シスコンと姉妹と異世界と。
【第122話】討伐遠征⑫
「何も起きねえ……」
時刻は午後十時を回ったところでしょうか。ベースキャンプからお送りしておりますショーでございます。皆さんこんばんは。暇してますか? 僕はとても暇です、任務中ですがね。うつ伏せでじっとしてます。
朝イチから二度寝かまして怒られたわけだけど、実際のところ任務は日暮れくらいになってからだったので、特に支障は無かったのだった。ただ、日中女性陣の買い物だったりに付き合う為の時間が減るってことで、姉さんたちはカッカしてたみたいだった。別に荷物持ちも魔法の収納箱があるんだから要らないのに……。
美人と出掛けるのもいいけど、たまには休みたい時もあるものなのよ男の子にも。結局今になっても未だ腕の痛みは引かないままだし。
今日明日、明後日の期間で満月に近づくってことで待機してるわけだが、曇っていてよく分からない。晴れた途端にその魔物が出るのか、それとも日中からずっと晴れてないと駄目なのかハッキリしていない為、見張り役の兵隊さんたちは疲弊の色が濃かった。
フィーナさんを含めた俺たち学園チームも、周辺をツーマンセルで見回りをしているのだが、如何せん担当地域が狭いために、ローテーションで回してる為に待ち時間がどうしても長くなった。で、今に至る。
チームとしては、ローズとフィーナさん、ヴィオラさんシャロンさん、姉さんサニーさん、アリスさんと俺、ってなった。ローズは俺と組みたがってくれてたんだけど、最年少には最年長を付ける運びとなった。あとはくじ引きですんなり決まった。
今残っているのはウチらと姉さんチームの四人。
「ええい、敵はまだかっ!?」
「エリーゼ落ち着きなって。条件的には今日は出ない方に傾いてるんだからそんなもんだって」
「しかしこうも何もないと……」
さっきからこんな感じでテント内をウロウロしている。五分おきくらいに。
「姉さんもそろそろさすがに落ち着きなって……」
「お前は落ち着き過ぎだ。なんで地面を舐めてる!?」
地面とはいっても完全に大地ではなくちゃんとテントの床である。ガチ地面にゼロ距離で顔付けるのはさすがに……。
「無駄に体力使うことも無いかなーって」
腕の痛みは増すばかりで治まってくれないし。
「ショーくん床硬くない? 膝枕したげよっか?」
「サニーしゃん……、是非お願いします」
「サニーはショーを甘やかし過ぎだ。……、膝枕くらいならわたしがしてやらんでもないぞ?」
「エリーゼの格好じゃ正座できないでしょ」
それは確かにそうだった。肝心な太ももは出ているとはいえ、爪先から膝下までは鎧で固めている為に可動域は通常より狭い。
「ハイおいで〜」
そう言ってアリスさんにグイッと身体をひっくり返される。特に抵抗はしない。
「ショーくん、大丈夫? なんか身体熱くない!?」
「そう……すかね? ちょっと興奮してるのかも知れませんね」
「そう、それなら良いんだけど……」
「良くないよ!?」
「ショー、緩みすぎだぞ」
「そう言われても……」
身体がだるおもなんですよ。お薬ほちい。
そんなこんなで20分くらい経った頃、別働隊が帰還した。
「今日はもう私たちは帰っていいそうです」
「終わりっすか!?」
「はい。段々と晴れてはきていますが、いざ事が起きた時に夜が深まった中での実戦経験の浅い皆様を庇いながら戦うというのは厳しいから、という事らしいです」
それは道理だと思う。ましてや自分の子供がいるとなれば少しでも危険から遠ざけたいと思うのが普通だろう。
「……帰りましょう?」
シャロンさんが皆に問いかける。それを受けて全員が立ち上がりテントを後にした。帰るまでが任務なので装備を解いたりはしなかったが。
街へ向けて森の中を歩いていると、かなり月が闇夜を明るく照らしていることに気付く。照らされている部分と枝葉により月光が遮られ陰となっている部分の差が明白だ。
ガササッ
急な物音に内心飛び跳ねながら、音のした方に顔を向けるとそこには二匹の狐がいた。
「つがい……か?」
姉さんがポツリと呟く。
「月夜の下でデートなんて粋なことするものね」
「羨ましい……」
ヴィオラさんとサニーさんの反応についてはどうかと思わざるを得ない。もしかしたら肝試し的なイベントが狐同士で行われているのかもしれないのに。……ないか。
「夕飯食べて帰りたい……」
ローズが心の底からの想いをぶちまける。簡素なものしか携帯していなかったから、やはり物足りなかったのだろう。育ち盛りやんちゃ坊主の俺としても、その提案には賛同したい。
「それなら何処かへ寄っていきましょうか。まだこの時間なら空いている店も多い事でしょう」
そんなこんなで昨日三人で立ち寄った居酒屋へ、全員で足を運んだのだった。
「まだ足跡残ってたね」
食事を終えてお水を飲んで軽い食休みをしていると、思い出したようにローズは言った。
「泥ついた足で歩き回られちゃそう簡単には落ちないっしょ」
森の中を歩き回った足で直接こっちまで降りてくるなら当然壁や屋根は汚れる。ご丁寧に水で洗ってタオルで拭いて、ってするわけでもなし。
「でも遠目から視たら模様みたいでお洒落だし、近くで視ても肉球の感じとか可愛いじゃん?」
アリスさんからの評価は意外にも高かった。図鑑とかに載ってるような一面の銀世界の中で佇む姿とかは絵になるし、そういうのを見たことがあるならば、元々好印象なのかも。
「狐そのものの、あのモフモフした毛並みも良いんだ……」
すっかり姉さんは狐にハマったようだった。まぁモフってればなんでもいいのかもしれないけど。
「大佐からお金を預かっていますので、そちらで支払わせて頂きますね」
話も一通り済んだ頃、フィーナさんから我が家の家計を削って飯を食らっていたことを知らされた。俺たち三人がいるからなのか、それとも後輩だったり部下たちに積極的に奢るタイプなのか……。どちらにせよ母さんのこめかみに青筋が浮かびそうだ。もう今更なのかもしれないが。
「やっぱり居酒屋の飯ってなんか食べ過ぎちゃうよな」
「お兄ちゃん食べ過ぎは体に毒だよ?」
「お前が一番食ってたじゃねえか!」
「ちゃんと腹八分目で抑えてるもん。帰ったらすぐ休むことになるんだろうし」
「アレで腹八分目かよ……」
思い出すのはやめておこう。ガチめに父さんの命に関わるかもしれない。
「あっ、あそこにも狐いる!」
サニーさんが指差して居酒屋の屋根の上に座っている狐の居場所を教えてくれた。ああしてると名古屋城のシャチホコとか神社とかの狛犬みたいだ。
「あっ、降りてきた。昨日のヤツかな?」
「昨日の? ショーくんいつの間に昨日ここに来たの?」
「え? あ、いや……」
しまった。なにか雲行きが怪しい。
「昨日お兄ちゃんとお姉ちゃんと三人でご飯食べに来たんです!」
ローズが明るく正直に答える。年相応という感じだからか、アリスさんも毒気を抜かれたようで、そっか……と言うにとどまった。ナイス妹。また借りが増えてしまったようだが。
「おい、おいでっ。今日は噛むなよ……」
狐を呼んだその時、目と目があったような気がした。狐の目がキラッと紅く光り、こちらへ真っ直ぐ向かってくる。が、あと四、五メートル程のところまで来たところで急停止。
「怖くないって。昨日も怒らなかったろ?」
そう言うと言葉が通じたかのように狐が猛ダッシュ。そして狐との距離がゼロになったところで俺の身体に再び衝撃が走ったのだった。
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