寵愛の精霊術師

触手マスター佐堂@美少女

第87話 キアラが望んだ世界



「――――」

 ゆっくりと、落ちていくような感覚があった。
 あらゆる色の光が溢れたトンネルのような空間の中を、オレは通り過ぎていく。

 周りの光は、七精霊が発光している故のものだ。
 おそらく、キアラがここ数年で各地で集めた精霊たちなのだろう。

 そして、一際大きな光が眼前に現れ、オレはその中に呑み込まれた。





「――――ッ!!」

 気がつくと、オレは上空に投げ出されていた。
 身体に感じる風が、自身が落下している最中なのだということを教えてくれる。

「あぶな――っ!!」

 咄嗟に風精霊たちを集め、身体を安定させた。
 クレア達を連れてきていたら、下手をすれば落下死していたかもしれない。

 身体のバランスが落ち着いてきたところで、オレは何気なく眼下の景色を見た。

「……は」

 その光景を見て、オレはかすかに息を漏らす。



 そこに広がっていたのは、現代の日本の街並みだったからだ。



 高度を下げながら、オレは空中から眼下に広がる街を見て回る。
 その中で、この街に見覚えがあることに気付いた。

 ……あの公園は、友達とよく遊んでいた場所だ。
 樹木の形や遊具の配置など、オレの記憶の中のそれとまったく変わらない。

 そういえば、あの公園の帰りに、キアラに負ぶってもらって帰ったことがあるような気がする。
 そんなことを思い出すと、湯水が溢れるかのように記憶が蘇ってくる。

 近くにあるあのショッピングモールには、キアラと一緒に映画を観に行ったこともあった。
 たしかあれは、キアラに一緒に行こうと言われて半ば無理やり連れて行かれたんだったか……。
 爆睡していたせいで、観た後キアラが不機嫌になっていたのが懐かしい。

 遅すぎる回想だ。
 それは、もう二度と戻らない日々の記憶だった。

「……これが、キアラの望んだ世界なのか?」

 街並みだけを見ると、たしかにオレの記憶の中にあるものと遜色ない。
 だが、ここには生物の気配が全くなかった。
 動くものは、オレ一人しかいない。

 となると、キアラの目的は――。

「……そういう、ことなのか?」

 オレには、キアラがどこに行ったのかわかった気がした。
 考えれば考えるほど、そこにキアラがいる気がしてくる。

「あっちか」

 方向は手に取るようにわかる。
 オレは地面に降りると、キアラがいるであろう場所へと歩き始めた。




 オレは、とある家の前で立ち止まった。
 見れば見るほど、胸の中に懐かしい感情が湧き上がってくる。

 その隣はオレの家だが、今はそちらに行く必要はない。
 今は、他にやるべきことがあるのだから。

 キアラの家は、あの頃と全く変わっていなかった。
 だが、住人の気配はない。

「……おじゃまします」

 住人ではない誰かの気配を感じつつも、オレは中に入った。
 キアラの部屋は二階だ。
 見慣れた階段を上ると、彼女の部屋はすぐそこだった。

 なんのためらいもなくドアを開ける。

「……やっぱり、か」

 部屋の中を見たオレは、少しだけ眉を寄せた。



 黒髪の少女が、血まみれで部屋の壁によりかかっていた。



 だが、それが少女と認識できるのは、その体躯の小ささと長い髪からだけだ。
 ほとんど全身がぐちゃぐちゃに潰されており、異世界で割と死体を見慣れているオレでも若干気分が悪くなってくる。
 あまりにも凄惨な状態だった。

 そしてその前には、ただその肉塊をじっと見つめる人影がある。
 深緑色の髪を長く伸ばした、少女がいる。

「やっぱり、ここにいたか」

「――――どう、して?」

 呆然とした様子で、キアラが声を上げる。
 その声はしかし、オレの声に対する返答ではない。

「どうして、あの子がいないの……?」

 それは、オレにとっては意味のわからない言葉だった。

「キア……っ!」

 そんな彼女に声をかけようとした瞬間、他の人間の気配があるのに気がついた。

 ――エーデルワイスだ。
 キアラの部屋の隅から、こちらの様子を見ている。

 だが、その表情はオレが初めて目にするものだった。

「……なんなの、この世界は」

 彼女の顔には、ただ困惑だけがあった。

「文明の痕跡らしきものはある。しかも、わたくしたちの世界とは全く異なる方向に、はるかに発展した痕跡が。これを、アリスが創り出したというの……?」

 そこでエーデルワイスは、ようやくオレの存在に気付いたかのように、オレの方へと焦点を合わせる。

「ラルくんは、ここを知っているの?」

「もちろん。ここはオレたちの故郷だからな」

「……故郷? まさかあなたたちは、他の世界からやってきた人間だとでも言うの?」

「ああ、その通りだ」

 オレの返事を聞いたエーデルワイスは、明らかに狼狽していた。
 その目に宿った感情に、オレは覚えがある。

 ――それは、恐怖と言う感情だ。

「あなた、まさか『始祖』の……いえ、いいわ。わかった。なんにせよ、わたくしがこの場でやるべきことは一つだけなの」

 ようやく表情をいつもの微笑に戻したエーデルワイスが、両手の中に小さな光の玉を生み出す。

 予備動作はなかった。
 それが何をするためのものなのか、オレにはわからない。
 キアラも、茫然自失になったまま動く気配がない。

 だから、咄嗟に対応することができなかった。



「――『融和』」



 エーデルワイスがその言葉を発した瞬間、彼女の手の中にあった光の球体が強い光を発する。
 マズイと思った時には、オレの意識はなくなっていた。







「――――」

 全てが一つに融けていくような感覚があった。

 身体は見当たらない。
 自分というものが曖昧になり、本当にそんなものが存在していたのかという疑問すら抱きそうになる。

 ……だが、ここにいる。
 こんな意識だけの状態になっても、ラルフ・ガベルブックはたしかに存在していた。

 そんなことを考えているうちに、眼前に変化が訪れる。
 すぐ近くのところに、暗い緑色の光と、淡い金色の光が現れたのだ。

「…………」

 一つは、どこまでも陰鬱な雰囲気を醸し出す緑色の光。
 あまりいい予感は感じさせない。

 もう一つは、透き通るような金色の光。
 見るものに安心感を与えるその光は、まるで自分に触れるのが正しいのだと主張しているかのようにも感じられる。

「…………」

 迷うことなく、オレは暗い緑色の光に触れた。
 なんとなく、そちらのほうが暖かいと思ったのだ。



 そして、オレの意識は再び闇の底へと消えていった。

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