絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百話 レーヴ

 崇人が目を覚ました時、彼は病室のような部屋に居た。
 その病室は青白い光が窓から溢れており、一人が眠る部屋にしては巨大だった。
 半身を起こし、彼は部屋を見渡す。彼の眠っていた部屋は、ベッド以外何もおかれていなかった。まるでそこには元々何も無かったかのように。

「目を覚ましたかしら」

 気づくと、彼の横には、一人の少女が座っていた。無表情に本を読んでいた彼女は、彼が半身を起こしたことに気がつくと、本を読むことをやめた。
 金髪のツインテールが特徴的な少女だった。その金も、青白い光を浴びて若干透き通っているようにも見える。
 彼が注目したのは、彼女が着ている服装だ。全体的に黒をベースにした服となっているが、その服は彼がよく着用していた服そのものだった。

「君は……起動従士なのか?」

 崇人の言葉に、少女は静かに頷いた。

「十分後にまた来ます。そのときは、恐らくリーダーも来るでしょう」

 唐突に。
 彼女は立ち上がり、それだけを告げた。
 崇人がそれを理解しないうちに――要するに言い逃げという形だ――彼女は去っていった。
 彼女がいなくなり、崇人はほんとうに一人ぼっちの空間におかれることとなった。
 一人の方が寧ろ思考的に、かつ素直に物事を見ることが出来る。そういうことを言っていた学者がいたことを、崇人はふと思い出す。だが、今ははっきり言ってそのようなことをしている場合ではない。
 あのときは、ただこの世界におかれている状況を知りたかったがゆえに、あのリリーファーの声を受け入れた。
 だが、今は、その選択で良かったのだろうか? と早くも悔やみ始めていた。
 悔やんだからといって過去が変わるわけではない。その選択に沿った未来を歩んでいくしか無い。
 だが、未来の方向性は今からでも変えることが出来る。
 今からでもまだ遅くは無かった。
 この世界がどうなってしまったのか解らない。もし自分のせいでこうなってしまったのであれば、自分の力でまた元に戻していきたい――そう考えていた。
 十分という時間は彼にとってあまりにも短く感じられた。
 扉が開かれ、入ってきたのは白のコスチュームを身に纏った女性だった。茶がかったショートヘア、桜色のような唇――。コスチュームさえ違えば、どこかのモデルではないかと思う程のプロポーション。
 そんな女性が黒いサングラスをつけて、彼の前に立っていた。彼女の傍らには、先ほどの起動従士がこじんまりした姿で立っている。

「先ずは、おはようございます……でいいのかな? タカト・オーノくん。君は十年物間眠っていたのだよ。その時間は君にとっては長い時間かもしれないが、世界にとっては短い時間だった。何せ、その十年という間に起きるべきではないことが連発したからね」
「……十年?」

 崇人はその言葉の意味を理解できなかった。
 しかし、その年数も、聞いてしまえば状況と合致する。たとえば、十年で光景があまりにも変化してしまったこと。さらに、人々の容貌が変わってしまったこと。ほかにもたくさん考えられることはあったが、そのピースが凡て繋がっていく。

「そう、十年。あなたにとってそれは一瞬だったでしょう。だって、赤ん坊がゆりかごの中で眠るような心地良さだと聞くからね。精神の眠る庭……リリーファーとの融合というのは」
「リリーファーとの融合? ……ちょっと待て。今あなたが何を言っているのか、さっぱりわからないのだが」
「やはり覚えていないか。魂の乖離って難しいものがあるね。伊達に『大災害インパクト』の中心に居たわけではないか……」

 ぶつぶつと呟くが、その言葉の凡てが彼にとって理解できないものだった。
 傍らに居た黒い少女が、溜息を吐いて語り掛ける。

「リーダー……それじゃ、タカト・オーノが理解していない。知識を伝えただけではなく、時代の情報も必要となる」

 それを聞いてリーダーと呼ばれた女性は頷く。

「うん。それもそうだね。確かに君の言う通りだ。私ばかり話すのは忍びない。しかし彼は十年間知識の蓄積を断念している……いや、正確には断念させられている。そういうことなのだから、私としても助けてあげたいわけだよ」
「それは。昔、一緒に戦っていたからということから?」
「そうかもしれないね」

 リーダーは頷く。

「昔……一緒に?」

 崇人はその言葉に反応する。
 リーダーは微笑んで、サングラスを外した――。
 その目を見て、彼は思い出した。ハリー騎士団の、女豹と名高い起動従士の名前を――。

「久しぶり。タカト」

 そこにいたのは、コルネリア・バルホントだった。



 コルネリアがリーダーを務める組織、『レーヴ』は規模数十人の小さな組織である。実態はそれだけとなっているが、実際には彼女たちの思想に賛同する組織と協力しており、それを含めると数倍にも勢力は膨れ上がる。
 彼女たちの目的は大きく言って、たった一つ。

「ハリー=ティパモール共和国から国民を解放すること。それが私たち、レーヴの使命」
「……まさか、ハリー騎士団がそんなことになっていたとは。それも十年というたったそれだけの期間で」

 崇人とコルネリアは階段を上りながら話をしている。なぜこんなことをしているかといえば、コルネリアが誘ったためである。先ずは景色を見せたほうがいい、という彼女の意向からだった。
 しかし崇人にとってもそれは好都合だった。百聞は一見に如かず、とはよく言ったものである。何度も話を聞くよりも見てしまったほうが早い。先ほどの会話でそう感じ取ったのである。

「さあ、着いたよ」

 重々しい扉が、彼女たちの前に姿を現した。

「ここって、あまり開けることが無いのか?」
「まあ、そうだね。あまり開けたがらないんだよ。やはり、十年前の大災害で家族を失った人もいるからね。はっきり言ってそういう人間たちにとって、インフィニティと君は恨みの対象になっている。今は私が居るからいいかもしれないけれど、一人で歩いていると後ろから背中を刺されることだってあるかもしれない。君に自覚が無かったとしても、君はそれ程のことをしたんだからね」
「……僕はいったい何をしたんだ?」

 崇人は俯いて、コルネリアに訊ねる。

「……私も情報を提供されただけだから、はっきりとは言えないけれどね。私が知っている限りの情報を告げるならば、あれは『暴走』だ」

 端的に述べた。
 コルネリアの話は続く。

「暴走だけなら未だ何とかなったのかもしれないが……問題はここからだった。インフィニティは暴走し、突然『扉』を開いた」
「扉?」
「この世界の宗教について、タカト、君はどこまで知っている?」

 唐突に質問され、若干ながら焦りが出る崇人。
 それを見てコルネリアは自動的に判断する。

「……一切聞いたことが無い、ということでいいかな?」

 その言葉に崇人は頷く。

「それじゃ、話すよ。少々長くなるかもしれないが、それに関しては許してくれ」

 そう前置きして、コルネリアは話を始めた。
 それはこの世界の宗教の話。
 今はもう――ほとんどの人間が信じていない、偽りの神様のお話。


 ◇◇◇


 神様は何もない空間に、こう言いました。

「光、あれ」

 この言葉によって、何もない空間に一筋の光が生まれました。その光により、影が生まれました。
 次に神様は水をつくりました。水に命の素を混ぜました。その命が住む場所を制限するように陸地をつくりました。
 陸地をつくった神様は、世界を管理していくために、自らの虚像を作り出しました。
 虚像は一体だけでしたが、その力は凄まじく、あっという間に神様の仕事を熟していくようになりました。
 神様がそれを見て安心したころ、漸く水に変化が訪れました。
 命の素が作用し、生き物が生まれ始めたのです。はじめは小さなプランクトンでしたが、徐々にその大きさが巨大化し、それに比例するように生き物の数も増えていきました。
 それを見た神様は大喜びして、その世界を生まれた生き物たちに託すことにしました。
 しかし、保険も用意してあったのです。
 その保険を発動させるためには監視役が必要でした。ですから、神様はこの世界から少しだけずれた世界に監視するための空間を用意しました。
 神様はそれを箱庭と言いました。箱庭は白だけの空間であり、その構成要素は白でしかありません。また、見えにくいだけであって、その空間は有限です。いつかは必ず終わりが来ることを示しているのかもしれません。
 いずれにせよ、神様はその空間で世界を監視し始めたことに変わりありません。神様はこの世界の管理に全力を尽くすのでした。
 ――しかし、神様にも限界はあります。人々よりもゆっくりとしたペースではあるものの、寿命という概念も存在します。神様は世界をつくってから、徐々に徐々に、力が弱まっていったのです。
 そんな中、世界では内乱が起きていました。人も動物も、凡て駆り出され、無意味に命を落としていく――そんなつまらないことが起きていました。
 神様は嘆きました。世界を作ろうとしたのに、作ったあとに監視を続けていたというのに、信心深い人間ばかりだと思っていたのに、どうしてこのようなことになってしまったのかということについてです。神様はそれが理解できませんでした。なぜこんなことが置いてしまったのか、正確に言えば、理解したくなかったのでしょう。
 そして神様は涙を拭いながら、この世界に残された『最終兵器』を起動しました――。
 最終兵器が起動する瞬間、扉が開きました。空に扉が開いたのです。それはまったくの比喩ではなく、ただ、単純に。扉がゆっくりと開け放たれていきました。
 それに注目する人間や動物が大半でした。動物によっては扉の中に向かって吠えているのもいました。きっと、扉の中から何かが来ることを悟ったのかもしれません。
 そして、それはやってきました。
 扉の向こうからやってきたのは、その世界に住んでいた人間が今まで見たことのない、異形でした。異形というよりは、一部が変形してしまった人間のようにも見えます。
 その形について、語ることは出来ません。なぜならそれにより、大半の人間は食い殺されてしまったのですから。
 そして食い殺していった異形は満足するように笑みを浮かべると、閉じていく扉の向こうへと消えてしまいました。
 最終兵器とは、とどのつまり、増え続けてしまった人類を減らすためのものだったのです。そして今もなお、最終兵器はその時を待っています。神様の力が薄れ、観測者としての立場を自らが作った人形たちに渡したとしても――。


 ◇◇◇


 昔話を語り終わったコルネリアは少し満足げに微笑んだ。
 崇人はまだ理解できず、首を傾げていた。

「理解できないのも当然かもしれない。僅か十年の間と思うかもしれないが、私たちにとっては長い間だった。長い間、世界にはさまざまなことが起こり、さまざまなことが終わっていった。その一例が、これ。ヴァリエイブル連合王国の勢力弱体化及び新興勢力の台頭……」
「ヴァリエイブルは今、どうなってしまったんだ?」
「具体的に言えば長くなるけれど」

 そう但し書きして、コルネリアは話を続けた。
 ヴァリエイブル連合王国は、そもそもヴァリス王国、エイテリオ王国、エイブル王国の三国に分かれていた。
 しかし十年前、正確に言えばインフィニティが『扉』を開いてから、ヴァリエイブルは内部分裂を起こした。
 具体的にはエイテリオ王国がヴァリエイブルからの独立を発表。さらにエイブル王国も独立派と留保派で分裂し、独立派のクーデターによって首都を含む北部地域が北エイブル王国として独立を発表する。
 残されたヴァリス王国及び旧エイブル王国の一部により新生ヴァリエイブル連合王国が生まれたが――しかし、それだけでは終わらなかった。
 ティパモールを中心として、ハリー騎士団の面々がティパモールの人間と手を組み、ハリー=ティパモール共和国を建国したのである。ヴァリエイブルはそれに賛同しなかったが、エイテリオ及び北エイブルはそれに賛同し、正式に国家として認められることとなった。
 それについて異論を唱えるのは、ハリー=ティパモール共和国に住むヴァリエイブル派の人間である。彼らはヴァリエイブルとともに生きようと考えていた。にもかかわらず、勝手に、意見を取り入れることなく、彼らはヴァリエイブルから独立した。
 それを許せなかった。民衆の意見も聞かないで何が共和国だ。共和国は国民全員が所有していて、国民全員が政治に口出しできる権利があるはずだ。
 そうして生まれたのが、反政府組織『レーヴ』である。

「レーヴ……まだ規模は小さいかもしれない。けれど私たちの意志に賛同する人間はまだまだこの国にたくさんいる。そのためにも、私たちは戦わなくてはならない。この国から、人々を解放するために」
「人々を解放……ねえ。いや、別に悪い意味で言っているんじゃない。ただ、どうして……なのかな、と。この国に不満を持っていない人間だってもちろん居るわけだろう? そういう人間の意見を無視することになるんじゃないかな……と思うのだが」
「はっきり言って、この国で『独立』を考えていたのは上層部だけよ」

 端的にコルネリアの口から結論が述べられた。

「上層部……?」
「旧ハリー騎士団。それも、マーズ・リッペンバーが主導となって行っただけのこと。それに賛同した一部の人間が政府を形成し、現在に至る……。これがハリー=ティパモール共和国の全容よ」
「マーズが……そんなことを?」

 その言葉にコルネリアは頷く。

「マーズがなぜそのようなことをしてしまったのかは解らない。まだはっきりとその理由を掴んでいないから。けれど、これだけは言える。彼女はきっと、何か理由があって、あのことをしているのだと。だが、そうだとしても、彼女があの国の代表でいる以上、レーヴは彼女を許さない」

 その言葉とともにコルネリアは扉にかけられた鍵を開けた。
 そして、ゆっくりと扉が開かれていく――。



 そこにあったのは、赤だった。
 一言で言えば、それだけだった。
 建物、電柱、砂浜が赤になっており、おそらく水があっただろう場所は涸れている。
 十年前に彼が見た光景とは違う世界となっていたのである。

「これは……いったいどういうことだよ?」

 コルネリアは溜息を吐く。

「簡単に言えば、これは最強のリリーファーの成り損ないだよ」
「成り損ない……だと? これがすべて、インフィニティになる予定だった、ってことかよ」
「違う。インフィニティをさらに超えるリリーファーの存在だ。インフィニティよりもより良い性能を求めた。だが、失敗した。これがそのなれの果てだよ」

 崇人にはコルネリアの言っているその言葉、その意味が理解できずにいた。
 いや、そもそも。
 どうして彼女はそのことを知っているのだろうか。

「なあ、コルネリア。どうしてあんたはそれを……」
「次にあなたに見てもらいたいところがある。さあ、来てくれる?」

 崇人の言葉を無視する形で早々に扉を閉めるコルネリア。
 それは崇人に「まだ知られたくない何か」があるのではないかと勘繰らせる程だった。
 いや、もしかしたら。
 わざとそのような行動をしているのではないだろうか?
 そう勘繰ってしまう程である。あまりにも、あからさま過ぎる。
 どちらにせよ、ここでは彼女に従うのがいいだろう――そう考えた崇人はコルネリアの指示に従うため、頷いた。



「レシピエン・システムリブート。起動従士パイロットの精神状態、安定」

 次にコルネリアに案内されたのは、『コントロールルーム』と呼ばれる場所であった。コルネリアの後を追うように自動ドアからその部屋に入ると、一同、コルネリアのほうを向いて敬礼した。
 そして何事も無かったかのように、作業を再開する。

「ここは……?」

 コルネリアは崇人の言葉に頷く。

「ここはコントロールルーム。リリーファー及び起動従士の確認を行う施設。はっきり言って、ハリー=ティパモール共和国……とは違うだろう?」


 ――とは言われたものの、そもそも崇人は一度も見ていないのでよく理解できない。


 しかしながら、十年前に比べると施設そのものが……その技術が落ちたように思える。

「十年前の災害は、それ程すごかったということだよ」

 コルネリアはコントロールルームを一望できる高台の椅子に腰掛ける。
 崇人は取り敢えずコルネリアの後ろに立っていたが、すぐにコルネリアは気付き、後ろにあった椅子を指した。

「別にここは、あそこと違って奴隷のような待遇をしないつもりだよ。ただ、気を付けてくれ。さっきも言ったかもしれないが、あの災害を引き起こしたのは君だと思っている人が大半だ。いや、実際インフィニティに乗っていたのは君だから、君以外の誰がやったのだという話になるが……いや、それは今語るべきことではないだろう。まあ、とにかく先ずは腰掛けて」

 その言葉に従って、彼は腰掛ける。
 コルネリアはテーブルにいつの間にか置かれていたコーヒーを一口啜る。そして中空を見上げる。何か考え事をしているようにも思えた。

「ここ十年でリリーファーのシステムが変化したことについて、語る必要があるだろう。ただし私は科学者ではない。表面的にしか語ることが出来ないからそのつもりで」
「表面的、ねえ……。まあ、そこまで詳しく語らなくてもいい。でも、普通にコントローラを使って操作するんじゃないのか?」
「それはあくまでも、ハリー=ティパモール共和国……俗にいう『旧式』のリリーファーはそうなっている。私たちが使っているリリーファーはそれとは違う、『新式』と名付ければいいでしょうね、そういうリリーファーはコントローラを使う必要性が無いのよ。まったく新しいシステムと言っても過言では無いくらいにね」
「……何だと?」
「レシピエン・システム。どこかの言葉で『器』を意味するそうだよ。起動従士がリリーファーに乗り込むと、精神と肉体を分離させる。さらに精神から『魂』を取り出し、それを器の中に収納する。それにより、リリーファーは魂を得ることが出来る……。はっきり言って、私にはこれしか言いようがないな。これが間違っているのかどうかは解らない。ただ、開発をした人間が言った説明を……十年間眠っていた君に解説するにはこういう言い方でないと出来ないというのが現状だ」
「器? 魂? ……つまり、魂をリリーファーに定着させるということか?」
「そういうことになるな。ただ、そのためにはちょいと必要なものもあるが」

 そう言ってコルネリアは自らの頭をとんとんと叩いた。

「どういうことだ?」
「条件として――『Q波』がニューロン上に出現する必要がある。そしてこのQ波は……成熟した大人にはあまり出ないらしい。あまり、というよりも確実に出ない。出る可能性もあるらしいが、どちらにせよ、旧式を使った私にはQ波は出ないという結論がいたっている」
「旧式を使った人間と、大人には、Q波が出ない……となると、まさか……」

 そのまさかだよ、とコルネリアは言った。

「Q波が出現する、即ち新式リリーファーを使用することが出来るのは八歳から十三歳までの子供だけ。それ以上はQ波が出現しても、魂が器に定着しないとのことだ」
「リーダー、起動従士エイムス・リーバテッドのシンクロテスト、終了しました」

 オペレーターからの言葉を聞いて、コルネリアが身を乗り上げる。

「了解。指数は?」
「四十七パーセントです。……はっきり言って、まだまだかと」

 シンクロテストとか指数とか、よく解らない単語が並んでいて理解できなかった崇人だが、取り敢えずその会話があまりいいものではないことだけは解った。
 コルネリアが再び腰掛ける。それを見計らって崇人が質問をした。

「ということは……新式をつくるために多数の人間が必要だったのではないか? 研究者、技工、それに起動従士。それはどうやって集めたんだ?」
「研究者はただ一人で充分だった。イーサン・レポルト。後で君にも会わせてあげるよ。彼は興奮していたからね……。最強のリリーファー、それを操縦する起動従士とあることが出来ると」
「……いったい、何機のリリーファーがあるんだ?」
「ざっと十機ね。コアが完成していないのを除くと六機かしら」

 国でも無い、一部隊ともいえる存在が、これ程までのリリーファーを所有しているというのか。

「あとで起動従士にも会わせてあげるつもり。あなたはここの戦力になってもらうのだからね」
「……また戦争が起こる、と」
「いつ起きてもおかしくない状況よ。十年前の災害はそれ程迄に混乱を生み出した。人々は死に、泣き叫び、そして惑った。世界はどうなってしまうのかと思った。だけれど、それでも人間ってしぶといものね。十年でここまで回復してしまうのだから。まあ、あなたが起きてしまったことで、少しばかり、情勢が変わりつつあるけれど」
「それって、つまり」
「あなたは最強のリリーファーを操縦する、唯一の人間なのよ? そのリリーファーは今のハリー=ティパモール共和国みたく電源として使うもよし、私たちみたいに戦力として使うもよい。戦力として使った瞬間、その世界の勝者はほぼ決定すると言ってもいい。あなたはそれ程の存在であるということを、まず自覚するところから始めたほうがいいかもしれないわね」

 なぜか後半怒られているような雰囲気になってしまったが、実際問題、理解していないのだから致し方ない。
 そもそも、現時点でこの世界についてあまり説明してくれる人間が居なかった。コルネリアは確かに説明してくれた。マーズよりは、この世界について説明してくれた。しかしそれもほんの僅か。あとは戦力になってほしいという要望に過ぎなかった。
 結局、こうなってしまうのか。崇人は思った。
 そもそもこんなこと、最強のリリーファー――インフィニティの起動従士になった時点から確約されていたことじゃないか。
 何も間違っては無い。何も間違って等いない。
 崇人はそう思った。
 だから今は、コルネリアの指示に従おう――と思うしかない、のであった。



 シンクロテストを終えた起動従士、エイムス・リーバテッドは通路をすたすたと歩いていた。どちらかといえばその調子は軽やか、ではない。厳か、と言ったほうが近いかもしれない。

「聞いたわよぉ、エイムス。シンクロテスト、五割切ったって」

 その言葉を聞いてはっと驚き振り返る。
 そこに居たのは少女だった。ワインレッドのカラーリングをしたパイロットスーツに身を包み、オレンジ色のストレートロングを棚引かせる少女である。
 しかし、ここにいるからもちろんのこと、彼女はただの少女ではない。
 エイミー・ディクスエッジ。
 彼女もまた、エイムス同様起動従士であった。
 エイムスはエイミーの話を聞いて、表情を歪ませる。

「ぐっ……。そもそも、エイミーだって六割を超えたことが無いくせに。僕はたまに、六割を超えることだってあるよ」
「へえ……。じゃあ、超えてみせなさいよ。エリート起動従士サマ?」
「うるさいな。だったら君もシンクロテストを受けてみたらどうだよ。僕はもう疲れたからシャワーでも浴びて一眠りするからさ」

 そう言って手を振って、エイムスは去って行った。
 エイミーはそれを見て踵を返し、エイムスがやってきた方向――コントロールルームへと続く道を歩いていった。

「あら、エイミー。どうしたの、これからシンクロテスト?」

 通路を歩いている最中、コルネリアとすれ違った。コルネリアは誰か一人連れていた様子だった。
 エイミーは取り敢えず一礼。あんな口の利き方をしていたが、上下関係は守る彼女である。

「そういうコルネリアさんこそ、どうしたんですか?」
「彼に施設を案内させているのよ。彼、ここが初めてだから」

 そういわれて、少年は頭を下げる。

「ふうん……。見た感じ私より年下みたいだけれど……起動従士なの?」
「ええ。それも旧式よ」
「旧式!?」

 目を丸くするエイミー。
 当然だ。新式が登場したのはここ二年のことであるから、見た目十歳の少年が旧式を使うには少々時間がおかしい計算になる。旧式を使うなら新式で訓練を積んだほうが容易だという意見もあるくらいなのだから。

「そう。追って彼の説明はするわ。……そうね、シンクロテストが終わったら集まって。ほかの起動従士にも伝えておくから。それじゃ」

 そしてコルネリアと少年は去って行った。
 それをただエイミーは茫然としたまま見送るだけだった。

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