絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第七十話 変人

 家の玄関にマーズ達が立ち、先頭に立っていたマーズが扉をノックする。ノックには反応がなかったが、マーズは崇人に向かって小さく微笑むと、ドアノブを捻った。
 呆気ないほどに扉は開かれた。この扉には鍵がついていないのだろうか。
 家の中は恐ろしくシンプルなリビングだった。ダイニングテーブルに、四脚の椅子、何だか解らないがないとしっくりこない独特の存在感を放っている風景画に、小さいながらもテレビまでついている。

「ここは、いったいなんだ?」

 訊ねたのはヴァルトだった。別に彼以外誰も疑問を抱かなかったというわけでもなく、いつ誰がその質問をしてもおかしくないほどに、その部屋は変わっていた。生活感はあるのに、誰も居ない。まるで、急にここに住んでいた人が消えてしまったような……そんな感じだ。

「おっかしぃなぁ。ちゃんとここに行くよとは事前に連絡しておいたのに」

 マーズが呟きながら、部屋を歩き始める。ただ、崇人達はその様子をずっと眺めていたのだが――。


 ――不意に、マーズがある場所で立ち止まった。


 そこには、小さな本棚があった。本棚には神話の本や、雑学の本、物理の本などジャンルが様々な本が雑然として並べられていた。

「……これね」

 その中にある一冊の本を取り出す。
 すると、ゆっくりとその本棚が横にスライドし始めた。

「これって……隠し扉?」
「まったく、厄介なことばかり作っている人ね……。だからこそ『天才』だなんて呼ばれるんだろうけれど」

 マーズはそんなことを嘯きながら、スライドしていく本棚をただただ眺めている。
 本棚がスライドを終えると、そこには小さな扉があった。隠し扉というやつだろう。しかし、実際に言われないと解らないほどの難易度である。それを考えると、ここに住んでいる人間はよっぽど変わっているのだろう――崇人はそんなことを考えると思わず頭を抱えてしまう。
 扉を開け、中に入る。そこにあったのは、階段だった。階段はずっと地下へ続いており、そのほの暗さは恐怖すら思わせる。
 その階段を――マーズは何も思うことなく、降りていく。それを見て、崇人たちは一瞬考える素振りを見せたが、しかし直ぐにそれを追いかけるように扉の中へと入っていった。
 階段の壁は等間隔に松明が置かれていた。正確にはそれは松明ではなく、松明に象られたただの照明に過ぎないのだが。

「いったいここには何があるんだ……?」
「もう少しすれば、幾らなんでもあいつの部屋があるんだと思うんだけれどなあ……」

 そんなことを言っているうちに、彼らが歩く先に光が見えてきた。

「ここね」

 そう言ってノックもせず、マーズを先頭にして中に入っていく。
 そこには機械だらけのワンルームがあった。壁が一切見えず、寧ろ壁が機械と化していた。そして、画面を覗き込んでいる男が、そこには居た。

「いたいた。だから、言ったじゃない。私が来るって」
「んー?」

 画面から目線を逸らし、マーズの居る方へ振り返る。
 眼鏡をかけて、若干白髪混じりの男だった。白衣を着ていたが、その中はランニングを着た、中肉中背の男。それが彼の特徴だった。
 呆けた声で、彼は答えて――眼鏡の位置を直しながら、彼はマーズたちの顔をひとりひとり見ていく。

「マーズ、君が直々に来てくれるのは聞いていたが……残りは?」
「ハリー騎士団という騎士団と、『新たなる夜明け』という秘密組織の面々よ」
「なんてこった。そんな騎士団がいつの間に完成していたんだ」

 そう言って男は肩を竦める。

「嘘を付け。私はきちんと『騎士団も行く』と言ったはずでしょうよ」
「……そうだったかな? メールをきちんと読んでなかったからかなあ。記憶が曖昧過ぎちゃうよ」
「電話だったんだが、もはやそこから記憶が捏造されているのか?」
「そうだったかなあ。うーんと……」

 そこで男は頭を上げる。

「ああ、そうだったよ。電話だった。電話。ええと、そうだね。ハリー騎士団? だっけ? 聞いたことないんだけど、新設されたのかい?」
「この前に、ね。最強のリリーファー≪インフィニティ≫を守護するために結成した、というね」
「そうなのか」
「そうだったんですか」
「やっぱり」

 男、エスティ、ヴィエンスがそれぞれの反応を示す。

「……まあ、一先ず。私がここに来た理由……解っているよね?」
「ああ。……なんだっけ?」
「おいおい。忘れないでよ。二つ、あなたに提示したでしょ? 一つ、ここをカーネル侵攻時の拠点とすること」

 マーズは右手の人差し指で、男を差した。

「そして……こっちが重要。二つ目として、エスティ・パロングとヴィエンス・ゲーニック両名の『パイロット・オプション』を解放すること」
「……僕も聞いたときは驚いたが、本当にいいのか?」

 男の目の色が変わったのが、崇人たちには解った。
 そして、一番動揺したのは、

「パイロット・オプションを解放する……?」

 ここまでまったく聞かされていなかったエスティとヴィエンスだった。

「なんだい、話していなかったのか?」
「話さないほうがサプライズ性が増すかな、と」

 マーズが即答した返事を聞いて、ため息をつく。

「君のそういう悪戯さは昔から変わらんな」
「褒めてもらって嬉しいねぇ」
「……で、結局そちらの方は?」
「なんだ。それすらも説明していないのか、マーズ」
「サプライズ」
「……ああ。解ったよ」

 何かを悟ったらしく、小さく頷くと、崇人たちの方を向いて、小さくお辞儀をした。

「はじめまして。僕はコルト・ヴァルヘルン。これでも科学者をしている。どうぞ、よろしく」

 そう言って彼は――左手を差し出した。崇人は「それは右手じゃないのか?」と思ったのだが、そこは相手に従うこととして、崇人も左手を差し出し、二人は握手を交わした。

「……済まないね。おかしいと思っただろう? 僕はどうも、利き手を預けるのが嫌でね、けれども握手はせにゃあかんときもある。だから、そういう時は極力左手だけにしている。右手は預けない。そういうのが基本なのさ。だから、違和感を感じたかもしれないね。その辺に関しては、僕のくせということで捉えてくれるとありがたい」

 くせというのだから仕方がない。
 崇人はそう自分に言い聞かせることとした。

「さて」

 コルトはそう話を切り出した。

「それじゃあ、早速パイロット・オプションの解放に移るかい?」
「お願いするわ」
「ちょっと待て。パイロット・オプションを解放とかずっと言っているんだが、そんなことが……そんなことが……実際に可能なのか?」

 エスティとコルトの会話に割り入るように、ヴィエンスは訊ねる。ヴィエンスは驚きを隠せない様子だった。
 対して、マーズは呆れたような表情を示した。

「流石にそんなことが出来なかったらここに連れてこないわよ。彼は……パイロット・オプションを解析し、起動従士となる人間からパイロット・オプションを引き出すことに、世界で初めて成功した科学者なのよ。今は金も名誉もいらない、ただ研究したいんだー! などとほざいてこんなところで一人ぽつぽつと研究をしている……謂わば『変人』よ」
「変人と言われるとちょっとなあ。僕的にはただ研究がしたかっただけなんだけれど」

 マーズの言葉を聞いて、コルトは嘯いた。

「それを変人というのよ。この世の中では」

 それに対して、マーズは答える。
 コルトは覚束無い足取りで、壁の機械に触れる。そこにはボタンがあったのか指紋認証があったのかは知らないが、無機質な電子音が直ぐに部屋に響いた。
 そして、壁が、ゆっくりと左右に開き始めた。

「……それじゃあ、向かおうか。本当は気が乗らないんだけれど、マーズの頼みならば、致し方ない」

 そう言って、崇人たちはコルトについていく形で、その通路へと入っていった。

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