老舗MMO(人生)が終わって俺の人生がはじまった件

穴の空いた靴下

141話 領主の娘

「タロー! 悪いんだけど防ぐだけで! 俺たちが戦えるか知りたい!!」

 湖を迂回しながらユキムラ達が走る!
 すでにタロは少女と甲虫の間に割り込んでいる。
 突然現れた白い犬がどうやらこの虫から守ってくれるとわかると、少女はその場にへたり込んでしまう。

 相手の甲虫はギチギチと口から警戒音を出しながらタロを囲んでいる。
 タロは威圧だけで虫達を釘付けにしていてくれた。さすがのタロである。
 4匹いるので1人1体で都合がいい。

「1人一体、今の現状を知ろうっ! 」

「「「はい!」」」

 普段インカムで連絡するのに慣れていたので大きな声を出して咳き込んでしまう。
 ようやくタロと並ぶ、相手の甲虫たちも威嚇行動を続ける。

「いこう」

 掛け声とともに甲虫に牽制をかける。

 牽制のつもりだった。

 それで甲虫がはじけ飛んだ。

「あー、そっかぁ。力はそのままだからこんな序盤のクエモンスターはこうなるよね……」

 VOでもそうだった。新大陸クエはフィールドMOBは相手にならないから駆け足でクリアしていく。
 まぁ2個めの大陸からは全大陸解放までの通過点、もちろんMDは少し歯ごたえがある。

「ま、予想通りで助かった。ソーカ彼女を頼んでもいい?」

「はいユキムラさん!」

 怯えている少女にソーカは上手に話を聞きながら距離を詰めていく。
 こういうことが上手いのは戦士としてのソーカからは想像がつかないが、中身が結構残念な子供みたいな一面があることによるものだ。
 しばらくするとすっかり笑顔になって嬉しそうにタロの背中に跨っていた。

「どうやらこの先で馬車の事故があって、そこから魔物に追われるようにこっちに来たようです」

「馬車の方も無事だといいけど、俺達が先に先行するからソーカとタロはゆっくりでいいからついてきてね」

「わかりました」

 ユキムラとレン、ヴァリィが森を掻き分けながら先行する。
 後からついてくる人たちのために枝払いや簡単な獣道を作っていく。

「なんか、懐かしいなぁ……」

「そうですね、最初の頃は師匠と二人でこうやって道作ってましたね……」

「早く、戻ろう! 俺達の街へ……」

「そうですね」「そうね」

 暫く進むと少し開けた道に出る。そして戦いの音が聞える。

「近いね、急ごう。まだ平気そうだ」

 全速力で駆けつけると倒れた馬車、それに護衛の剣士がモンスターと戦っている。
 甲虫や大きなカマキリ、それに蜂。このあたりは虫系のモンスターが多いみたいだ。
 剣士たちはよく守っているが数の利で押され気味だ。
 まだ死者は出ていないが結構ひどい傷を負っている人もいる。

「ヴァリィ、馬車お願い。レンはけが人の治療と馬も治してあげて、敵は俺がやる」

 ふたりともスピードを保ったまま戦いの場に飛び込んでいく。

「ま、コレでいいか。マジックアロー」

 ユキムラはすべての敵にマーキングして魔法の矢を放つ。
 低級魔法だが、ユキムラのステータスで放てば十分すぎる威力がある。
 虫達の体に巨大な穴を開けてその一発で全ての敵を駆逐する。

「大丈夫ですか?」

「ありがとう、本当にありがとう」

 すでにレンが全体回復魔法を唱えて傷一つ無い、馬車も元通り。修理も近くの木をへし折って完了している。ユキムラが到着して10秒位でその全てが元通りになっていた。

「ああ、お嬢様が……」

 真っ青な顔をしたメイドのような服装をした中年の女性が泣き出してしまう。

「大丈夫ですよ、仲間が保護してこちらに、あ、来ましたね」

 ユキムラの言葉にバッと顔を上げた。そして楽しそうに犬に跨って枝を振っている少女を見つけると駆け出していく。

「カレンお嬢様ー!!」

「パトスー!」

 カレンと呼ばれた少女はそのメイドに呼ばれるとタロから飛び降りて駆け出しひっしと抱きつく。

「無事で良かったーパトスー!」

「すみませんお嬢様すみません!」

 二人で抱きしめあって涙を流してしまう。
 感動的な場面にヴァリィは鼻が真っ赤になっている。
 ユキムラもホロリと来そうになる。

「お嬢様が無事で本当に良かった……お嬢様に何かあったら我々が助かっても、旦那様に申し訳が立ちません。重ね重ね御礼申し上げます」

 ユキムラに剣士たちの隊長と思われる男が深々と頭を下げてくる。

「皆さん無事で本当に良かったです。我々も近くの街まで巡礼の旅ですのでこのまま護衛しましょうか?」

「おお、では我らがボーリングの街を目指されていたのですな! 巡礼ということは教国の……?」

「ええ、残念ながらお嬢様を救う戦いで身を表す証を無くしてしまいまして」

 突然レンが割り込んでくるが、助けてやった時にこっちに不利益起きたんだよ。というのを自然に混ぜ込んでいく交渉の技術だ。黒いレンの登場であった。

「おおおおお! それはお困りでしょう。ぜひぜひご一緒に街まで行きましょう!
 教会には責任を持って通達を出しておきます。もちろん費用はこちらが負担させていただきます。
 宿も是非屋敷を使ってください。お嬢様を救って頂いた恩人です旦那様もそうなされるはずです!」

 怖いくらい上手くいった。

 ゲッタルヘルン帝国南西の港町ボーリング。VOでも帝国を選択するとそこから始まる。
 どうやらこの世界でも同じようだ。


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