シスコンと姉妹と異世界と。
【第160話】北の幸21
「何で魔法を同時に使えるの?」
というサニーさんの唐突な疑問。
こちらとしてはなぜそれが引っかかるのかが疑問だったのだが。
「いやー、学校でも習うとか以前の問題として、魔法は常に一つしか発動してられないっていうのがあるんだけど……」
初耳なんですけど。
てことは、九尾倒した時にフィーナさんにそれ見られてたら結構ヤバかったのか?
軍に報告されて身ぐるみ剥がされて身体中調べあげられたりしてな。
俺が最適解が思いつかずに黙っていると。
「かの黒薔薇の魔女、それと対を成すとされた女騎士シュヴァルツ・ウインザー。その二人に関してはそのルールに縛られることは無かったらしいんだけど……」
「なんで俺もいけたんでしょうね?」
「分からないからこうして聞いているんだけど?」
「むしろなんで他の人間は全員使えないんですか?」
というそもそもの疑問をぶつけてみた。
雨が降っていて、傘を持っているならさせばいい。
そんぐらいのことだと思うんだけど……。
「大概の場合、魔法を同時に使うとどちらか一方の効力が切れたり暴発したりするんだよね。酷い例だと水と火の魔法を同時に発動して暴発。水蒸気爆発にまでいったなんて話もあるの。まぁちょっと脅しの一面もあるとは思うんだけど……」
と言ったサニーさんが立ち上がり、コップを持ってきて俺に差し出す。中身は空っぽだ。
水蒸気爆発は攻撃に使うのであればザコ敵を一掃するのに使えそうだな。生身の人間に向けて打つ魔法では無いだろうが。
まぁサニーさんが話す失敗した人たちは、出来ないだろうと言う固定観念に縛られたままに魔法を行使した結果そうなったのだろう。
明確な成功のイメージが湧いてないのであれば、魔力が応えてくれるわけもない。
まぁとりあえず……。
「『クリエイト・クリアウォーター』」
名前の通り指先からいろ○すを出す魔法だと思ってもらえたらいいだろう。
俺は綺麗な水でコップを満たした。
「ん、ありがと」
サニーさんがそれを一気にあおる。
正直な所、俺から出た水を一気にごっくんされると、何か思うところはあるのだが。
そんなどうしようもない感情を一ミリも外に漏らさないままに俺は尋ねた。
「サニーさんも使えるんじゃないですかね?」
「ごほっ!? ……えぇ!?」
一瞬飲んだ水がせり上がったのか噎せてしまったようだ。
「何を驚くんすか? 出来ないなら出来るようにしましょうよ!」
「わたしを大魔王にでも仕立てあげたいわけ? ていうかそれ、ショーくんの座学の出来につ」
「……」
言い終わる前にそっと目を閉じ、耳を両手で塞いだ。
引きこもりモードとでも名付けようか。
(耳を塞いでもこうやって直接語りかけることは出来るんだよね)
笑顔でテレパシーがサニーさんから発せられていた。
サニーさんの得意な魔法の一つでもある。
(男女が……)
(男女? がどうかしました?)
(男女がベッドの上で密談……、何か響きが色っぽいよね……)
(なんで言った本人がそんなに顔真っ赤にして照れてるんですか)
自分の発言に後悔してか顔を赤く染め上げている。前に聞いた話では、なんやかんやで良家のお嬢様(本人曰く)なわけで、結構初心なところがあるだろうか。
まぁ騎士校に受かるレベルで勉強だったり訓練だったりするなら、それなりに先立つものは必要になる。
ファンタジー世界らしく紙はかなり高級品の部類に入るし、ボールペンがあるわけでもない。まぁペンはそのうちアリスさんのところのデュボワ社が作ってくれると信じているけど。
「で、わたしもできるって言うのはどういう事なの?」
「いや、出来ないと思ってやるから出来ないだけで、出来ると思えば出来るってことです。よく、ウチの両親が言ってましたよ」
実際に言ってたのは確かナビ子だったんだけど、両親の名前は確実に説得力を持たせられる。
「まさかの精神論ッ。でも、その二人が言うのなら案外出来ちゃうもんなのかなぁ……!?」
「まぁやってみないことには……」
「ショーくんが言ったのに!」
まぁそれはそうなのですが。
これはこれ、それはそれと言いますか……。
「でもまぁ、迷いを捨てれば強くなりますよ! 『赤い彗星』と呼ばれたどこかの国の大佐も言ってましたし!」
「『赤い彗星』!? ……一瞬何か浮かびそうだったけど、やっぱり聞いたことないや」
そりゃそうでしょう。彼は行方不明になってしまったのだから。
「そしたらさ、ショーくんがお手本見せてよ! それをそのまんま真似してみるからさ」
「……、詠唱した方がいいっすかね? 正直言って詠唱の文言なんかほぼ暗記出来てないんですけど」
「学校で何やったらそうなるのかな……。まぁ、簡単な魔法ならわたしも詠唱無しでもなんとかなると思うから、そこんとこお願いね?」
要は簡単な魔法を同時に使ってみせろ、と。
まぁ同時に発動するだけならすぐに出来るけど、どうせなら組み合わせて使えるのを見せた方がいいんだろうな。
イメージはマンガで鍛えてあるから平気だってばよ。血継限界のやつよね。
「じゃあ……いきますね?」
「うん。失敗しないでね?」
「まぁそこはなんとかなりますよ」
失敗して腕吹っ飛んでも元に戻るし。神の言うことが本当だったらだけど。
「んー、あ、これにしよ」
緑茶のティーバッグを破り、中のお茶っ葉をお皿に出す。そしてそれを、
「左手に小さな竜巻を作って維持、ここにお茶っ葉を乗せると……」
「おお。風が目に見えるようになったね」
放出するのではなく維持なので、お茶っ葉が部屋に飛び散る心配は暴発しない限りは無い。
「まぁ分かりやすくするための材料ってだけなんですけどね。次は右手から水を出して……、竜巻と合わせる……と」
「お茶の竜巻になったね」
「で、この竜巻をコップに入れて魔法を解除……。冷茶の出来上がり。……んっ、薄い」
完成した冷茶を飲んでみるが、熱湯で煮出した訳ではないのでただの水と葉っぱのままだった。カッコつかない……。
「まぁこの魔法なら、竜巻に乗せるものを替えて色々と応用が効くかと思いますよ」
「例えば?」
「砂を乗せて竜巻を解放、そのまま目潰しにしたり」
「姑息な……」
「姑息とか言わないでくださいよ。傷を負わせずに目標を沈黙させるのにも役立つ気がしますから!」
「あとは?」
「そのまま水を乗せて解放、花壇に水を一気に撒いてみたり。出力をあげた上で炎を乗せて、熱波を生み出したりも出来ると思いますよ」
「確かに組み合わせは色々と出来そうだね。問題はわたしに扱いきれるかだけど……」
「考え方を逆転させてみます?」
「というと?」
即座にサニーさんが聞き返す。
正直これを話すと魔法の同時使用っていう話題の根本が揺らぐ気がするのだが、やむを得ないと判断。
「二つの魔法を使った結果お茶になったんじゃなくて、お茶を作るっていう一つの魔法を使った、って解釈をすればその既存の法則をすり抜けるわけじゃないっすか」
「確かに。凄い屁理屈かもしれないんだけどそこは無視していいのかな?」
「華麗に全力で無視してください」
「んー、ならやってみよう」
「さっきやって見せたのを頭の中で明確に思い浮かべながらやってみて下さい。そしたら魔力は応えてくれると思いますよ。大丈夫です。僕の知ってる可愛くて強くて素敵なサニーさんは出来るって信じてますから」
正直言ってるこっちが恥ずかしいが、これだけ言ったら流石に、
「なら、その期待に応えようじゃないの!」
あ、でも、とふとサニーさんが冷静になりながら、
「万が一失敗した時のために洗面台でやろ? それなら汚れてもすぐに蛇口捻れば洗い流せるしね」
と言ってベッドから立ち上がって行く。
俺も後にトコトコ続く。
「あ、お茶っ葉忘れた」
「持ってきてますよちゃんと」
サニーさんが何も持たずに立ち上がったのを見たので、まだ封を切っていないやつを一つ持ってきていた。
「よし、いくぞー」
吉幾三。べこ買うだ。あーよいしょ。
「左手に風……、右手には水……」
サニーさんがポツポツと呟きながら手の上に魔法で風と水を生み出す。
そのまま二つを重ね合わせ……、
「やった、出来た!」
と言った次の瞬間、サニーさんが手の平の上に浮かべていた冷茶が爆散。サニーさんの浴衣を盛大に濡らして消えた。
まるで花火のようでした。
俺は立ち位置的にサニーさんの後ろだったので、濡れなかった。結果的には女の子を盾にしてしまったのだが、そこについてサニーさんは追及することも泣く、
「あーあ、油断したなくそー」
と言いながら浴衣を脱いだ。
すべてが顕になる。
そして鏡越しに目が合う。
「俺は何も見てませんからー!」
次の日の朝、俺はとても寝不足になった。
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