絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百六十一話 グレイシアとレオン

 グレイシアとレオンは二人で遊んでいた。と言っても子供が室内で遊ぶ手段などたかが知れている。絵本を読んだり積み木で遊んだりくらいだ。
 その片方、彼女たちは積み木で遊んでいた。立方体の積み木を組み合わせて家を作ったりしている。

「ねえ、ここにどうして来たの?」

 レオンは訊ねる。
 グレイシアはそれを聞いて積み木の一ピースを握ったまま、答える。

「……現実から逃げてきたの」

 グレイシアの答えは冷たかった。
 グレイシアの話は続く。

「兄弟はずっと……この内乱を続けるべきだ、って言うのよ。けれど私はそんなことつまらないと思っているの。そんなことしてはいけないと思っている。だってそうでしょう? 人が自分の身体を傷つけてまで……それはすることなの?」
「意味無く傷つけることは、無駄な行為だよ。きっと、その人たちも理解しているんだと思う。自分の身体を傷つけてまで戦うのだから、それなりの結果を得なくてはならない……って」
「ほんとうにそうなのかしら。私には全然理解出来ないのよ。それでほんとうにティパモールが救われるのか。ティパモールが変わるのか。ティパモールはそのままでいられるのか」
「別に僕達は子供だ。子供がそこまで考えなくてもいいんじゃない? どうせ国でも都市でも地区でもそう。それを統治するのは大人の役目であり責任であり権利だ。それ以上でもそれ以下でもない。ただ、その権利だけを主張しておいて責任だけ放棄する。それは最低な大人だと思うし、そんな大人にはなりたくないかなあって思うよ」

 子供の会話にしてはやけに高度な会話を続けていた二人だったが、アンリの魔法の言葉によってそれは中止された。

「もうご飯よー、二人共そろそろ止めなさい」

 その言葉を聞いて、二人は頷くと大急ぎでテーブルにあるリビングへと向かった。



 ホワイトシチューを食べながら、アンリはグレイシアを見た。グレイシアはとても美味しそうにシチューを頬張っている。シチューには人参、じゃがいも、肉が入っており、とても温かそうだ。
 アンリの家はアンリとレオンしか住んでいない。アンリの夫でありレオンの父親であるディーノはティパモール内乱のために戦地へと赴いている。
 だから今、いつも居るのはアンリとレオンのみである。だから、レオンが楽しいのも解る。同年代の子供が遊びに来ることなどそうないのだから。
 昔はたくさんあったが、内乱が始まってしまってから危険性からそういうことが無くなってしまったのだ。だから子供同士の遊びの範囲が狭くなってしまい、子供が満足に遊べなくなってしまった。もちろんこれは母親が子供のことを思っているからこそなのだが、しかし、子供からすればそんなことはどうでも良かった。子供からすれば子供同士で遊べることが至高であり、それ以上でもそれ以下でも無かった。

「グレイシアちゃん」

 アンリはグレイシアに問いかける。

「グレイシアちゃん、ご飯を食べたら私と一緒に戻りましょう? きっとブレイブくんとヴァルトくん、二人とも心配していると思うわ」

 しかし、アンリの言葉にへそを曲げるグレイシア。

「あの二人と私は離れたほうがいいんです。意見も違うし思想も違う。一番の問題に性別が違います。男と女の意見なんて所詮理解し合えないものなんです」
「そうかなあ? 離れている意見を持っているからこそ、自分をコントロール出来なくなった時にコントロールしてくれる誰かがいる、っていう安心感があるんだと私は思うけれどね。まあ、凡て戯言に過ぎないのだけれど」
「戯言、ですか」
「そうよ。私はまだそんな長く生きていないから、ほんとうの長生きからすれば深くもなにもない言葉に過ぎないのよ。ただの戯言。ただの嘘。そうしか考えてくれない。でも、それを嘘だの戯言だの『疑う』ことをしない子供はそれを素直に理解してしまう。そうして子供は歪んだ常識を正しい常識だと理解してしまうの。その歪んだ常識はほかから見れば正しくないものだけれど、正しくないことを証明することは誰にも出来ないでしょう? まさに悪魔の証明、ってやつね。悪魔の証明だからこそ正しいかどうか理解出来なくなる。それで違和を感じ、気がつけば誰が正しいことを言っていて、誰が間違っていることを言っているのかが解らなくなってしまう……そういうこと」

 アンリの言葉を理解するには時間が足りなかった。
 ただ、その言葉の節々は理解することが出来た。

「要するに抑止力があればいい、ってことですか」

 アンリは頷く。

「そう。そのとおり。抑止力があればひとがどんな失敗をしたって、しようとしたって、それを止めることが出来るでしょう?」
「でも……私にあの二人を止められるかどうか……」
「止められるか止められないか、じゃないの。止める覚悟さえあればいい。もしかしたらあなたの存在があの子達に悪い影響を及ぼすかもしれない。でも、その逆に良い影響をもたらすかもしれない。それは私にも、あなたにも、誰にも解らない」

 アンリは水を一口飲み、話を続ける。

「でも、あなたがいて、ブレイブくんがいて、ヴァルトくんがいて、はじめてあなたたちは兄弟として、家族としているのよ。それを忘れないでね」



 グレイシアは食事を終えて片付けをしたときのことだった。アンリの家の玄関をノックする音が聞こえた。それから一瞬遅れて中に誰かが入ってくる。

「こんばんは、アンリさん。姉貴、居る?」

 入ってきたのはブレイブだった。ブレイブは恐らく寺院からここまで歩いてきたのだろう。とても疲れている。
 ブレイブを見つけたグレイシアはブレイブの前へ駆け寄った。

「やっぱりここにいたか。ヴァルトが多分ここに居るんじゃないかって言ってたんだよ。俺は多分違うと思っていたんだけれど、やっぱりここにいたのか。まあ、見つかってよかった」

 そう言うと、ブレイブはグレイシアを抱きしめた。グレイシアは年上だからこういうのをされるのは慣れていなくて、とても恥ずかしかった。

「……帰ります、私。ご飯ご馳走になっちゃって……」
「いいのよ。いつもレオンと遊ぶ子供が居ないから、レオンも楽しかったみたいだし。ねえ?」

 こくり、とレオンは頷く。
 それを見てグレイシアは笑みを浮かべた。レオンと遊んだ時間はごく僅かだったが、彼にとってはとても有意義な時間だったというわけだ。

「それじゃ、アンリさんまた今度」
「あ、そうだわ。シチュー持って行く? どうせ未だ夕飯も食べていないんでしょう? たっぷり作っちゃったし、まだまだ余っているから持っていっても構わないけれど」
「……それじゃ、お言葉に甘えて……」
「子供は大人に精一杯甘えなさい。それが一番よ」

 そう言ってアンリは笑みを浮かべると、キッチンへと戻っていった。



 夜空には星々が輝いていた。
 ブレイブとグレイシアはアンリから分けてもらったシチューの入った鍋を持ちながら、帰路へと就いていた。

「こんなにたくさんシチューもらっちゃったな……。食べきれるか解らないぞ」
「兄さん、寺院の食事は?」
「寺院に駆け込んできたヴァルトの話を聞いた師匠がさっさと探しに行けって言ってくれたもんだから、全然食べちゃいないよ。……まぁ、それにしても無事で良かった」
「ごめんなさい……。勝手に何処か行ってしまったりして」
「いいんだよ。過ぎたことだ、もう忘れよう。さ、急いで帰ろう。そして先ずはヴァルトと合流しなくてはならないね」


 ◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇


 国王、ラグストリアル・リグレーは決断を迫られていた。

「陛下、これ以上の長考は最早どちらにも利益を産み出しません。我が国もティパモールも……そのパトロンであるアースガルドも、戦力を疲弊していくだけに過ぎません」
「うむ……。だがティパモールはリリーファーを投入してもなおびくともせず、寧ろ起動従士の精神が崩壊してしまう程だ。そんな中でさらに戦力を投下することは……」
「陛下、失礼します」

 その時だった。臨時の執務室に入る人間が来たのは。
 ピンクのカラーリングをしたスーツに身を包んだ『少女』は明らかに異様だった。周りに居る軍人は皆成人男性ばかりだったし、そのような派手な服装は身に付けない。そもそも、こんな戦地に少女が居ること自体おかしな話だった。
 少女はラグストリアルの前に立つと、小さく跪いた。

「陛下。起動従士のマーズ・リッペンバーで御座います」

 少女の言葉を聞いて、そこに居た人間――ラグストリアル以外、という条件が付くが――は言葉を失った。
 先の『大会』によって起動従士が決められたことは知っていた。しかしそれはほんの数か月前に過ぎない。にもかかわらずここまで来ているというのはどういうことなのだろうか? そう思ったに違いない。

「よくぞ参られた、マーズ・リッペンバー起動従士。して、どうなされたか?」
「これから作戦に参加するため、挨拶をすべきだと思いましたもので」
「ほう。……誰がそう言ったのかね?」
「宰相が、そう仰られました」
「ふむ。宰相が、か。解った、しかし今日はもう遅い。明日から作戦に参加すると良いだろう」

 それを聞いてマーズは深々と頭を下げる。

「了解しました」

 それだけを言って立ち上がり、踵を返す。そしてマーズは執務室を後にした。


 ◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇


 ここで時間は八年後――即ち現代へと引き戻される。
 マーズの部屋にてヴィエンスが報告を行った、その直後の事だ。

「……何故私が呼び出されたのかがまったく理解出来ないのだが」
「ごめんね、コルネリア。申し訳ないけれど、少しだけ昔話に付き合ってくれないかしら。まだ時間はあるでしょう?」
「確かに時間ならありますが……昔話?」
「そう。それもあなたたちも良く知っている、現在まで連なっている昔話、ティパモール内乱について――」

 そして時間は再び八年前へと戻される――。


 ◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇


 執務室を後にしたマーズだったが、その足取りは重かった。
 ラグストリアルが背後から追いかけてくる。

「やあ、先程は挨拶が遅れてしまって済まなかった。しかし君もここに来ているとは……。宰相のやつめ、報告を怠ったな。いや、そうでなければ話が繋がらん。まったく、こういう戦力の拡充はきちんと報告してもらわねば……」
「陛下。あなたが大会で仰られた言葉を覚えていますか」
「大会……君が優勝し、起動従士になった時の話かね?」

 マーズは頷く。
 それを見てラグストリアルは答えた。

「……ああ、確かに覚えているよ。『この国の平和のため、そしてこの国の民を守るため、全力を挙げて頑張っていただきたい』……そう言ったはずだ」
「リリーファーは国民を守るべきものなんですよね。どこかの言葉で『救う者』と言われているくらいに」
「……そうだ」

 少し言葉を澱ませて、ラグストリアルは答える。

「ならば、なぜ国民を守るためのリリーファーで、国民を殺さなくてはいけないのですか」

 ぴくり、とラグストリアルの眉が動いた。
 マーズの話は続く。

「どうして殺さなくてはならないのですか。どうして国民を……ティパモールの民に何か落ち度があったのかもしれませんが、そうだとしても、同じ国民だということには変わりありません! どうして、どうして……」

 その言葉に、ラグストリアルは彼女が満足できるような答えを出すことは出来なかった。

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