絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百八十話 攻略作戦、出動Ⅱ

「それもそうだね」

 グランハルトは頷く。レーションというのは軍事用に開発された栄養食である。味はともかくそれを一つ食べるとエネルギーが容易に取ることが出来る。その特性と引き換えにして、味は絶望的に悪い。レナがその味を『消しゴムのような味』と称したが、実際には無味無臭で、食感はジャリジャリと何かが混じっているような感じだ。その食感から彼女はそう言ったかもしれないが、それを棚に上げればレーションは容易に栄養を取ることが出来るので、非常に便利な代物だ(とはいえ、やはり味は味なので、兵士の中にはレーションが嫌いすぎて撤廃を唱える兵士もいる程だ)。

「でもまぁ、流石に全員の好き好みってのはカバー出来ないんですけどね。でも『レーションよりはマシだ』ってんでみんな食べてくれますけど」
「そりゃ傑作だ」

 そう言ってレナはグラスに残っていたジュースを飲み干した。


 食事を終えた『バックアップ』のメンバーは、当初食事中にリリーファーのメンテナンスを基地の整備士に行わせ、その終了後作戦の再確認を行った上で作戦実行に至る予定だった。
 しかし食事の終了後レナが基地の代表者だと自らを名乗ったフランシスカから、まだメンテナンスが終了しておらず一時間程遅延するとの報告が入った。それについてレナがフランシスカを叱責することは無かったが、レナが苛立ちを覚えていたのもまた事実だ。

「……まぁ、こういうリフレッシュタイムもいいんじゃない?」
「確かにな。でも何故お前と一緒に散歩することになったのか、簡潔に答えろ」

 そういうわけで空いてしまった時間を生かすために、グランハルトが提示したのはリフレッシュタイムの存在だった。
 遅延してしまっている一時間は、そう簡単に縮めることは出来ない。ならばいっそ、その一時間を完全な休憩時間にしよう――というのがグランハルトの考えだった。
 但し、何でも出来る訳ではない。一応、彼は幾つかの禁止事項を提示した。
 例えば基地の施設の使用不使用に問わずトレーニングを禁止した。理由は簡単で、疲労を簡単に蓄積させないためだ。疲労が蓄積してしまっては、全力を出すことは難しい。
 他にも外出の場合は基地の傍にあるクレイドという町の中だけに過ぎないし、さらにその場合は私服と変装を義務付けた。理由は言わずとも解るように、起動従士がこの戦時中に町をぶらぶらと散歩していることを町人が知ると厄介なことになるからだ。国に苦情が来て、クーデターが発生して、最悪国が滅びかねない。

「だけど基地の内部なら変装でなくても私服でなくても問題なし! みんな知らないんだよね〜、ガルタス基地の地下にはこんなに立派な庭園があるんだから」

 レナとグランハルトが歩きつつ、その庭園を眺めていく。この庭園の綺麗さには目を見張るものがあった。
 この地下庭園はガルタス基地の地下六階に位置している。広さはガルタス基地とほぼ同じ広さを誇る。しかしながらその利用は殆ど無いために、基地の人間の隠れ家みたいな感じになっていた。
 庭園には川が流れ、噴水もある。太陽は人工太陽が設置されており、日の出とともに電源が入り、日の入りとともに電源が落ちる。そして『夜』には人工月が浮かび上がり人工太陽の六割程暗い明かりで庭園を照らす。
 資料を辿ればここは昔シェルターとして使用する予定があったそうだが、別の場所にさらに巨大なシェルターが建設されたために、僅か半年でその役目を終了することになった。
 その後は閉鎖が決定していたが、ある科学者が言った一言によって、この場所の運命が大きく変わることになった。


 ――シェルターとして使えないのであれば、ここに様々な装置の設置を施して、一つの『楽園』を作り上げよう。


 その言葉の意味を理解出来た人間はそう多くない。そして、その『楽園』という単語の意味を、ある単語をもって変換されることになった。
 庭園。
 それは楽園に程近いものであった。しかしそれと同時に庭園はカミサマが考えていた楽園とは程遠いものになる可能性もまた孕んでいた。

「……ここが『楽園に一番近い場所』だって聞いたが……それにしては手入れもなっていないが」
「手入れは誰一人として行っていないそうだよ。植物が病気にかかったとしても、その植物自体が持っている力でどうにかこうにかするらしいね」

 レナとグランハルトは再び庭園の道を歩く。なるほど、そう言われてみれば今彼女たちが歩いている道は舗装されていない畦道であった。人の手は必要最低限しかかけていないようになっているらしい。

「……だからといって、私とあんたが一緒にいる理由にはならないが?」
「ボディーガードだよ。ほら、レナは肉弾戦に強くないから」
「本音は?」
「レナのおっぱいを揉みたい!」

 グランハルトは大声でそう言った。
 グランハルトという人間は、とても馬鹿正直な人間だった。
 レナは拳に力を込め、低い声で呟く。

「祈る時間だけは与えてやろう」


 ――数瞬の時をおいて、グランハルトの腹にレナの渾身の右ストレートが命中した。


 一時間が経過するのは、実にあっという間のことだった。
 食堂に置かれている大きなテーブルには、もう何も置かれていない。それに新品のようにピカピカに磨かれていた。

「あのコック……ただ者ではないな。なぜこんな辺境の基地に居るんだ?」
「さぁね。でも確かにここに置いとくには勿体無い人材なのは確かだ」

 レナとグランハルトは食堂に居た。因みに今は集合時間十分前だが、未だ誰も集まっていない。だが、元々バックアップのメンバーは然程時間について厳しくしていないため、寧ろこれくらいが普通だった。

「皆さん、遅いですね……これが普通なのですか?」

 そう言ったのはミスティだ。ミスティはお盆に全員分の水を入れたコップをのせて持ってきたのだ。

「別にそこまでしてもらわなくてもいいのよ。作戦会議とはいえ、そう時間もかからないから」
「いえいえ。でも、これぐらいはしないと……」

 ミスティはレナが言った言葉を流しつつ、テーブルにコップを置いていく。こういう人間はもう何度言っても止めることはしないとレナ自身も解っていたので、これ以上言わないことにした。
 結局、メンバー全員が着席したのは、それから八分程――即ち集合時間二分前のことであった。

「……まあ、まだ早いほうね」

 これがいつものことなら、五分遅れてやってくるメンバーがいてもおかしくはない。だが、今回はきちんとした作戦だからか、皆時間に対してルーズであってはならないと思ったのだろう。
 レナは溜息を一つ吐くと、話を始める。

「さて、それじゃこれから作戦を再確認していくわ。これから我々は法王庁自治領に潜入する。……まあ、堂々とはいるのだから潜入というと違和感があるけれど、とりあえず法王庁自治領に入る。表現が変わろうともそれは変わりない」

 その言葉にメンバーは頷く。

「そして法王庁自治領の首都、ユースティティアに聳え立つクリスタルタワー。これを襲撃する」
「クリスタルタワーはどのあたりにあるんだ?」

 質問をしたのはグランハルトであった。

「クリスタルタワーはユースティティアの中心にあると言われているわ。とはいえ、そこまで潜入するのが大変ね。ユースティティアは壁で囲まれた町だと聞くから」
「敵はもう待ち構えていることも考えられるな」

 メンバーのひとりがそう言って、相槌を打った。

「そうね。それに厄介なのは独立と法王庁側からの参戦を表明したペイパス王国……。あそこはどれほどの戦力を所有しているのか解らない。そもそも、私たちの戦闘に介入してくるのかも怪しいところだけれど」
「でも、ペイパスが攻撃してくる可能性も考えられる……そういうことか?」

 メンバーの問いに、レナは頷いた。
 レナとしても、出来ることなら戦闘中の敵を増やしたくはなかった。明確に『法王庁が敵である』と決まっているため、その決まっている敵さえ倒すことができればいいと思っているからだ。
 しかし、ペイパスが参戦を表明したことで――戦況は一変した。法王庁としては味方が出来、ヴァリエイブルとしては隣国に戦々恐々とする、そういうことになってしまったのだ。だからといって、今のヴァリエイブルに再びペイパスへ攻め入るほどの余裕もない。結局はそういうことだったのだ。

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