絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百九十一話 国家(前編)


 ブルースとリズムから降りて、ダイモスとハルがハーグの運転するトラックに乗って帰ってきたのは、それから一時間後のことだった。

「……ったく、最近ビーストが増えたと思わねえか? 別にビーストは心臓さえ止まってしまえば暫くして消えて無くなっちまうからいいけどよ。それにしても増えすぎとは思わねえか?」

 ハーグ・エラミーカは煙草を加えながら早口でハルに告げた。助手席に居るハルは苦笑いをしつつその言葉に頷く。
 ハーグはダイモスたちが所属する『国家』で働く技工であった。この世界では破壊の春風以降、人間が大幅に激減してしまった。それもあってか、特に技術者の数があまりにも少なくなってしまったのだ。
 今や『技術者』というレッテルは、それだけで希少価値の高い宝石のような存在となった。それが高い技術を有しているならば、尚更だ。
 ハーグもまたその一人だった。リリーファーの兵器を造る技術者よりも、さらに貴重な技術を持った人間だった。
 彼の持つ技術は『人間の兵器を造る』ことだった。人間の兵器はリリーファーの台頭により大きく衰退した。だから人間の兵器を製造する技術は、リリーファーのそれに比べて発達しなかったのである。


 ――しかしそれは、『世界的に見た』場合の話になる。


 ハーグはリリーファー主導の世界だったにもかかわらず、いつかまた人間主導の世界がやって来るだろうと思いながら、人間の武器を造り続けた。
 だからなのかどうかは定かではないが、結果的に見れば、人間の兵器を精密かつ精巧に造り上げるのは、この世界では彼しか居ない……そう断言出来る程の力量を持った男だった。

「それにしても、なんでここまで急にビーストが増えているんだか……。まったくもって理解出来ねえな」

 ハーグはハンドルに手をかけつつそう言った。

「ビーストが発生したのは五年前……確かそんな話を聞いたことがある。『破壊の春風』によって変貌を遂げた環境が影響を及ぼした……と聞いている」
「正確にはそう習った、の間違いだけれどね。そういう大人ぶるところとか、子供だよね」
「ハル、それはお前だって言えないだろ!? 子供ってことには変わらないじゃんか!」

 ダイモスとハルの会話こそ、いわゆる『子供の会話』だと言うことに気が付いていない。自覚出来ていないのも子供たる所以……とでも言えばいいだろうか。

「……まぁ、確かにビーストが増え続けているのは事実だ」

 ハーグのぽつりと呟いた、その一言を聞いて二人とも耳をそはだてた。

「ハーグさん、それってつまりどういうこと?」
「言葉の通り……だよ。ここ一ヶ月でビーストの量が明らかに増加している。何故増えているのか……その原因ははっきり解っていない。だからこそ怖いんだよ。俺たちの知らない範疇でビーストがわんさか増えている。異常で奇妙なことだと思うし、この問題は早々に解決せにゃならんだろうとリーダーも仰っている」
「それじゃ、私たちも実戦に投入を……」
「ダメだ」

 彼女たちの願いはハーグによってあっさりと下げられた。
 それを聞いて愕然とした表情なのは、何もハルだけではない。ダイモスだってそうだったのだ。

「何故ダメなのか、理由は先程の戦いを経験したお前たちなら解ることだろうよ」

 続けて、ハーグは言った。
 小さく舌打ちしてダイモスは答える。

「さっきの戦いが不甲斐ない……そう言いたいのかよ! もしそれが原因なら、『次』こそは……!」
「次なんて無い!」

 ハーグは激昂した。ダイモスとハルはハーグが激昂した姿をあまり目の当たりにしたことは無かった。だからこそ、驚いているのだ。

「実戦には『次』なんて無いんだよ! 確かに今回は不甲斐ないミスを犯しても、そのミスを取り戻すことが出来た。だがそれは君たちが二人で行動したから、ダイモスがそれに気付けたからだ! もしダイモスがそれに気付くことが出来なかったとしたら? もし君たちが片方しか出動していなかったとしたら? ミスを取り戻すことはおろか、命すら落としかねないんだぞ!」
「……解ったよ。確かに悪かった。実戦に次なんて無い。それは母さんが何度も教えてくれたはずなのにな……」

 ダイモスとハルは若干俯きながら、トラックから降りた。

「ダイモスくーんっ!」

 その時だった。とぼとぼと、いかにも情けない感じで歩いていた彼の元に一人の少女が走ってきた。
 少女は作業着を着て、スパナを胸元のポケットに入れていた。しかしその作業着ではたわわな胸が収納しきれないらしく、ボタンは第三ボタンまで開けられていた。
 少女はダイモスに抱きつくと胸にダイモスの顔を押し付けるような態勢を取った。

「今日の任務も大変だったねぇー! 聞いた話によれば、またビーストが出たんだって? なかなか起動従士も増えないっていうのに大変だよね!」

 ダイモスは顔を紅潮させながら、何とかその状況から脱しようとしていた。
 対するハルは少女の胸と自分の胸とを比較していた。彼女が自分の肌に沿って撫でていくと、なだらかな山こそあるものの、少女程では無かった。

「どうしたの、妹さん?」

 それを見ていた少女はニヤニヤしながらハルの姿を見ていた。わざとハルに自らのたわわな胸を見せつけているのだ。
 それを知っているからこそ、彼女は苛立ちを隠せない。

「いいえ? 何でもございませんよ。ただ、私も頑張ったのにこの扱いの差はどうなのかなーと思っただけですよ?」
「あーら、すいませんね? ただ私はダイモスくんに対して疲れを癒して欲しかったがためにこの行動をしているだけなのよ。きっとあなたがやられても喜ばないでしょう? でも私はこれしか出来ないからね。これをするか何もしないかだったらこれをするしか無いじゃない?」
「何言っているんだ。本業があるじゃない、メカニックの仕事が。それもしないでただ慰労の為にいるとか、メカニックの名が廃るわよ。別の職業に転職したら?」

 気付けば二人を取り囲む冷たいオーラが流れていた。あまりの冷たさに凍えてしまう程だった。
 とっくに解放されていたダイモスだったが、この原因を作り出したのはある意味自分であるということを解っていても、止めようとする意志が今の彼には無かった。

「おいおい、二人ともどうしたんだ?」

 歩いてくる一人の存在にいち早く気付いたのはダイモスだった。無意識のうちに救いを求めていたのかもしれない。
 歩いてきたのは飴を舐めている男だった。黒髪の中に金のブリーチを施している。見るからに厳つい男だった。

「ヴィエンスさん! ……ちょっといいですか」
「また痴話喧嘩か? 実の兄妹なんだから、それくらいきちんと整理しておけよ。お前たちのコンディションが悪くなるとお前たち以外の協力者も被害を被るかもしれないからな」

 ヴィエンスに助けを求めたが、しかし彼の反応は冷たいものだった。

「……だが、この状況が長く続くのもあまりいいものではないのもまた事実」

 ヴィエンスは呟くとハルと少女の前に立って二人の頭を小突いた。
 即座に二人は頭を抱える。やはり、それなりに痛かったのだろう。

「……長々と喧嘩をしている暇があるのか?」
「あり……ません」

 渋々と二人は頷く。

「ならお前たち、何をすべきか解っているんだろうな?」
「は、はいっ!」

 少女は走ってドックの方へと去っていった。

「まぁ……ざっとこんなものかな」

 ヴィエンスは手を叩いて言った。
 それを見たダイモスは頭を下げる。

「あの……。ありがとうございました!」
「これくらい朝飯前だ。国家の治安くらい守れないと『あいつ』を救うことなんて出来やしないからな……。あいつはまだ冷たい石の中で一人きりだから、早く救ってやらなくちゃいけないんだよ……」

 ヴィエンスは自らの拳を握り、それを見つめる。ダイモスたちはそれがどういう意味なのか理解出来ず、きょとんとした表情を浮かべていた。
 その視線に気付いたのか、ヴィエンスは慌てて咳払いを一つ。

「……そうだ。リーダーがお前たちを呼んでいたぞ。理由は解らんが、大事な話があるらしい」
「大事な話?」

 ヴィエンスは頷く。しかしヴィエンスから聞いてもそれが何なのか解らなかった。
 とにかく聞いてみないことには始まらない――そう思った彼らはリーダーの居る部屋へと向かった。


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