絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百四十五話 決意

「その通路に行くには、だいたいどれくらいの時間を必要とする?」

 リザが訊ねる。

「大体一時間くらいでしょうか。そう遠くはないですがカモフラージュは完璧なのでリリーファーまでは簡単に辿り着けると思います」
「完璧、ねぇ……。そう簡単にカモフラージュ出来るもんなんですか?」
「カモフラージュ、というかバレないように入れないように加工されています。リリーファーが攻撃しても、その部分が破壊されるということはありません」
「なるほど……。ならばその強度等については心配無さそうだ」

 そう言って。
 リザは小さく笑みを溢した。これから始まる大仕事を考えると、彼女自身笑いが止まらなかったのだ。
 ラフターはそれに最初に気が付いたが、しかしそれについては何も言わないことにした。

「……では、作戦会議については以上でいいか?」

 ラフターがカスパール騎士団の面々に訊ねると、彼らは大きく頷いた。
 これから物語は大きく動く。この世界の歴史が大きく書き換えられ、その出来事は後世にまで語り継がれるであろう。
 この戦いが終わった時、勝利の女神が微笑んでいるのは、果たして――。


 ◇◇◇


 ところは変わって、ヴァリス城の地下にあるリリーファー格納庫。その一番奥には『欠番アイン』と書かれた場所がある。
 そして、その場所には今、一機のリリーファーと一人の起動従士が対面していた。

「……お前と会うのも、久しぶりなことだな」

 起動従士、タカト・オーノは言った。
 対する相手――リリーファー《インフィニティ》は答えない。

「あれがもう半年以上も前の話とは、未だに考えられない。そりゃあそうだ。俺は倒れていたのだから」

 タカトの話は続く。

「俺は目覚めてから、いや、目覚める前からずっと苛まれていた。インフィニティに乗っていたから、俺は様々な出来事に遭遇し、飲み込まれる。……インフィニティに乗って、最後に覚えていたものを、そういえば俺は誰にも言っていなかったな」

 ひとつ、ため息をついてタカトはゆっくりとインフィニティに向かって歩き出す。
 そしてインフィニティの目の前に到着すると、撫でるようにそのボディーに触れた。

「……深い、哀しみだよ」

 呟くように、彼は言った。

「とてもとても、深い哀しみだった。あれはいったい誰のものだったのか、俺には解らない。いや、きっと、知っている人なんてもうほとんどいないんだろうな……」

 そう呟きながら、彼はその情景を思い起こす。
 シチュエーションこそ思い出せなかったが、誰かがずっと泣いていた。
 涙を流しながら、ただただ言っていた。

「殺す……と言っていた。それをいうくらい深い哀しみとともに恨みがあったんだろう。いったいそれは誰のものなのかは、繰り返すようだが、解らなかったけれど」

 崇人は深く息をついて、インフィニティのコックピットへと向かった。


 インフィニティのコックピットに座ると、視界にブロックノイズのようななにかが浮かび上がってきた。それは次第に何らかの形となっていき、最終的にそれはひとつの顔となった。
 女性の顔だった。それはゆらゆらと揺れていたが、崇人の方を向くと、話しはじめた。

『……お久しぶりです、マスター』
「なんだ、フロネシスか。いつもはそんなことをしないくせに、どうしたんだ?」
『久しぶりだったものですから、少しだけやり方を変えてみました』
「ということは、いつももそういうことが出来る……ってことか?」
『そういうことになります』

 フロネシスは頷く。

『ですが、これをし続けていると戦闘中は明らかに邪魔になってしまいますので、普段はこれを出していませんが』
「今回くらいはいい、と?」
『ええ』

 崇人はフロネシスの言葉を聞いて、失笑した。
 フロネシスが何を考えているのか、彼にはまったく解らなかったからだ。
 とはいえ、フロネシスは自律AIであり、少なくとも知能は高いはずである。だからこそ、数回の戦闘では崇人はフロネシスを頼っていた場面もあった。
 しかしフロネシスは知能が高いゆえか、その思考が起動従士の崇人にすら解らないことが多々あった。今だってそうだ。フロネシスは何を考えているのか、さっぱり解らないのだ。
 今話をしていた、『深い哀しみ』についてもフロネシスは聞いていたはずだ。しかし彼女は、それを敢えて聞かない振りをしていたのだ。
 ……いつ、彼女の口からその哀しみについて語られるのか。そもそも語られる日がやってくるのかは、解らない。
 ともかく今は、このインフィニティにのり――マーズ率いるハリー騎士団と合流する。そう思うだけだった。

「タカトさん!」

 そんな彼の思考を遮るように、声が聞こえた。
 それを言ったのは、いつのまにか格納庫に入っていた整備士だった。レモンイエローのポニーテールをした女性だった。目はクリッとしていて、色白の肌にそれがとても目立つ程であった。
 そんな彼女の名前を、崇人はよく知っていた。

「エイル……さん」

 エイル・ベリーダ。
 それが彼女の名前であった。整備士であり、今は整備の副リーダーを勤めている。
 エイルは、駆動音を鳴らすインフィニティをものともせず、一歩踏み出した。

「……タカトさん、本当に、本当にインフィニティに乗ることが出来て、良かったですね」

 エイルが言った言葉は叱咤ではなく、激励だった。
 激昂ではなく、歓喜だった。
 だから、その言葉を聞いて、崇人は驚いた。

「怒らない……のか?」
「いいえ」

 エイルは首を振る。

「確かにあなたが勝手にこの格納庫に入ってしまったことは、法律上悪いことなのかもしれません。ここに入るには整備士とともに入るか、或いは整備士の許可が必要なのですから。……しかし、今のあなたにはそれは関係ないです。戦争だから? いいえ、そうでもないと思います。あなたは今から……仲間のもとへ向かうのでしょう?」
「……そうだ」
「だったら、それでいいじゃないですか。『仲間と共に戦うから、出撃する』という言葉以上に、何が必要でしょうか? だったら私は胸を張って、それを許可します。どうせ戦時中なんです。出撃したくらいで文句を言われることなどそうありませんよ」
「……いいのか?」
「いいんです」

 エイルは屈託のない笑顔で、そう言った。
 だから崇人は安心して、こう言った。

「――≪インフィニティ≫、発進……!!」

 フロネシスは、その言葉に何も反応しなかった。
 そのかわりに、ゴウンゴウンと、インフィニティがゆっくりと動き始めた。
 それと同時にインフィニティの頭上にある扉がゆっくりと開き始める。その扉は地上にもある扉と連動していて、出撃時などに用いられる。通常はリリーファーを載せている土台も連動して動き出す。
 そして、インフィニティを載せた土台が、急速にスピードをあげ地上に向けて発進した。

「……出発したわね」

 土台を見送ったエイルの元にひとりの女性がやってきたのは、それから少しあとのことだった。
 その女性はエイルも見覚えがあった。
 ――メリア・ヴェンダーは不満そうな表情で、彼女に訊ねた。

「何が私が許可をする、だ。あんたにはそんな権限もないだろうに。……重罪だぞ」
「ならば、どうしてあなたも止めなかったんですか? あなたも同罪になるでしょう」

 エイルはメリアの言葉に動揺もせず、そう返した。
 それを聞いて、メリアは舌打ちする。

「相変わらずいけ好かないわね、エイル・ベリーダ」
「あなたこそ、全く変わっていないようで何よりね」

 ふたりは、ただそれだけの会話を交わしただけだった。
 メリアは睨みつけるようにエイルの表情を見て、そのまま格納庫をあとにした。

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