絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百十二話 探索Ⅰ

 次の日。
 ハリー騎士団は首都を探索することとした。理由は簡単だ。『赤い翼』の残党――ヴィエンスは『ロストナンバー』と言っていた――を捜索するためだ。
 ヴァリエイブル連合王国の首都ヴァリスは城を中心に同心円状に道路が存在している。そしてその円と円の間に家屋が建ち並んでいる。

「こういうわけで路地裏が多いんだよな、この首都は。だからそういうふうに闇に蔓延る人間も多いわけだ。……君たちにはそれを監視してもらう」
「監視?」
「なあに。そう難しい話じゃあない。路地裏を全員で覗いていく。ただそれだけだ」
「ただそれだけ?」

 コルネリアの言葉にマーズは頷く。

「ああ、ただそれだけだ。それだけだからといって、気を緩めちゃあいけない。首都の路地裏は警察や軍隊が何度出撃しても犯罪が無くならない、ならず者のたまり場として有名なんだ。だから国として『首都の路地裏には絶対に入ってはいけない』と注意するしかないんだよ」

 ヴァリエイブル連合王国の必要悪として存在している『OBSS』も路地裏を主にして子供を手に入れているということもあるくらい、路地裏の治安は最悪だ。
 路地裏の治安は最悪だから、だったら監視カメラ等を付けて路地裏の治安を少しでも良くしていくべきではないかという民意もあるが、予算の都合か裏に働く何かの力かは知らないが、現在においても監視カメラなどによる治安の向上には至っていない。

「……だから私たちは特にこれに力を入れなくてはならない。批判はよく届くからな。そういう批判はさらに増していく。さらに別の場所に飛び火する。例えば、最初はこの路地裏の治安についてだったのに、気が付けばリリーファーの存在性について議論になっていたら、それは議題がすり替わっているといえるだろう? つまりそういうことだ」
「ということは、俺たちはリリーファーに乗ることなく、ただ路地裏の破落戸ごろつきを倒してしまい治安をよくする……そういうことか?」
「まあ、そういうことになるわね。今は≪インフィニティ≫があんな状態になっているにもかかわらず世界情勢が安定しているからね。世界情勢が安定しているならば騎士団は戦争をする必要なんてないわけ。じゃあ、戦争しない騎士団はどうするのか、ってわけになるでしょ? 騎士団は自国の安全を守るのがお仕事だから、こういうことをするのも大事というわけ」

 長々とマーズは語ったが、要するに騎士団は汚れ仕事も受け持つということだ。
 騎士団は幾つも居るが、そのどれもが崇高な目的を掲げている。
 その一つが『自国の安全を守る』ということだ。
 自国の安全を守り、多額の税金を貪る騎士団――おもにリリーファーについてかかるのだが――の批判を避けるのが目的であり、実際それは成功している。
 しかしながらそれも批判されていることがある。そのほとんどが内部からのもので、さらにそれは騎士団の人間からのものだった。
 騎士団はそのようなものではない。戦争で、リリーファーによって、平和を自らの手で掴み取る存在なのだ、そう思っている騎士団の人間は少なくない。それが各国に一定数居るのだから、どの国も悩みの種になっているのだ。
 悩みの種をどうにかして無くしたいのは、誰にだってあることだ。
 しかしながら、起動従士が不足している中、自分が気に入らないからと起動従士をばっさばっさ切っていっては無駄になる。動かせる人が居なくなるから、リリーファーを使った戦争が出来なくなる。
 この時代において、リリーファーが居ない国は他国からの格好の餌食になる。ある場合はほかの世代から大幅にグレードを落としたリリーファーを高値で売られ、ある場合はそのまま占領され圧政を敷かれたりされる。
 リリーファーのない国に、明るい未来は待っていない。
 それは誰もが理解していることだ。だからこそ、国王は起動従士にあまり強く言い出せないのだ。起動従士が逃げてしまったら、リリーファーはただのガラクタに成り下がってしまう。
 かつて、王族もリリーファーが乗れるようにすべきだと進言した大臣が居たが、しかしそれは見事に失敗した。
 起動従士になるには様々な条件がある。そのため、王族がなるには難解なことだった。

「さて、先ずはこの路地裏だ」

 マーズの目の前には細い路地があった。その路地は日が入らないためかとても暗かった。寧ろその路地は明かりを吸い込んでいるのではないかと錯覚させるほどだった。

「……しかしまあ、おあつらえ付きな場所ね。何か潜んでいてもおかしくなさそう」

 そう言ってマーズは路地に一歩踏み込んだ。
 それを見てコルネリアたちもゆっくりと路地に入っていった。


 ◇◇◇


「『ハートの女王』が姿を暗ました、だって?」

 白い部屋。帽子屋はチェシャ猫からの報告を受け、小さなため息をついた。
 帽子屋はチェシャ猫が出してくれた紅茶を、香りを楽しみながら飲んでいた。チェシャ猫は膨大な本の知識がある。そのためか、紅茶を淹れるのも一番上手い。恐らく人間と比べても一番だろう。

「『ハートの女王』はさっきまでこの部屋に居たはずなんだが……居なくなってしまった。もういいかと思って安心してしまったよ」
「まだ人間の頃の理性が残っていたか……まったく、人間とはつくづく恐ろしい生き物だ」

 そう言って帽子屋はモニターの電源を点けた。
 そこにはマーズたちが映っていた。マーズたちは路地裏に入り、散乱しているゴミを避け、徐々に奥へと進んでいた。

「……ああ、路地裏の探索というわけか。インフィニティが動かなくなれば、なんとも暇になるのだな……」
「しょうがないでしょ。世界情勢が均衡しているわけだし。戦争するメリットがデメリットを大きく上回らない限り、戦争を起こすことはないだろうし。……今ペイパスに攻め込むのは最悪だろうからね」
「ペイパスはもうヴァリエイブルに編入されるのは確定なのか?」
「確定だね」

 帽子屋は紅茶を一口啜る。

「インフィニティ計画には国土の拡大も縮小も関係ない。強いて言うならばヴァリエイブルが滅ぼされインフィニティが解体されない限りはね」
「だからカーネルの科学者に罰を与えたのか」

 チェシャ猫はそこまで話してようやくソファに腰掛けた。

「まあ、そういうことになるね。彼らには計画の片鱗を話していたが、まあひどかった。話さなければよかった、と後悔しているよ」
「……仕方ないかな。急にそんなこと言われれば抗いたくなるものだよ。科学者とは、自分のために研究するようなものだからね」

 帽子屋は紅茶を飲み干すと、それを目の前にあるテーブルに置いた。
 そして、テーブルに置かれていたクッキーを一枚取ると、それを頬張った。

「……話がずれてしまったね。ハートの女王はどこに行ったと思う?」
「ハートの女王……あいつは元は人間だったからね。特に彼は『異世界』からの住人だろう? そういう人間が同じ人間とつるむ気持ちもどことなくわかるよ」
「へえ、君にもまだ人間の気持ちが残っていたのか」
「…………まあ、忘れたいものだがね」

 そして、彼らは再びモニターを見始めた。
 そこにはマーズたちが映っていた。マーズたちは路地裏の奥まで辿りついたらしいが、その奥地には何もなかったようだった。

「どうやら骨折り損の草臥くたびれ儲けだったようだね」
「儲けてすらいないと思うけれどね」

 彼らはそういう話をしながら、モニターによる監視を再開した。

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