寵愛の精霊術師

触手マスター佐堂@美少女

第24話 はじめての領地視察


「カタリナちゃん、おやつ食べる?」

「あっ、いただきます!」

 ヘレナが差し出したお菓子を小さな両手で大事そうに受け取り、口へと運ぶカタリナ。

「っ! すごくおいしいです、これ!」

「そう。気に入ってもらえてよかったわ」

 ヘレナは穏やかな表情を浮かべながら、美味しそうにお菓子を頬張るカタリナのことを見守っている。
 まるで本物の親子のような光景に、心が温かくなった。

「はい。ラルもどうぞ」

「……いただきます」

 ちょっと寂しい思いをしていたのが見抜かれていたようだ。
 素直に、ヘレナが差し出してきたお菓子を受け取る。

 小麦色の小さなお菓子で、見た目はクッキーっぽい。
 口に入れると、控えめな甘さとカリッとした食感が口の中に広がった。
 あ、美味しいなこれ。
 というか、まんまクッキーだなこれ。
 
「美味しいです、母様!」

「うふふ。ありがとう。作ってきた甲斐があったわー」

 ヘレナはそう言って笑いながら、オレの頭を撫でる。
 相変わらず安心する感触だった。

 ちなみにヘレナのエンジェルウィングは、馬車内のスペースを圧迫するため今は出ていない。
 ……あれが出し入れ自由というのはものすごい意外だった。

「ラルフ様、ご気分のほうは大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫。ありがとうミーシャ」

 ミーシャがオレの体調を気にかけて声をかけてくれた。
 でも、オレはこれぐらいどうってことない。
 むしろ、オレはカタリナやヘレナが心配だった。
 長時間の馬車の移動は、自分の思っている以上に体力を奪われていくものだからな。

「はい。ミーシャもどうぞ」

 ヘレナは微笑みながら、ミーシャにもクッキーを差し出す。

「えっ? わ、私はいいですよ。せっかく奥様がお作りになられたのですから、ラルフ様とカタリナが食べてください」

「ミーシャさまも食べてみたらいいと思います! とってもおいしいですよ!」

 カタリナはミーシャと仲がいい。
 オレと一緒に王都の家に行くまではミーシャにも色々と教えてもらってたみたいだし、師匠と弟子のような関係なのだろう。

「そ、それじゃあ一つだけ……」

 ミーシャはおそるおそるといった様子でクッキーを受け取り、口へと運ぶ。

「っ! これは美味しいですね……」

「うふふ。ありがとうミーシャ」

 少し驚いた表情を浮かべたミーシャを見て、ヘレナも嬉しそうだ。

「っと、そろそろ到着しそうですね」

 ミーシャが窓の外の風景を見て、息を漏らす。
 いま馬車を操っているのは二人のメイドだ。
 メイド長であるミーシャと、三人で交代ごうたいで馬車の運転を行っていた。

 ミーシャにならってオレも馬車の窓から外を覗く。

「おおお……」

 辺り一面に、のどかな田園風景が広がっていた。遠くの方には川が流れているのも見える。
 予想以上に美しい土地だ。期待に胸が膨らむ。

「わたしもここに来るのは初めてだから、どんなところなのか楽しみだわ」

 ヘレナは目を細め、これから見る景色を心待ちにしているようだ。
 しかし、カタリナはケモミミだし、ヘレナは肌が灰色っぽいから、こういう田舎で偏見の目で見られたりしないだろうか。
 少し心配だ。

 そんなことを考えていると、農作業をしている第一村人を発見した。
 馬車の窓から身を乗り出して満面の笑みで手を振ると、第一村人さんのほうも、微笑ましいものを見る目でこちらに手を振り返してくれた。
 やったぜ。

「ラルさま、何してるんです?」

「……ちょっと一回やってみたかっただけなんだ。気にしないでくれ」

「はあ……? わかりました」

 カタリナは不思議そうな表情で小首を傾げている。
 い、いいじゃないか別に。
 こんな田舎なところ、前世でも行った記憶がなかったから、ちょっとテンション上がっちゃったんだよ。察してくれよ。



 ――というわけで、やってきました我が領地。



 アミラ様からの、いや、正確に言うとフレイズからの提案を受けて、夏休みを使って一度ヴァルター陛下から賜った自分の領地がどんなところなのか見に来てみた次第だ。
 ちなみに、フレイズはガベルブック領で何やらゴタゴタが起こったらしく、今回は参加を辞退した。
 まあ、仕方無いだろう。

 領内はそれなりに整備されており、生活レベルはそこまで低くないであろうことが伺える。
 領内に入ってからしばらくして、オレたちを乗せた馬車は村長の家へ到着した。

「ようこそいらっしゃいました、ガベルブック様。それにお連れの方々も。どうぞお入りください」

 オレたちが今日ここに来る旨はあらかじめ伝えてあったので、特に何事もなく家の中に通される。
 村長の家は二階建てでそこそこ広く、オレたち全員が余裕で入ることができた。

「どうぞ、こちらです」

 そこから応接室のような部屋に通されたオレたちは、村長からこの村に滞在する上での軽い案内を受けた。

「宿泊は前代の領主が使っていた館があるので、そちらを利用されるのがよろしいかと。長期間の滞在でも問題のないようにこちらで掃除もしておきましたので」

「ありがとうございます。使わせていただきます」

 基本的に、村長に応対するのはオレだけだ。
 ヘレナもミーシャも、オレと村長が話をしているのをただ見守っていた。

 一通り話を聞き終わると、村長の家を後にした。

「それでは、館のほうにご案内いたしましょう」

「お願いします」

 村長の提案に、オレは同意する。
 館までは村長もついてきてくれるようだ。

 前の領主が使っていたという館は、村のはずれのほうにあるらしい。
 今回の滞在は、およそ1ヶ月ほどを予定している。荷物もたくさんあることだし、先に館に向かった方がいいだろう。

「ねぇ、ラルくん」

「……なんだ、いたのかキアラ」

 今日はものすごく影が薄かったキアラが、少し眉を寄せながら浮いていた。
 周りにヘレナたちもいるため、小声で応対する。
 にしても、こんなところで話しかけてくるということは、何か緊急の用事でもあるのだろうか。

「この村、なんか変な感じがしない?」

「変な感じ? どういうことだ?」

「漠然とした感覚なんだけど……この村、なんか普通じゃない感じがするんだよね。ラルくんは何も感じない?」

「いや、特には……」

 せいぜい、いい景色の村だなあと思った程度で、特に何か異質な気配を感じたりすることはなかった。

「そっか。それならきっと、私の気のせいだね」

「どうだろうな。まあ、気には留めておくよ」

 キアラが違和感を感じたというのなら、それは信用に足る。
 警戒しておくに越したことはない。

「……ん?」

 なにやら、遠くの方から怒号のような声が聞こえてきた。

「何でしょう。騒がしいですね」

 村長は困惑したような表情を浮かべている。
 どうやら、村長も声の原因がよくわかっていないようだ。

 遠くの方で、村人たちが走っているのが目に入った。
 ……遠すぎてよく見えない。
 あ、そうだ。

光精霊アルテミスたち、頼む」

 光精霊たちにお願いして、即席のレンズを作ってもらった。
 漠然としたイメージしかなかったが、なんとかうまくいったようだ。
 固定するのも面倒だったので、オレの目線ぐらいの高さで空中に浮いているような感じになっている。

「ラルさま、それは……?」

 カタリナが不思議そうな表情で尋ねてきたので、カタリナにもレンズ越しの風景を見せてやる。

「わぁ! 遠くの方のものがよく見えますね!」

「だろ?」

「……ラルはホントに、そういう妙なものを作るのが得意よね」

「これはまた不思議な……どうやって作られておるのやら……」

「あはは……」

 ヘレナと村長の言葉に苦笑いする。
 まあ、前世の知識に基づいて作ってるからな。こっちの世界の人間が見れば、よくわからないものに見えても仕方ないだろう。

 カタリナは、しばらくはしゃぎながらレンズ越しの風景を眺めていた。
 だが、突然その表情を曇らせて、

「あれは、なんでしょう。とても大きな動物がいますね」

「なに?」

 カタリナに返してもらうのもアレだったので、もう一個レンズを作ってカタリナが眺めているほうを見る。

「ホントだ。なんだ、あれ?」

 目を凝らすと、その姿を視認することができた。
 全身が黒ずんだかなり巨大な猪が、堂々とした様子で農作物を食い荒らしている。
 家畜かな?

「村長さん、何か大きな猪のような動物がいますが、あれは家畜か何かですか?」

「なんですって? ちょっと私にも見せてください」

 そう頼まれたので、村長にもレンズを作ってあげた。
 最初は戸惑っていたが、使い方を把握するとその戸惑いもなくなったようだ。

「そんな……なぜ黒觸猪ダークボアーがこんなところに!?」

 信じられないものを見た、とでも言うような顔で村長が叫ぶ。
 村長の表情から鑑みるに、どうやら家畜ではないようだ。
 そりゃそうか。
 家畜に、収穫前の農作物を食べさせる奴がどこにいるというのか。

「あれは何です?」

「あれは『黒觸猪ダークボアー』という魔物ですね。ここの連中が猟に出た時には、あいつの突進のせいで何度か犠牲になっておりまして。しかし、壁を乗り越えて居住区域にまで侵入してくる魔物ではないのです。なぜこんなところにいるのか……」

 忌々しげにそう漏らす村長。その嫌そうな表情から鑑みるに、よほどあの魔物に困らされてきたのだろう。

「とにかく、村の男衆を呼んできます。ガベルブック様方も、迅速に避難していただきたい」

「ああ、その必要はありませんよ村長さん。あれは私がなんとかしますから」

「は? いや、しかし……」

「大丈夫です。万が一にも私が怪我や死亡したときのことを考えているのかもしれませんが、あんな猪に殺されるほどヤワじゃありません」

 見たところただの馬鹿でかいだけの猪だし、あれが牙獣よりも強い、ということはないだろう。
 ふと気になったことがあったので、村長さんに聞いてみた。

「あいつの肉って食えます?」

「え? ああ、食べられますよ。殺すのが難しい代わりに、なかなか美味しいですね」

「じゃあ今夜は猪の焼肉パーティーにしましょう」

 とりあえず困っているようなので、さっさと駆除することにした。

「よっ、と」

 黒觸猪ダークボアーのいるところを目指して、オレは走り出した。
 風精霊の力を借りて、超速度での加速に成功する。
 走るというよりは、かなり間隔を開けてスキップしているような感じだが、まあ細かいことはいいか。
 このペースだと、黒觸猪ダークボアーと接触するのに十秒もかからない。

「ある程度接近しないと『風の刃ウィンド・カッター』も使えないからな……」

 『風の刃ウィンド・カッター』は、放つ方向を定めることはできるが、放った後にコントロールすることはできない。
 つまり、あまりに離れすぎた敵を叩くのには不向きなのだ。

「――!!」

 走り出してすぐに、黒觸猪ダークボアーがこちらの接近に気が付いた。
 さて。
 猪さんには、新しい精霊術の実験台になってもらうか。

「――『空の刃エアー・カッター』」

 そう呟き、不可視の刃を黒觸猪ダークボアーめがけて放つ。

「――!」

 危機を察知したらしい黒觸猪ダークボアーは、身体を大きく横にずらすことで攻撃を回避した。

「へぇ……」

 標的まである程度距離があったとはいえ、初撃を回避されるとは思わなかった。
 案外やるな。

「――!!」

 黒觸猪ダークボアーはもう危険がないと判断したのか、こちらにめがけて猛突進してきた。
 近くで見るとすごい迫力だ。体長四メートルは下らないだろう。
 だがもちろん、そのまま突進などさせるわけがない。

「戻れ、『空の刃エアー・カッター』」

 オレがそう呟くと、黒觸猪ダークボアーの後ろで停止していた『風の刃ウィンド・カッター』が、標的めがけて再び動き出す。

「――!?」

 まさか、一度避けた攻撃が後ろからもう一度来るとは思わなかったのだろう。
 黒觸猪ダークボアーは、『風の刃ウィンド・カッター』の一撃を後ろ足にモロに受けた。

 後ろ足を切断された黒觸猪ダークボアーの悲痛な叫び声が木霊する。
 そのままにしておくのも可哀想なので、もう一発首に『空の刃エアー・カッター』を放ち、トドメを刺した。
 首の切断面から盛大に血を噴き出し、黒觸猪ダークボアーの動きが完全に止まると、オレは息をついた。

「よし。実戦でも十分使えそうだな」

 ――『空の刃エアー・カッター』。
 風精霊たちに頼んで作ってもらった『風の刃ウィンド・カッター』を、こちらの意思で操作できるように改良した。
 風精霊と密な連携がとれるからこそ成せる技だ。

 予備動作がないため事前に対処できず、目に見えないため軌道がわからず、初撃を避けられたとしても自分で刃をコントロールでき、何かに当たるまで消滅しないという鬼畜仕様だ。
 並の魔物や魔獣なら、これで十分だろう。

 ……しかし、魔術と精霊術の便利さを追求しすぎて、最近武術のほうがおろそかになっている感じがある。
 あまりないが、魔術や精霊術を使えない場所というのはこの世界に存在する。
 そういう場所に行ったときにも対処できるようにしておかなければ。

 そんなことを考えていると、黒觸猪ダークボアーが死んでいることを確認した村人たちが、ぞろぞろと集まってきた。
 村人たちはこそこそと何やら話していたが、やがて一人のおばさんが前に出てきて、

「……これ、あんたがやったのかい?」

「ええ、そうですよ。あ、どなたか手が空いている方がいらっしゃったら、解体を手伝っていただきたいのですが。肉や皮は山分けしましょう」

「あ、ああ」

 オレが手伝いを頼むと、村人たちはぞろぞろと動き出してくれた。
 あ、そういえばナイフ持ってないな。
 言ったら貸してくれるかな。

「……何者なんだい、あんた?」

「ああ、申し遅れましたね。私は二年ほど前にこのダーマントル地方の領主になりました、ラルフ・ガベルブックと申します」

「りょ、領主さまだったのですか!? こ、これはとんだ御無礼を!」

 かなり驚かれた。
 そりゃそうか。言ってなかったしな。
 というか、こんなちっこい子供が領主だなんて夢にも思うまい。

「別に大丈夫ですよ。それよりも、解体用のナイフを貸していただけませんか? どうやら忘れてしまったようで」

「あっ、はい! すぐにお持ちしますね!」

 オレの頼みを聞いてくれたおばさんは、急いでどこかへ向かった。
 ナイフを取りに行ってくれたのだろう。

「領主さま、本当にありがとうございます。先ほどこいつを見たときは、どうしようかと思っておりましたので……」

「いえいえ、困ったときはお互いさまですよ」

 オレもここの人達から税金をかなり貰ってるわけだし、うん。お互い様だ。
 そんなことを言って猪を解体しながら、オレは村人たちと親睦を深めたのだった。

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