絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百七十六話 ティータイム

 その頃ペイパス王国、その首都にある王城ではある式が行われていた。
 王の間の玉座には、今イサドラ・ペイパスが座っている。昨日までは未だ正式な手順を踏んでいないために、正式に『国王』と名乗ることは出来なかったが、今日をもって彼女は、正式にペイパス王国の国王となるわけだ。
 達筆な字で書かれた国法の前文について読み上げる。
 ペイパス国法の前文は、非常に簡単なものであった。


 ――我が国は、眠れる獅子であれ。国を守るための力を蓄え、国が脅かされた時には、獅子を起こした罰を与えよ。


 それは軍国主義を主張するような文でもあったが、強ちその理解で間違いではない。
 ペイパス王国はアースガルドやヴァリエイブルに比べれば戦力が少ない、弱小国家である。しかしながら、ペイパスには様々な観光地があったり、鉱山が存在したりなど、他国からしてみれば喉から手が出るほど国家予算が潤沢に手に入る国でもあった。
 しかし、それはあくまでペイパスが軍事予算に肩を並べる程に観光地や鉱山を保護するための予算をかけているからこそ……の話である。そしてそれは他国も知っていたことで、だからペイパスと協力しようという国が殆どであった。
 だが、ついに恐れていた事態が発生した。ペイパスで一番強い起動従士が彼の『インフィニティ』に殺されたのだ。
 話を聞いてみるとどうも最初に仕掛けたのはペイパスの方からとなっているが、結果的にペイパスの牙城が崩れることとなった。
 そしてヴァリエイブルは一騎士団を率いてペイパスに和平交渉という名の『占領』を行った。前国王は、それに怒りを顕にさせたが、その場で殺害された。
 このような経緯もあり、ペイパス王国が改めて独立をするという今日この時のために、新しくペイパス王国の大臣職に就いたラフター・エンデバイロンを主導として、国法を大きく改正することになったのだ。
 前文こそ大きく変更してはいないが、他の条文については大幅に削除或いは改訂或いは追加を行った。
 眠れる獅子を起こした罰を――。それはペイパス王国の前文、そしてそれから意味することは、軍国主義への転換であった。
 もはやこの世界、この時代において『平和主義』など甘いことを言っている場合ではない。結局は力がこの世界を制するのだ。それを、その意味を、どうして彼らは知らなかったのだろうか? どうして彼らは気付かなかったのだろうか?
 イサドラがそんなことを考えているのかどうかは、果たして解らないが、玉座から立ち上がり、マイクの前に立ち止まった。

「――私は」

 マイクを前にして、イサドラは言った。声を出すと僅かにマイクがハウリングを起こした。

「私は、本日をもって、正式な手順の上、国王という位に就く。それはとても素晴らしいことだ。それはとても称賛されるべきことだ。ただしそれをするには……少々時間のタイミングが悪いものとなった」

 イサドラは小さく俯いた。
 しかし直ぐに顔を上げ、話を続ける。

「私は急に国王になった人間です。普通ならば様々な学問を学び、それを知識として得た上で、さらに正式な手順を踏んでいくことで私は国王へとなることが出来ます。……しかしながら、今回はそれを行いませんでした。理由は簡単です、私の父……元国王がヴァリエイブルに殺されてしまったからです」

 イサドラは涙を流しそうになったが、それを堪えた。
 国王たる者弱さを見せてはいけない――というのは、彼女の父親が生前イサドラに言っていたことだったからだ。
 国王は名前の通り国のトップだ。一番の地位を誇る存在である。そんな国王が弱さを見せてしまっては、人はついていかない――彼はそれを知っていたし、何れその座を継ぐ可能性があるイサドラにはそれで失敗してほしくないという彼なりの優しさというものもあった。
 だから彼女は、国民の前では決して涙を流さないと、そう心に決めたのだった。

「私はその行動に深く傷つき、そして、深く悲しみました。どうして人々は争いを繰り広げなくてはならないのか。どうして人々は同じ過ちを繰り返してしまうのでしょうか? ……それは私にも解りませんし、誰しもが納得出来る解答が出せる人間など、そう簡単に居ないでしょう」

 もはや彼女の言葉に異議を唱える人間などいない。
 彼女の演説を聞こうと、ただ耳を傾けていた。

「だから私は――その争いを止めたいのです。同じ過ちを繰り返してはいけない。繰り返すわけにはいかないのです。……だから私はここに宣言します、私がこの国を治めている間に、『戦争のない、平和な世界』を実現する……と!」

 その演説が終わって直ぐ、空間を沈黙が支配した。
 そして、その沈黙を切り裂くようにある一人が小さく拍手した。それに賛同するように、それに呼応するように一つ、また一つと拍手が広がっていく。
 沈黙に代わって拍手がその空間を支配するまでに、そう時間はかからなかった。


「素晴らしい演説でした、国王陛下」

 イサドラが自分の部屋に入り、先ずソファに座った。そして小さく溜め息を吐いたところで、彼女に声がかかった。
 それが彼女のお付きであるメイド、メイルの声だということに気付くまで、そう時間はかからなかった。

「なんだ、メイルか……。驚かせないでよ……」
「ひどくお疲れのようでしたので、声をかけるかどうか悩みましたが、私としてはベッドの方で御休みになられた方が良いと思いましたので声を……」
「あぁ……うそ、わたし、そんなに疲れている顔に見えたの?」
「はい」

 残念ながら、といったような感じでメイルは頷く。
 イサドラはそれを聞いて、ソファに座り直す。

「……仕方ないわね。現に疲れていたから。重鎮ばかりがいる会場でスピーチをするなんて、緊張しないほうがおかしいわ。だって殆どが見たことの無い人間ばかりなんだもの」
「でも、それであれほどのスピーチが出来るのはさすがです。きっと神の御加護があったのでしょう」

 メイルが言うと、イサドラは苦い顔を浮かべた。

「もし神の御加護なんてものがあったなら、だったらお父様を生かせてくれればよかったのよ。それならば巧くいった。お父様なら私以上に戦争を解決してくれたはずよ」
「……すいませんでした」

 メイルは短い沈黙のあと、謝罪した。イサドラは突然の行為に訳が解らないようであった。

「め、メイル。どうしたの? 頭を上げてちうだい」
「私は、未だ国王陛下の心の傷が癒えていないことを考えることなく、不用意で不本意な発言をしてしまいました……悔やんでも悔やみきれません」
「いいのよ、メイル。顔を上げて」

 二回目の指示で、メイルは漸く頭を上げた。

「……国王陛下。先程の無礼、何卒御許しください」
「あなたと私の仲でしょう。大丈夫よ」
「ありがとうございます」

 メイルは感謝の意を込めて、小さく頭を下げた。

「ところで……お茶をお淹れしましょうか? 疲れによく効く紅茶を、このときのために仕入れておきましたよ」
「紅茶……それもいいわね。何か付け合わせのものってあったりする?」
「バタークッキーとチョコレートソースを御用意してあります」
「さすがメイルね。言わなくても私の好きなものを解ってる」
「ええ、それはもう長い付き合いになりますから」

 メイルは頷く。そして沸かしていたティーポットに茶葉を入れた袋を落とした。直ぐにお湯は色づき、煌々と濃い赤色に染まっていく。それとともに爽やかな香りが部屋いっぱいに広がっていく。

「うーん……いい香りね。早く飲みたいわ……!」

 身体を震わせてイサドラは言う。
 しかしそれに対してメイルは悪戯っぽく微笑んだ。

「未だですよ。茶葉はゆっくり、そして確りと湯に味と香りが移るまで時間がかかりますから。そう慌てなくてもティータイムは逃げていきません」



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