異世界八険伝
52.フリージア三者会談
「エンジェルウイングの皆さん、力を合わせて頑張りましょう!最終確認です、自分達のやるべきことは分かっていますね?」
「第1班マール他5名、王都の奴隷解放後、組織作りに入ります!」
「第2班のアディ他6名は、ランディールへ向けて出発します!10日後には戻ります」
「第3班ダフ班の6名は生産活動を頑張り申す。制服、装備類は10日後には完成させ申す」
「第4班、ギベリン隊は拠点防衛だ。留守番は任せてくれ!」
「うん、お願いします!それと、会談にはミルフェちゃん、メルちゃんとボクの3人で行くから、アユナちゃん、レンちゃん、アイちゃんは皆さんの手伝いをお願いね」
『分かった!面白そうだからダフを手伝う!』
「団長に手伝ってもらえて……感謝申す!」
「「天使ちゃんキター!!」」
「わたしは念話で情報共有に集中しますね」
「うん、アイちゃんが皆に具体的な指示やアドバイスをしてくれると助かる!」
「リンネちゃん!あたし、ランディールに行くべきじゃないかな。北はまだ魔物が多いし……あたしが一緒に行けばもっと早く帰れるはず」
「それはわたしも心配です。でも、そうするとレンさんはアルン王国へ行けなくなりますよ?」
「ボクもレンちゃん抜きでアルン行き厳しいと思う。予定では、3日後にはアルンに出発……」
『俺が行こう。北には用事がある』
「「「ウィズ!!」」」
「シマシマも貰ったし、ガルクも倒してもらったからな!友情特価5000リルでどうだ?」
ボクはウィズから風魔法/中級、マジックポーション2本を受け取った。こいつ、どこから湧いてきたの!?しかも有料(50万円)ですか。アイちゃんをチラ見するとコクコク頷いている。メルちゃんも。なら任せるか。
「護衛はお願いする。仲間達に手を出したら許さないからね!」
『心配いらない。俺は勇者一筋だ』
「じゃあ、あたしはマールさんを手伝う!」
「うん、レンちゃんお願い!」
★☆★
時間は既に午後2時過ぎ。会議は3時からだ。
ボク達は食事と準備を済ませて鋭気を養い、ミルフェちゃんに導かれて決戦の地、王宮の閣議室へと向かう。
王宮まで僅か500mの道のりで、襲撃された回数は3回。最初から殺害目的で襲ってきた。しかし、ボク達は人間相手に手こずることはない。超人級を遥かに超えるステータスが、相手の攻撃をスローモーション化する。メルちゃんは素手で、ボクは棒2号で刺客の能力と戦意を奪っていった。
「アレ兄様の刺客ね。短時間に30人も……。そんなに私を殺したいのか。悲しくなるわ」
覆面を剥がし、鑑定眼で正体を暴いた結果、案の定、アレクシオス元第1王子の刺客だった。
「王女、早く王宮へ入りましょう。中なら襲撃もないと思います。無駄な血は流したくありません」
「メルちゃんって呼んでいいかしら?」
「はい、ミルフェ王女様」
「私のことも、“ミルフェちゃん”って呼んで!」
「分かりました……ミルフェちゃん……」
「メルちゃん可愛い!!何でリンネちゃんの仲間はみんなこんなに可愛いの!?」
まぁ、ボクが可愛らしさを最優先で召喚したからね。マールさんやクルンちゃん達は偶然だけど。
「王宮に着いたわよ!閣議室まで案内するわ」
会議開始までまだ30分ある。しかし、閣議室に到着したとき、既に扉の前には人集りがあった。
『君は!もしかして、あなたが勇者!?』
あっ、竜の牙の……ハルトさんだ。
「ハルトさん、お久し振りです」
『その声……やはり貴方がガルクを!』
ヤバい、ばれてーら。まぁ、いっか。
「お仲間は無事ですか?」
『えっ!?あ、はい。お陰様で命を拾いました』
「それは良かった!!」
〈おい!こっちも相手しろ!泣いちゃうぞ、俺が!〉
「あ……誰でしたっけ?」
〈ガーン!師匠を忘れるなよ!ランゲイル師匠だろ!ミルフェ王女、ご無沙汰しております〉
何でランゲイル隊長が国王派に!?でも、当然と言えば当然か……。あ、ミルフェちゃんの視線が冷たい。ボクも軽くスルーしよう。
「ランゲイル隊長……お久し振りです。フィーネではご迷惑お掛けしました」
〈気にするな!今日は宜しくな!〉
ランゲイル隊長とハルトさん、凄く睨み合ってる。火花が見えそう……どっちが強いかな?
国王や王子はまだ来ていない。もしくは、既に閣議室の中に居るのかもしれない。
「時間です。お入りください。
ミルフェ王女、護衛は1人のみです」
近衛っぽい人が朗々と宣言した。
ちびっ子枠も、ちびっ子特権もなしか。
メルちゃんをチラ見すると首を横に振った後、縦に振り直した。意味が分からない。“私は入らない、リンネちゃんどうぞ”という意味に勝手に解釈して、ミルフェちゃんの後から入室した。
閣議室にはまだ誰も居なかった。
中央には正方形の豪華なテーブルがある。四辺に椅子が4つ置いてある。この部屋は……窓がないんだ。外からの襲撃や盗聴が出来ないように?ドアは入り口ともう1つ奥にもあるね。
テーブルに近づく。4つの角には獅子、竜、あとはよく分からない生物を象った飾りがある。よく見るとテーブルの上には札が置かれていて、座席が指定されているみたい。えっと……リンネは……ないじゃん!
『勇者様、我々護衛は主人の後ろに立ちます』
〈がははっ!リンネさん、座りたかったか?俺が肩車してあげようか?〉
このセクハラはスルーだ。目を見たら負けだ。
「ハルトさん、ありがとうございます」
『いえいえ。会議は長引くかもしれません。疲れたら近衛を呼んで椅子を用意させましょう』
ボクは軽く頷いておく。紳士じゃん!アレクシオス王子の護衛らしいから身構えてたけど、大丈夫そうだ。
ミルフェちゃんは指定された椅子に座った。ボクはその1m後ろに、体育の“休め”の姿勢で立つ。
ランゲイルさんもハルトさんも所定の位置に立つ。どうやら、東がミルフェちゃん、南がアレクシオス王子、西は空席で、北がヴェルサス国王らしい。ヤバい!何だか緊張してきた!!
間もなくして、入口のドアから国王らしい桃髪の人が入ってきた。皆、姿勢を正して礼をしている。ボクもそれに倣う。国王と目が合った!彫りの深さに似合わず優しい目、深海のような濃紺の瞳。ミルフェちゃんと同じ目だ。
国王は迷わず自分の席まで進むと威厳たっぷりに着席した。普段は玉座に座るのかな、この椅子じゃ狭そうだ。後ろにランゲイルさんが控える。
続いて、20歳くらいの青髪の青年が入ってきた。国王やミルフェちゃんとは髪色が違う。王妃似なのかな?確か王妃様は5年くらい前に亡くなっていたはず。これがアレクシオス王子……。
王子は大股で早歩きで席に着いた。せっかちというより、剛毅な感じだ。後ろにはハルトさんが立っている。
やはり西側の席は空白のままらしい。審判的な司祭様が座るかと思った。空いてるなら座らせてよ、とは言えない。せめて椅子だけでも……けど、この場で1番若いボクが座ったらダメか。電車やバスでは小学生はお年寄りに席を譲るもんだ。セクハラおやじのランゲイルさんに譲るよ。って、25歳だっけ。
入口のドアが閉められた。近衛の人も中には入らず、外で待つらしい。メルちゃんがあの人と2人きりになっちゃう……ナンパされそうで心配。
今度は、奥のドアが開いた。台車に飲み物を乗せている。配るようだ。手伝おうと思ったけど、緊張で足が動かなかった。いや、本当はただの人見知りなだけですよーだ。
ボクの手元にもグラスが届いた。中身は果汁水らしい。冷たくて気持ちいい。飲まなきゃずっと手に持ち続けるの?こういうのって、皆、なかなか飲まないよね。
やっぱり、誰も飲み物に手を出さないや。本当に毒殺なんてあるのかな?まぁ、ボクは賢者のローブを着ているから状態異常無効なんだけどね。だから、飲んじゃおっと。
ボクはグラスを手に取り果汁水を一口飲み込む。緊張で手が震え、喉が縮む思いだ。さっと回りの視線が集まる!
あ、このパターンは……次に飲んだ人が倒れたら犯人はボク的なやつだ。まずい、フラグ回避しなきゃ。
「うっ……」
「リンネちゃん!!?早く医者を!!」
「うっ……美味い!」
「えっ!?」
「ん?」
「リンネちゃん……」
「ごめんなさい……」
〈ぷっ!俺の弟子達が粗相しました、失礼!〉
「「弟子じゃないっ!」」
何だか場の緊張が解けたようだ。期せずしていい仕事しちゃったみたい。
〈皆、よく集まってくれた。醜い親子喧嘩に付き合ってくれた勇者、護衛諸君、及び会議を呼び掛けてくれたアイ殿に感謝する!〉
『御託はいらん!早く王位を譲れ!』
「兄様!私達は話し合いに来たのよ!」
冒頭から荒れそうな雰囲気だね。ボク達護衛は沈黙がお仕事だ。石になる、石になれ、石になろう。
〈尤もだ。では、最初にそれぞれの主張を聴こうか。わしは、相応しき者に位を譲ること。それさえ叶えば命など惜しくはない!〉
『私の主張は、正当なる英雄の血を受け継いで大陸全土、全人類を纏めあげ、以て魔を滅する。これにより世界に平和をもたらすことだ!』
「私も兄様と同じだわ。人類が協力し合わないと魔王は止められない。魔王を止めて平和な、幸せな世界を作るわ!!
でも、やり方が違う。平和を求める為に人を殺すの?父様もそうよ!力は何の為にあるの?私は……私達は、絶対にそんなことはしない!!」
『子どもは理想論ばかりで困る。理想論なら作文でも書いてコンクールに出してろ!』
〈家族で殺し合いなんぞしたい訳なかろう。身を守る為には致し方なかったのじゃ……許せ〉
『弱いのが悪い。力が無いのが悪い。弱く、力が無い者が上に立って、何が出来ようか!』
「兄様、先程は雑魚の刺客を30人もありがとう。でもね、勇者リンネがいる限り、万の精鋭でもなければ無意味よ?リンネ様は既に10魔人のうち、6人を倒しているんだから!」
『『!!』』
〈〈!!〉〉
ミルフェちゃん……盛り過ぎ!でも、これも交渉術というものなのかな?ここは精一杯胸を張っておこう。
『〈!!〉』
何か、護衛2人の熱い視線がボクの胸元に……。
『私が刺客を放ったという証拠でもあるのか?』
「余裕よ!私の仲間には鑑定や洗脳、読心スキル持ちがいるわ。相手を選ぶべきだったわね!」
『っ!!』
ミルフェちゃん、いけー!やっちゃえー!!
「父様!王に相応しき者って何ですか?かつての英雄の血脈ですか?」
〈わしはそうは思っとらん。王威は既に失われた。そもそも我が父である英雄王ヴェルサスも母エリザベートも、血で世界を救った訳ではない。勇者アルンも然り……〉
『父上が言う通り、必要なのは血ではない!絶対的な強さだ!魔を滅する強さが無ければ誰も救えないんだ』
「だから、力の無い兄様が魔人に頼ったのね!」
『何だと?頼ったのではない、利用したのだ!』
「同じよ。私が知ってる強さを教えてあげる。
その人は、初めて魔物を殺した時に涙した。
その人は、人を殺めた時に泣き続けた。
その人は、救えなかった人の為に泣いた。
その人は、大切な人を助けた時にも泣いた。
その人はすぐ泣く。本当に泣き虫。聞いた話では、2日間くらい泣き続けた時もあるみたい。
多分、世界中の誰よりも流した涙が多いわ!
でも、私が知ってる中で最強に強い!!
剣が上手い訳でも、加護が凄い訳でもない。
武器なんて安物の棒切れだし、魔法だって中級までしか使えない。
でも、誰にも負けない!!
私は、その人を見続けたわ。
自分の目で、使い魔の目で、他人の目で。
何でこんなに強いんだろう、何でこんなに人の為に頑張れるのだろうって不思議だった。
理由を探し続けた。求め続けた。
そして、ようやく辿り着いた。
その人は、他人の為に無限に涙を流せるの。
その人は、他人の為に命を懸けられるの。
その人は、見返りもなしに頑張れるの。
どうしてそんなことが出来るのだと思う?
それは、心が弱いから……だった。
変でしょ?心が弱いのに最強だなんて!
その人はね、いつも心の中で泣いている。常に泣きながら戦っている。心が悲鳴を上げ続けているんだって聞いたわ。
でも、だからこそ!強くなろうと常に望むんだ!
その人の強さの理由は……心の弱さ。いや、意思の強さにあった!
その人は、誰だって本気で望めば出来ないことはないって言った!不可能なことはないって言い切った!そして、全ての絶望を、“西の真実”という悪夢を乗り越えて希望を見せてくれた!
だから、本当の強さは意思の強さだと思う」
え?これボクじゃないよね?だって……ゴブリンを笑いながら倒してたらしいし……まさかね……。
〈国王、すまないが契約はここまでだ〉
〈分かった、異論はない。そういう約束で無理強いしたんじゃからな。今までの尽力感謝する〉
〈アルンでは力及ばず、すまなかった。……次はどんなことがあっても守り抜く!その為には魔王の前にだって、立ってやる!俺はミルフェ王女の護衛隊長ランゲイルだ!!〉
「ランゲイル……ありがと」
「……」
『悪い、アレク。俺も勇者の側につく』
『何だと?幼馴染みの私を見捨てるのか!?』
『あぁ。勇者は……魔人討伐を誇らずに何て言ったと思う?仲間は……無事ですかって……まずは俺の仲間達を、あいつらを心配してくれたんだぞ!!』
『……』
「……」
「アレ兄様!もう諦めて下さい!貴方には支えてくれる仲間がいないわ!」
〈アレク!ミルフェの言う通りじゃ。国を治めるということは、人を収めるということじゃ〉
『くっ!……分かりました……』
〈勇者リンネ、ミルフェを支えてくれるか?〉
「心配は無用です!ボク達は世界を変えるためにここにいるのですから!お任せください!!」
〈うむ。後は頼んだぞ!!
アレクシオス。わし等は退場の時間じゃ〉
『……はい……父上』
国王とアレクシオスは手を取り合っている。2人とも笑顔だった。渾身の笑顔だった。
「リンネちゃん、メルちゃん。ごめんね」
「どうしてミルフェちゃんが謝るの!!」
「だって……これから凄く忙しくなるから!あまり遊べなくなるから先に謝っておくわ!!」
ボク達も皆で笑いあった。皆の顔には希望と決意が浮かんでいた。
★☆★
それからの数日間は多忙を極めた。
市長就任後の数日間を思い出すなぁ。
やはり必要なのは人材だった。人材は人財にも人罪にもなるだなんて、よく言ったものだね。
結局、異世界知識チートが活躍する。“平和主義の国”日本の間接民主制は1つの完成形である。平和な、皆が幸せになれる世界が築けるかどうかは、それを運用する政治家次第と言うことだ。
ボクが知ってるミルフェちゃんなら、きっと大丈夫だ。エンジェルウイングも全力で支えるだろう。
ボク達は、ボク達が出来ることをするだけだ。
明日の朝(召喚から38日目)、いよいよアルン王国へと旅立つ。
「第1班マール他5名、王都の奴隷解放後、組織作りに入ります!」
「第2班のアディ他6名は、ランディールへ向けて出発します!10日後には戻ります」
「第3班ダフ班の6名は生産活動を頑張り申す。制服、装備類は10日後には完成させ申す」
「第4班、ギベリン隊は拠点防衛だ。留守番は任せてくれ!」
「うん、お願いします!それと、会談にはミルフェちゃん、メルちゃんとボクの3人で行くから、アユナちゃん、レンちゃん、アイちゃんは皆さんの手伝いをお願いね」
『分かった!面白そうだからダフを手伝う!』
「団長に手伝ってもらえて……感謝申す!」
「「天使ちゃんキター!!」」
「わたしは念話で情報共有に集中しますね」
「うん、アイちゃんが皆に具体的な指示やアドバイスをしてくれると助かる!」
「リンネちゃん!あたし、ランディールに行くべきじゃないかな。北はまだ魔物が多いし……あたしが一緒に行けばもっと早く帰れるはず」
「それはわたしも心配です。でも、そうするとレンさんはアルン王国へ行けなくなりますよ?」
「ボクもレンちゃん抜きでアルン行き厳しいと思う。予定では、3日後にはアルンに出発……」
『俺が行こう。北には用事がある』
「「「ウィズ!!」」」
「シマシマも貰ったし、ガルクも倒してもらったからな!友情特価5000リルでどうだ?」
ボクはウィズから風魔法/中級、マジックポーション2本を受け取った。こいつ、どこから湧いてきたの!?しかも有料(50万円)ですか。アイちゃんをチラ見するとコクコク頷いている。メルちゃんも。なら任せるか。
「護衛はお願いする。仲間達に手を出したら許さないからね!」
『心配いらない。俺は勇者一筋だ』
「じゃあ、あたしはマールさんを手伝う!」
「うん、レンちゃんお願い!」
★☆★
時間は既に午後2時過ぎ。会議は3時からだ。
ボク達は食事と準備を済ませて鋭気を養い、ミルフェちゃんに導かれて決戦の地、王宮の閣議室へと向かう。
王宮まで僅か500mの道のりで、襲撃された回数は3回。最初から殺害目的で襲ってきた。しかし、ボク達は人間相手に手こずることはない。超人級を遥かに超えるステータスが、相手の攻撃をスローモーション化する。メルちゃんは素手で、ボクは棒2号で刺客の能力と戦意を奪っていった。
「アレ兄様の刺客ね。短時間に30人も……。そんなに私を殺したいのか。悲しくなるわ」
覆面を剥がし、鑑定眼で正体を暴いた結果、案の定、アレクシオス元第1王子の刺客だった。
「王女、早く王宮へ入りましょう。中なら襲撃もないと思います。無駄な血は流したくありません」
「メルちゃんって呼んでいいかしら?」
「はい、ミルフェ王女様」
「私のことも、“ミルフェちゃん”って呼んで!」
「分かりました……ミルフェちゃん……」
「メルちゃん可愛い!!何でリンネちゃんの仲間はみんなこんなに可愛いの!?」
まぁ、ボクが可愛らしさを最優先で召喚したからね。マールさんやクルンちゃん達は偶然だけど。
「王宮に着いたわよ!閣議室まで案内するわ」
会議開始までまだ30分ある。しかし、閣議室に到着したとき、既に扉の前には人集りがあった。
『君は!もしかして、あなたが勇者!?』
あっ、竜の牙の……ハルトさんだ。
「ハルトさん、お久し振りです」
『その声……やはり貴方がガルクを!』
ヤバい、ばれてーら。まぁ、いっか。
「お仲間は無事ですか?」
『えっ!?あ、はい。お陰様で命を拾いました』
「それは良かった!!」
〈おい!こっちも相手しろ!泣いちゃうぞ、俺が!〉
「あ……誰でしたっけ?」
〈ガーン!師匠を忘れるなよ!ランゲイル師匠だろ!ミルフェ王女、ご無沙汰しております〉
何でランゲイル隊長が国王派に!?でも、当然と言えば当然か……。あ、ミルフェちゃんの視線が冷たい。ボクも軽くスルーしよう。
「ランゲイル隊長……お久し振りです。フィーネではご迷惑お掛けしました」
〈気にするな!今日は宜しくな!〉
ランゲイル隊長とハルトさん、凄く睨み合ってる。火花が見えそう……どっちが強いかな?
国王や王子はまだ来ていない。もしくは、既に閣議室の中に居るのかもしれない。
「時間です。お入りください。
ミルフェ王女、護衛は1人のみです」
近衛っぽい人が朗々と宣言した。
ちびっ子枠も、ちびっ子特権もなしか。
メルちゃんをチラ見すると首を横に振った後、縦に振り直した。意味が分からない。“私は入らない、リンネちゃんどうぞ”という意味に勝手に解釈して、ミルフェちゃんの後から入室した。
閣議室にはまだ誰も居なかった。
中央には正方形の豪華なテーブルがある。四辺に椅子が4つ置いてある。この部屋は……窓がないんだ。外からの襲撃や盗聴が出来ないように?ドアは入り口ともう1つ奥にもあるね。
テーブルに近づく。4つの角には獅子、竜、あとはよく分からない生物を象った飾りがある。よく見るとテーブルの上には札が置かれていて、座席が指定されているみたい。えっと……リンネは……ないじゃん!
『勇者様、我々護衛は主人の後ろに立ちます』
〈がははっ!リンネさん、座りたかったか?俺が肩車してあげようか?〉
このセクハラはスルーだ。目を見たら負けだ。
「ハルトさん、ありがとうございます」
『いえいえ。会議は長引くかもしれません。疲れたら近衛を呼んで椅子を用意させましょう』
ボクは軽く頷いておく。紳士じゃん!アレクシオス王子の護衛らしいから身構えてたけど、大丈夫そうだ。
ミルフェちゃんは指定された椅子に座った。ボクはその1m後ろに、体育の“休め”の姿勢で立つ。
ランゲイルさんもハルトさんも所定の位置に立つ。どうやら、東がミルフェちゃん、南がアレクシオス王子、西は空席で、北がヴェルサス国王らしい。ヤバい!何だか緊張してきた!!
間もなくして、入口のドアから国王らしい桃髪の人が入ってきた。皆、姿勢を正して礼をしている。ボクもそれに倣う。国王と目が合った!彫りの深さに似合わず優しい目、深海のような濃紺の瞳。ミルフェちゃんと同じ目だ。
国王は迷わず自分の席まで進むと威厳たっぷりに着席した。普段は玉座に座るのかな、この椅子じゃ狭そうだ。後ろにランゲイルさんが控える。
続いて、20歳くらいの青髪の青年が入ってきた。国王やミルフェちゃんとは髪色が違う。王妃似なのかな?確か王妃様は5年くらい前に亡くなっていたはず。これがアレクシオス王子……。
王子は大股で早歩きで席に着いた。せっかちというより、剛毅な感じだ。後ろにはハルトさんが立っている。
やはり西側の席は空白のままらしい。審判的な司祭様が座るかと思った。空いてるなら座らせてよ、とは言えない。せめて椅子だけでも……けど、この場で1番若いボクが座ったらダメか。電車やバスでは小学生はお年寄りに席を譲るもんだ。セクハラおやじのランゲイルさんに譲るよ。って、25歳だっけ。
入口のドアが閉められた。近衛の人も中には入らず、外で待つらしい。メルちゃんがあの人と2人きりになっちゃう……ナンパされそうで心配。
今度は、奥のドアが開いた。台車に飲み物を乗せている。配るようだ。手伝おうと思ったけど、緊張で足が動かなかった。いや、本当はただの人見知りなだけですよーだ。
ボクの手元にもグラスが届いた。中身は果汁水らしい。冷たくて気持ちいい。飲まなきゃずっと手に持ち続けるの?こういうのって、皆、なかなか飲まないよね。
やっぱり、誰も飲み物に手を出さないや。本当に毒殺なんてあるのかな?まぁ、ボクは賢者のローブを着ているから状態異常無効なんだけどね。だから、飲んじゃおっと。
ボクはグラスを手に取り果汁水を一口飲み込む。緊張で手が震え、喉が縮む思いだ。さっと回りの視線が集まる!
あ、このパターンは……次に飲んだ人が倒れたら犯人はボク的なやつだ。まずい、フラグ回避しなきゃ。
「うっ……」
「リンネちゃん!!?早く医者を!!」
「うっ……美味い!」
「えっ!?」
「ん?」
「リンネちゃん……」
「ごめんなさい……」
〈ぷっ!俺の弟子達が粗相しました、失礼!〉
「「弟子じゃないっ!」」
何だか場の緊張が解けたようだ。期せずしていい仕事しちゃったみたい。
〈皆、よく集まってくれた。醜い親子喧嘩に付き合ってくれた勇者、護衛諸君、及び会議を呼び掛けてくれたアイ殿に感謝する!〉
『御託はいらん!早く王位を譲れ!』
「兄様!私達は話し合いに来たのよ!」
冒頭から荒れそうな雰囲気だね。ボク達護衛は沈黙がお仕事だ。石になる、石になれ、石になろう。
〈尤もだ。では、最初にそれぞれの主張を聴こうか。わしは、相応しき者に位を譲ること。それさえ叶えば命など惜しくはない!〉
『私の主張は、正当なる英雄の血を受け継いで大陸全土、全人類を纏めあげ、以て魔を滅する。これにより世界に平和をもたらすことだ!』
「私も兄様と同じだわ。人類が協力し合わないと魔王は止められない。魔王を止めて平和な、幸せな世界を作るわ!!
でも、やり方が違う。平和を求める為に人を殺すの?父様もそうよ!力は何の為にあるの?私は……私達は、絶対にそんなことはしない!!」
『子どもは理想論ばかりで困る。理想論なら作文でも書いてコンクールに出してろ!』
〈家族で殺し合いなんぞしたい訳なかろう。身を守る為には致し方なかったのじゃ……許せ〉
『弱いのが悪い。力が無いのが悪い。弱く、力が無い者が上に立って、何が出来ようか!』
「兄様、先程は雑魚の刺客を30人もありがとう。でもね、勇者リンネがいる限り、万の精鋭でもなければ無意味よ?リンネ様は既に10魔人のうち、6人を倒しているんだから!」
『『!!』』
〈〈!!〉〉
ミルフェちゃん……盛り過ぎ!でも、これも交渉術というものなのかな?ここは精一杯胸を張っておこう。
『〈!!〉』
何か、護衛2人の熱い視線がボクの胸元に……。
『私が刺客を放ったという証拠でもあるのか?』
「余裕よ!私の仲間には鑑定や洗脳、読心スキル持ちがいるわ。相手を選ぶべきだったわね!」
『っ!!』
ミルフェちゃん、いけー!やっちゃえー!!
「父様!王に相応しき者って何ですか?かつての英雄の血脈ですか?」
〈わしはそうは思っとらん。王威は既に失われた。そもそも我が父である英雄王ヴェルサスも母エリザベートも、血で世界を救った訳ではない。勇者アルンも然り……〉
『父上が言う通り、必要なのは血ではない!絶対的な強さだ!魔を滅する強さが無ければ誰も救えないんだ』
「だから、力の無い兄様が魔人に頼ったのね!」
『何だと?頼ったのではない、利用したのだ!』
「同じよ。私が知ってる強さを教えてあげる。
その人は、初めて魔物を殺した時に涙した。
その人は、人を殺めた時に泣き続けた。
その人は、救えなかった人の為に泣いた。
その人は、大切な人を助けた時にも泣いた。
その人はすぐ泣く。本当に泣き虫。聞いた話では、2日間くらい泣き続けた時もあるみたい。
多分、世界中の誰よりも流した涙が多いわ!
でも、私が知ってる中で最強に強い!!
剣が上手い訳でも、加護が凄い訳でもない。
武器なんて安物の棒切れだし、魔法だって中級までしか使えない。
でも、誰にも負けない!!
私は、その人を見続けたわ。
自分の目で、使い魔の目で、他人の目で。
何でこんなに強いんだろう、何でこんなに人の為に頑張れるのだろうって不思議だった。
理由を探し続けた。求め続けた。
そして、ようやく辿り着いた。
その人は、他人の為に無限に涙を流せるの。
その人は、他人の為に命を懸けられるの。
その人は、見返りもなしに頑張れるの。
どうしてそんなことが出来るのだと思う?
それは、心が弱いから……だった。
変でしょ?心が弱いのに最強だなんて!
その人はね、いつも心の中で泣いている。常に泣きながら戦っている。心が悲鳴を上げ続けているんだって聞いたわ。
でも、だからこそ!強くなろうと常に望むんだ!
その人の強さの理由は……心の弱さ。いや、意思の強さにあった!
その人は、誰だって本気で望めば出来ないことはないって言った!不可能なことはないって言い切った!そして、全ての絶望を、“西の真実”という悪夢を乗り越えて希望を見せてくれた!
だから、本当の強さは意思の強さだと思う」
え?これボクじゃないよね?だって……ゴブリンを笑いながら倒してたらしいし……まさかね……。
〈国王、すまないが契約はここまでだ〉
〈分かった、異論はない。そういう約束で無理強いしたんじゃからな。今までの尽力感謝する〉
〈アルンでは力及ばず、すまなかった。……次はどんなことがあっても守り抜く!その為には魔王の前にだって、立ってやる!俺はミルフェ王女の護衛隊長ランゲイルだ!!〉
「ランゲイル……ありがと」
「……」
『悪い、アレク。俺も勇者の側につく』
『何だと?幼馴染みの私を見捨てるのか!?』
『あぁ。勇者は……魔人討伐を誇らずに何て言ったと思う?仲間は……無事ですかって……まずは俺の仲間達を、あいつらを心配してくれたんだぞ!!』
『……』
「……」
「アレ兄様!もう諦めて下さい!貴方には支えてくれる仲間がいないわ!」
〈アレク!ミルフェの言う通りじゃ。国を治めるということは、人を収めるということじゃ〉
『くっ!……分かりました……』
〈勇者リンネ、ミルフェを支えてくれるか?〉
「心配は無用です!ボク達は世界を変えるためにここにいるのですから!お任せください!!」
〈うむ。後は頼んだぞ!!
アレクシオス。わし等は退場の時間じゃ〉
『……はい……父上』
国王とアレクシオスは手を取り合っている。2人とも笑顔だった。渾身の笑顔だった。
「リンネちゃん、メルちゃん。ごめんね」
「どうしてミルフェちゃんが謝るの!!」
「だって……これから凄く忙しくなるから!あまり遊べなくなるから先に謝っておくわ!!」
ボク達も皆で笑いあった。皆の顔には希望と決意が浮かんでいた。
★☆★
それからの数日間は多忙を極めた。
市長就任後の数日間を思い出すなぁ。
やはり必要なのは人材だった。人材は人財にも人罪にもなるだなんて、よく言ったものだね。
結局、異世界知識チートが活躍する。“平和主義の国”日本の間接民主制は1つの完成形である。平和な、皆が幸せになれる世界が築けるかどうかは、それを運用する政治家次第と言うことだ。
ボクが知ってるミルフェちゃんなら、きっと大丈夫だ。エンジェルウイングも全力で支えるだろう。
ボク達は、ボク達が出来ることをするだけだ。
明日の朝(召喚から38日目)、いよいよアルン王国へと旅立つ。
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