絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百話 和平交渉
レティアは呟く。
部下である彼はそれをただ聞くだけだった。意見こそ述べる機会はあるかもしれないが、それに対して苦言を呈することなどはない。なぜなら、彼女は国王という、この国の一番地位が高い人間で、この部下は彼女に雇われている存在に過ぎないのだから。
「……陛下、ご意見を述べさせていただいてもよろしいでしょうか」
「構わないわ」
彼女は言った。
それに対して頭を下げて、彼は話を始める。
「先ず、あなた様は国王なのです。このヴァリエイブルで一番地位の高い人間ですし、民衆はあなたの意見に必ず耳を傾け、理不尽な命令でなければあなたの命令には必ず従います。しかし、そんな特権があるからこそそれなりに責任が伴うのも確かです。……国王とはそういう存在です。強くなければならないのです。身体も、心も。あなたはそうならなくてはならないのです。たとえ、部下である私の前ですらそんなことは言ってはいけない。甘えを見せてはいけないのです。いつどこで、誰が聞いているか解りませんから」
その言葉を聞いて、レティアは頷く。
しかし、彼女はその意見を聞いたとしても、その対策が考えつかなかった。彼が言った、『甘えを見せてはいけない』ことは正論なのだが、それでも彼女は兄であるイグアスが帰ってくるその時まで、父ラグストリアルから託されたバトンを落とさないようにするために躍起になっていた。
だが、それが彼の言う『甘え』に捉えられてしまうのも、もはや仕方ないようにも思える。
「……私が頑張らなくてはなりません。私は、たとえお兄様が戻ってくるまでの間とはいえ、国王という位についていることには変わりないのですから」
そう言って彼女は立ち上がり、宣言した。
「法王庁との和平交渉に応じましょう。そして、終わらせるのです。この戦争を」
◇◇◇
「……終わりだ」
その頃、ヘヴンズ・ゲートの方で戦闘を繰り広げていたインフィニティ率いるヴァリエイブル軍と聖騎士団の戦闘は唐突に終了してしまった。
バルダッサーレの乗る聖騎士が踵を返し、立ち去っていく。それに従うように聖騎士たちも去っていく。
「おい! どうして逃げていくんだ!?」
崇人は外部スピーカーを通して、聖騎士団に問いかけた。
「逃げるのではない、戦術的撤退だ。逃げるのではない。戦う理由が無くなったからだ」
それだけを言って、聖騎士団は姿を消した。
「どういうことだよ、それって……?」
崇人は呟く。
崇人の乗っているコックピットに通信が入ったのは、ちょうどその時であった。
『ごきげんよう、皆さん。私はヴァリエイブル連邦王国国王のレティア・リグレーと申します』
凛と透き通った声は、聞いた者を圧倒させる。そして自然と背筋がピンと伸びてしまう。これが国王の力――というやつなのだろうか、崇人には解らなかった。
レティアと名乗った女性の話は続く。
『私は、国王としてあなたたちに命じます。現時刻をもって戦闘行為を終了します。繰り返します、現時刻をもって戦闘行為は終了です』
「それって……どういうことですか!」
そう反論したのはマーズだった。
『もう決まったことです。決まったことは変えることはできません。大きな世界の流れには、逆らうことなんてできません』
「それじゃ、ここで私たちが逃げ帰るのも、その大きな流れの一つである……そうおっしゃるんですか」
話口調こそ丁寧だったが、マーズの話し方は相手に喧嘩を売っているようにも聞こえる、とても乱暴な言い方だった。
対して、レティアはそんな喧嘩口調の相手でも臆することなどなく、冷静に話を続ける。
『ええ。これ以上の戦いははっきり言って無意味です。必要がありません。あなたたちだって薄々気がついているのではありませんか? この戦争に意味はあって、この戦争に終わりはあるのか、ということについて』
「それは……」
考えていない、と言ったら嘘になる。マーズだって崇人だってヴィエンスだってそうだ。殆どの人間がこの戦争の意味を、勝利条件を理解していない。
どうすれば勝つことのできるのか。ヘヴンズ・ゲートの破壊? クリスタルタワーの制圧? いいや、細かい理由など聞いていない。ただ、法王庁自治領からの攻撃を耐えるグループとヘヴンズ・ゲートへと向かうグループ、その二つにしかわかれていない。
『……解ったのなら、返事くらいしていただけてもいいと思うんですけどね』
「……了解した。これから帰着する」
その言葉に、レティアは頷いて通信を切った。
◇◇◇
その頃、地下。ヘヴンズ・ゲートの目の前の彼らにも異変が起きていた。
「……どうやらもうタイムアップなのかもね」
そう言うと少女はニヒルな笑みを浮かべる。
「そうだよ、アリス。迎えに来たんだ」
気がつくとアリスの隣にはひとりの青年が立っていた。こんなに多数のリリーファーがあるにもかかわらず、誰も彼がやってきたのに気がつかなかったのだ。
「いつの間に……!?」
ヴィエンスは驚いて目を丸くする。
それを見て青年は唇を緩める。
「僕の名前は帽子屋。残念ながら君たちにはこれくらいしか話せない。情報公開のレベルが違うからね。残念なことだけど、これくらいは理解して欲しい」
帽子屋は言うと、アリスに向き直る。
「アリス。そろそろ僕たちの場所へ帰ろう。ここに長く居続けてもいい結果は出てこないよ」
「お腹すいたよ」
「おいしいお菓子とお茶が待っているよ。チェシャ猫が淹れてくれる紅茶は格別だからね。ティータイムは大事だよ、まったく」
「ティータイムってのがよく解らないけれど、そこでご飯が食べれるなら、そこで私のお腹が膨らむのなら行く」
「行こう。それがいい。行くべきだ」
帽子屋は微笑むと、頷いて指を弾いた。
そして、彼らの姿は消えた。
◇◇◇
巨大潜水艦アフロディーテに残っていたイグアスはレティアの話を聞いていた。ただしそれは各リリーファーに流したものではなく、彼女と直接会話しているということになるが。
「……しかし驚いたよ。まさかお前がそこまで頑張れるなんてな。見直したぞ、レティア」
電話の相手であるレティアがとても頬を紅潮させていることなど、イグアスには解らない。
レティアはそれを聞いて少し詰まりながらも答える。
「そんなことないです。お兄様が……お兄様こそ正式に国王になるべきです。そうであってこそ、ヴァリエイブルは真に復活するのです」
「そーかあ? 別に俺はお前が王様になってもいいような気がするぞ。特にこの和平交渉を了承したってのは随分と大きいからな。これだけで国民の支持率はうなぎのぼりになるんじゃないか? 当分はデモも起きないだろ」
イグアスは微笑む。それは成長した彼女を見ることができたからだった。
今までレティアはずっとイグアスについているか、ずっと自分の部屋に閉じこもってばかりだった。箱入り娘、といえば都合がいいがそれを抱えている人間からすればただの荷物であった。
だが、彼はそうだと認識したくなかった。彼女と彼は血の繋がった強大なのだから、そんなことをしてはならない――そう思っていたのだ。
「でも、私は……やはり不安です。私でやっていけるのでしょうか?」
「やっていけるさ、お前なら。別に俺がいなくなるわけじゃあない。ヘヴンズ・ゲートの方から戻ってくるリリーファーと起動従士を載せたらそのままそっちに戻ることになるから、それまでの辛抱だよ。そうしたら一緒にいろんな話をしよう。おみやげ話は、徹夜をしても語りきれないくらい用意しておくからな」
「はい、楽しみにしております」
「ああ、またな」
そうして、二人の通話は終了した。
◇◇◇
その後、和平交渉について簡単に述べることとしよう。詳細に述べる必要などないからだ。
結論から言って、和平交渉にはその後ペイパスも出席したので、戦争の参加国凡てがちょうど同じタイミングで和平交渉をすることとなった。
そして、和平交渉は良い形で終了を遂げ、それぞれの国が調印を行った。
――ここにひとつの戦争が終了を迎えたのであった。
部下である彼はそれをただ聞くだけだった。意見こそ述べる機会はあるかもしれないが、それに対して苦言を呈することなどはない。なぜなら、彼女は国王という、この国の一番地位が高い人間で、この部下は彼女に雇われている存在に過ぎないのだから。
「……陛下、ご意見を述べさせていただいてもよろしいでしょうか」
「構わないわ」
彼女は言った。
それに対して頭を下げて、彼は話を始める。
「先ず、あなた様は国王なのです。このヴァリエイブルで一番地位の高い人間ですし、民衆はあなたの意見に必ず耳を傾け、理不尽な命令でなければあなたの命令には必ず従います。しかし、そんな特権があるからこそそれなりに責任が伴うのも確かです。……国王とはそういう存在です。強くなければならないのです。身体も、心も。あなたはそうならなくてはならないのです。たとえ、部下である私の前ですらそんなことは言ってはいけない。甘えを見せてはいけないのです。いつどこで、誰が聞いているか解りませんから」
その言葉を聞いて、レティアは頷く。
しかし、彼女はその意見を聞いたとしても、その対策が考えつかなかった。彼が言った、『甘えを見せてはいけない』ことは正論なのだが、それでも彼女は兄であるイグアスが帰ってくるその時まで、父ラグストリアルから託されたバトンを落とさないようにするために躍起になっていた。
だが、それが彼の言う『甘え』に捉えられてしまうのも、もはや仕方ないようにも思える。
「……私が頑張らなくてはなりません。私は、たとえお兄様が戻ってくるまでの間とはいえ、国王という位についていることには変わりないのですから」
そう言って彼女は立ち上がり、宣言した。
「法王庁との和平交渉に応じましょう。そして、終わらせるのです。この戦争を」
◇◇◇
「……終わりだ」
その頃、ヘヴンズ・ゲートの方で戦闘を繰り広げていたインフィニティ率いるヴァリエイブル軍と聖騎士団の戦闘は唐突に終了してしまった。
バルダッサーレの乗る聖騎士が踵を返し、立ち去っていく。それに従うように聖騎士たちも去っていく。
「おい! どうして逃げていくんだ!?」
崇人は外部スピーカーを通して、聖騎士団に問いかけた。
「逃げるのではない、戦術的撤退だ。逃げるのではない。戦う理由が無くなったからだ」
それだけを言って、聖騎士団は姿を消した。
「どういうことだよ、それって……?」
崇人は呟く。
崇人の乗っているコックピットに通信が入ったのは、ちょうどその時であった。
『ごきげんよう、皆さん。私はヴァリエイブル連邦王国国王のレティア・リグレーと申します』
凛と透き通った声は、聞いた者を圧倒させる。そして自然と背筋がピンと伸びてしまう。これが国王の力――というやつなのだろうか、崇人には解らなかった。
レティアと名乗った女性の話は続く。
『私は、国王としてあなたたちに命じます。現時刻をもって戦闘行為を終了します。繰り返します、現時刻をもって戦闘行為は終了です』
「それって……どういうことですか!」
そう反論したのはマーズだった。
『もう決まったことです。決まったことは変えることはできません。大きな世界の流れには、逆らうことなんてできません』
「それじゃ、ここで私たちが逃げ帰るのも、その大きな流れの一つである……そうおっしゃるんですか」
話口調こそ丁寧だったが、マーズの話し方は相手に喧嘩を売っているようにも聞こえる、とても乱暴な言い方だった。
対して、レティアはそんな喧嘩口調の相手でも臆することなどなく、冷静に話を続ける。
『ええ。これ以上の戦いははっきり言って無意味です。必要がありません。あなたたちだって薄々気がついているのではありませんか? この戦争に意味はあって、この戦争に終わりはあるのか、ということについて』
「それは……」
考えていない、と言ったら嘘になる。マーズだって崇人だってヴィエンスだってそうだ。殆どの人間がこの戦争の意味を、勝利条件を理解していない。
どうすれば勝つことのできるのか。ヘヴンズ・ゲートの破壊? クリスタルタワーの制圧? いいや、細かい理由など聞いていない。ただ、法王庁自治領からの攻撃を耐えるグループとヘヴンズ・ゲートへと向かうグループ、その二つにしかわかれていない。
『……解ったのなら、返事くらいしていただけてもいいと思うんですけどね』
「……了解した。これから帰着する」
その言葉に、レティアは頷いて通信を切った。
◇◇◇
その頃、地下。ヘヴンズ・ゲートの目の前の彼らにも異変が起きていた。
「……どうやらもうタイムアップなのかもね」
そう言うと少女はニヒルな笑みを浮かべる。
「そうだよ、アリス。迎えに来たんだ」
気がつくとアリスの隣にはひとりの青年が立っていた。こんなに多数のリリーファーがあるにもかかわらず、誰も彼がやってきたのに気がつかなかったのだ。
「いつの間に……!?」
ヴィエンスは驚いて目を丸くする。
それを見て青年は唇を緩める。
「僕の名前は帽子屋。残念ながら君たちにはこれくらいしか話せない。情報公開のレベルが違うからね。残念なことだけど、これくらいは理解して欲しい」
帽子屋は言うと、アリスに向き直る。
「アリス。そろそろ僕たちの場所へ帰ろう。ここに長く居続けてもいい結果は出てこないよ」
「お腹すいたよ」
「おいしいお菓子とお茶が待っているよ。チェシャ猫が淹れてくれる紅茶は格別だからね。ティータイムは大事だよ、まったく」
「ティータイムってのがよく解らないけれど、そこでご飯が食べれるなら、そこで私のお腹が膨らむのなら行く」
「行こう。それがいい。行くべきだ」
帽子屋は微笑むと、頷いて指を弾いた。
そして、彼らの姿は消えた。
◇◇◇
巨大潜水艦アフロディーテに残っていたイグアスはレティアの話を聞いていた。ただしそれは各リリーファーに流したものではなく、彼女と直接会話しているということになるが。
「……しかし驚いたよ。まさかお前がそこまで頑張れるなんてな。見直したぞ、レティア」
電話の相手であるレティアがとても頬を紅潮させていることなど、イグアスには解らない。
レティアはそれを聞いて少し詰まりながらも答える。
「そんなことないです。お兄様が……お兄様こそ正式に国王になるべきです。そうであってこそ、ヴァリエイブルは真に復活するのです」
「そーかあ? 別に俺はお前が王様になってもいいような気がするぞ。特にこの和平交渉を了承したってのは随分と大きいからな。これだけで国民の支持率はうなぎのぼりになるんじゃないか? 当分はデモも起きないだろ」
イグアスは微笑む。それは成長した彼女を見ることができたからだった。
今までレティアはずっとイグアスについているか、ずっと自分の部屋に閉じこもってばかりだった。箱入り娘、といえば都合がいいがそれを抱えている人間からすればただの荷物であった。
だが、彼はそうだと認識したくなかった。彼女と彼は血の繋がった強大なのだから、そんなことをしてはならない――そう思っていたのだ。
「でも、私は……やはり不安です。私でやっていけるのでしょうか?」
「やっていけるさ、お前なら。別に俺がいなくなるわけじゃあない。ヘヴンズ・ゲートの方から戻ってくるリリーファーと起動従士を載せたらそのままそっちに戻ることになるから、それまでの辛抱だよ。そうしたら一緒にいろんな話をしよう。おみやげ話は、徹夜をしても語りきれないくらい用意しておくからな」
「はい、楽しみにしております」
「ああ、またな」
そうして、二人の通話は終了した。
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その後、和平交渉について簡単に述べることとしよう。詳細に述べる必要などないからだ。
結論から言って、和平交渉にはその後ペイパスも出席したので、戦争の参加国凡てがちょうど同じタイミングで和平交渉をすることとなった。
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