絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百七十七話 提案


「えー、メイルの意地悪~!」
「意地悪でけっこうです。美味しくない紅茶を飲むくらいだったら私はこの仕事を辞めてもいいですね」

 メイルはそう言った。その口調は冗談めいて見えなかったので、イサドラは口を窄めて、ただそれを待つことにした。
 もしかしたら今国王である彼女にここまで口出しできるのは、メイルだけなのかもしれない。それも、長年ずっと彼女がイサドラに仕えているから、その信頼のあかしなのだろう。
 イサドラは紅茶の香りを嗅いで、目を瞑った。

「……ほんと、いい香りね。この紅茶」
「この香りを嗅いでいるとリラックス効果があるそうですよ。それに、緊張も解れるそうです」
「その効果があるんだったら、もう少し前にもらってもよかったんじゃないの?」
「……それもそうですね」
「わざとね、メイル」
「いいえ、全然」

 メイルは微笑む。
 それを見ているとなんだか馬鹿らしくなって、イサドラはバタークッキーを一枚手にとってそれを頬張った。


 メイルとイサドラがティータイムに興じてから、大体三十分程経ったとき、ドアがノックされた。

「どうぞ」

 イサドラは溜息を吐きながら、本日三杯目の紅茶が注がれたティーカップをテーブルに置いて、そう言った。
 メイルはそれを見て、立ち上がる。誰も見られていない場所ならば、メイルはイサドラに気にせず接して良いと彼女から言われていたのだが、とはいえ他人が入ると、それを知らないわけであるから、カンカンと怒られるに違いないからだ。怒られるだけで済めば良いが、それ以上のことになってはメイル以上にイサドラが大変だからだ。

「失礼します」

 しかし、入ってきた相手がラフターだとわかると、少しメイルもほっとした。
 ラフターは二人を見渡して、ソファに腰掛ける。

「ふたりだけのようですが……いったい何を?」
「ティーブレイクに興じておりましたのよ。あなたもどうです?」

 そう言ってイサドラはティーカップを再び持ち上げ、ラフターに見せつける。
 それを見て、ラフターは一瞬考えたが、

「いただきましょう。少しばかり落ち着いたほうが話もしやすいでしょうし」

 そう言って頷いた。それを見てメイルはすぐさまテーブルに置いてあったティーカップに紅茶を注いだ。そしてそれをソーサーにのせて、ラフターの目の前に置く。

「ふむ、ありがとう。では」

 ラフターは紅茶を一口すする。
 そして紅茶の香りを嗅いだ。

「……いい香りだ。この紅茶は誰が?」
「私が選びました。疲れも取れるということで、国王陛下にぴったりであると」
「ふむ……なるほどね。さすがだ、メイル」
「ありがとうございます」

 メイルはその言葉を聞いて、頭を下げる。
 ラフターはティーカップをテーブルの上において、小さく頷いた。

「さて、今回は大事な話があってやってまいりました」
「……話?」

 イサドラは首を傾げる。

「ええ。それはそれは大事な話です。……これからの世界について、そして陛下がおっしゃられていた『平和な世界』を実現するためのひとつのステップになるであろう、大事な話になります」
「……聞かせてもらおうかしら」

 イサドラの言葉にラフターは頷く。
 ラフターは人差し指と中指を差し出して、言った。

「私がこれからお話する内容は全部で二つです。ですがどちらもそのステップには関係のあることであると思います。関係度は後者のほうが上ですが。……どちらから話しましょう?」
「どちらでも構いません。まあ、関係度の低いほうから聞いても問題はないでしょう」
「わかりました。それでは関係度の低い方から、お話することとしましょう」

 そう言って、ラフターはあるものを取り出した。
 それは書類だった。そこには文字がたくさん書かれているようで、一瞬でそれがなんの書類であるか判別することは出来なかった。

「……それは?」
「これは書類です。とはいえ、これに署名をいただくだけでこの書類の効力が発揮されてしまうので、出来ることならきちんと話を通しておきたいところなのですが、何分時間が……」
「いいから掻い摘んでも構いません。だから、解る程度に説明してください」
「かしこまりました」

 ラフターは恭しく笑みを零すと、その書類の詳細について述べ始めた。

「この書類は……直属騎士団に関する書類になります。もっというならば、直属騎士団を設立あるいは追加するときに、国王陛下が署名してそれに同意する書類となるわけです」
「ふむ……。それで、私は何をすればいいわけ? 直属騎士団を設立するにも、起動従士は育っていないわよ」
「そこが問題です……そして、私がこれから行おうとしているのは『設立』ではありません。もっというならば、『追加』する方になります」
「追加……?」
「私は何も騎士団を新たに作るなどとは言っておりません。すでに私たちには起動従士がいるではありませんか。騎士団が存在するではありませんか」

 そこで、漸くイサドラも気づいた。ラフターが何を言おうとしているのか。彼が何をしようとしているのか。

「でもそれは問題が……あるのではなくて?」
「起動従士は国外では何をされても問題ないという国際条約で決まっています。言うならば奴隷のような扱いを受けてもいいのです。それを逆手にとって、私たちが改めて『直属騎士団』としてしまえばいいのですよ。……ヴァリエイブルのカスパール騎士団を」

 それを聞いてイサドラは耳を欹てた。そして、飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。
 しかしそこは流石に冷静に一口飲んで、ティーカップをテーブルに置いて、それに対する反応を返す。

「……そんなことをして、ヴァリエイブルが攻め込んでは来ない? 一応、ペイパス軍がペイパス王国にいるヴァリエイブル軍を無力化しているとはいえ、それで攻めてこられたら国内のヴァリエイブル軍の士気を高めることになってしまうのではなくて?」
「それが、もうひとつの話と絡んでくる問題です」

 そして、ラフターは人差し指を立てた。

「これは簡単です。ですが、これを実行する前と後で文句を言われるのは避けられません。国を揺るがすことになるかもしれませんが、確実に良い結果を生み出すものだと思います」
「……ラフターさん、私はあなたを信頼して、改めて大臣職に就いていただいているのです。はっきりと物事をおっしゃってもらって構いません」

 これを言ったのは、決して早く言わないラフターへ対して苛立ちを顕にしているわけではない。
 早くその事実を知りたかった。早く楽になりたかったからだ。況してやラフターは『平和の世界に一歩近づくための方法である』と言った。だとしたらそれを使わない手はない――イサドラはそう思ったのだ。

「わかりました。それでは、お話させていただきます」

 そう言ってラフターは再び書類を取り出した。しかし先程の書類とは違って簡素な文章だ。だから、直ぐにそれがなんだか読み取ることができる。

「……ヴァリエイブル連邦王国との和平交渉及び条約締結について……?!」

 そしてイサドラはその見た文章をそのまま口に出して言った。
 それほどのことだったのだ。彼女にとってそれは、それほど驚くべきことであったのだ。

「確かに驚くべきことではあると思います。私でも、苦渋の決断でありましたから」
「ならばなぜ、これを私に提示したのです?」
「それはもちろん、先程もおっしゃったとおり、『平和な世界へ近づくための』……」
「それが他国へ媚びへつらうことであるというのなら、私は断じて違うと言えますが」
「和平交渉は決して、媚びへつらうためのものではありません。……寧ろ、逆ですよ」

 ラフターはそう言ってシニカルに微笑む。
 それを聞いて、イサドラは目を丸くした。

「逆……?」
「ええ、そうです。今ヴァリエイブルは『どうしたことか』国王が変わったばかりでまつりごともうまくいっていないそうなのですよ。そして法王庁との戦争についても戦果が芳しくない……そう聞いています。ならば、我々が先に和平交渉を結んでしまおうという戦法です」
「で、和平交渉を結んで……どうなるというのですか?」
「和平交渉は、恐らくではありますが、ある程度無理難題を言いつけても、ヴァリエイブルは了承すると考えています」

 きっぱりと、ラフターはそう言った。

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