シスコンと姉妹と異世界と。
【第181話】父と迷子なチビッ子と⑩
「は? ……ちょ、シルバさん!?」
急に溺れたように地に伏せたシルバさんを、とっさに担ぎ起こす。
「はぁっ……はぁっ……、もう、大丈夫です」
「そんな、急に倒れて大丈夫だと言われてもッ!」
息も絶え絶えで、今ので急にやつれた感さえある。歴戦の猛者から年相応の爺さんになったような。
「いえ、悪ふざけが過ぎたまで。こちらの落ち度です」
「なんだってんだよ……」 
「あまり遅いとユイ様が心配するでしょう。着こなし方は問題ありません、御覧になってもらいなさい」
有無を言わせず、シルバさんは俺を部屋の外へ促した。
「ショーさんってば、遅いですよー」
ガールフレンド(仮)のユイがそれっぽく口を尖らせる。
「悪い悪い。こういうの着るの久しぶりでさ。で……、どうかな?」
いくら年下だとしても、女の子は女の子だ。当然その評価は気になってしまう。
俺が尋ねるとユイはひと呼吸置いて、
「子供が背伸びしてる感じはするかな!」
「急に冷静な分析ぶち込んでくんなよ!? せっかくキメたんだからちょっとくらい乗せてくれよ! 淑女の嗜み的なのどこに忘れてきたんだ! こういう時はちょっとくらい男を立てておくもんでしょうが!」
「そう言われればそうなんだけど……」
その反応はガチのやつじゃないか。これでも生前は華麗に高校の制服を着こなしていたというのに。
「うん、まぁ、これで大きさは合うしな……」
「なんかごめん……」
十歳児に気を遣わせる俺(精神年齢十八歲)って……。
______
そんなこんなで店を出、二人で人目のつかない路地裏へと戻ってきた。
「よぉしフェリ、召喚!!!」
俺はちょっとしたダメージから立ち直るべく、普段の三割増しのボリュームで声を張った。
そのせいなのかいつもより魔法陣が輝いて、滲んで見えた。
アレ? これは涙かな?
「お待たせしました〜」
呑気な声で登場するフェリ。今回は全裸ではなく、ちゃんと俺があげた黒ローブを羽織っていた。
「……、その中には何も着ていない的な?」
「馬鹿!」
一撃だった。気付いたら俺は地面を背に寝ていた。
「折角宿もおさえておいたのに!」
「一応主従関係なんだから手から出すなよ……」
「はっ、私としたことが……」
いつもこんな感じじゃねえかよ……。大半俺が悪いんだけども、フェリがシャイっていうかなぁ……。
ナビ子のすぐ手を出す癖が伝染ってしまったのかな。ナビ子も怒らすと顔面パンチ(すり抜けるけど)を繰り出してきたし。
「で、だ。ユイにフェリ。二人ともお腹空いてるか? 一応サンドイッチは買ってあるけど、ちゃんとしたのも食べていくか?」
女の子の胃袋に関してはよく分からん。姉さんたちは普通だけど、ローズはやべえし。
「私はどちらでも……。今は食事を必要としない体ですし、お二人にお任せします」
「ユイは?」
「……、あとがちょっと怖いけど、外の物食べたいかな」
「あとが怖いって、おばさんみたいなこと痛ってえな! なんで足踏んだんだよユイ!!」
「女の子にそういうこと言うのは紳士として失格だよ!」
「あ、あぁ……、それは確かに申し訳なかった。ごめん。でもユイならそんな気にしなくても、今でじゅうぶん可愛いんだから放っておいても美人になりそうだけどな」
「もう……調子のいいこと言って……」
「はははっ、ユイってば照れてるのか!」
「もうもうもう!!」
熟れた苺のように顔を紅く染めながら、ポカポカと両手の握りこぶしで叩いてくるユイ。
「二人とも、とりあえずその辺の食堂にふらっと入ればいいか?」
「「さんせーい」」
女子二人のどこか気のない声が響いた。
______
「「「ご馳走様でした」」」
三人で手を合わせる。本当に俺のせいかもしれないが、文化祭以来新店舗が増えていたトンカツ屋に入ったのだった。
「巷で噂になってたし、一度食べてみたかったの。連れてきてくれてありがとう!」
ユイもご満悦の様子。この世界の住人にしては珍しく、綺麗に箸も使えていた。その辺厳しく育てられたんかな……。
「トンカツ? でしたか、コレはご主人様が広めたんですよね?」
フェリがそんなことを聞いてきた。
「モノ自体は俺がどうこうしたわけじゃないぞ。ただ騎士校の文化祭で出したらウケて、周辺地域で店が乱立したりメニューに加わったりしたってだけ」
「へぇ……、お兄ちゃん料理も出来るんだ……」
何故かユイが感心したように言う。
「ユイは料理とかしないのか?」
「恥ずかしながら……、自分で作ったことはまだないの……」
「危ないからまだ厨房には立つな、って?」
「なんでわかったの!?」
思わず椅子から立ち上がり、身を乗り出して食いつくユイ。そんな格好したら胸の谷間が……まだ見当たらなかった。
「そりゃ子供に好き好んで包丁持たせる親はそう居ないだろ」
「あ、そっか……」
とりあえず、すんなり納得したようで何より。
「じゃあそろそろ行くか? 時間ももう大体 八時くらいになるだろうし、ユイもおねむの時間だろ?」
「そこまで子供じゃないよ!」
「フェリも行けるか?」
「むしろこれからが夜、つまり本番じゃないですかっ」
「お前ナニする気だよ……」
淫魔がやる気になってる時って、結果の振り幅がデカくて困るんだよなぁ。
落し物探しや採集任務とかであれば、フェリ(の身体を使ったナビ子)が頑張ってくれて、迅速に任務が終わるんだけど……。
今日みたいに十割フェリ任せにした時が危ない。
分かっててやらせる俺も悪いんだけど、失敗したしないでじゃれ合うのが楽しくてなぁ。わかっちゃいるけどやめられない、の典型かも。
「とりあえず行くぞー」
伝票を持って席を立つ。が、後ろから二人に腕を掴まれてしまう。
「えっと……?」
「……、ここは私に出させて! 今晩の宿まで確保してもらってるのに、全部お兄ちゃん任せになんか出来ないもん!」
「いやいや無理しなくて……、いや、無理ではないのか」
ゲロったがま口財布を思い出した。現在の手持ちで言うなら支払い能力はユイの方が上だ。
「女の子に恥はかかせないのも、男の子の決まりなんでしょ?」
「どこでそんなん覚えてくるんだか……。フィーナさん辺りなのか?」
情報提供者誰だよ。まだ十歳なんだからそんなの気にしなくていいのにさ。
「じょーしきだよ、じょーしき」
フフンと得意げに薄い胸を張るユイ。
「……フェリはどうした?」
「なんとなく流れで掴んだだけ」
「シッ!」
俺は勢いよくフェリの手を叩き落とした。
______
「うー、まだ痛いー。絶対折れてるー」
「嘘こけ、姉さんじゃねえんだぞ俺は。んなことになってたまるかよ」
はたかれた手を摩りながら、フェリがぶーたれていた。摩れている時点でもうお察しだが。
トンカツ屋を後にした俺らは、食後の運動がてら適当にブラついていた。
「そろそろ宿行くべ。背中の天使様もおねむの様だしな」
ユイが疲れた様子だったのでおぶってやると、すぐに寝息が聴こえだしたのだ。それもあってすぐに宿へは向かわずにいたのだった。
「本当ならそこは私の場所なのに……」
フェリが心底口惜しそうに言った。十歳児にやきもち妬くなよ……とは言わないでおく。俺も常識を問われた身だし。
「フェリじゃ重いだろ……」
「浮けますから」
「いや、それはそれでなんか惜しいんだけど……」
「お尻を撫で回したり胸を押し当てられたりしたい、と?」
「そこまでは言ってねぇ。おっさんかよ」
「つれないご主人だこと。もー歩き連れたから宿に直接転移したいんだけどいいですか?」
フェリは俺の答えを聞くまでもなく、呪文を唱えて転移門を展開した。
「潜ればいいのか?」
「はい。すっと行っちゃって下さいませ!」
「ユイの頭ぶつけないようにしないとな……」
中腰で門をくぐる。辿り着いた先は、
「フェリ!!! お前何考えてやがんだ!!!!!」
大人のホテルだった。
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