絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百九話 徽章

徽章きしょうが盗まれる?」

 騎士団長と国王が集まる定例会議にて告げられたその一言に、ハリー騎士団副騎士団長マーズ・リッペンバーは思わず聞き違えたかと思ってしまった。
 今ここに居るのはヴァリエイブル連合王国元首ラグストリアル・リグレー、ハリー騎士団の副騎士団長マーズ・リッペンバー、メルキオール騎士団の騎士団長ヴァルベリー・ロックンアリアー、バルタザール騎士団の騎士団長フレイヤ・アンダーバード、カスパール騎士団の騎士団長リザ・ベリーダ――これら四つの騎士団はヴァリス王国に所属している――さらにエイテリオ王国のモーセ騎士団騎士団長サマンサ・クロート、エイブル王国のチェリス騎士団騎士団長ノーリス・アッカンバーの七人である。彼らは逐次連絡を取り合うが、月に一度集まって会議を執り行うのだ。
 彼ら七人が集まって会議を執り行うのであるが、その最初のテーマとしてバルタザール騎士団の騎士団長フレイヤ・アンダーバードがこう告げたのだ。

「我ら騎士団であることを証明する徽章が何者かに盗まれるという事案が発生しました」
「……ヴァリエイブル連合王国に直属する騎士団の一員であることを証明する、あの徽章が?」

 訊ねたのはラグストリアルだった。ラグストリアルは顎鬚を捻りながら、フレイヤの言葉を聞いていた。
 徽章とは職業・身分・所属などを示すためにつけるバッジのことで、ヴァリエイブル連合王国では右胸につけるようその義務が為されている。

「徽章を盗むとは……なんでしょう? 自分の力を見せつけるためでしょうか?」

 そう言ったメルキオール騎士団騎士団長ヴァルベリー・ロックンアリアーは少女だった。どちらかといえば少女というよりも子供――に近かった。年齢は誰も知らないが、その背格好さえ見ればタカトたちと同じくらいに見える。しかしながら、彼女は騎士団長を務めているのだから、その実力は認められているものだ。
 マーズはヴァルベリーの容姿に少し疑問を抱いていた。何故ならばヴァルベリーの容姿は彼女がこの国お抱えの起動従士になってからずっと変わっていないためである。
 普通に考えればおかしな話だが、誰もそれを口に出さない。一応騎士団群のトップを務めているのはバルタザール騎士団のフレイヤ・アンダーバードなのだが、そのフレイヤですら一目置いている、言わば影の騎士団群トップを務めるのがヴァルベリー・ロックンアリアーなのだった。

「……徽章は君たちが持っているそれで間違いないのか」
「ええ、確認済みです。私たちが管理している南方地域だけではなく、首都でも見られると聞いていますが」

 そこでフレイヤは首都を含む北方地域の管轄であるカスパール騎士団騎士団長のリザ・ベリーダーを睨みつけるが、当の本人はそれを気にする様子ではなかった。それどころかフレイヤの視線を無視しているくらいであった。
 いつからこの会議は険悪なムードで終始続いていたのだろうか――マーズはふとそんなことを考えていた。
 元々はヴァリエイブル連合王国創始時から始められていたこの会議は週に一度集まるほどだった。しかし昨今は通信技術の発達などから回数を減らし、今では月に一度程度の集まりで済むようになってしまった。
 どの騎士団も活躍すればその分働くチャンスが広がる。そのため、どの騎士団も躍起になり、王が直接対話するこの会議では誰もが良い顔を見せようと取り繕うのだ。
 マーズ・リッペンバーはその点から考えるとフレイヤ以外の騎士団長から嫌われていた。何故ならば彼女は国王ラグストリアル・リグレーが見初めたために起動従士になった人間だ。それに比べてほかの起動従士は努力して何とかこの地位まで辿りついた人間である(噂ではヴァルベリー・ロックンアリアーは国王に見初められたなどという話もあるが、眉唾物で誰も信じてはいない)。

「……首都では現時点で確認されていない。これは事実だ。間違いではない」
「さあどうだか」

 フレイヤは鼻で笑うと、話を始めた。

「話を続ける。一先ず私たちバルタザール騎士団の調査の結果、徽章を盗んだのはある一団ではないか……という可能性が浮上している」
「何だそれは。はっきり言ってみろ」

 それについて訊ねたのはマーズだった。

「『赤い翼』」

 その単語を聞いて、会議室の空気が明らかにしんと静まった。
 そんな静まり返った空間をよそにフレイヤの話は続く。

「……ティパモール紛争において殲滅したはずだったのですが、未だその残党が居るらしいとのことです。なぜなら彼らは『赤い翼』の徽章を隠さずに見せつけていたらしいのですから」
「らしいらしいと断定的な発言が目立つね。それは確証があるのかい?」

 訊ねたのはモーセ騎士団騎士団長サマンサ・クローセだった。黒い髪は女性と思わせるほど艶やかであった。唇にもピンクの口紅をつけていて、肌の手入れも欠かしていないらしい。傍から見れば女性と間違えられそうな外見をしている。
 そんなサマンサがマーズは嫌いだった。絶世の美女よりも外見が美女らしく絶世の美男子よりも男らしかったサマンサは女性など引く手あまたなのだが、それでも彼はマーズを選んだ。だが、マーズはそれを断った。サマンサはどうも裏の顔がある気がしてならない――マーズはそう考えていたからだ。そんなことをフレイヤに一度漏らしたことのあるマーズだったが、其の時フレイヤには「そんなもん嘘っぱちじゃないの? ちょっとくらい冒険してみたら?」と冷やかされる始末だった。
 サマンサの発言にフレイヤはポケットを弄り、あるものを取り出した。そして、それを全員に見えるように見せつけた。
 それは徽章だった。しかしそれはヴァリエイブル連合王国の徽章ではなく、炎が羽となっている鳥がデザインされている徽章だった。

「……それは」

 サマンサはそれを見てため息をついた。

「そう。これは『赤い翼』の徽章です。ティパモール紛争やそれ以前のクーデター等を会議や定時連絡等で知っている人もいると思いますが、紛う事なき『赤い翼』の徽章です。これを見ても未だ『赤い翼』の仕業でないと言い張るんですか?」
「ええい、もういい」

 そこまで言ったところでラグストリアルが立ち上がり、手を叩いた。ここまで散漫になった会議を強制的に取りまとめるためにその行為を行ったのだろう。判断としては間違っていない。

「これ以上話をしてもいい結論は得られまい。一先ず今までの情報をまとめたほうがいい。そうだろう、マーズ・リッペンバー?」
「なんで私に……まあ、そうですね」

 マーズは苦言を漏らしながらもラグストリアルの意見に賛成した。
 それを聞いて「ありがとうございます」とフレイヤは告げ、話を再開した。

「まとめると、近頃徽章を何らかの手口で盗むという事案が多数発生しています。私たちが管理している南方地域だけでなく首都でもその事案は確認されている様子だということ。そして、その徽章を盗む人間が『赤い翼』の残党である可能性があるということ。これらを騎士団のメンバー全員に伝え、これ以上の被害の拡大を防いでください。また、私たちも当たり前ですが、各騎士団の方々、もしそのような怪しい人間を見つけたら徽章を確認してください。そして、このような徽章であったならば確保のほどよろしくお願いします」

 そしてその言葉を最後に会議は終了した。

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