絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百二十二話 雑談

 それを見たケイスは、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、

「こいつ変わってるだろ。僕も最初に会ったときから変わってるなあ、って思ったよ」

 そう言いながら崇人を指差した。
 対して崇人はそれを見てバツの悪そうな表情を浮かべる。

「俺はそんなに変人めいていたか?」
「初日からずーっと今日までお昼はうどんだけなんだぜ、こいつ」

 それは否定できなかった。崇人は一年の最初から今日という日までずっとうどんしか注文していない。もちろんうどんとはいえ一種類しかないわけではなくきつねうどんにたぬきうどん、カレーうどんにうどんパスタ、さらには牛煮込みうどんなど、うどんにカテゴライズされたメニューを数えるだけでも十種類近くはある。だから、それでローテーションしていけば飽きることはないのかもしれない。だが、一日くらいはそれ以外のメニューを食べてもいいのに、なぜか彼はうどん関連のメニューばかり食べていた。

「別にこれといった理由はないがな……。うどん、美味いじゃんか」

 そう言ってうどんを啜る崇人。

「……すいません、一つお訊ねしたいんですが」

 丁寧な口調で、しかし緊張が含まれているのか若干声に震えが見られたが、しかし噛むことなく発言したシルヴィアに、

「いいよ、僕たちが答えられることなら、なんでも」

 崇人は気安い口調で応じた。

「起動従士と技術士って一緒にやることは出来るんでしょうか? 或いは、技術士になることはこの学校を卒業することで可能なのでしょうか?」

 その質問は別段驚くべき内容ではない。しかし、彼女が有名な起動従士の娘でなかったならば、それは普通の内容として受け取ることができただろう。

「あ、別に私の話じゃないです。どちらかといえばこっちのメルの話です」
「ちょ、ちょっとシルヴィア!」

 メルはシルヴィアにそれを言われることが想定外だったらしく、頬を紅潮させながらシルヴィアの身体をぽかぽか叩いていた。
 シルヴィアはそれがいつものことなのか気にもとめずに崇人たちに返答を求める。

「……俺はあくまでも聞いた話だがな」

 それに答えたのはヴィエンスだった。
 但し書きをして、話を続ける。

「起動従士クラスに入って二年生にもなれば自分でリリーファーをある程度メンテナンスできるくらいにしなくてはいけないという決まりがあるからか、そういう授業がある。具体的にはメンテナンスを自分で行う、ってやつだな。しかし、そこで使われるリリーファーは起動従士用に用いられるリリーファーではなくて、きっとこれから一年生が使う、そして俺たち学生なら全員が使う『訓練用リリーファー』とやらだ。訓練用リリーファーはそういう風の授業があるのを想定しているから、非常にメンテナンスが楽なんだよ。言うならば、基本的なそれしかやらない……って感じかな。だから専門的な知識を学ぶことを期待しているなら、そっち系に鞍替えするのをお勧めするね」
「……出来ないんですよ」

 ヴィエンスの長々とした説明を、メルは一刀両断した。
 メルの話は続く。

「私の父親……が、起動従士になるべきだ、というんです。俺の子供なのだから起動従士にならないといけない! と憤っていて」
「……まあ、世間体ってもんもあるんだろうなあ」

 崇人は元の世界での友人関係について思い出す。久方ぶりに行った中学の同窓会で友人が言っていたのだ。俺の反対を押し切って三流企業に就職しようと考えているだの専門学校へ行くだのそっちの職は斜陽なのに……そんな愚痴ばかり零している親が多かったからだ。崇人は生憎そんなことに無縁な独身貴族だったからか、親の立場になっている元同級生からは皮肉混じりに「結婚なんてこんなのばっかりだぜ?」なんてことを言われるのだ。
 やはり世間体の概念は地球もこの世界も変わらないのだ――なんてことを悠長に考えながら、崇人は最後のうどんを啜り、完食する。

「世間体は親がそういう立場を守りたいんでしょう? 親が『子供もこうならなくちゃ、笑われる』だの、『親戚でこの学校に行けてないのはお前だけ』だのそういう自慢出来ないから、そういうふうに自棄になっているんですよ、きっと。自慢できる材料が見つかれば子供を顧みずああだこうだと言いふらしますがそれがない場合はグチグチと周りの家についていいます。『よそはよそうちはうち』なんて概念はこんな時だけ通用しない。……ほんと、大人って都合のいい生き物ですよ」

 それを聞くと崇人は頭が痛かった。なにせ崇人は、その都合のいい生き物を十五年経験したのだから。

「大人は都合のいい生き物、ねえ。まあ確かにそのとおりではあるが……君たちをそこまで育てた、というのは感謝してもいいんじゃない?」

 言ったのはリモーナだ。
 それもそのとおりだ。彼女たちの言い分はともかく、メルとシルヴィアをここまで育てたのはほかでもない両親である。彼らへ、そういう感謝を通すというのも考えるべきである。

「それはそれです」

 しかし、きっぱりとシルヴィアは返した。

「確かに育ててくれたことは感謝しています。しかし、しかしですよ。それとこれとは話が違うのではないでしょうか? いくら親が優れた起動従士だったからとはいえ、私たち双子の将来をそうと決めるのもおかしな話です。だから、私はメルの将来を尊重してあげたいんです」
「……シルヴィアは起動従士になりたい。それは君自身の考えでいいのかい?」
「ええ。私は父の戦う姿に憧れて、小さい時から起動従士になろうと思っていましたから」

 となると。
 やはり彼女たちの父親が怒っている原因は――メルにあるということだ。
 しかし崇人は考える。
 別に子供の将来は子供が決めれば良いではないか――ということについてだ。子供の将来は親が決める。そんな古風めいた考えがこの時代に通用するとでも思っているのだろうか。まったくもって同意できないのが崇人の考えだった。
 そこで、ふと彼は考えた。

「……そうだ、メル。僕にひとつ考えがある。今日、ある人に、君にメカニック技術を教えてもらえないかどうか聞いてみよう。それでOKが出たら彼女にご指導願うってのはどうか?」

 それを聞いてメルの表情が明るく華やいだ。それはほかの人にあまりかけられない言葉だったのかもしれない。それもそうだろう。彼女たちの父親はあまりにも有名な起動従士だ。そんな存在の意見を無視するような発言は、並みの起動従士ならば不可能だ。
 でも、崇人は違う。一年前にこの世界に来たばかりで常識の殆どを理解しきれていない。だからこんな荒業が可能になるのだ。

「ありがとうございます!」

 そして、喜んでいるのはメルだけではない。シルヴィアもそうだった。
 彼女は崇人の手をとって、握手していた。そしてその腕をぶんぶんと振っていた。

「ほんとうに、ほんとうにありがとうございます……!!」
「……一応言っておくが、あくまでも聞いてくるだけだからな? OKかどうかは正直な話解らないぞ?」
「いいんです。それを言ってくれる人が現れた……。それだけで私たちはとても、とても嬉しいんですよ……!」
「そうか……。とりあえず聞いておく。明日、また食堂に来れるか?」
「はい」

 シルヴィアは頷く。

「私たちはいつもここで食事を取る予定ですので」

 そうか、と崇人は言った。
 崇人も行動に移らねばならないな、と呟いて立ち上がろうとした。
 ちょうどその時だった。
 食堂の入口に黄色い声援が鳴り響いた。

「……ん?」

 疑問に思った崇人たちがそちらを見る。どうやらひとりの男が食堂に入ってきたようだった。
 ウェーブがかった髪はパーマをかけているのではなく天然なのだろう。細い目は深い海のように青かった。すらりと伸びた身体はスタイルもいい。モデルをしているようにも見える。
 というより、彼女たちが取り巻く男の光景は周りから見れば有名人がやってきたようにしか見えなかった。

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