絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第七十四話 北方地区Ⅰ

 北方地区、その中心部にあるパーティカルビル前に二人の人間が立っていた。
 一方は黒いハンチング、赤のチェック柄シャツ、黒い迷彩柄のズボンに茶色のローファーの格好をしたヴィエンス。
 もう一方は赤のプリーツスカート、紫のキャスケット、茶のロングブーツに黄緑のカットソーという格好をしたマーズ。
 それぞれは、いつものように着ているパイロットスーツでは調査に目立ってしまうために、事前に私服風の格好を入手しておいたのだった。

「しかしまあ……目立ちません?」
「大丈夫大丈夫。すっかりあなたは普通にいるちょっと小洒落た学生だから」
「その『小洒落た』部分が引っかかるんですがね……」

 ヴィエンスはそう言うが、実は少しだけ照れていた。
 マーズ・リッペンバー――彼女のことはよく『女神』などと揶揄されている――が目の前にいること、というのもある。
 彼女の服装があまりにも女性らしかった。ヴィエンスの(勝手な)イメージではジーンズにタートルネックのような男性チックな格好をするものだと思っていた。
 しかしよく見れば髪はパーマがかかっているしカラーコンタクトも入っている。これが彼女の素なのだろう。
 その姿を見て、照れてしまっていたのだ。それは彼のいつもの姿からは想像もし得ないが、彼は女性とまともに話したことがなかったのだ。
 それを見て、マーズもどことなく悟っていた。

「ふーん……」

 マーズはニヤニヤと笑いながら、ヴィエンスの左手を取ると、マーズは右手でそれを握った。

「!?」
「いや、だって恋人同士の設定のほうが何かと便利でしょう?」
「そうですけどそうですがそうなんですけど!!」
「あーあー、煩いなあ。バレちゃうよ? 私とあなたが恋人同士と思われなかったら、何かと疑われてしまうよ?」

 マーズはそう言って小さなため息をつく。
 対して、ヴィエンスは。

「……解りました。行きましょう」

 そう言って、手を握り返した。

「それで、いいんだよ」

 マーズは小さく微笑むと、二人はゆっくり歩き始めた。
 北方地区は世界最大級のショッピングモール『テラバイト・ショッピングモール』がある。名前の由来は情報量の単位バイトから取られており、大量の商品が並んでいることからそう呼ばれている。
 彼女たちが立っていたパーティカルビルもその一部に含まれており、一先ず彼女たちはウィンドウショッピングと偽って調査をすることとした。
 テラバイト・ショッピングモールは人で賑わっていた。ここが鎖国をしていて、いつ戦争が起きてもおかしくない状況だとは、少なくともここを見ただけでは感じられない。

「しかしまあ……いろんなものがあるねえ……。おっ、このワンピースかわいくない?」
「完全にウィンドウショッピングを楽しんでいるようだが……?」

 マーズはヴィエンスに言われ、頷く。

「やだなあ。大丈夫だよ。何もしていないと言えば否定はできないが、きちんと任務はこなしている」
「矛盾を孕んでいる発言が聞こえてきた気がする……」

 ヴィエンスはそう言ったが、その言葉はマーズに聞こえることはなかった。

「……見ろ、ヴィエンス」

 マーズがヴィエンスの耳に口を寄せ、小さくそう言った。
 それを聞いて、ヴィエンスはそちらを見た。
 そこに居たのは、軍服を着た男だった。二人組になって、会話もせず、背中にはショットガンを背負って歩いていた。

「あれがこの街の警官的役割にいる『治安維持軍』だ。……ああ、だからといって、誰もが見ていい治安を維持するための軍隊ではない。おそらくは、あいつらにとっての治安を維持するための軍隊ということだ。発言が聞き取られれば、少なくとも私たちは確実に牢屋行きか、悪かったら即斬首刑の何れかだ」

 ならば今言わなくてもいいのに――ヴィエンスはそう思ったが、その不安をよそに治安維持軍の二名はゆっくりとヴィエンスたちとすれ違い、何事もなく通過していった。

「……そうだ。ヴィエンス、腹が減らないか?」

 マーズに言われたのと、彼の腹の音が鳴るのは同時だった。それを聞いて、ヴィエンスは小さく微笑んで、頷いた。

「私もちょうど腹が減っていたんだ。どこかいい店にでも入って食事がてら今後の方針でも立てようじゃないか。まあ、こういう格好だから何をするかは限られているがね」
「いいですね。たしかに」

 ヴィエンスが直ぐに了承したのは、お腹が空いていただけではない。
 彼女たちがここまで来たのは、コルトが発明した『空間転移装置』によるものだったため、充分に作戦会議は行わないまま(というより、各自で行うようマーズが支持した)ここまで来てしまったからだ。

「それじゃあ、了解も得たところだし、食事にしよう。えーと、どこかいいところはないかなあ……」
「あそこなんてどうです」

 ヴィエンスが指差した先にあったのは、小さなパスタ屋だった。昼過ぎというのもあり食事処はどこも混んでいたのだが、そこだけはまだ若干空きがあるようだった。

「そうね、そこへ行きましょう」

 どうせ会話をするならば人が居ない方がいい――そう思ったマーズはヴィエンスの言葉に小さく頷いた。


 パスタ店に入ると、少し遅れてウェイターが訪れる。お二人ですか、との声にヴィエンスは頷く。小さく微笑みながら、ウェイターは右手を差し出して、席へと案内する。
 案内された席は窓際のある場所だった。ヴィエンスとマーズが腰掛けると、ウェイターはメニューを置きその場を去っていった。

「さあ、どうせ食事代は経費で落ちるんだ。なんでも食べるがいい」

 マーズが言うと、ヴィエンスはメニューを見始める。あまり人が入っていないようだったが、メニューの種類は豊富だった。ミートソース、カルボナーラといった定番のパスタからスープパスタ、ニョッキやリゾーニを使ったメニューまである。

「この『パンツェロッティ ミートソース添え』って何なんでしょうね?」
「パンツェロッティは確か詰め物をしたパスタじゃなかったかな。かなり美味いらしいぞ。ただしボリュームが半端ないだろうが」
「ふーん、じゃあ俺はこれにしますかね」
「そうか。それじゃ私はカルボナーラにでもしよう。すいませーん」

 マーズが呼ぶと直ぐにウェイターが到着した。

「ご注文、お決まりでしょうか」
「えーと、『パンツェロッティ ミートソース添え』と『カルボナーラ』を一つ。あとアイスティー二つ。以上で」
「かしこまりました。それでは、少しお待ちください。パンツェロッティは少々お時間をおかけしますが、よろしくお願いします」

 そう言ってウェイターはメモに注文を書き留め、その場から去った。

「それでは、飯が来る前に少しだけ話を始めようか」
「どこから始めます?」
「君は機械都市カーネルをどこまで知っている?」
「リリーファーを制作・設計している唯一の機関『ラトロ』がある地域だということ、しか知り得ませんね」
「ラトロが設立されたのは二百年前。はじめはリリーファーを製造しておらず、ただの普通の研究所に過ぎなかった。当時、何を研究していたのかは、もう殆どの人間は知らない。ラトロ本部に行けば解るかもしれないが」
「ラトロは初めからリリーファーを造っていない、と」
「そもそもリリーファーが完成したのは皇暦五三〇年頃と言われている。ヴァリエイブルにその資料が残っているからだ。その名前は『アメツチ』。そのリリーファーが今はどこにあるのかも解らない。壊れてしまったのか、未だにどこかに存在しているのかすら」

「絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く