰から取り出したパンを少し千切る。
 崇人はそれを頬張って、腰に携えている水を一口飲んだ。

「ふむ、なかなかチョコレートの味が広がっていて、うまい」
「だろう? 軍用食料も馬鹿に出来まい。何れは君たちもこれを数日分持ち歩くことになるんだ。初めに食べておいて、味を確認しておいたほうがいいだろうよ」

 ふうん、と崇人は鼻歌を歌いながら、また景色を見始める。エスティはもう一口マーズからチョコレートパンを千切り、微笑みながら頬張った。


 暫く車を走らせていると、市街地を出た。
 市街地を抜けると、荒野が広がっていた。川はあるのだが、どこか澱んでいる。場所によっては銀色や鈍色など、とても水が綺麗なものとは思えない色ばかりが流れていた。

「なんだよここは……」

 崇人が言葉を漏らした。

「人々は最高の利便を追求した。結果としてこのような事態に陥る。ただし先程の市街地……『中枢都市』ではそのような被害は見られない。強いて言うならば、そんな被害が見られるのはその中心よりは離れた場所……『外郷』だよ。その場所では、経済が不完全である。不完全競争市場となっているわけだ。いや……寧ろ競争をしているのだろうか。市場という形態を為しているのかが怪しいところだ。ともかく、この街の工場を持つ会社は、そういう汚水を綺麗にしたりとか、そういうのを怠っている。だから、とことん切り詰められる。当たり前だ。そういう、事後処理ってのは一番お金がかかるからね。だが、そういうのを無視して、進めていくわけだ。するとどうなるだろう? 『中枢都市』と『外郷』の状況はますます隔たりが生じてしまう。まるで、別の国みたいに」
「それがこの都市の現状だ、ということか……!」
「そういうこったな。……おっ、見えてきたな。あそこか?」

 ヴァルトはマーズに訊ねる。マーズはそれを見て、小さく頷いた。
 よく見ればそこは少し変わった場所だった。
 バラックであることにはかわりないのだが、そこから突出した要素が幾つか存在する。
 例えば、大きなパラボラアンテナ。
 例えば、地平線まで伸びているのかと思わせる白線。
 そのどれもが、変わっていた。

「……なんだよ、ここ。寧ろ隠れ家にしちゃ、無理な場所じゃないか」

 崇人は嘯くが、そんな不安をよそに車はバラックの隣に停車した。

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