絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第三百七十話 しあわせ
ティーポッドから紅茶をそれぞれのティーカップにそそぐ。紅茶の香りがすぐに広がり、少しして五つのティーカップに紅茶がそそがれた。
「さあ、紅茶が出来上がったぞ。……そう訝しく思う必要はない。毒を入れる必要など無いのだから」
「……なぜ、俺たちをこういう茶会に招いた?」
「それは神が、君たちと語り合いたいから、だそうだ」
そう言ったのは帽子屋だった。なぜか帽子屋は神と同じソファに腰かけている。
「語り合いたいから?」
「そう。私はもう神という役割に疲れてしまってね。けれど、この職は一度就いてしまえば、二度と……は言い過ぎか。一応神の交代は前例があるし。まあ、神の交代って滅多にないことなのだよ。そして、ひどい世界が生まれた場合はこちらで『調整』せねばならない。それを考えると、帽子屋の考えたあれはひどく素晴らしいものだったよ」
「あれ……って、世界と世界の間でリリーファーどうしが戦うという……」
「そうだ。我々はそれに目をつけて、結果として世界を減少させることに成功した。だが、それは神たちに目をつけられてね……。辞めざるを得なくなったわけだ」
「それは当たり前だろう。いくら人間どうしに決めさせるとはいえ、世界の存亡を神ではない、一般の人間が決めることを神が許すとは思えない」
「私は帽子屋をスケープゴートにして何とか逃げようとしていたがね……、まあ、さすがは神だな。同族のことはすぐに解ってしまう。いやはや、血は争えないね」
「……どういうことだ? 神はお前だけじゃないってことか?」
「そりゃそうだ。さらに広い区分があり、それを仕切る神がいる。私はその広い区分の中の一つを仕切っているだけに過ぎない。全知全能の神、ガラムド様には逆らえないってこと」
「ガラムド……」
「まあ、そんなことはどうでもいい。さっき、私は戦い前の休憩と言ったがあれは嘘だ。君たちがこの空間に辿り着いた段階で私はもう勝ち目がない。あの世界も勝手に破壊するな、と言われてしまったものだからね。だから君の望み通り、世界をもとに戻そうとおもったが……残念ながらそれもできないといわれてしまった。人間だけは戻すことが出来るらしいが、世界の建造物までは無理な話、だといわれてしまってね。いやはや、これはさすがに私の力不足だ。すまないと思っている」
「ちょっと待ってくれ……。これで解決? え? どういうことだ?」
「だから、君がここに辿り着いた時点で私の負けが決定したということ。だが、世界のすべてを戻すことは不可能と言われた。人間を戻すことは可能と言われたがね。まあ、人間がいないと復興もできないからね。そうなったらもう一度世界を作り直すしかない。その手間はけっこうかかるからねえ。私としては人間を戻してもらうだけでも大助かりではあるけれど。まったく、帽子屋がやりすぎたよ。今思えば、の話だが」
それを聞いていた帽子屋が神のほうを向いた。
「カミサマ。ずっと僕の行動を見てきて、いざ事後処理に追われるときに文句を言うのはおかしな話だと思うのだけれど? だとすれば、最初からこうならないようどうにかすべきではなかったのかな?」
「それは、嫌よ」
「ひどいなあ。本当にひどい話だ」
「……まあ、こちらとしては人間を戻してくれるだけでもいいことになるかも。どこまでさかのぼる?」
「タカト・オーノがこの世界に召還されてから。だから十一年ほどかな。……ただし、もう一つ条件がある」
「条件、だと? いいから、それをはっきりと言えよ」
「タカト・オーノ、あなたは元の世界に戻らないといけない。いや、戻る必要がある。それが、我らが神ガラムド様から言われた申しつけ」
「……なんだと?」
「……なんですって?」
崇人とマーズ、同時にそう言った。
「私としても、それだけはどうにもならない。なにせこちらから召還したことだからな。それも勝手に。だから怒り狂っている。……というのが本音だが、建前上、というよりこの世界の仕組み上、彼がいる必要はない。そう思ったからだ。インフィニティを使う機会が、もう無い……そう言い切るわけにもいかないが、平和な時代が続くことも確か。ともなれば、君がこの世界にいる必要も無かろう? もともとこちら側の都合で呼び出されただけなのだから」
「……それは変更しようが無いんだな?」
「ああ。そうだ」
「そして、それをしないとこの世界の人間がもどってくることもない、と」
「そういうことになる」
「……だそうだ。マーズ」
マーズのほうを向くと、彼女はずっと俯いていた。
「マーズ」
「そうだよね。仕方ないよね。解っているよ」
マーズは今にも泣きだしそうだった。
そして彼は――その条件を了承した。
「ありがとう、条件を了承してくれて。そして、申し訳なかった。今まで我々に振り回されて。十一年……あまりにも長い年月だ。だが、君はそれを耐え抜いた。生き抜いた。インフィニティという特殊なリリーファーを唯一操縦できる……そんなチートめいたギフトを手に入れたのも、それは仕組まれていたことだといえる。現に、この帽子屋がそう白状した」
「ああ、そうだ。タカト・オーノ。今まで僕は、君に申し訳ないことをしたね。でも、僕も妻と子供を取り戻すという目的があった……。すまなかった……許してくれとは言わない。だが、これだけは言わせてくれ。ほんとうに済まなかった」
「もういい。言うな、帽子屋。妻と子供のためとはいえ、お前は罪を犯したから許されないかもしれないが……せめてこれからは悔い改めてくれれば、それで」
「ところで、……タカトはいつ帰るんですか?」
「一応、一週間の猶予は与えるつもりだ。すぐ帰ってしまうと、困惑するだろう? だから、それくらいの猶予は与えておかないといけない。それは上との協議でそう決定した」
「うわー……なんかひどく現実的……」
それも、どちらかというと崇人がもともと過ごしていた世界での『現実的』だが。
神と呼ばれた少女は紅茶を飲み干して、言った。
「さて、そろそろ、あなたたちも元の世界に戻らないといけませんね。元の世界では、もう人々が復活しているはずです。私たちにできるのはこれだけですが、もうこんなことはないようにします。自戒の念を込めて、あなたたちにそう宣言します」
気づけば、崇人たちの身体は白い光に包まれていた。
そして彼らは――白の世界から姿を消した。
◇◇◇
次に彼らが目を覚ました時、そこはレーヴアジトだった。
「ここは……レーヴのアジト?」
「そうですよ。どうしたんですか? 父さん」
崇人はそれを聞いて、踵を返した。
そこに立っていたのは、彼の子供――ダイモスとハルだった。
それを見て――彼は思わず泣きながら二人を抱き寄せた。
「父さん……どうしたんですか? 急に、泣き出したりして」
「いや……ただお前たちが無事でよかった。それだけで俺は幸せだよ……!」
「父さん……?」
ダイモスとハルは、その時点では彼が泣き出している理由は解らなかった。
その理由が解るのは――それから一週間後のこととなる。
「さあ、紅茶が出来上がったぞ。……そう訝しく思う必要はない。毒を入れる必要など無いのだから」
「……なぜ、俺たちをこういう茶会に招いた?」
「それは神が、君たちと語り合いたいから、だそうだ」
そう言ったのは帽子屋だった。なぜか帽子屋は神と同じソファに腰かけている。
「語り合いたいから?」
「そう。私はもう神という役割に疲れてしまってね。けれど、この職は一度就いてしまえば、二度と……は言い過ぎか。一応神の交代は前例があるし。まあ、神の交代って滅多にないことなのだよ。そして、ひどい世界が生まれた場合はこちらで『調整』せねばならない。それを考えると、帽子屋の考えたあれはひどく素晴らしいものだったよ」
「あれ……って、世界と世界の間でリリーファーどうしが戦うという……」
「そうだ。我々はそれに目をつけて、結果として世界を減少させることに成功した。だが、それは神たちに目をつけられてね……。辞めざるを得なくなったわけだ」
「それは当たり前だろう。いくら人間どうしに決めさせるとはいえ、世界の存亡を神ではない、一般の人間が決めることを神が許すとは思えない」
「私は帽子屋をスケープゴートにして何とか逃げようとしていたがね……、まあ、さすがは神だな。同族のことはすぐに解ってしまう。いやはや、血は争えないね」
「……どういうことだ? 神はお前だけじゃないってことか?」
「そりゃそうだ。さらに広い区分があり、それを仕切る神がいる。私はその広い区分の中の一つを仕切っているだけに過ぎない。全知全能の神、ガラムド様には逆らえないってこと」
「ガラムド……」
「まあ、そんなことはどうでもいい。さっき、私は戦い前の休憩と言ったがあれは嘘だ。君たちがこの空間に辿り着いた段階で私はもう勝ち目がない。あの世界も勝手に破壊するな、と言われてしまったものだからね。だから君の望み通り、世界をもとに戻そうとおもったが……残念ながらそれもできないといわれてしまった。人間だけは戻すことが出来るらしいが、世界の建造物までは無理な話、だといわれてしまってね。いやはや、これはさすがに私の力不足だ。すまないと思っている」
「ちょっと待ってくれ……。これで解決? え? どういうことだ?」
「だから、君がここに辿り着いた時点で私の負けが決定したということ。だが、世界のすべてを戻すことは不可能と言われた。人間を戻すことは可能と言われたがね。まあ、人間がいないと復興もできないからね。そうなったらもう一度世界を作り直すしかない。その手間はけっこうかかるからねえ。私としては人間を戻してもらうだけでも大助かりではあるけれど。まったく、帽子屋がやりすぎたよ。今思えば、の話だが」
それを聞いていた帽子屋が神のほうを向いた。
「カミサマ。ずっと僕の行動を見てきて、いざ事後処理に追われるときに文句を言うのはおかしな話だと思うのだけれど? だとすれば、最初からこうならないようどうにかすべきではなかったのかな?」
「それは、嫌よ」
「ひどいなあ。本当にひどい話だ」
「……まあ、こちらとしては人間を戻してくれるだけでもいいことになるかも。どこまでさかのぼる?」
「タカト・オーノがこの世界に召還されてから。だから十一年ほどかな。……ただし、もう一つ条件がある」
「条件、だと? いいから、それをはっきりと言えよ」
「タカト・オーノ、あなたは元の世界に戻らないといけない。いや、戻る必要がある。それが、我らが神ガラムド様から言われた申しつけ」
「……なんだと?」
「……なんですって?」
崇人とマーズ、同時にそう言った。
「私としても、それだけはどうにもならない。なにせこちらから召還したことだからな。それも勝手に。だから怒り狂っている。……というのが本音だが、建前上、というよりこの世界の仕組み上、彼がいる必要はない。そう思ったからだ。インフィニティを使う機会が、もう無い……そう言い切るわけにもいかないが、平和な時代が続くことも確か。ともなれば、君がこの世界にいる必要も無かろう? もともとこちら側の都合で呼び出されただけなのだから」
「……それは変更しようが無いんだな?」
「ああ。そうだ」
「そして、それをしないとこの世界の人間がもどってくることもない、と」
「そういうことになる」
「……だそうだ。マーズ」
マーズのほうを向くと、彼女はずっと俯いていた。
「マーズ」
「そうだよね。仕方ないよね。解っているよ」
マーズは今にも泣きだしそうだった。
そして彼は――その条件を了承した。
「ありがとう、条件を了承してくれて。そして、申し訳なかった。今まで我々に振り回されて。十一年……あまりにも長い年月だ。だが、君はそれを耐え抜いた。生き抜いた。インフィニティという特殊なリリーファーを唯一操縦できる……そんなチートめいたギフトを手に入れたのも、それは仕組まれていたことだといえる。現に、この帽子屋がそう白状した」
「ああ、そうだ。タカト・オーノ。今まで僕は、君に申し訳ないことをしたね。でも、僕も妻と子供を取り戻すという目的があった……。すまなかった……許してくれとは言わない。だが、これだけは言わせてくれ。ほんとうに済まなかった」
「もういい。言うな、帽子屋。妻と子供のためとはいえ、お前は罪を犯したから許されないかもしれないが……せめてこれからは悔い改めてくれれば、それで」
「ところで、……タカトはいつ帰るんですか?」
「一応、一週間の猶予は与えるつもりだ。すぐ帰ってしまうと、困惑するだろう? だから、それくらいの猶予は与えておかないといけない。それは上との協議でそう決定した」
「うわー……なんかひどく現実的……」
それも、どちらかというと崇人がもともと過ごしていた世界での『現実的』だが。
神と呼ばれた少女は紅茶を飲み干して、言った。
「さて、そろそろ、あなたたちも元の世界に戻らないといけませんね。元の世界では、もう人々が復活しているはずです。私たちにできるのはこれだけですが、もうこんなことはないようにします。自戒の念を込めて、あなたたちにそう宣言します」
気づけば、崇人たちの身体は白い光に包まれていた。
そして彼らは――白の世界から姿を消した。
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次に彼らが目を覚ました時、そこはレーヴアジトだった。
「ここは……レーヴのアジト?」
「そうですよ。どうしたんですか? 父さん」
崇人はそれを聞いて、踵を返した。
そこに立っていたのは、彼の子供――ダイモスとハルだった。
それを見て――彼は思わず泣きながら二人を抱き寄せた。
「父さん……どうしたんですか? 急に、泣き出したりして」
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