絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百三十六話 交流会Ⅱ

「そうね。まだはっきりしていない……それが現状よ。アリシエンス先生はそう遠くないうちにルールブックめいたものが来るだろう、なんて言っているけどね……。正直先生は楽観的過ぎるわ」
「それがあの先生のいいところなんだよ」

 そう言って崇人は笑みを浮かべる。
 その通りだった。マーズもアリシエンスと何度も会話を交わしているし、そもそもマーズにとって彼女は有名な先輩であるのだ。だが、そうであってもおっとりな性格の持ち主で、決して先輩と後輩の関係だからといって高圧的な態度をとることもない。
 アリシエンスとはそういう存在なのだ。かといってそれに漬け込む人間などいない。いるはずがない。そういう人間が怒ったときは、実は案外一番怖いものなのだ。

「……交流会の話についてだけど、僕は問題ないと思う。というか、寧ろ去年もやって良かったんじゃないかって思うくらいだ」
「去年はみんなメンバーが一年生だったというのもあるからね。案外そういう時ってこちらからそんなことをしなくても仲良くなっちゃうものなのよ」
「そんなもんかねぇ……」

 崇人は小さく溜め息を吐く。しかしながら彼女が言ったことはとんだ的外れな発言だった――というわけでもない。確かに去年のメンバーはそんなことをしなくても徐々に友好を深めていったからだ。
 だから今回もわざわざそんなことをしなくても――なんてことを思ったが、しかし交流会をやるのならばやってみるのも面白い。彼はそう思っていたのだ。

「だとしたら、問題は場所になるが……考えてたりするのか?」
「『サクラ』を見に行くわ」

 それを聞いて崇人は耳を疑った。今、マーズは何と言ったか。
 サクラ。それは音だけなら紛れもない、崇人が前居た世界にあった『桜』にほかならない。

「さ……サクラ? サクラって、あの……?」
「そうよ、それ以外に何かある? ……それとももしかして、タカトが居た世界にもサクラがあったというの?」

 その言葉に崇人は頷く。

「……ふうん。そうだったんだ。やっぱりこの世界と、タカトが元々居た世界って何らかの形で繋がっているのかもしれないわね……」

 神妙な面持ちでいつになく考え込むマーズ。元々崇人は元の世界に帰りたいなどと言っているのだから、探そうと思うのも若干思うことになるだろう。
 しかしながら崇人としてはそのことを考慮していなかったためか、直ぐにそれを言おうとも思わなかった。

「それにしてもサクラかぁ。まさかこの世界でそれが見れるとは思わなかった。やっぱり花はピンクだったりするのか?」
「そうよ。サクラを見てご飯を戴く……。なんて素晴らしい文化なのかしら! ほんと素晴らしいと思うわよ!」
「いや、まあ、そうだな……。で、そのサクラってどこにいけば見ることができるんだ? まさかバーチャル空間じゃないと見ることが出来ないとか……」
「そんなわけはないわ。ちょっと遠くなるんだけどね。ターム湖のほとりにある運動公園、そこにサクラが咲いているのよ」

 ターム湖。
 崇人は覚えているかどうかは不明瞭だが、かつてアーデルハイトとエスティの三人で海水浴に行った場所である。ここから鉄道でそう時間はかからないところにある観光スポット、それがターム湖である。

「へー……そんなところにサクラが咲いているのか? まさか一本だけとか言わないよな」
「そんなわけないわよ。たくさん咲いているわ。満開になると、運動公園が一面ピンクに染まるくらいにはたくさん」
「それは絶景だろうなあ」

 崇人は呟きながら、その光景を想像する。崇人が昔住んでいたアパートの近辺にも桜がいっぱい咲いている公園があったため、彼はその公園の光景を想像した。

「そういえば桜を見ながら酒を飲んだりしたっけ。昔住んでいたアパートから見えたんだよ、桜が。もちろん完璧に見えるわけじゃなくて、ちょろっとだけどな」
「へえ、すごいじゃない。……一応言っておくけど酒は出ないからね」
「そりゃまあ」

 そう言って崇人は肩をすくめる。内心酒が飲みたかったので溜息を吐いたが、外見からしてそれは仕方ないことであるともいえる。

「……問題はいつやるか、って話。タカトは覚えているかどうか微妙なところだけど、明後日にシミュレートセンターでリーダーを決める戦いを行う。やるのはその前にするかその後にするか、そこが問題なのよね」
「メリアの許可は結局取れたのかよ?」
「花見に一緒に行きましょう、って言ったらOKって」
「軽いなオイ!」

 崇人はマーズに軽いツッコミを入れる。なんだか最近この立ち位置ばかり目立っているような気がするが、崇人が覚えているかどうかははっきり言って彼に聞いてみなくては解らないだろう。
 マーズの話は続く。

「だから、一応それを考えるとメリアの予定も鑑みなくちゃいけないわけ。んで……実はメリアが空いてるのって明後日以外に一番近いの明日なのよね」
「ちけーよ! 驚きだわ!」
「いやいや、だってしょうがないじゃない。私だってなんとかしようと思ったのよ? けど、聞いた話によればメリアは『大会』のコース作成も行っているらしいし」
「メリアが? あいつの専門はあくまでリリーファーのシミュレートとプログラミングだろ? あのアスレティックコースを使うってわけでもなさそうだし……」
「ワークステーションに目が釘付けになってたから新しいコースでも作っているんじゃないかしら、大会用に。可能性はある」
「まあ、無きにしも非ずだ。ただ、そうだとしてもなーんか腑に落ちないよな。隠し事はしゃーないとして、あいつ仕事受け持ちすぎじゃないか? 割と冗談抜きでぶっ倒れるぞ」
「私もいろいろと言ってはいるけどねえ……少し身体を大事にしたら、って。やっぱり身体が資本なのはかわりないし」
「こき使っているおまえがいうのも、正直どうかと思うがな?」

 崇人は言うと、マーズはせせら笑う。それほど彼がおかしなことを言ったのか。いいや、今のは確実に誰が何を見ても常識人めいた発言だったことは明らかだ。
 そんなことより、と言って崇人は話を続ける。

「ともかく明日だとしても、今日中にメールなりなんなりしたほうがいいだろ。そうじゃないと、急にしても予定とか入っていてダメかもしれないし」
「でも私、メールアドレス知らないのよね」
「う……そだろ? おまえそれでも顧問やってるの?」
「あくまで嘱託だからね」
「ちったあやる気出せよ!」

 心の中で小さく舌打ちしながら崇人はスマートフォンを取り出し、メーリングリストを起動する。そこには既に騎士道部全員のアドレスが追加されていた。
 それを眺めたマーズは感嘆の溜息を吐いて、

「ほう。そんなやり方があったとはなあ……。どうも私はこういうのに疎くて困る」
「そうだよ、これくらいきちんとやってほしいものだね。いつまで顧問が続くか知らないが、ずっとこうやっていちゃ笑われちまうぜ」
「そこは私の地位で何とかするさ」
「せめてスマートフォン扱えない方を何とかして欲しいんだけどなあ……」

 崇人は呟くが、それをマーズがきちんと理解することはなかった。


 ◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇


 メールを送信したところ、返信が全員から来たのはそれから十分後のことであった。
 マーズはそれを確認する崇人を見ていた。
 崇人はその気配に少しだけうんざりしながら眺めていく。どうやら全員が参加するらしい。まあ、参加しない人はいないだろうと考えていたのでそれは崇人の想定通りであるといえる。

「……とりあえず全員が明日でOKらしい。僕もそのように回答しておいた」
「そう。ありがとう……助かったわ」
「それくらい覚えて欲しいもんだよ、まったく」

 マーズは崇人の苦言に両耳を塞いで聞こえないふりをして、そのまま自分の部屋へと入っていった。

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