絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百一話 イヴ・レーテンベルグ

 イヴ・レーテンベルグはその後、どのような人生を送ったのかははっきりとしていない。
 だが、イヴ・レーテンベルグが世界最初の起動従士としてその名を知られるようになったのは事実だ。
 そんな彼女の遺伝子が、どうしてラトロにあるのか、今はもうはっきりとしない。
 ラトロにあるその遺伝子は、言わば彼らの持つ最終兵器でもあった。
 彼女の遺伝子と合致した遺伝子を持った子供を見つけ、それを鍛え上げる。そうすることで、彼女を大量生産出来ると同じ意味となる。
 そして、最強の起動従士達――兵団はつくりあげた。
 次はリリーファーだ。
 リリーファーを手がけたのはヴェルバート・アンフィリクである。ピオール・アンフィリクの子供である彼もまた、リリーファーの権威として知られている。
 ヴェルバートは先ずあるものに着目した。
 それはコマンドだ。今までリリーファーコントローラーが球体だったりレバーで操作したりしていたので、そのコマンド数はとても少なかった。
 これが、リリーファーの行動を制限しているのではないか――ヴェルバートはそう考え、操縦席コックピットの刷新を行った。
 その結果生み出されたのが、『キーボード』であった。
 コンピュータのキーボードをモチーフに、コックピットを造り変え、制御方法を大幅に変更した。
 そして、それによりコマンドの数が大幅に増加した。
 コマンドの数を増やしたことで、今までに実現できなかった機能が実装出来た。
 コマンドの組み合わせによってはアクロバティックな操作が可能であるし、装備とともに使うことで、最強のリリーファーと云える。
 最強のリリーファーは、最強の装備をしていなくてはならない。
 そのために、そのリリーファーには『クロムプラチナ』という特殊な金属を躯体に使っている。クロムプラチナはクロムと白金を特殊な技法で結合させ、新たな金属を作った、その結果である。クロムは希硫酸、希塩酸に弱く王水に強いが、プラチナは代わりに酸に対して強い耐食性を持ち、王水に弱い。これらを組み合わせることで、『絶対に融けない』金属が完成するのである。
 そのクロムプラチナを全身に使ったリリーファー、それは最強の硬度を誇ったリリーファーであった。
 さらにピークス-ループ理論を使った、PR型エンジンを用いて、エネルギーの生成スペースの省スペース化を図った。
 そのリリーファーに、ヴェルバートはこう名づけた。

「このリリーファーの名前……それは『ムラサメ』だ。ムラサメは最強のリリーファー、誰もがその名前を聞いて、誰もが恐怖する! そうだ、ムラサメ! ハッハッハ……、ついに≪インフィニティ≫をも上回るリリーファーが完成したのだ!!」

 ヴェルバートはこれをムラサメと名づけ、さらにその量産化を図った。それが成功したのは、最初のムラサメが完成してから、三年後のことだった。
 その頃には、イヴ・レーテンベルグの遺伝子を持った子供達の選別が完了していた。
 その数、十六名。
 その子供達の教育を行ったのが、ベルーナ・トルスティソンだった。
 子供達に行ったのは、苗字を奪うことだった。
 それにより、自分の親の存在を忘れさせることを狙った。そしてそれは実際に成功した。
 子供達は絶対にカーネルを裏切るようなことをしてはならない。
 子供達は、これから『最強』のリリーファーを操縦する最強の起動従士にならねばならない。
 子供達がカーネルを裏切ったとき、カーネルは終焉したといえる。
 だから、ベルーナは先ず、子供達をカーネルに絶対服従させることをした。
 簡単に言えば、洗脳である。
 そして、結果として、子供達はカーネルに絶対的な忠誠を誓い、最強になるための訓練を積んだ。
 しかしながら、子供達全員が起動従士になったかといえばそうではない。
 子供達の一人の洗脳が解け、突然リリーファーに突っ込んだのだ。
 リリーファーはほかの子供がすでに乗り込んでおり、駆動していた。
 その一人はリリーファーの進路に突入し――そして死んだ。
 その行動に、ベルーナはほかの子供達も洗脳が解けるのではないかと思い、さらに強い洗脳を子供たちにかけたが、結果としてベルーナが危惧するようなことには至らなかった。
 十五人となった子供達はそのまま起動従士となり、そして子供達はその子供達の固有名詞として、こう名付けられた。

「あなたたちは……最強の存在なの。最強のリリーファーに乗ることが許された、最強の存在なのよ。魔法も使える、最強の剣も持っている。あなたたちはこの訓練によく耐え抜いて来れた。あなたたちは、もう誇っていい。あなたたちは、選ばれた存在なのだと。……もう、『子供達チルドレン』とは呼ばない。あなたたちは、こう呼ばれるべきなのよ。……『魔法剣士団マジックフェンサーズ』と」

 魔法剣士団は最強のリリーファーに乗ることが許された、最強の存在として、来る時を待って訓練を重ねていた。
 そして、今日。
 カーネルは『独立宣言』をし、魔法剣士団にも『出動命令』が下った。
 魔法剣士団の面々は「ついに来たか」と、胸を躍らせた。なぜなら魔法剣士団は戦闘に特化した面々だ。今まで擬似戦闘ばかりだった魔法剣士団にとって、これは初めての『本物』の戦闘ということになる。
 本物の戦闘と擬似戦闘は、やはり違う。
 何が違うといえば、臨場感。それにスリルが違う。
 コンピュータのシミュレートによる擬似戦闘では味わえないスリルと臨場感を、魔法剣士団の面々は楽しみにしていた。
 そして、話は彼女たち――エルナとエレンの会話に戻る。

『疲れていない……それは事実だと受け入れます。ですが、何かあるのであったら、私に言ってください。隠し事は良くないですし、そもそも私たちは同じ孤児院の出。何を言っても構わないのですから』
「……ありがとう、エルナ。でも、大丈夫。私はリーダーだからね」

 そう言って、エレンは通信を切った。
 エレンは通信を切って、小さくため息をついた。
 彼女は、いや魔法剣士団の全員は戦闘が好きだ。
 しかし、実際に戦闘が始まる――そう考えてみると、その恐怖に打ちのめされない方がおかしいのであった。
 怖い。
 恐怖に打ちのめされている自分がいることが、とんでもなく情けない。
 エレンは思った。
 情けないこの気持ちを、ほかのメンバーに見せてはならない。
 魔法剣士団の面々は殆ど平等の実力を持っている。
 即ち、ここでエレンが一瞬でも泣き言を見せれば、直ぐにほかの人間にリーダーが変わってしまう。
 それは絶対に、あってはならないことだった。
 それは彼女のプライドが許さなかった。
 彼女のプライドが、そのような行為に至ることを許さなかった。
 彼女の苗字である『トルスティソン』は、実際には彼女の苗字ではない。彼女たち魔法剣士団を『教育』したベルーナ・トルスティソンの苗字である。彼女が認めた存在――リーダーは彼女の苗字であるトルスティソンを冠するのである。
 魔法剣士団にとってトルスティソンの苗字を手に入れることは、とても素晴らしいことだ。どんなことをしてでも、それを手に入れようとすることは、もはや当然と思える。
 そして、エレンに次いでナンバーツーになっているのが、先程会話を交わしたエルナであった。
 エルナとエレンはクラスメートで、ともに実力が高い存在だ。
 それゆえ、はじめベルーナもどちらをリーダーにさせるか、とても悩んだが、最終的にエレンがリーダーになるべきという選択をした。
 エルナは表面には出していないが、きっとエレンがリーダーになったことについて、深い憎悪を抱いている――エレンはそう思っていた。
 だからこそ、彼女にはあまり心を許してはいない。
 場合によっては、戦闘のどさくさで闇討ちされる可能性もあったからだ。

『――総員に告ぐ』

 ベルーナの声がコックピットに響いたのは、その時だった。

『これより、「魔法剣士団」は出動する。ターゲットは≪インフィニティ≫。繰り返す、ターゲットは≪インフィニティ≫である。幸運を祈る』

 それだけを告げて、ベルーナとの通信は終了した。
 エレンは目を瞑って、精神をゆっくりと落ち着かせていった。
 そして。

「――了解、『魔法剣士団』エレン・トルスティソン、出る!」

 魔法剣士団が乗り込んだムラサメが、続々と飛び出していった。

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