老舗MMO(人生)が終わって俺の人生がはじまった件

穴の空いた靴下

268話 魔人 淵

「貴方はザッパルとかの仲間なのか?」

【んー? ザッパルを知ってるのかー?
 そうだな、うん。そうだな。仲間だな。
 名乗った方が良いのか? まぁ、いいやエンと言う。
 どうせ殺すだけだけど、その瞬間までよろしくということで】

 姿を現すと先程までの暴力的な態度から打って変わって無気力な抑揚のない返答をする男。
 手足が非常に長く、全身黒い武具で固めている。
 長髪をポニーテールのように結んでいるが、その先には鎖がつながっていて分銅がついている。
 両手には短刀を持っている。刀身まで真っ黒なので急に光が消えたら消えたように感じるかもしれない。

「レン、皆は?」

「駄目です、タロの時計も輝いているので、あの時間の中かと、ただ……」

「ユキムラ、なんじゃアイツは? 無性にムカつくんじゃが!!」

 何故かオトハも『この時間』の中にいる。
 他のメンバーは淵との間にタロが戦闘態勢で守ってくれている。

【なんだぁ? 情報より動けるやつが多いじゃねぇか!! ふざけんなよあの野郎!!】

 今度は暴力的な発言になっている。

【しかし、アレはまずいな……自由に動かれると……こっちが消される……
 どうしよう。どうしよう。どうしよう】

「お主は龍人なのか? 人語を話す龍人とは珍しい、我が友以来じゃ!」

【あん? ああ、ガキのことこの肉は知ってるみてーだぜ?
 こいつはしぶてーなー、肉の分際で今でも中でギャーギャー騒いでるぜ!】

「……よくわからぬが……貴様……我が友シリュウに何をした……」

 オトハの身体が震えている。握りしめた拳から血の気が引いていくのがわかる。

【そうだ、シリュウだ。その名のものは我が血肉となった。
 受胎する肉体が強固なら元の力が引き出せる。
 さらに、邪魔をされる前からここで待てば皆壊せる。
 でも、困った。アレはどうしよう……】

 淵はタロをしきりに気にしている。
 どちらかと言えばタロしか気にしていない。
 タロはタロで淵の異常性と向けられた殺意が自分ではなく、背後にかばう動けぬ仲間であることをわかっている。そのために微動だに出来ないのであった。

「もう一度問うぞ……シリュウはどこだ……?」

【あん? うっせー餓鬼だな! 俺が受肉ったって言ってんだろ!?】

 その返答と同時にオトハが飛び出していた。
 しかし、ユキムラがその前に飛び出してそっとオトハを投げた。
 もちろん加減しているので一回転して何事もなく着地している。

「止めるなユキムラ、お主でも容赦せぬぞ!」

「冷静になれオトハ、あのまま突っ込んでたら死んだぞ」

 ユキムラの冷たい口調にオトハも冷静になる。

【ああ、そうだ。そうしよう。アレにはこれを相手してもらおう】

 無感情な台詞と同時に淵の影がせり上がりタロに襲いかかる。
 正確にはタロの背後の、人質にだ。

「タロ!」

「ダメだソーカ!! 目を離すな! 次は防ぐ自信はない!!」

 ユキムラの右手から鮮血が垂れる。
 一瞬意識をタロに向けたソーカに短刀が放たれたのだ。
 反応できたのはユキムラだけ、それでも完全には防げなかった。
 圧倒的な防御を誇っていた防具を傷つけて、身体に傷を負わせたのだ。

【へー、やるじゃん! すげーと思うぜ今の防いだのは!!
 なるほど、これは楽しめそうだ! じっくり味あわせてもらうぜ!!】

 淵はいつの間にか両手にまた短刀を構えている。
 興奮したような表情と何の感情も表さない表情が入り乱れる。
 俯瞰視点で確認すればタロは皆を守りながら影と互角以上の闘いを繰り広げている。

「ユキムラさん申し訳ありません、全霊を傾けます!」

「背中は任せた! オトハも冷静になれ! 何があったかは知らないが、まずはこいつを倒すぞ!」

「すまぬユキムラ、ちと年甲斐もなくカッとなったのじゃ!」

【あーあ、決まってれば楽だったのに。
 まぁいいや。一人づつ。る】

 淵の姿が揺らいだように見える。

「いつまでもユキムラちゃんにおんぶに抱っこじゃいられないのよ!!」

 ヴァリィが投げつけられた短剣を叩き落とし、そのまま地面を穿つ、弾かれた石の礫がレンに襲いかかろうとしている淵の目前を通過する。

【何だよ、ユキムラって奴だけじゃねーのかよ付いてこれんのは……めんどくせーな、報告と違いすぎだろ、アイツ帰ったら殺す】

 ユキムラ達は瞬動と短剣の投射でなかなか淵に攻撃のタイミングを作らせてもらえない。
 気配がスッと消えると死角から必殺の一撃が迫る恐怖。
 投擲してくる短刀も命に届く威力を秘めている。

「みんな淵は見えてるね?」

「大丈夫です師匠!」

「追えていますユキムラさん!」

「なんとかねー、捉えるまではいかないけどねー」

「大丈夫じゃ! 奴をぶん殴るまでは死ねんのじゃ!」

「それなら条件クリアだね。さて、レン! 思いっきりやるぞ~!」

 ユキムラはタロの方も俯瞰視点できちんとモニタリングしているが、絶対に他のメンバーを傷つけさせないという点に全力をタロが傾けてくれているので、倒すことは出来ないが、危険にさらされる可能性はほぼ0であることを確信している。
 そしてメンバーが個人で敵の動きに対応できていること、この条件が揃えば攻勢に出ることが出来る。

「はい! 師匠!!」

 戦闘スタイルはスピード型、立ち回りは暗殺者タイプ。
 こういう相手には、兎にも角にも魔法による阻害、デバフ山盛りで対応するのがセオリー。
 符術を手に入れたレンは今ではユキムラよりもデバフ使いになっている。
 夜中、レンとユキムラで昔話に花を咲かせながらの札作成は日課になっている。

「死門を開いて招き候。符術で作りし136地獄、とくと味わいください。
 阿鼻叫喚 無限煉獄 地獄世界!」

 アイテムボックスから容赦なく大量の札が舞い散る。

【何をするつもりだ。紙の嵐……嫌な予感が、ごふっ】

 戦闘空間に無数に漂い充満する札。白狼隊に影響は及ばさないが敵に当たれば呪いをかける。
 毒に麻痺、遅延、やけど、酸、凍傷、凍結、爆発、重力反転、電撃、暗闇、病気、粘着、etc.
 ありとあらゆる妨害いやがらせが札に触れる度に襲い掛かってくる。
 一つ一つは大した影響もないが、少しでも隙ができればユキムラ達は見逃さずに攻撃してくる。

【うっとーーーしーーーー!!! こんなもの全て消し飛ばしてやる!!】

 体術だけではなく乗り移っている龍人の力で灼熱のブレスを吐く。
 それでも札は焼けることもない。

【なんだこれ、おかしい。明らかにおかしいぞ】

「簡単だよ、俺が札それぞれにバフをかけてるからね。
 俺の裏をかけば破壊できるよ。出来るもんならやってみると良いけど」

 そう言っている間にも背中に札が張り付きべちゃぁと液体がかかる。

【ぐわっくっせぇ!!! クソが!! 何だこれ!!】

「レン、悪臭もいれたの? あれ攻撃する側もきついんだけど……」

「いやいやよくやったのじゃレン! 見ろあの醜態を! 愉快愉快!!」

 戦闘は白狼隊のペースになっている。

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