負け組だった男のチートなスキル
第五十九話 激闘の果てに
「はあはあはあ……」
気が付けば息切れを起こしていた。
唯一ついえること、それは自分自身の拳が血で真っ黒に汚れきっていること、そして全身が鉛のように重いということだけだ。
――確か、あの時、何かの声が聞こえて……
コウスケは自分の一番最後の記憶を思い出そうと思案に耽るが、途端にズキンと頭痛が起こり剃れどころではなくなってしまった。
「っく」
コウスケはついに膝から落ちた。
もう立っているのも限界だった。
そんなコウスケに駆け寄ってくる何かがいた。
慌ててその音のするほうを見るコウスケ。
もしかすると魔物が残っていたのかもしれない、そんな懸念を抱いて。
しかし実際に駆け寄ってきたのは、数人の小人族たちだった。そしてどこかその顔には見覚えがある。
「あなたたちは……?」
コウスケは自分でも驚くほどの掠れた声で、その者たちに問いかける。
するとその者たちは、目を見開き、口を開いた。
「おお! 意識を取り戻したのか」
その様子はどこか嬉しそうにも見える。
コウスケはその小人族たちの態度に困惑した。予想では、怪訝な顔をされるか、怯えられるか。そのどっちかだと思っていたからだ。
「一体何が……」
コウスケは小人族たちの方へ、顔を向けて言う。
まるで抜け落ちたかのように、記憶がないのだ。
「やはり意識を失っていたのか」
小人族はコウスケの不可思議とも言える質問に、嫌な顔一つせずそう呟いた。
生憎とコウスケ自身には何も分からないため、ただただ首をかしげ、その者たちを見つめる。
一体どうして、この人たちは自分にこうも好意的なのか。
ただただそれだけが気になっていた。
「そうだな、ひとまず君の怪我の手当てをしてから話そう」
小人族の男からの提案。
コウスケには断る理由も断る気力もなかったため、その提案に頷いて答え、肩を借りる形で移動することとなった。
そうして辿り着いた一つの部屋。
何処か見覚えのある部屋だと思ったが、この都市の公共施設は基本的な造りは同じなようで、実際に訪れたことがある部屋というわけではなかった。
まあそれはどうでもいいことではあるが。
「じゃあ一つ一つ話していくか」
小人族の一人が、ベットに横たわるコウスケの傍に座り、語り始めた。
――――
目の前に奇声を発しながら魔物を屠り続ける魔人族がいた。
その戦いぶりは、まるで伝承に聞く狂鬼。
俺は思わず体を震わせて、今にも逃げ出したい気持ちに駆られた。
だがそれでもその魔人族はこちらに目もくれず、ひたすらに魔物を殴り続けていた。
そうしてほぼほぼ魔物が尽きてきた頃、魔人族の後ろをついてきていた俺たちが目にしたのは、巨大な蜘蛛の魔物。目にした途端にあれが何なのかを悟ったんだ。
あれが今回の魔物騒動の発端。つまり魔物の長であることを。
俺たち小人族はそれを見るなり、たちまち凍りついたように固まった。
だがそれでも動くものがいた。それはあの魔人族だ。
魔人族はなおも狂ったように魔物の長、つまりは魔物の親玉に拳を振るった。
そこからはあまりにも次元が違う戦いだ。
親玉がその鋭い足を薙ぎ払うと、どういう仕組みか、魔人族はただ腕を振るうだけでそれを弾き飛ばし、すかさず親玉の足を引きちぎる。
そして顔面に拳。
再び親玉が足を振るっても、先ほどと同じように腕で弾き、掴んで引きちぎる。
そして顔面に蹴り。
そうしていくうちに、親玉の足は半分以下にまで減った。
その辺りまで行くと、流石の魔物もどうすることも出来ずに、魔人族の男になされるがままになぶられつづけ、最後の一撃を浴びて絶命した。
その後は、まるで憑き物が取れたかのように、魔人族はボーっと天井を見上げたまま固まって、先ほどの意識を取り戻したときに戻る。
―――
「以上が、事のあらましだ」
その話に出来た魔人族が自分自身だということは聞くまでもなかった。
だがにわかには信じられない。
何しろ記憶がまるでないのだから。
でも一つだけ分かったことは、あの時自分の拳が血で汚れていたのは、そうしたことがあったから。それだけは繋がったといえる。
「そんなことが……」
絶句だ。
まさか自分がそんな状態に入っただなんて、信じられない。
「でもまあ安心したぞ、あの後俺らに敵意が向くんじゃないかってヒヤヒヤしてたんだからな」
笑みを浮かべながらそう言ってくる小人族たち。
コウスケは苦笑いを浮かべ、「そうですね」と呟いた。
コウスケにしてみても、今回それだけで済んでよかったのだ。無差別の人殺しをすることにならなくて、本当に良かったのだと、心のそこからそう思っていた。
「まあ今日はゆっくり休んでいてくれ、流石に今日色々質問されるのは勘弁して欲しいだろ?」
「え、ええ、まあ」
その言い草だと、明日には根掘り葉掘り質問されるというのが確定であるかのようだ。
だが、どこからともなく現れて暴走した魔人族の身元を調べるのは当たり前といえば当たり前、むしろ調べないまま滞在を許すほうがどうかしている。
コウスケはただ引き攣った笑みを浮かべて頷いた。
「じゃあ、次の人に代わるとするか」
小人族の男たちはそう言って部屋から出て行った。
その直後に扉がノックされる。
それが彼らの言った次の人、という意味なのはすぐに分かった。
「どうぞ」
拒否する理由も見当たらないコウスケは、そう言って扉の外にいる人物へ部屋に入るように促す。
そうして開いた扉の先にいたのは、小人族の少年ドランだった。
「ドランか」
ついさっきまで一緒にいたはずなのに、どこか懐かしいと感じるその顔。
それは自分が狂気に飲まれたが故に感じた感情なのか、はたまた実際にそのくらいの時が知らぬ間に流れていたからなのか、どちらにせよその少年が自分の知人であることには変わりなかった。
「あの、体は大丈夫ですか?」
目を伏せながらドランはコウスケにそう告げた。
その表情から感じるのは、不安だろうか。
「まあ、な」
自分でもどういう状況でこうなったのか、あまり良く分かっていないコウスケはそんな感じで答えるしかなかった。
するとドランはホッとしたように呟く。
「良かった」
と。
「そっちは大丈夫なのか?」
コウスケはおぼろげな記憶の中で、確か彼とヨハネが言い争いをしてということを思い出した。
するとドランはビクッと体を反応させ、なおも伏し目がちに口を開く。
「ヨハネは……はい、大丈夫です」
どう聞いたって大丈夫ではない様子のドラン。
本来なら深く追求したいところではあったが、その原因には自分がいることを思い出したコウスケは口を結んだ。
それを見たドランは、慌てたように言った。
「いえ、コウスケさんは何も悪くないんです。聞きました、コウスケさんが魔物の親玉を倒したんですよね?」
「……そうらしいな」
やはり自分がやったとは思えず、他人事のように返事をする。
「きっとヨハネも分かってくれると思います、コウスケのせいじゃないって」
「そうか……」
アービスの死。
それはコウスケ自身にとってもあまり受け入れたくない事実だった。だが目の前にいるドラン、彼の方がアービスの死を悲しんでいることは、聞くまでもない。
昔からの馴染みの死、それがどれほど悲しいことか、全てを捨てたコウスケにとってはもはや分からないことではあるが。
「コウスケさん、この度はありがとうございました」
改まってドランが頭を下げる。
「止めろって」
ドランの事情を知っている段階で、そうされてもただ痛々しいだけだった。
コウスケはドランに頭を上げるように促す、がドランは止めようとはしない。
そんな中、ふと、ドランの肩が震えていることに気づく。
「ドラン……」
やはり彼が一番悲しくて悔しくて、やるせない気持ちに包まれているのだろう。
そしてそれが原因で喧嘩したヨハネとの件も重なって、今のドランの精神状態は安定しているとは言いがたい。
「コウスケさん、コウスケさんでも犠牲者をゼロにすることは出来なかったんですか?」
ポツリとドランの口から言葉が漏れる。
本音、そういう捉え方もできなくはないが、これにいたっては少し違う。
人のせいにしなければ自分の心が壊れてしまう、今彼はそんな状態なのだ。
それはむしろ人として、当然の機能である。
「そうだな……」
コウスケはただそれだけしかいえなかった。
過去は変えられない。過去にもしもはない。
結果が全てなのだ。
「どうして……アービスが死ななきゃならないんですか」
ドランは俺に掴みかかり、涙を流しながらそう言った。
それは溢れ出す心の声である。
コウスケにはそれを受け止めることにしか出来ない。
「どうして……どうして」
しばらくコウスケはドランの言葉を聞き続けていた。
気が付けば息切れを起こしていた。
唯一ついえること、それは自分自身の拳が血で真っ黒に汚れきっていること、そして全身が鉛のように重いということだけだ。
――確か、あの時、何かの声が聞こえて……
コウスケは自分の一番最後の記憶を思い出そうと思案に耽るが、途端にズキンと頭痛が起こり剃れどころではなくなってしまった。
「っく」
コウスケはついに膝から落ちた。
もう立っているのも限界だった。
そんなコウスケに駆け寄ってくる何かがいた。
慌ててその音のするほうを見るコウスケ。
もしかすると魔物が残っていたのかもしれない、そんな懸念を抱いて。
しかし実際に駆け寄ってきたのは、数人の小人族たちだった。そしてどこかその顔には見覚えがある。
「あなたたちは……?」
コウスケは自分でも驚くほどの掠れた声で、その者たちに問いかける。
するとその者たちは、目を見開き、口を開いた。
「おお! 意識を取り戻したのか」
その様子はどこか嬉しそうにも見える。
コウスケはその小人族たちの態度に困惑した。予想では、怪訝な顔をされるか、怯えられるか。そのどっちかだと思っていたからだ。
「一体何が……」
コウスケは小人族たちの方へ、顔を向けて言う。
まるで抜け落ちたかのように、記憶がないのだ。
「やはり意識を失っていたのか」
小人族はコウスケの不可思議とも言える質問に、嫌な顔一つせずそう呟いた。
生憎とコウスケ自身には何も分からないため、ただただ首をかしげ、その者たちを見つめる。
一体どうして、この人たちは自分にこうも好意的なのか。
ただただそれだけが気になっていた。
「そうだな、ひとまず君の怪我の手当てをしてから話そう」
小人族の男からの提案。
コウスケには断る理由も断る気力もなかったため、その提案に頷いて答え、肩を借りる形で移動することとなった。
そうして辿り着いた一つの部屋。
何処か見覚えのある部屋だと思ったが、この都市の公共施設は基本的な造りは同じなようで、実際に訪れたことがある部屋というわけではなかった。
まあそれはどうでもいいことではあるが。
「じゃあ一つ一つ話していくか」
小人族の一人が、ベットに横たわるコウスケの傍に座り、語り始めた。
――――
目の前に奇声を発しながら魔物を屠り続ける魔人族がいた。
その戦いぶりは、まるで伝承に聞く狂鬼。
俺は思わず体を震わせて、今にも逃げ出したい気持ちに駆られた。
だがそれでもその魔人族はこちらに目もくれず、ひたすらに魔物を殴り続けていた。
そうしてほぼほぼ魔物が尽きてきた頃、魔人族の後ろをついてきていた俺たちが目にしたのは、巨大な蜘蛛の魔物。目にした途端にあれが何なのかを悟ったんだ。
あれが今回の魔物騒動の発端。つまり魔物の長であることを。
俺たち小人族はそれを見るなり、たちまち凍りついたように固まった。
だがそれでも動くものがいた。それはあの魔人族だ。
魔人族はなおも狂ったように魔物の長、つまりは魔物の親玉に拳を振るった。
そこからはあまりにも次元が違う戦いだ。
親玉がその鋭い足を薙ぎ払うと、どういう仕組みか、魔人族はただ腕を振るうだけでそれを弾き飛ばし、すかさず親玉の足を引きちぎる。
そして顔面に拳。
再び親玉が足を振るっても、先ほどと同じように腕で弾き、掴んで引きちぎる。
そして顔面に蹴り。
そうしていくうちに、親玉の足は半分以下にまで減った。
その辺りまで行くと、流石の魔物もどうすることも出来ずに、魔人族の男になされるがままになぶられつづけ、最後の一撃を浴びて絶命した。
その後は、まるで憑き物が取れたかのように、魔人族はボーっと天井を見上げたまま固まって、先ほどの意識を取り戻したときに戻る。
―――
「以上が、事のあらましだ」
その話に出来た魔人族が自分自身だということは聞くまでもなかった。
だがにわかには信じられない。
何しろ記憶がまるでないのだから。
でも一つだけ分かったことは、あの時自分の拳が血で汚れていたのは、そうしたことがあったから。それだけは繋がったといえる。
「そんなことが……」
絶句だ。
まさか自分がそんな状態に入っただなんて、信じられない。
「でもまあ安心したぞ、あの後俺らに敵意が向くんじゃないかってヒヤヒヤしてたんだからな」
笑みを浮かべながらそう言ってくる小人族たち。
コウスケは苦笑いを浮かべ、「そうですね」と呟いた。
コウスケにしてみても、今回それだけで済んでよかったのだ。無差別の人殺しをすることにならなくて、本当に良かったのだと、心のそこからそう思っていた。
「まあ今日はゆっくり休んでいてくれ、流石に今日色々質問されるのは勘弁して欲しいだろ?」
「え、ええ、まあ」
その言い草だと、明日には根掘り葉掘り質問されるというのが確定であるかのようだ。
だが、どこからともなく現れて暴走した魔人族の身元を調べるのは当たり前といえば当たり前、むしろ調べないまま滞在を許すほうがどうかしている。
コウスケはただ引き攣った笑みを浮かべて頷いた。
「じゃあ、次の人に代わるとするか」
小人族の男たちはそう言って部屋から出て行った。
その直後に扉がノックされる。
それが彼らの言った次の人、という意味なのはすぐに分かった。
「どうぞ」
拒否する理由も見当たらないコウスケは、そう言って扉の外にいる人物へ部屋に入るように促す。
そうして開いた扉の先にいたのは、小人族の少年ドランだった。
「ドランか」
ついさっきまで一緒にいたはずなのに、どこか懐かしいと感じるその顔。
それは自分が狂気に飲まれたが故に感じた感情なのか、はたまた実際にそのくらいの時が知らぬ間に流れていたからなのか、どちらにせよその少年が自分の知人であることには変わりなかった。
「あの、体は大丈夫ですか?」
目を伏せながらドランはコウスケにそう告げた。
その表情から感じるのは、不安だろうか。
「まあ、な」
自分でもどういう状況でこうなったのか、あまり良く分かっていないコウスケはそんな感じで答えるしかなかった。
するとドランはホッとしたように呟く。
「良かった」
と。
「そっちは大丈夫なのか?」
コウスケはおぼろげな記憶の中で、確か彼とヨハネが言い争いをしてということを思い出した。
するとドランはビクッと体を反応させ、なおも伏し目がちに口を開く。
「ヨハネは……はい、大丈夫です」
どう聞いたって大丈夫ではない様子のドラン。
本来なら深く追求したいところではあったが、その原因には自分がいることを思い出したコウスケは口を結んだ。
それを見たドランは、慌てたように言った。
「いえ、コウスケさんは何も悪くないんです。聞きました、コウスケさんが魔物の親玉を倒したんですよね?」
「……そうらしいな」
やはり自分がやったとは思えず、他人事のように返事をする。
「きっとヨハネも分かってくれると思います、コウスケのせいじゃないって」
「そうか……」
アービスの死。
それはコウスケ自身にとってもあまり受け入れたくない事実だった。だが目の前にいるドラン、彼の方がアービスの死を悲しんでいることは、聞くまでもない。
昔からの馴染みの死、それがどれほど悲しいことか、全てを捨てたコウスケにとってはもはや分からないことではあるが。
「コウスケさん、この度はありがとうございました」
改まってドランが頭を下げる。
「止めろって」
ドランの事情を知っている段階で、そうされてもただ痛々しいだけだった。
コウスケはドランに頭を上げるように促す、がドランは止めようとはしない。
そんな中、ふと、ドランの肩が震えていることに気づく。
「ドラン……」
やはり彼が一番悲しくて悔しくて、やるせない気持ちに包まれているのだろう。
そしてそれが原因で喧嘩したヨハネとの件も重なって、今のドランの精神状態は安定しているとは言いがたい。
「コウスケさん、コウスケさんでも犠牲者をゼロにすることは出来なかったんですか?」
ポツリとドランの口から言葉が漏れる。
本音、そういう捉え方もできなくはないが、これにいたっては少し違う。
人のせいにしなければ自分の心が壊れてしまう、今彼はそんな状態なのだ。
それはむしろ人として、当然の機能である。
「そうだな……」
コウスケはただそれだけしかいえなかった。
過去は変えられない。過去にもしもはない。
結果が全てなのだ。
「どうして……アービスが死ななきゃならないんですか」
ドランは俺に掴みかかり、涙を流しながらそう言った。
それは溢れ出す心の声である。
コウスケにはそれを受け止めることにしか出来ない。
「どうして……どうして」
しばらくコウスケはドランの言葉を聞き続けていた。
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