絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百五十話 異次元戦闘(前編)

『せかいせんについて、かんたんにせつめいすることはむずかしいことでありますからね』

 言ったのは青の球体。やはり、言葉遣いが幼稚に見える。相手はどれも同じ球体で、色のみが違うだけだというのに。

『けれど、これはりかいしてほしい。せかいせんということを、いいや、このせかいのしくみというものを。それをまず、りかいしてもらわないと、なにも、はじまらない』

 青い球体はそう言った。
 だが、その意味を完全に理解できなかった。マーズは未だそこまで知識を手に入れていなかったのだ。

『バンダースナッチの話は、話半分に聞いたほうがいいよ。彼女はまだ生まれたばかりだから、知能が成熟していない。言葉の端々に幼い印象を受けただろう? それは決して間違っていないよ。そういう印象を抱くのは当然だ。なぜなら彼女はまだ生まれて僅かな時間しか過ごしていないからね。生まれてすぐ完璧な存在にはならない、それはシリーズ共通に言えることだ』
『もう。そんな話をするとさらに困惑するでしょう? 彼女に必要な話を、短時間で伝えなくてはならない。それが私たちの任務であり、義務である。そうでしょう?』
『義務……。確かにそれもそうだな。我々の義務だ。それを伝えなくてはフェアでは無い』
「フェア? いったい誰とフェアじゃないといけないと?」
『それは嫌でもすぐに解る。今は話を聞くんだ。聞き手に徹しろ』

 帽子屋は言った。

『いいですか。あの世界の帽子屋は計画を考え、暴走しています。もともとは次元宇宙全体が考えた計画であるというのに……彼は自分のために次元宇宙をも利用しているのでしょうか。だとすれば、ひどく最悪な話です。ほんとうならあの世界もろとも破壊してしまってもいいのですが……。ですが、あの世界にはたくさんの人間が居ます。その人間を、たった一体のシリーズが行った悪行のために消し去ってはならない。それは、「ルール」に反しますから』
「ルール? ルールとはいったい……」
『それじゃ、先にルールについて説明したほうがいいかもしれないな。ルールとは単純明快、この多次元宇宙を存続させるための方法だよ。この多次元宇宙は世界線が増えすぎた。だから、減らすことに決定したというわけだよ』
「誰が決めたんですか?」
『もちろん、神だ』

 ……神?

『神と言っても、一言にそう呼べるのは、「宇宙神」たる存在のみ。宇宙神以外を神と名乗るのも、おかしな話なのだよ』
「……はあ?」

 彼女の常識と、目の前の球体たちの常識が全然シンクロしない。

『話を戻そう。多次元宇宙の増加に悩んだ宇宙神は一つの結論に至った。――増えているのなら、減らせばいいと』
「それは解るわよ。けれど、どうやって減らせばいいのよ?」
『それをこれから話す。多次元宇宙の数は百二十余あると言われている。そして今回逓減するのが十二。現時点で八つが逓減されている。残り四つということだ。そしてその候補に……この世界と、君がもともと住んでいた世界が含まれているということだよ』
「……言葉の意味が、まったく理解できないのだけれど」
『安心したまえ、それは我々も変わらない。我々は世界を監視している存在だが、その候補が決定されるまで世界線の逓減など知ることもないのだ』
「即ち、今回世界線の逓減に引っかからなかった世界線もあるということ?」
『それはあるだろうね。百二十以上あって逓減されるのが十二個。単純計算して百八個の世界は無事だということだから。その中にはこの世界と僅かに違うだけでほかはまったく同じといった世界もあるから、その基準が解らないのだけれどね』
「……世界を減らす決定事項は、どうやって決まるの?」
『それが、これから君に伝えねばならない重要事項だよ』

 球体が、話を始める――その時だった。
 空間が大きく歪んだ。
 そして空に巨大な穴が出来上がった。

「あれは――!」
『不味い、早すぎる! こんなにも早く、敵がやってくるとは……』
「敵!? 敵とはいったいどういうこと!!」
『戦えば解る。戦って、勝つのだ』

 そして、球体の姿は消えた。
 そんな会話を続けている間にも、穴は広がっていく。まるで、ロボットがそこから出てくるような――それ程の巨大な穴が最終的に空に浮かび上がった。
 空に浮かんでいるその穴の中は、闇が広がっていた。
 その先に何が広がっているのか、想像し難い。
 いったいそこから何が出てくるのか。
 いったい何と戦えばいいのか。
 彼女は、見えない恐怖に怯えていた。
 女神と称えられた彼女が。
 死神と恐れられた彼女が。
 見えない恐怖に怯えていた。

「……何だか解らないけれど、やるしかない」

 やるしかない。
 やるしかなかった。
 そして。
 穴の中から、ゆっくりと何かが出てきた。
 先ずは足、腹部、胸部、肩、そして腕。
 最終的に頭部が出てきた時、彼女は全体的な分析を開始していた。
 目の前にあったのはリリーファーのように見えるが、その実、実際には違った。
 先ず、流線形が特徴のリリーファーとは違い、ところどころ出っ張りがある。……とどのつまり、カクカクしているということだ。

「何よ、これ……」

 彼女は驚いていた。
 このような形のリリーファーを見たことが無かったからだ。
 いや、そもそも……これはリリーファーなのか?

「何怯えているのよ、マーズ・リッペンバー。これは、このような得体のしれないものとの戦闘は、シリーズとの戦闘で慣れっこじゃないの」

 自らに暗示をかけ、ただ相手が地面に降り立つ時を待つ。
 そのリリーファーと思しきロボットは、ゆっくりと重力に従って降りていく。
 彼女が待っていることを知りながら、焦らしているのだろうか? ……とはいえ、そんなことは今の彼女には解らない。
 彼女の脳裏に、ふと黒い球体の言葉が蘇る。


 ――戦って、勝ち抜け。


「まさか、こいつと戦え……って話じゃないでしょうね……」

 彼女はブレイカーコントローラを握る。
 いつも彼女が乗っていたリリーファーとは勝手が違うが、操縦方法が似ているのであれば話は早い。

「うおおおおおおおおおお!」

 そして。
 そのロボットが地面に着地したタイミングを狙って、彼女は、ブレイカーは走り出した。

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