老舗MMO(人生)が終わって俺の人生がはじまった件

穴の空いた靴下

298話 一夜あけて

「おはようございますユキムラ様。早いですね」

 コウが皆の朝食の準備でテーブルを整えていた。
 ユキムラは中庭で軽く汗を流して部屋に戻ってきた。
 流石は聖都大聖堂の客間、さらにVIP室。
 浴槽付きの台所付きだ。

「おはようコウ、ナオもおはよう」

「おはようございます」

「ちょっと汗流してくるね」

「お背中流しましょうか?」

「せっかく機嫌を治したソーカの相手してくれるならお願いしようか?」

「謹んでご遠慮させていただきますね、ふふふ……」

 こういう気の利いたやり取りが出来るぐらいコウとナオは白狼隊に馴染んでいる。
 レンは文官の方々と早速色々な打ち合わせを夜遅くまで行っていた。
 ヴァリィは聖騎士や兵士たちの今後の育成についての打ち合わせなどを行ってくれていた。
 ソーカは……満足げな表情でユキムラのベッドで夢の中だ。ユキムラは頑張った。

「師匠おはようございます」

 ユキムラが汗を流してダイニングへ戻ってくるとレンが席についていた。

「おはよーユキムラちゃんレンちゃん、それにコウちゃんにナオちゃん」

 ヴァリィも同時に入ってくる。

「ナオ、ソーカを起こしに行ってくれるかな?」

「わかりましたユキムラ様」

 スカートの端をぴらっと持ち上げてかわいらしく礼をして出ていく。
 その所作に合わせて動くメイド服の挙動に、ユキムラとヴァリィは満足して見つめあい、分かり合う。
 二人の情熱が一つの作品として目の前でその成果を見せてくれた。

「少し準備をなさってからいらっしゃるそうです」

 ナオがソーカを呼んで帰ってきてくれた。
 この時、コウだけはほんの少し上気したナオの変化に気が付く。
 好きっていいよね。
 昨日の名残を感じてしまったのだろう。ユキムラは鈍い男なのだ。

「いっただきまーす!」

 全員がそろって朝食となる。
 今日は珍しく純和風朝食になっている。
 コウとナオもまだ純和風料理はそれほど味わっていないので、今後のことも考えてというユキムラの案だ。本当は昨日の胃の痛くなる攻防を目の前でやられて、少しホームシックになっていた。
 いわゆるおうちに帰りたい。状態だ。
 もちろんユキムラはこの世界を愛して、すでにこの世界が自分の世界と思っているので、味覚だけのプチ帰還といったところだ。

 ホカホカの炊き立ての白米。沢庵と白菜の浅漬け。梅干し。
 出汁からしっかりと取った豆腐とわかめのお味噌汁。
 ほうれん草のお浸し、筑前煮。
 焼き鮭に海苔に生卵。ユキムラはそれに納豆だ。
 気になるお口の匂いも、魔道具でナイナイ出来るので、今日も続くお偉いさんとの会合でも心配はない。
 朝からボリュームがあるように思えるが、皆育ちざかりだったり、体力仕事をしたり、冒険者というものはこんなものもペロリだ。
 コウとナオは途中調理方法などを色々と聞きながら楽しく談笑しながら朝食は進む。

「さて、師匠。今日はサナダ商会のたぶん本拠地になる物件を選びに行きます。
 師匠とヴァリィさんはダンジョン、ソーカねーちゃんはタロと周囲のマップ作成、コウとナオは自分と一緒に来てもらいます。いいですね」

 食事が終わるとレンがキビキビと今日の予定を説明する。
 店舗兼事務所、それに聖都滞在時の拠点となる生活場所を決めてさっそくこのケラリスでの経済支配、ゲフンゲフン経済活性化への一歩を歩みたい。

 ユキムラ達はこの国の唯一と思われるダンジョンに向かう。
 神山ラグナダンジョン。
 大変長いので、VOにおいてケラリス神国から開始した人は不利と言われる所以だ。
 イベントクエストでレベル上げが出来るのでさっさと走り抜ける人が多い。
 あまり周回するようなダンジョンではないが、VOの特性上高レベルになると終盤の敵が非常に強力になり破格の経験値をもらえるため、パーティプレイでの終盤の追い込みに使われることもある。

「とりあえずヴァリィ、今日は感じをつかむだけだから1階層覗く程度だ。
 準備は万全だし、油断せずに行こう」

「わかってるわー」

「ユキムラさん御武運を」

「ソーカとタロは採取ポイントよろしくね、山間に採掘ポイント多いはずだよ」

「アン!」

 任せとけという頼りがいのあるタロの返事だ。
 こうして白狼隊のケラリス神国での本格活動が開始される。

 はずだった。

「ユキムラ様ー!」

 ダンジョンの前でアリシアが満面の笑みで待っていた。

「アリシアさん? 今日は公務で時間がないって昨日……」

「時間があいたので来ました。さぁ行きましょう!」

 ぐいっとユキムラの腕を掴みギルド内へと入っていく。
 ヴァリィはあーあ、と肩を落とす。
 アリシアはソーカを油断させるために嘘を吐いたのだ。
 まさか教皇がここまで自由にほいほい出かけられるはずがないというレンとソーカの予想は、アリシアの執念の前に見事に砕かれた。
 アリシアは昨夜、本日予定されている公務を猛烈な勢いで深夜までに終わらせていた。
 本人も凄腕の退魔師でもあるアリシアは、邪魔者ソーカがこないうちにユキムラとの距離を縮めようと目論んだのだ。

「えっと、アリシアさん。悪いんだけど今日は遠慮してください。
 内部の状態がわからないのでフォローしきれません」

 アリシアが読み違えたのは、ゲームモードになってキリッとしているユキムラの徹底した合理主義敵考え方だった。

「私も退魔師としてたくさんの戦闘をこなしています。
 決して足手まといには……」

「アリシアさんレベルいくつ?」

「えっと、124ですけど……」

 アリシアの若さでこのレベルはハッキリ言って異常だ。
 彼女は間違いなく天才だった。

「論外ですね」

「え……」

 優しげなユキムラから考えられないぶった切りにアリシアも絶句してしまう。

「たぶん我々が入れば初期の敵でも千後半レベル、範囲攻撃や地形変化を考えると、きちんと準備しないと守りきれません」

「……いま、レベルおいくつと……?」

「たぶん2000近いと思いますよ」

「に、2000!?」

 アリシアについてきたお付きの人間や、ギルドの建物内にいた冒険者もざわつき出す。

「そ、そんなレベルの魔物は存在するのですか……?」

「アリシアちゃん、ちょっとレベル測定する道具借りるわよ~」

 ヴァリィはギルドにあるレベル測定器に手をかざす。
 レベル200程度までしか対応していな道具は振り切れて壊れてしまう。
 ギルド内の人々は黙って喉を鳴らすしか出来ない。

「私達もね、大概化物なのよー。ちゃんと準備して皆を鍛えてあげるから。
 ゆっくり待っててね」

 まるで小さな子供をあやすように優しく言って聞かせるヴァリィ。
 もう、異を唱えるものはいなかった。

「それじゃぁアリシアさん、今度はご一緒しましょう」

 ユキムラとヴァリィはダンジョンへと入っていく。
 残されたアリシアはヘナヘナと腰を抜かしてしまう……
 しかし、それはユキムラ達に恐れを成して腰を抜かしたのではない。

「想像を……んっ……遥かに越えていたわ……もう、絶対に逃がさないんだから……」

 自らの身体の興奮を抑えるようにぎゅっと抱きしめて震えるアリシアだった。



「いやー、助かったよヴァリィ」

「あれ以上食い下がったらユキムラちゃんスイッチ入るじゃなーい。
 アリシアちゃんも悪気があったわけじゃないんだから~」

「うん、わかってるんだけど、ついね。
 重ねてありがとう」

「どういたしまして。それにしても、タロちゃんが怒っちゃうダンジョンじゃなくてよかったわね」

「そうだね、バランスよく色んなタイプの敵が出てきて楽しいね」

 こんな雑談をしながらも押し寄せる敵をバッタバタと倒している。
 いつものゆらぎを超えると神山はその牙を隠すこと無くユキムラ達に突き立てる。
 空から地上から、ユキムラの予想通り2000辺りのレベル帯の敵が襲い掛かってきている。

「最初のうちはお座りだなぁ……さすがにこのレベル帯はあまり余裕がない……」

「二人ぐらいは同行者守って、3人で敵を倒す感じになりそうねぇ、始めは7人位が連れていける限界かしらねぇ……」

 巨大な火炎の塊が迫ってくるが難なく棍で打ち返す。
 巨大な怪鳥にそのまま棍を叩きつけながらケラリスでの育成計画を立てていく。
 聖騎士たち、司祭達の明るい育成計画の開始だ。




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