絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百十六話 帳(後編)

 ラグストリアルはロッキングチェアに揺られながら、ここ暫くあったことを思い起こしていた。
 ハリー騎士団が結成されて半年、その騎士団は新しく出来たばかりの新米騎士団らしからぬことが起きた。結成前にもあったが、結成後の方がその規模は巨大だっただろう。

「あの騎士団には……何かを呼び寄せる、そんな力でも備わっているのだろうか?」

 その『何か』をラグストリアルは知っているはずなのに、敢えて『何か』でぼやかした。
 それはきっと何らかの理由があるのだろうが、少なくとも今は語るべきでない。
 とはいえ、もはやハリー騎士団はヴァリエイブル連合王国を代表する騎士団にまで成長した。唯一の難儀な点として挙げられるのは、『騎士団長が不在である』ということだろう。
 ハリー騎士団の騎士団長は誰もが知る人間だ。何せ彼は幾度と無く注目を浴び続けてきたのだから。
 しかし、彼は今居ない。半年前に起きたある出来事により、彼の存在自体が不安定になっているのだ。

「もし……彼が居ないことが他国に大々的に知れ渡っていたら……」

 いや。
 既に知れ渡っている。
 にもかかわらず、どの国も攻め込もうとしないのが、恐ろしく不気味なのだ。
 まるで、この後にある『何か』に身を潜めているかのように。

「不気味だ……あまりにも不気味過ぎる……」

 ラグストリアルは呟く。
 一国の王が不気味がるほど、今回の事態にはおかしな点があるということだ。
 それがどういうことか、数を挙げればきりがないが、しかしこれだけははっきりと言うことが出来る。
 今回の事件には赤い翼のような一テロ組織だけではなく、もっと大きな何かが関わっているのではないか――ということだ。
 しかし、それについての証拠は上がっていない。
 結果として、ラグストリアルが言っているそれはただの推論に過ぎないのであった。


 ◇◇◇


 その頃。
 法王庁自治領、その首都。
 自由都市ユースティティアは周囲を高い塀で囲っている。その理由は至ってシンプル、人を無闇矢鱈に入れたり出したりしないためだ。
 ユースティティアに住民登録している人間は『自由』の権利が与えられ、様々な事柄から解放される。その一つが『身分による分配』の法則だ。現在、ユースティティア(或いは法王庁自治領)以外では身分に応じて様々なものの分配割合が変更される。租税ならば、高い身分に応じて低い割合の租税を収める。社会サービスならば高い身分に応じて高い質のサービスを受けられる(分類にもよる。例えば最低限の生活を保証するために支払われる『低身分配付金』では名前の示す通り、低い身分の人間が受領出来る)。
 これらがユースティティアでは撤廃されるのだ。租税は皆が平等に収め、賃金も皆が平等に受け取る。しかしながら、幾つかの問題があるために後者は若干バラツキがある。
 とはいえ、ユースティティアは完全ではないものの、自由都市の名に値することが可能になっているのだ。
 ユースティティアの中心に位置する法王庁は夜になるとその不気味さが増していた。元々法王庁の建物はコンクリートで覆われていて、その壁には隙間が一切存在しない。それを見ると、何も知らない人間はそれが『天まで突き刺すように伸びる高い壁』と錯覚させるのだ。
 法王庁内部にある会議室では、四人の人間が話をしていた。夜も遅いからか、そのトーンも低めだ。

「……さて、それでは会議を始めよう。先ずは『ヘヴンズ・ゲート』の取扱についてだ」

 人間の一人、部屋の一番奥に座っていた男がテーブルに置かれていた資料を眺めながら、そう言った。

「ヘヴンズ・ゲートは未だ大丈夫だろう? ここ暫くはうんともすんとも言わなかったはずだ」
「あぁ、そうだとも。だがな、『あれ』は我々の範疇をとっくに越えている代物だ。オーバーテクノロジーと言っても過言ではない。寧ろ『あれ』が存在していて優れたリリーファーが開発されていないのがおかしなくらいだ」
「実は高性能のリリーファーを隠しているという可能性は?」
「まぁないだろうな。ゼロと言っても構わないだろう」
「そりゃまた随分と大きく出たな。『ナイトメアカルテット』の力を買い被っているようだ」

 一人が笑うと、その男の話は続いた。

「……私は確かに彼らのことを多少優秀であると思っている。だから重宝するのだ。それに関しては否定も肯定もしない」
「『ナイトメアカルテット』……法王猊下げいかがいたく気に入っている、あの四人組はどうもいけすかん。彼奴きゃつらは我々の諜報活動には秀でているが、まさか我々を諜報しているのではあるまいな」
「メルデレーク卿ともあろう御方が何を仰るのですか」

 メルデレーク、と言われた男はその発言を聞いて頭を下げる。

「……むむ、済まない。そんなことは有り得ないと思ってはいるのだが……」
「いいのですよ、メルデレーク卿。失敗は誰にだってあります。そしてそれは、謝罪すれば許されるのです」
「……さておき、議題を元に戻すとしよう。ヘヴンズ・ゲートの話題だったが……それがどうしたというのだ? 他のメンバーも言っていたが……、ここ暫くは何もなかったはずだろう?」
「早い話が、そういう場合では無くなったということだよ」

 その言葉にメルデレーク含めるほかの三人が首を傾げる。

「どういうことだ。その口振りだと……」

 もう、他の人間は薄々気が付いていた。
 彼が何を報告するのか。そしてヘヴンズ・ゲートで今何が起きているのかということを、彼らはその頃には気付かされていた。
 その様子を見て、男は小さく微笑むとテーブルにあるものを差し出した。
 それは写真だった。古いカメラで撮影したものなのかは知らないが、ピントがぼやけていたり画質が粗かったりした。
 その写真はあるものを映し出していた。それは森だった。もう少し詳細を述べるなら、森の中に小さな門があった。観音開きの、こじんまりとしたそれは開かれていた。
 門の中は何もなかった。強いて言うならば、『無』が広がっていた。ただ、それだけだった。それだけのことだった。
 にもかかわらず、その写真は会議室に居た人間全員が驚いた光景だった。なぜならば、その写真に写っていた門こそ、彼らが長らく話していた『ヘヴンズ・ゲート』なのだから。

「ヘヴンズ・ゲートが完全に開かれているではないか……!」

 男は言った。

「これ以上の報告は上がっていないのか……!?」

  メルデレークの言葉に、写真を提出した男は頷く。

「これ以上の被害はありません。ヘヴンズ・ゲート監視隊がゲートの異変に気付き、ゲートの封印を強めました。あくまでも応急措置にはなりますが」
「……御託はどうでもいい! つまり、ヘヴンズ・ゲートの向こうの世界から何かが出てくるような、そのような事態には陥っていないのだな?」

 メルデレークは、まるでゲートの向こうの世界を知っている口振りだった。
 そして、それに直ぐに気が付いたメルデレークは、わざとらしく大きく咳払いして話を取り繕った。

「ともかく、現時点で何も異常が無ければ問題あるまい」
「何が『異常は無い』だ。現にゲートが開放しているのだぞ!!」

 あまりにも能天気なメルデレークの言葉に、他の人間は憤慨した。
 しかし、それでもメルデレークは能天気に天井を眺めていたのだった。
 この会議は、どの公式記録にも載ることなく、夜のとばりの中に沈んでいった。

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