老舗MMO(人生)が終わって俺の人生がはじまった件

穴の空いた靴下

66話 アイスフロントの街

 雪上を雪を巻き上がらせながら疾走する馬車、というか巨大な塊。
 アイスフロントの警備にあたっていた兵が巨大な魔物の襲来と勘違いしたのも無理はない。
 それほど異様な光景だ。

「すみません、旧ファス村から来た者ですが、医者を紹介してくれませんか?」

 目の前で停まった箱から少年が出てきてそんなことを言い出すのだから、完全警戒態勢になっていた警備兵の人たちは思考停止してしまう。
 その後出てきたユキムラの冒険者の証できちんと身分が証明され警戒態勢は解除される。
 あとで騒がせた謝罪に領主の元へ向かうという約束をして急いで医療所へ向かう。
 巨大な箱が雪を舞い上がらせながら街を進む。
 その異様な光景は嫌でも人目を引いてしまうがそんなことは言ってられない。
 レンはタロと一緒に外で待ってくれている。病院にわんこを連れてくわけにはいかないからね。

「先生、ソーカはどうなんですか?」

 優しそうな白い髭を蓄えたおじーちゃんの先生は落ち着いて話し始める。

「過労じゃろ」

「過労?」

「知恵熱と言ってもいいかもしれん、過度な負担で身体が限界だーって言ってるんじゃよ。
 だから回復魔法もきかん。過度な熱を抑えてあげて、後は休息じゃな」

「それだけで治るんですか?」

「大丈夫じゃろ、明日には目を覚ます」

 ソーカをゆっくりと休ませるために診療所からは追い出されてしまった。

「さて、それではこの街の領主様のところへ頭を下げに行きますか」

 取り敢えずソーカのことを安心して任せることが出来て安心する。同時に早急に解決しなければいけないことを解決しないといけない。
 改めて街を見回すと、昨日の吹雪の影響で一面雪に覆われている。人々が往来する道はなんとか除雪されているが、雪国の冬は厳しいようだ。
 そして何やら人だかりができている。
 レンとユキムラはなぜだろう? といった風だが、先程の爆走のせいだ。
 レンは馬を出し本来の馬車モードに戻す。
 周りの人が、馬が中から? ではどうやって動いてたんだ?
 と騒ぎ出しているが二人は気にも止めていなかった。
 大騒ぎを起こしてしまったお詫びに一刻も早く領主の館へと向かわないと。
 事前の情報からこの街の領主が喜んでくれる手土産は用意してある。
 教えてもらった領主の館へユキムラとレンは移動する。
  VOと微妙に街の構造が異なっている点もあり、ユキムラは自分の記憶との違いを確かめたりするために、キョロキョロと落ち着きがない。

 領主の館は立派なレンガ造りで堂々とした佇まい、この街の名物でもある巨大な鐘がその頂上に輝いている。
 どうやら防風、防雪の魔法処理がされているらしく、鐘の輝きは吹雪でも隠されていなかった。
 緊急時街の皆へそれを伝える生命線。大事にされているのがわかる。

「綺麗な建物ですね師匠!」

「ああ、建築班にも見せてやりたいな」

「あ、画像送りますか」

「え?」

「え?」

「画像?」

「画像」

「送るってサナダ街へ?」

「サナダ街へ」

「いつの間に?」

「やだなぁ、師匠の端末でも出来ますよー。僕が作ったじゃないですか、ぼ・く・が!」

 久しぶりに見る反り返ったドヤ顔だ。
 いつの間にか通信端末は画像添付も出来るようになっていた。
 凄い短いけど動画も送れるらしい。技術の進歩は凄い。

 領主の家の衛兵に面会を申し込むと、すんなりと面会の運びになった。
 ジュナーの街の領主から話が来ていたらしい。
 タロは馬車の中でお利口さんにして待っていてもらう。

「ようこそいらっしゃいました、私がここアイスフロントの領主をさせていただいているサルソーです」

 やけに腰の低い、名前の通りすこし猿顔の中年の男がこの街の領主のようだ。
 なかなかの洒落者で仕立ての良さそうな服をビシっとかっこよく決めている。猿顔だけど。

「はじめまして、私がサナダ街の領主をさせていただいているユキムラと申します。
 こちらが秘書のレンです」

 熱い握手を交わしながら席に着く。

「そうだ、外を見たらかなり雪の影響が強そうですね」

「ああ、丁度みなさんがつく前に吹雪きましてね。この時期では珍しいのですが、
 こればっかりは自然のご機嫌を伺うしかありませんからね。
 それにしても、正直後数日はかかると思いましたが、しかも雪の上を走ってきたと報告がありましたが……?」

「ああ、驚かせてしまって申し訳ないです。
 そのお詫びというわけではないのですがこの街にとって有益なビジネスのお話があるのですが……」

 雪上走行を誤魔化すためにやや強引に話題を変える。
 その商品の価値をわかってもらえるには使ってみるのが一番。
 ユキムラはサルソーを外に連れ出す。

「雪かきも皆さん大変ですよね、完全に道路が埋まってしまっている」

「ええ、そうなんですよ。物流も完全に止まりますし。
 労働力もこちらに取られてしまいますから……」

「そこで、こんなものはいかがでしょう?」

 ユキムラがレンに目配せをすると、レンが魔道具を雪に覆われた領主の館の正面に設置していく。

「これは……?」

「まぁ見ていてください」

 ユキムラの合図でレンが魔道具を作動させる。
 するとみるみる道路の雪が融解していくではありませんか。
 あっという間に5mはあるであろう道路、はじめは1mほどの人が通る幅しか雪かきされていなかった道が、なんということでしょう。ものの数分で大量の雪が溶け、道路も乾燥したではありませんか!

「こ、これは!?」

 お猿さんも大きなお口を開けて驚いております。
 これにはユキムラも満面の笑み。

「我々はこれを提供する準備があります」

 決まった。

 その後の商談は破格の販売価格であったことも合わせてサルソーは大層喜んでくれた。

 まだ日も高いので街の各所への魔道具の設置は迅速に行われた。みるみると消えていく積もり積もった雪たちに街の人々は歓声をあげて喜んだ。

 ユキムラはこうして馬車への無用の詮索から逃げることと同時に、鉱山への見学の約束を円滑に取り付けることに成功したのだった。

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