老舗MMO(人生)が終わって俺の人生がはじまった件

穴の空いた靴下

328話 三獣師

【ば……かな……?】

 褐色のエルフの男は目の前で起きたことに愕然とした。
 勇猛を馳せていたオーガ族から進化した将の一人が、一瞬のうちに敵に打たれたのだ。
 しかも、注意深く戦いを見ていた自分には何が起きたのかも理解できないレベルで、だ。

【人間なぞ……脆弱な存在でしかなかったはずだ!!
 何が起きた!! く、くそ!! 怯むな、魔法部隊、出し惜しみは無しだ!
 全火力を持ってあの大男を倒せ!
 あいつは人間の最後の切り札だ!!】

 一瞬でヴァリィの強さを判断して、総力を持って排除すると言う指示を出しただけでも、そのダークエルフは無能ではない。
 ただ、敵が強大すぎただけだ。

「うーん。どうやら結構強い魔人だったみたいねぇ……、よし。
 ヴァリィ隊! 様子見はおしまい。突撃ィィィ!!!」

 ヴァリィの図太い声が響く。
 同時に防衛部隊からも一層激しい攻撃が上陸してきた魔王軍に降り注ぎ始める。

 自身が率いるダークエルフ部隊が放つ最高の攻撃魔法。
 戦術クラス魔法を受けてなお、なんのダメージも、そして躊躇もなく朱色の戦士たちは、風のように進軍してきた。
 ダークエルフの指揮官が、いつのまにか跳ねられ空中を舞う首から最後に見た光景は、ヴァリィの一撃によって、崩壊していく自分たちの乗ってきた巨大な方舟の姿だった。

【魔王……様……】

 彼のつぶやきは、魔王軍に届くことなく、風に消えていく。
 魔王軍もその声と同じように、確実に崩壊へと向かっていく……


 フィリポネアだけではなく、テンゲン、ケラリスも同様の戦局が繰り広げられていた。
 ソーカ隊、タロ隊は圧倒的な力で魔王軍を蹂躙し、上陸した数万の魔王軍を壊滅に追い込んだ。
 魔王軍の必死の抵抗も虚しく、上陸に利用した巨大な方舟も破壊され、魔王軍は軍としての形態を失いつつあった。

【なんということだ……人間が……ここまでの力を……魔王様……お逃げください……】

【魔王様が逃げることなど、ありえん!!】

 フィリポネアの海上、テンゲンの草原、ケラリスの上空に紫電の雷が鳴り響くのは、崩壊一歩手前の時だった。
 雷はゲートを作り、そこから魔人が現れる。
 今まで人間軍が対峙していた魔人とは明らかに違う強者のオーラを身にまとっている。
 レンもユキムラも食い入るようにモニターを見つめている。
 戦場にいる白狼隊部隊も同様だ。

 海上に降り立つは魚の鱗に身を包み、見事な三叉の槍を携えた半魚人。
 銀色の髪をなびかせ、荒れ狂う海上の水面に音もなく立っている。
 美しくも不気味な金色の魚のような目。そこには押さえきれぬ憤怒の情が見て取れる。

 同様に大地に立つは獅子の獣人。
 金色の鬣に赤く輝く瞳。身の丈を超える巨大な剣を大地に突き立てる。
 同じく押さえきれぬ怒りの感情が戦場に広がっていくのを感じる。

 上空に現れたのは美しい漆黒の羽根を持つ天使、堕天使といった方がいいかもしれない。
 刺々しく、禍々しい錫杖を持つ手は怒りに震えている。
 美しい顔は刺すような冷たい目でソーカたちを睨みつけている。

 ヴァリィ、タロ、ソーカは部隊の人間を防衛ラインまで即座に引かせる。
 明らかに変化した戦場の空気を敏感に感じ取っている。

【人間どもよ! 魔王さまから預かりし軍勢をよくぞここまで屠ってくれたな!
 その報い、今から我ら3獣師が汝らに与えてやろう……】

 ユキムラにはモニターを通して3人の魔人の声がハモって聞こえてくる。

「師匠、動きますか?」

「魔王が出てきたら動くつもりだったけど、とりあえずは現場の人間に任せよう。
 ただ、すぐにでも動けるように……」

「いきなり現れてなに言ってんだ? 喧嘩ならさっさとやろうぜ?
 つええんだろお前?」

 モニターではテンゲンに現れた獅子の男にラオが食って掛かっていた。
 彼なりに敵の力を探ろうとしている。
 喧嘩したいという欲求も同時に満たせる。

【鬼……か、魔王さまの元から追放され、隠れ住んだ妖怪風情が……
 人間に飼いならされたのか?】

「はっ! 散々その人間に蹴散らされた魔王軍が言うと、挑発にもなりゃしねーなー」

【貴様……いいだろう。身の程を教えてやる】

 巨大な剣をまるで重量を感じさせないようにスーーッとラオに向けてくる。

「タロの旦那。ちょっくら行ってくる。少しは実力もわかるでしょう」

「わん」

「わかってますよ、油断はしねーよ。というか、出来ねーなありゃ……」

 それでも最初は一人で当たるのが漢の華。
 ラオはユキムラから貰った棍棒を構える。

「俺は鬼王ラオ! お前さんの名前は?」

【本来は貴様などに名など告げぬが、一人で我が前に立った褒美だ。
 我が名は陸獣王 ライオネル! 魔王様の右手、三獣師筆頭である!!】

 名乗りを上げると同時に強大なオーラを開放させるライオネル。
 刹那その姿が消え、凄まじい衝撃波が生じる。
 強烈な金属音が響いた時、ライオネルはすでにラオの背後にまで移動していた。

【ほう、跡形もなく吹き飛ばないだけでも褒めてやる】

 ボタボタボタとラオの腹から大量の血が地面に落ちる。

「くそ……捌ききれなかった……か……」

【ん? まだ話せるのか……?】

 ライオネルは手応えの割にダメージが少なかったことを少し疑問に思った。

「こ、こんな傷……フン!! なんでもねーよ。さっさと続きをやろうぜ!」

 大きく切り裂かれた腹部の筋肉を隆起させ出血を止める。ちょっと、いやかなり痛い。
 ラオの棍棒は半分ほど切断されていたが、元の姿に戻っている。
 引き裂かれた鎧も修復中、斬られた腹は気合と筋肉で塞いで現在進行形で治療中だ。

【なるほど……尖兵達では相手にならぬわけだ……
 三獣師よ!! 我らが兵を惜しみなく呼ぶぞ!!
 人間を駆逐する!!】

 剣を掲げると巨大な穴が現れる。
 フィリポネアでは海に、ケラリスでは空に同様の穴が開く。
 穴からは穢れ付の魔物がゾロゾロと出て来る。

「師匠!?」

「出てきたか……これからが本番だね……
 総員に神性属性装備の開放を許可する」

 神聖ではない、神性。穢れに対抗する手段だ。
 人間軍の全員が封印を解除する。
 魔力消耗が跳ね上がるが、命には変えられない。
 ユキムラの好きそうな光の脈動が鎧や武器に走る。

「さて、レン。アレが現れた以上総力戦だ。
 レンにはケラリスをお願いする。俺はヴァリィに俺の部隊を預けてテンゲンに行く」

 ユキムラ隊にはコウにナオ、強力な戦力がいる。
 必ずヴァリィの力になってくれる。
 同時に、それほどの総力戦をしなければならないほど、三箇所に同時に現れた三獣師の強大な力を意味している。

「ユキムラ殿か……大言吐いてかっこ悪いとこ見せちまったな……」

「お陰で敵の力が分かった。ありがとう」

 ユキムラはラオに回復魔法をかけてその労を労う。
 ライオネルはまるで自分に興味なく行動するユキムラに苛立ちを覚えた。

【ん……? なんだお前は? 貧相な人間は鬼の影にでも隠れておったほうがいいぞ?】

「ラオ、タロ、こいつの相手は俺らだけでするよ。あとのメンバーは防衛隊の援助に当たれ!」

 ユキムラの号令ですぐに防衛隊へと合流する。
 各隊に入れた者たちは、それぞれ指揮官としても大変に優秀で防衛隊の戦力は跳ね上がる。

【くっくっく、気でも違えたか? 3人? たった3人で我の相手をするのか?
 笑えんな……死ね……】

 馬鹿にしたような笑いが、冷たい表情へと変化する。
 無視をするだけでも承服しかねる事だが、目の前の人間はたったの3人で相手をするといい出した。
 怒りを通り越して少し冷静になりさえしてしまう。

 先ほどと同じように、再びライオネルの姿が消え、衝撃波で土煙が舞い上がる。
 今度は音もなくユキムラの背後へと降りたつはずだった。

【ば、馬鹿な……】

 眼前にユキムラの抜き放った刀が迫っていた。
 直前で停止したライオネルも流石と言わざる負えないが、気持ちよく敵を引き裂く快感を見事に邪魔された事は愉快ではなかった。
 それでも将として冷静に敵の実力を分析し、慎重に事を構える。

【貴様、名はなんという……】

 すぐに距離を取り今度はしっかりと剣を構える。
 今のやり取りでユキムラを蔑む考えは綺麗サッパリ無くす。
 最強の魔王軍の一角を担う魔人は伊達ではなかった。

「ユキムラ……白狼隊隊長! ユキムラだ!」



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