絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百七十一話 ヴァルト・ヘーナブル

 崇人はヴァルトからティパモール内乱の話を聞き終わった。彼の口から淡々と語られるそれは、それがおとぎ話等ではなくれっきとした昔話であることを思い起こさせる。

「……ひとつ、この狂った昔話に後日談エピローグを付け足すならば、それから数年後……赤い翼が結成されたということだろうな。メンバーの殆どがあの内乱で肉親、或いは家族を失っている。みな、あの内乱の被害者だよ」
「そして……赤い翼のリーダーはお前の兄か」

 ヴァルトは頷き、笑みを浮かべる。

「そうさ、そうだよ、その通りさ。兄さんがリーダー、僕が副リーダーを務めた。兄さんはカリスマ的地位に立っていた。僧は体力だけでもなく様々な分野の勉強を怠らない。だから兄さんは頭が良かった。それゆえに多くの人間が兄さんと協調した」
「赤い翼は……あの強大なテロ組織は、一人でまとめ上げたって言うのかよ」
「そうだよ。尤も、管理は僕ら兄弟二人で管理していたのを、兄さんの強大な地位を確固たるものにするために兄さんだけが管理している……としたがね。だが兄さんにも欠点があった。あまりにも悲しい欠点があった」

 ヴァルトは俯きつつも、ゆっくりと歩き出す。その進路は崇人の座っている椅子を取り囲むようだった。
 ヴァルトの話は続く。

「それは……神、だよ。兄さんはティパ教の僧だったがゆえに、ティパモールから逃げても神を信じていた。一方僕の方と言えば『あんなこと』を人間に与えた神は神ではないと思っていたからねぇ……。それについてはよく兄さんと喧嘩していたよ。兄さんは試練を与えてくださったのだと言い、僕は一国規模の面積に住んでいた人間が殆ど死ぬことの何が試練なのかと抗議した。しかし結果として、神を信じる人間が過半数を占めていた……。あれほどのことが起きたというのに!」
「宗教とはそういうものだ。自分が失敗しない限り、いや、もしかしたら信仰が強すぎる場合は失敗をしてもそれを改めようとはしない。世の中の常識が間違っていて、自分たちが正しいと思い込むんだよ」

 はっきり言って崇人が返した言葉は、彼が元居た世界で得た知識の受け売りに過ぎない。だが、それは正しい部分も含んでいるし、それと同時に間違っている部分も含んでいる。
 とはいえ宗教以上に問題とされているのは自らの思想と言えよう。宗教に入れば、その思想は自ずとそれに染まってしまうものだが、しかし入らなかった場合、或いはそれに相当な憎しみを抱いている場合はどうなるだろうか?
 ある学者は言う。宗教に入った人間よりも宗教を憎む人間の方が思想は大きく歪んでしまうと。内在的思想が前者に比べてとても大きく歪んでしまうだろう、というのだ。内在する思想は外在する思想よりも読み取られにくい。外在する思想が正しいのか内在するそれが正しいのか正確には解らない。だが実際に『意識』しているかどうかは本人により決められる。
 内在思想と外在思想は紙一重に存在するものであり、片方が欠けている人間は居ない。表裏がきっかり解らないのもいればそれが分離しきれてなく、混在していることだってある。

「内在思想と外在思想……そこまで考えてしまえば、全く論点が変わってしまう。問題はそうじゃない、そんな小さな問題じゃない。問題は『宗教』が精神や思想に与える影響について、だ。僕は学者じゃない、ただの人間だ。だから理論的にもおかしな所があるかもしれない。修正不可能なくらい大きな矛盾があるかもしれない」
「……俺に教鞭を垂れるというのか」

 そう言ってヴァルトは崇人の頬を思い切り叩いた。彼の頬が真っ赤になり、口からは血も溢れていた。
 ヴァルトは溜息を吐き、続ける。

「立場を弁えろよ、タカト・オーノ。お前は捕まった立場。言うならば人質だ。奴隷と言ってもいいだろう。国同士の戦争や紛争ならば捕虜となった人間の安全はある程度保証されるが……俺たちは国ではない、『組織』だ。確かに何れは国としてその地位を世界に宣言する。今はその前段階に過ぎない。……その意味は、流石に理解出来るだろう?」
「いざとなれば殺すことだって容易に出来る……とでも言いたいのか。そんなことは弱者が考えるようなことにも思えるがな」
「そう粋がっていられるのも今の内だよ」

 そう言って。
 ヴァルトは崇人の居る部屋から立ち去っていった。


 ◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇


「ヴァルト・ヘーナブルが……敵?」

 マーズの発言はヴィエンスとコルネリアには予想外の発言だった。今まで一緒に戦ってきた経験のある、いわば仲間だと考えていた彼が敵になるとは思いもしなかったのだ。
 ヴィエンスは舌打ちして、少しだけ歩く。

「……ったく、全然考えつかなかった。全然予想できなかった! どうしてそんなことが考えつかなかったのか……。まったくもって、自分を恨むよ」
「ヴィエンス、今それを言っても何も変わらない。変えたいのならば余計なことを言わないほうがいい」

 マーズの言葉にヴィエンスは頷く。渋っている様子からあまり理解したくないようだった。

「……それはさておき、もう軍には報告してある。私はこの体たらくだから動くことが出来ない。だから、よろしく頼むと伝えてあるよ」
「よろしく頼む、って……。起動従士の殆どが動けない状況で動くことの出来る兵力なんて使えないのばっかりじゃないのか?」
「いいえ、そんなことなんてないわよ。けっこう人間の兵隊も舐めていると足元を掬われるのよ?」

 そう言って、マーズは笑みを浮かべた。



 その頃、第一軍令部。
 ティズ・ルボントは受話器を置いて、小さく溜息をついた。

「どうしました、ティズ司令官」

 書類を持ってティズに声をかけたのはロスだった。ロスはティズの秘書となっている。大抵秘書は女性が務めるものだったが、ティズのたっての希望からロスが務めている。
 ティズはロスの言葉を聞いて、そちらを向いた。

「ああ、ロスか。実はマーズ・リッペンバーから『お願い』があってな」
「お願い? マーズ・リッペンバーと言えば起動従士でしょう。しかも『女神』と謳われるくらいの実力を持つ、まさに天才と言わしめる存在だ。一般兵士と比べれば天と地の差があるくらいなのに、どうして俺たちにお願いをしてくるんでしょうね?」
「それが解らないから悩ませているんだろう。しかも無理難題の類じゃない。至ってシンプルなお願いというやつだ。兵をかしてほしい、ということだよ」

 第一軍令部に所属している兵士は屈強な兵士ばかりである。理由は単純明快、ティパモール内乱に参加した兵士ばかりなのである。
 だからこそ『第一』と冠されているのであり、第一と呼ばれる実力があり、第一と呼ばれる所以があるのだ。

「……しかし、兵をそう簡単に出すことは出来ないだろう? こちらも数ヶ月前に起きた戦争の事後処理に追われているというのもある。一応平和条約を結んでいるとは言え、いつ襲ってくるか解らない。それなのに、兵を頼むなんて……」
「流石に全員を出すつもりは無いよ。一個中隊くらいかな。第一の人間が三百人程度だったからその十分の一程度をどうにかして捻出するつもりだ。『お願い』とはしているものの、断るわけには行かないからな」
「……起動従士というのは厄介なものだな。一般兵士のことを解っているのか解っていないのか……」
「それは我々の考えるところではないよ」

 そう言ってティズは笑みを浮かべた。
 しかしながらティズにとってもそれは理解していた。今、戦争がいつ起きてもおかしくない状態が長引いているというのに、兵士を貸してしまって問題が起きないと思うほうがおかしな問題なのである。
 たとえばの話。
 今回の作戦を他国に知られていたら、外国向けの戦力が乏しくなっていることを他国に知られてしまったら。

「とにかく……。はっきり言って、起動従士のお願いを断るわけには行かない。地位的にも我々は下位だからだ。上位の人間には従わなくてはならない。だから、ロス。お前にその軍の指揮を任せたい」

 その言葉はロスにとって予想外だったようで、目を丸くした。
 ロスは訊ねる。

「俺が?」

 それはティズの言葉をまだ理解しきっていないから、そう言ったのである。
 ティズはロスの言葉を聞いて頷く。

「そうだ。ロス、きみにしか頼むことが出来ない。これは軍を任せるという意味でもあるが……ティパモールを本気で蜂起させたら世界的にヤバイことになる。我々はティパモールにいて何もしなかった。できなかった、のではない。あの凄惨な戦場で、弱者に手を差し伸べることだって出来たはずなのに、できなかった。しなかった。それは『権力』が怖かったからだ。そして、国が滅びるのを、自分の栖が失われるのが怖かったからだ」
「今なら……ティパモールを助けることが出来る。そう言いたいのか?」

 ティズは頷く。

「昔の柵を、ティパモールを解き放ってくれないか、ロス。そのためにお前に軍を託す。……頼む」
「頼む、なんてそんなこと言われても問題ない。お前と俺の仲だ」

 そう言って、ロスは踵を返し司令官室を後にした。
 ティズはそれを、敬礼して見守っていた。彼らは立場的に言えばティズのほうが上なのだが、彼らだけの会話の時にはそんなものは取り払っている。どんなことでも分け隔てなく話すことが出来るようにするためだ。
 だから、彼らのあいだにおいて敬語など無駄だ。彼らはお互いを尊敬しているのだから。
 ロスが見えなくなるまで見守ったティズは頷いて、席に着いた。

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